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本編第一章

懐かしい方々と再会です

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 私たちがアッシュバーン家に到着したのは3時のお茶の時間だった。それから部屋で片付けの最終確認をしてひと段落していると、何やら階下が騒がしくなった。まもなくしてメイドのひとりが私たちの客間のドアをノックした。

「失礼いたします、ダスティン男爵様、奥方様、お嬢様。ただいま所用で外出しておりましたパトリシア様とギルフォード様がお戻りになられました。よろしければご挨拶申し上げたいのとのことでございます」

 そう、この屋敷に現在住んでおられるのはロイド副団長とシンシア様、ミシェルだけど、冬の社交シーズンの間はアッシュバーン伯爵夫妻も滞在されるのだ。そしてどうやらギルフォードも一緒らしい。

 挨拶に伺わなければならないのはどう考えてもこちらの方なので、私たちはいそいそとパトリシア様たちの元に向かった。

「アンジェリカ! 久しぶりだな」
「ギルフォード……さまっ、ルシアンのお店の開店のとき以来ですね」

 思わずいつもの癖で呼び捨てしそうになったが、ここには大人たちも大勢いるので慌てて取り繕った。ギルフォードはそもそも細かいことに頓着しないから応対もいつも通りだ。

「今回はアンジェリカもここに住むんだってな。楽しみにしてたぞ! 滞在中は手合わせをしような!」
「だからそんなものしません!」
「勝ち逃げする気か!? 卑怯だぞ。俺だってあれから鍛錬の時間を増やして強くなったんだ」
「いやいやいや勝ってもないし逃げてもないよね!? そもそもやり合ってもないから! 誤解を招くようなことを大声で言わないでくれる!?」

 この家で細く長く滞在するために、騒ぎは起こさずおとなしくしてようと思っていた私の思惑が初日からガタ崩れだよ!

 そんな私たちのやり合いを「まぁまぁまぁ」と微笑ましく眺める目があった。朗らかながらもきっぱりとした、人の上に立つことに慣れている声色は、辺境伯爵夫人、パトリシア様のものだ。

「2人とも本当に仲良しね。こんなに仲良しなら、アンジェリカちゃんをギルフォードのお嫁さんに欲しいくらいだわ」
「パトリシア様!?」
「あら、でもアンジェリカちゃんは男爵家のひとり娘だからお嫁さんにいただくのは無理ね……。なんならギルフォードをあげましょうか。そうすればアンジェリカちゃんは私の娘にもなるわ」
「パトリシア様!?」
「あぁ、でもギルフォードが跡取りに指名されたらそれも難しいわね。でも、そのときはミシェルをあげるわ!」
「パトリシア様!?」

 いやだもう誰かこの人止めて!と思ったけどこの人この場で一番身分高い人だわそりゃ無理か……って流しちゃダメなやつだからこれ!、といろいろ思えども口には出せぬ、これが貴族世界の非情なる常識。くっ、身分か……!

 そんな私の葛藤を汲んでか、ミシェルが「母上……」と神妙な顔つきで進言した。

「帰って早々、場を引っ掻き回すのはおやめください。男爵ご夫妻もアンジェリカ嬢も困っておいでです」

 ミシェル、グッジョブ! 今この場を収められるのはあんたしかいないよ! ギルフォードは役立たずだし、シンシア様はパトリシア様の義理の姉とはいえ、伯爵夫人の前では遠慮もあるかもだし! 私は絶賛感謝の目でミシェルを見ると、彼は周囲にはわからぬよう小さく頷いてくれた。うん、今あなたの苦労が垣間見えたよ。ていうかパトリシア様、ちょっとギルフォードに似てるよね、このゴーイングマイウェイなところ。あ、ギルフォードがパトリシア様に似てるのか。

「あら、冗談じゃなくてよ。なんなら今すぐ婚約させましょうか。ミシェルかギルフォードのどちらかを将来差し上げるということで……いかがかしら、男爵?」
「いえ、あの、その、うちには大変もったいない話で……。そもそもうちのような家格で辺境伯家の御曹司をいただくのは、荷が勝ちすぎるかと」
「あら、うちと男爵家の仲じゃありませんか。そこをなんとか」
「母上、おやめください。うちから男爵家にそのような打診をすることは命令ともとられます。当人の気持ちや家の事情を考慮せず我を押し通すような愚行を、辺境伯夫人ともあろう方が犯すものではありません」
「ずいぶん固いことを言うのねぇ、あなたアンジェリカちゃんが嫌いなの?」
「なんでそういう話になるんですか。そんなことはありません」
「じゃぁ好き?」
「……!?」

