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本編第一章
何をあげたらいいのでしょう
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「ちょうどよかったです、ミシェル様も私のこと、どうぞ呼び捨てにしてください。その方が仲良くなれた気がします」
「君が僕の名前を呼び捨てにするなら考えてもいいよ。ギルフォードみたいにね」
「あら、ギルフォードのこと、バレてたんですね」
まぁ盛大に枕投げやった仲だしな。今更取り繕っても仕方がない。私も開き直ることにした。アッシュバーン家とのつながりは一生ものだ。ミシェルかギルフォードのどちらかが伯爵位を継ぐことになるのだから、そのときのことを考えて仲良くしておくのに越したことはない。
「人前でなければ、でもいいでしょうか。ギルフォードにもそうしています」
「お互い体面もあるからね。それでいこう」
同意を得られた隣で、相変わらずライトネルは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「体面を気にするならこっちも気にしてくれ。今から売り場に戻るけど、間違っても俺にため口を求めるなよ」
そうでなければ絶対案内しないと言い張るライトのために、私たちは折れてあげることにした。彼にも商人の息子としての立場と矜持があるだろう。それは邪魔してはいけないものだ。
「それで、アンジェリカ嬢は何が欲しいんだ? ダスティン男爵が「さる高貴な方」とおっしゃってたんだ、相応なものを探さないといけないんだろう?」
「えぇ。カイルハート殿下の誕生日のプレゼントなの」
「また堂々とのたまったな……。せっかく男爵がオブラートに包んでいたものを」
「あら、はっきり言った方が選びやすいでしょう? それとも、ハムレット商会といえどもやはり殿下の物をご用意するのは難しいのかしら」
「言ってくれるね。うちの正面に掲げられた王室御用達の看板が目に入らなかったと見える」
言いながらライトネルはにやりと笑った。その溢れんばかりの自信が頼もしい。
「だったらありがたいわ。実は私、殿下にどういう物をお送りしたらいいのかわからなくて。ミシェルに選んでもらおうと思っていたのだけど、ライトも一緒なら心強いわ」
正直7歳の男の子が何を好むのかもわからなければ、王都の流行も知らない。こんな自分が選ぶのは無謀だと、なんでもやりたがりのこのアンジェリカでもさすがにわかる。
「ミシェルは殿下が欲しがってるものってわかりますか?」
「そうだな……殿下はたまにわがままをおっしゃったり、無鉄砲ないたずらをしたりはされるけど、基本的にあまり物欲はないんだよ。まぁ欲しいものはなんでも手に入る立場でいらっしゃるから、少し飽きてしまっているのかもしれないけれど」
「普段はどんな生活をされているんですか」
「家庭教師や剣術の指南役がついていて、平日のスケジュールは割とびっしりだよ。殿下はああ見えて真面目でらっしゃるから、拒否をされることもほとんどない。ただ、稀にいたずらが過ぎて遅刻したり、抜け出して先生を困らせたりすることはあるけれど、それでもきちんと取り戻されているよ」
つまり見た目どおりのかなりな良い子ちゃんらしい。そして好奇心も旺盛。
「おやすみの日はどうされているんですか?」
ミシェルは平日のみ登城して、殿下と一緒に勉強したり剣術や乗馬の稽古をしたりしており、土日はおやすみなのだそう。
