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本編第一章
王都にやってきました
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思いもかけぬ依頼状と招待状を携え、行く先々で馬車を乗り換えながら、私たち一行は丸4日かけて王都までたどり着いた。ゆっくり行程だったのは私が旅慣れていなかったせいだ。一日中馬車に乗り続けるのは6歳児にはなかなか重労働だ。とくにお尻が。
王都は他の領と違い、街全体がぐるりと大きな城壁で囲われている。いくつかある入り口にはすべて騎士たちが詰めていて、身分や仕事を証明するものがなければ中に入れない。裕福な貴族たちは領地から家紋入りの馬車で来るから、それ自体が通行手形のようなものだけど、うちのように貸し馬車で来るような下級貴族は別の手形が必要になる。
余談だがうちにもちゃんと家紋入りの馬車はある。ぼろいけど。だけど専任の御者を雇っていないので、使用するときはいつも領民に御者役を頼んでいた。王都へは距離も遠いから領民に頼むわけにもいかず、父は馬車も御せはするが、さすがに当主自ら御者をやるのも外聞が悪く、毎回貸し馬車を乗り継いで王都まで来ていた。王都内の移動も都度馬車を借りている。
そんな感じで関所を越えて、馬車はとうとう王都に入場した。
馬車の車窓から眺める王都はお店と人々がひしめく活気が溢れる場所だった。ルシアンがお嫁にいった炭鉱の街も大きかったが、ここは規模が違う。いくつも通りを抜けてもまだ店が連なり、まるでテーマパークの中にいるような雰囲気だ。どこからかおいしそうな匂いも漂ってきてお腹もすいてきた。
「こんな場所でポテト料理のお店をやれたら儲かりそうだわね」
「あら、王都に出店計画? 面白そうね」
私のひとり語りは口から飛び出していたようだ。継母がくすくすと笑う。
「計画としては素敵だけど、実現は難しいかもしれないわね」
「どうしてですか?」
「王都で新しく商売をするのは大変なのよ。なんといっても国王陛下がお住まいの土地だから、審査は厳しいし、許可を更新するのも大変なの。貴族の身分があれば住むだけなら簡単だけど、商売をするとなると保証人も必要になるし、相当な準備がいるわね」
「そうなのですか」
王都で店を開いている人たちは昨日今日始めたというより、代々続けている人がほとんどなのだそう。多くが商人として身を立てている平民だが、中には貴族が運営するお店もあるのだとか。
王都の土地はすべて王家の持ち物で、ここに住まう人たちは王家に家賃を払っている。お店が連なる商店街エリアを抜ければ貴族たちの住まうエリアになり、そこには地方住まいの裕福な貴族たちが王都用の邸宅を設けている。その土地も貴族たちのものではなく王家所有だ。
ダスティン家はその家賃や維持費がもったいないので屋敷を持たず、同じエリア内にあるタウンハウスを毎年借りていた。タウンハウスを借りる下級貴族は多く、形式も一軒家から広めのアパートメントのようなものまで、いろいろあるそうだ。
だが今年は趣が違う。私たちが過ごすのはアッシュバーン辺境伯家。当主は現アッシュバーン伯爵だが、王都の邸宅には普段、伯爵の兄であるロイド副団長とご家族がお住まいだ。アッシュバーン家のように、当主が一年の大半を領地で過ごしている間、その身内が王都の邸宅で暮らすという例はわりとあるらしい。そういう人たちはたいてい王宮や騎士団に勤めている。
ちなみに、年末年始の王宮での社交シーズン開幕パーティに出席できるのは、原則として当主筋の者たちだけだ。そこに王立学院を卒業したばかりの若い人たち、及びそのエスコート役の人たちが特例で招待される。アッシュバーン家で例えるなら、現伯爵とパトリシア夫妻は参加できるが、ロイド副団長と奥様は参加できない。家督を息子に譲った伯爵老とその奥様も参加できない。ただしロイド副団長のように社会的な肩書きがある人は、家とは関係なく個人的に招かれることもあるのだとか。
両陛下に拝謁できる貴重な機会でもあるこのパーティは誰しも憧れるため、皆あの手この手で招待の権利を得ようと躍起になる。また、開幕パーティには参加できなくとも、社交シーズン中に貴族主宰のパーティやお茶会は頻繁に開かれる。そちらは当主筋でなくとも参加できるため、金銭的に多少無理をしてでも社交シーズンを王都で過ごしたがる傍流貴族は多い。