 いつの間にかミシェルが劣勢に立たされていた。恐るべしパトリシア様、さすが母は強し、だ。……なんて冷静に分析している場合じゃない。これどう見ても原因私だ。

 でもここで私が助け舟を出したらますますパトリシア様が面白がりそうだし、ギルフォードは役に立たないし(失礼)、父は頑張りかけてくれたけど玉砕したし、継母は口元を抑えて唖然としたまま動かないし……八方塞がりだ。

 心の中でああでもないこうでもないとはらはらしていると、突然朗らかな笑い声が響いた。

「あははははは、パトリシア様も男爵一家が大好きなのね!」

 おおよそ貴族女性とは思えない大笑いに、何事かと目を見張る私と両親。だがパトリシア様は平常運転で、シンシア様に向き直った。

「あら、シンシアお義姉さまのお眼鏡にもかないましたの?」
「えぇ、とくにカトレア様とはとてもお話が合いましたの。滞在中にじゃがいもを使った新しいスコーンの作り方を教えていただく予定ですのよ」
「あら、それはいいですわ。私もじゃがいものスコーン、大好きですの。秋ごろ、うちの調理人が男爵家でお世話になって、じゃがいもの料理の仕方を教わったんです。きっとお義姉さまのお口にも合うはずですわ」

 実に楽しそうに会話を交わしているところを見ると、義理の姉妹仲は良好らしい。パトリシア様は貴族然とした方ではあるが、気性がさっぱりしていて、人の上に立つことに真の意味で慣れている。相手が身分的に下位だからといって見下したりはしないから、シンシア様のことも普通に慕っておられるのだろう。シンシア様のパトリシア様に対する態度にもなんの含みもないところを見ると、彼女のことを味方と思っているようだ。

 2人でひとしきり盛り上がった後、パトリシア様が今一度私たちの方を向いた。

「ごめんなさい、大騒ぎをしてろくにご挨拶もせず。皆様にまたお目にかかれて嬉しいですわ。その上、一緒に過ごせるだなんて。この冬の社交シーズンは楽しくなりますわ」
「こちらこそ、ロイド副団長のお言葉に甘えて妻、娘ともども、一家で押しかけてしまいました。伯爵夫人にはご迷惑をおかけいたします」
「パトリシア様、いつぞやはアンジェリカにドレスをありがとうございました。それから誕生日にはギルフォード様からも結構なお品を頂戴しまして、大変ありがたく存じます。いただいたリボンとドレス、アンジェリカも大層気に入って、今回も持参させていただきましたの」

 そう、辺境伯家からいただいたお品は超高級品なので、今回も何かの役に立つかもしれないと持ってきている。私がドレスを着るような大舞台に登場する予定はないが、もしそういう場面に出くわしたら、貴重な一張羅が役に立つだろう。ほかには継母手作りのドレスが数着と、装飾品としては父にもらったポシェットと、スノウが手作りしてくれた木製のペンダントは普段使い用として持ってきた。騎士団の厨房に通うだけならこれで十分だ。

 だがドレスの話題が出たことで、パトリシア様の目がきらりと光った。

「ふふふっ、喜んでもらえて嬉しいわ。今回も新しいドレスをたくさん用意しているのよ」

 へ? 新しいドレス? なぜ!?!?!?

「前回は時間がなかったから全部お下がりだったけど、今回は春先まで一緒にいられるからと思って、ドレスメーカーに発注もしてるのよ」
「パトリシア様!?」
「もちろん、明日から着るドレスもちゃんとあるから安心してね?」
「パトリシア様!?」
「嬉しいわ! 今年の冬はアンジェリカちゃんに着せ替え三昧よ!」
「パトリシア様!?」

 なぜ、見ず知らず(ではないけれども)の私のためのドレスが用意されているのか。私は思い切りミシェルを見た。だってこの場で役に立つのはもう彼しかいないから。

 ミシェルは私の訴えに呼応して、眉間に皺を寄せながら母親に訴えた。

「母上、あまりアンジェリカ嬢を困らせるのは……」
「あら、ならばあなたがアンジェリカ嬢の代わりになる?」
「……いえ、失礼しました」
「ミシェル様!?」

 心の叫びがつい口に出てミシェルの名を呼んでいた。しかし彼は私からすぐに目線を逸らし、斜め方向を見ていた。その横顔が如実に語る言葉はーーー。

(ごめん、これ以上は無理)

 ミシェル様――――!!!
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