「土日は王室の行事も多いからね。それに出席されたり、王妃陛下のお茶会に駆り出されたり。両陛下ともお忙しいから、家族でゆっくり過ごすことは少ないかもしれないね」
7歳にしてご公務をこなされる優等生ということか。生まれが生まれだから仕方ないとしても、なかなか過酷なスケジュールをこなしているようだ。そりゃいたずらに馬車の座席下にも潜り込みたくなるわ。
「殿下の好奇心を満たすものとなると……本とかかしら」
お勉強にも拒否はなくて、新規な出来事が好きなら、読書はありかもしれない。
だがライトネルに止められた。
「やめとけ。本なら王宮の図書館に腐るほどある。むしろあそこにない本なんかない」
「そうかもね」
ミシェルも肯く。そうか、王宮には図書館があるのか。国の中枢だから相当いいものが揃っているだろう。希少なものもあるかもしれない。ちょっと見てみたいが、今はそれどころじゃなかった。
「それじゃぁ……無難に文房具?」
「無難といえば無難だな……シルバーが好きとか、この作家や意匠が好き、とか、そうした細かい趣味があればよりいいんだろうが」
はずれはないが、当たりも出しにくいセレクト、ということか。まぁ、これは最後の手段にとっておいて、ほかにも考えてみよう。
「ペットを飼ってたりはされないのかしら? ペット用の遊び道具とか」
「王室で犬や猫を飼ってはおられるが、殿下個人の所有ではないね。殿下も気まぐれに遊んだりはされているけど、すごく好きというわけではないかな。あ、でも馬はかわいがっておられるよ。乗馬の鍛錬のあとにはいつも自分で世話をされているから。だから私は馬の手入れ用のブラシを今年は送ることにしたんだ」
ちなみにブラシはアッシュバーン領で生産されているもので、最後の加工にひと工夫をしているのが特徴なのだそう。領地に特産があるところは羨ましい。やっぱりはやく温泉の素を考案すべきだった。
「う~~~ん」
難しい。腕組みする私にミシェルが苦笑しながら声をかけた。
「とりあえずライトにお店の中を見せてもらったら? 何かいいものが見つかるかもしれないよ」
「そうですね……」
うなずきはしたものの、正直さきほど継母が案内されたような場所に、お目当てのものがあるようには思えない。
「何かこう、珍しいものってないのかしら。殿下の好奇心を満たしてくれるような」
普段使いのものでもいいけれど、そうしたものはたくさんお持ちだろうし、選びやすいからみんなプレゼントする。それに勉強に使う道具っていうのも面白味がない。ミシェルのように、普段使いでも本人が好きでやっていることに関わるようなものならいいけれど、誕プレってもっとこう、どきどきするものがほしいと思う。
そうした思いをライトネルに伝えると、彼は一瞬唇をひき結んだ。まるで「触れられたくなかったものに触れられた」というような表情だ。
「ライト? どうしたの?」
「……ったく。アンジェリカ嬢には紹介したくなかったんだよ」
片手で顔を覆いながら深く息をつく彼を見て、私は首を傾げる。何かよくないことでも言ってしまっただろうか。
ライトネルはきょとんとする私を見おろしたかと思うと、次の瞬間、私の肩に手を置いた。
「なぁ、アンジェリカ嬢は俺の友達だよな」
「え? えぇ。そうね」
「なら、友達のことは裏切らないよな。俺の味方だよな!?」
「ええっと、それはときと場合によるような……」
だってもし友達が悪いことをしたり道を踏み外してしまったりしたら全力で止めるし、場合によっては味方になれないこともあるでしょう? それにさっき、ライトは「あんたたちは友達じゃない」って言い放たなかったっけ?
「前言撤回する。アンジェリカ嬢は俺の友達だ。だからあんたも俺の味方でいてくれ。安心しろ、俺はあくどいことには手を染めない。極めてまっとうな商売しかしないから」
いつになく真剣な彼の表情に、私はわけもわからず、流されるように頷いてしまった。そうでもしないと先に進めないような気迫もあった。
私の頷きに多少は安心したのか、ライトネルは手をおろしてくれた。
「……うちの別店舗を紹介してやる」
「別店舗があるの?」
「あぁ。不本意なことにな」
王都でも人気のハムレット商会、店員の配置やディスプレイなど新感覚のこの店舗のほかに別店舗まで構えているとは。でも、不本意ってなんだろう? 自分のおうちの店舗を紹介するのに、間違っても使わないセリフだ。
ライトネルの口調からも表情からも、先ほど店内に両親を案内していたときのにこやかさは消えていた。私は疑問に感じながらも素直に彼のあとをついて行った。
「君が僕の名前を呼び捨てにするなら考えてもいいよ。ギルフォードみたいにね」
「あら、ギルフォードのこと、バレてたんですね」
まぁ盛大に枕投げやった仲だしな。今更取り繕っても仕方がない。私も開き直ることにした。アッシュバーン家とのつながりは一生ものだ。ミシェルかギルフォードのどちらかが伯爵位を継ぐことになるのだから、そのときのことを考えて仲良くしておくのに越したことはない。
「人前でなければ、でもいいでしょうか。ギルフォードにもそうしています」
「お互い体面もあるからね。それでいこう」
同意を得られた隣で、相変わらずライトネルは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
「体面を気にするならこっちも気にしてくれ。今から売り場に戻るけど、間違っても俺にため口を求めるなよ」
そうでなければ絶対案内しないと言い張るライトのために、私たちは折れてあげることにした。彼にも商人の息子としての立場と矜持があるだろう。それは邪魔してはいけないものだ。
「それで、アンジェリカ嬢は何が欲しいんだ? ダスティン男爵が「さる高貴な方」とおっしゃってたんだ、相応なものを探さないといけないんだろう?」
「えぇ。カイルハート殿下の誕生日のプレゼントなの」
「また堂々とのたまったな……。せっかく男爵がオブラートに包んでいたものを」
「あら、はっきり言った方が選びやすいでしょう? それとも、ハムレット商会といえどもやはり殿下の物をご用意するのは難しいのかしら」
「言ってくれるね。うちの正面に掲げられた王室御用達の看板が目に入らなかったと見える」
言いながらライトネルはにやりと笑った。その溢れんばかりの自信が頼もしい。
「だったらありがたいわ。実は私、殿下にどういう物をお送りしたらいいのかわからなくて。ミシェルに選んでもらおうと思っていたのだけど、ライトも一緒なら心強いわ」
正直7歳の男の子が何を好むのかもわからなければ、王都の流行も知らない。こんな自分が選ぶのは無謀だと、なんでもやりたがりのこのアンジェリカでもさすがにわかる。
「ミシェルは殿下が欲しがってるものってわかりますか?」
「そうだな……殿下はたまにわがままをおっしゃったり、無鉄砲ないたずらをしたりはされるけど、基本的にあまり物欲はないんだよ。まぁ欲しいものはなんでも手に入る立場でいらっしゃるから、少し飽きてしまっているのかもしれないけれど」
「普段はどんな生活をされているんですか」
「家庭教師や剣術の指南役がついていて、平日のスケジュールは割とびっしりだよ。殿下はああ見えて真面目でらっしゃるから、拒否をされることもほとんどない。ただ、稀にいたずらが過ぎて遅刻したり、抜け出して先生を困らせたりすることはあるけれど、それでもきちんと取り戻されているよ」
つまり見た目どおりのかなりな良い子ちゃんらしい。そして好奇心も旺盛。
「おやすみの日はどうされているんですか?」
ミシェルは平日のみ登城して、殿下と一緒に勉強したり剣術や乗馬の稽古をしたりしており、土日はおやすみなのだそう。
「土日は王室の行事も多いからね。それに出席されたり、王妃陛下のお茶会に駆り出されたり。両陛下ともお忙しいから、家族でゆっくり過ごすことは少ないかもしれないね」
7歳にしてご公務をこなされる優等生ということか。生まれが生まれだから仕方ないとしても、なかなか過酷なスケジュールをこなしているようだ。そりゃいたずらに馬車の座席下にも潜り込みたくなるわ。
「殿下の好奇心を満たすものとなると……本とかかしら」
お勉強にも拒否はなくて、新規な出来事が好きなら、読書はありかもしれない。
だがライトネルに止められた。
「やめとけ。本なら王宮の図書館に腐るほどある。むしろあそこにない本なんかない」
「そうかもね」
ミシェルも肯く。そうか、王宮には図書館があるのか。国の中枢だから相当いいものが揃っているだろう。希少なものもあるかもしれない。ちょっと見てみたいが、今はそれどころじゃなかった。
「それじゃぁ……無難に文房具?」
「無難といえば無難だな……シルバーが好きとか、この作家や意匠が好き、とか、そうした細かい趣味があればよりいいんだろうが」
はずれはないが、当たりも出しにくいセレクト、ということか。まぁ、これは最後の手段にとっておいて、ほかにも考えてみよう。
「ペットを飼ってたりはされないのかしら? ペット用の遊び道具とか」
「王室で犬や猫を飼ってはおられるが、殿下個人の所有ではないね。殿下も気まぐれに遊んだりはされているけど、すごく好きというわけではないかな。あ、でも馬はかわいがっておられるよ。乗馬の鍛錬のあとにはいつも自分で世話をされているから。だから私は馬の手入れ用のブラシを今年は送ることにしたんだ」
ちなみにブラシはアッシュバーン領で生産されているもので、最後の加工にひと工夫をしているのが特徴なのだそう。領地に特産があるところは羨ましい。やっぱりはやく温泉の素を考案すべきだった。
「う~~~ん」
難しい。腕組みする私にミシェルが苦笑しながら声をかけた。
「とりあえずライトにお店の中を見せてもらったら? 何かいいものが見つかるかもしれないよ」
「そうですね……」
うなずきはしたものの、正直さきほど継母が案内されたような場所に、お目当てのものがあるようには思えない。
「何かこう、珍しいものってないのかしら。殿下の好奇心を満たしてくれるような」
普段使いのものでもいいけれど、そうしたものはたくさんお持ちだろうし、選びやすいからみんなプレゼントする。それに勉強に使う道具っていうのも面白味がない。ミシェルのように、普段使いでも本人が好きでやっていることに関わるようなものならいいけれど、誕プレってもっとこう、どきどきするものがほしいと思う。
そうした思いをライトネルに伝えると、彼は一瞬唇をひき結んだ。まるで「触れられたくなかったものに触れられた」というような表情だ。
「ライト? どうしたの?」
「……ったく。アンジェリカ嬢には紹介したくなかったんだよ」
片手で顔を覆いながら深く息をつく彼を見て、私は首を傾げる。何かよくないことでも言ってしまっただろうか。
ライトネルはきょとんとする私を見おろしたかと思うと、次の瞬間、私の肩に手を置いた。
「なぁ、アンジェリカ嬢は俺の友達だよな」
「え? えぇ。そうね」
「なら、友達のことは裏切らないよな。俺の味方だよな!?」
「ええっと、それはときと場合によるような……」
だってもし友達が悪いことをしたり道を踏み外してしまったりしたら全力で止めるし、場合によっては味方になれないこともあるでしょう? それにさっき、ライトは「あんたたちは友達じゃない」って言い放たなかったっけ?
「前言撤回する。アンジェリカ嬢は俺の友達だ。だからあんたも俺の味方でいてくれ。安心しろ、俺はあくどいことには手を染めない。極めてまっとうな商売しかしないから」
いつになく真剣な彼の表情に、私はわけもわからず、流されるように頷いてしまった。そうでもしないと先に進めないような気迫もあった。
私の頷きに多少は安心したのか、ライトネルは手をおろしてくれた。
「……うちの別店舗を紹介してやる」
「別店舗があるの?」
「あぁ。不本意なことにな」
王都でも人気のハムレット商会、店員の配置やディスプレイなど新感覚のこの店舗のほかに別店舗まで構えているとは。でも、不本意ってなんだろう? 自分のおうちの店舗を紹介するのに、間違っても使わないセリフだ。
ライトネルの口調からも表情からも、先ほど店内に両親を案内していたときのにこやかさは消えていた。私は疑問に感じながらも素直に彼のあとをついて行った。
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