仕事を持っている人たちは貴重な商談の場となるし、若い人たちは結婚相手を探す場にもなる。継母の兄であり、家具職人として身を立てているケビン伯父も、工房を開いた直後は商談相手を求めて参加していたそうだ。今は工房も軌道にのり、商品も直接ではなく王都の商店を通じて卸すようになったので、社交界にはほとんど参加していない。
そういうわけで、王都には年中貴族が集っているが、冬の社交シーズンともなれば賑わいは最高潮。彼らを飽きさせないための工夫も盛り沢山だ。王立の歌劇場では連日オペラが上演されているし、芸術院主宰のコンサートや展覧会も盛り沢山。植物園や公園には温室も常設されているので、この時期でも美しい花を眺めることができる。人形劇やサーカスの公演もあって、子どもたちも大喜び。
ちょこっと覗いてみたい気もするけど、私がここに来た目的はあくまで「おしごと」だから、と気を引き締める。でも、遊びはいいとして、王都の商店街はやっぱり歩いてみたい。この国の文化度を見るいい機会だし。領地の発展につながる構想が得られるかもしれない。
そんなどきどきわくわくする思いも抱えながら、私たちはとうとうアッシュバーン家の邸宅に到着した。
王都は他の領と違い、街全体がぐるりと大きな城壁で囲われている。いくつかある入り口にはすべて騎士たちが詰めていて、身分や仕事を証明するものがなければ中に入れない。裕福な貴族たちは領地から家紋入りの馬車で来るから、それ自体が通行手形のようなものだけど、うちのように貸し馬車で来るような下級貴族は別の手形が必要になる。
余談だがうちにもちゃんと家紋入りの馬車はある。ぼろいけど。だけど専任の御者を雇っていないので、使用するときはいつも領民に御者役を頼んでいた。王都へは距離も遠いから領民に頼むわけにもいかず、父は馬車も御せはするが、さすがに当主自ら御者をやるのも外聞が悪く、毎回貸し馬車を乗り継いで王都まで来ていた。王都内の移動も都度馬車を借りている。
そんな感じで関所を越えて、馬車はとうとう王都に入場した。
馬車の車窓から眺める王都はお店と人々がひしめく活気が溢れる場所だった。ルシアンがお嫁にいった炭鉱の街も大きかったが、ここは規模が違う。いくつも通りを抜けてもまだ店が連なり、まるでテーマパークの中にいるような雰囲気だ。どこからかおいしそうな匂いも漂ってきてお腹もすいてきた。
「こんな場所でポテト料理のお店をやれたら儲かりそうだわね」
「あら、王都に出店計画? 面白そうね」
私のひとり語りは口から飛び出していたようだ。継母がくすくすと笑う。
「計画としては素敵だけど、実現は難しいかもしれないわね」
「どうしてですか?」
「王都で新しく商売をするのは大変なのよ。なんといっても国王陛下がお住まいの土地だから、審査は厳しいし、許可を更新するのも大変なの。貴族の身分があれば住むだけなら簡単だけど、商売をするとなると保証人も必要になるし、相当な準備がいるわね」
「そうなのですか」
王都で店を開いている人たちは昨日今日始めたというより、代々続けている人がほとんどなのだそう。多くが商人として身を立てている平民だが、中には貴族が運営するお店もあるのだとか。
王都の土地はすべて王家の持ち物で、ここに住まう人たちは王家に家賃を払っている。お店が連なる商店街エリアを抜ければ貴族たちの住まうエリアになり、そこには地方住まいの裕福な貴族たちが王都用の邸宅を設けている。その土地も貴族たちのものではなく王家所有だ。
ダスティン家はその家賃や維持費がもったいないので屋敷を持たず、同じエリア内にあるタウンハウスを毎年借りていた。タウンハウスを借りる下級貴族は多く、形式も一軒家から広めのアパートメントのようなものまで、いろいろあるそうだ。
だが今年は趣が違う。私たちが過ごすのはアッシュバーン辺境伯家。当主は現アッシュバーン伯爵だが、王都の邸宅には普段、伯爵の兄であるロイド副団長とご家族がお住まいだ。アッシュバーン家のように、当主が一年の大半を領地で過ごしている間、その身内が王都の邸宅で暮らすという例はわりとあるらしい。そういう人たちはたいてい王宮や騎士団に勤めている。
ちなみに、年末年始の王宮での社交シーズン開幕パーティに出席できるのは、原則として当主筋の者たちだけだ。そこに王立学院を卒業したばかりの若い人たち、及びそのエスコート役の人たちが特例で招待される。アッシュバーン家で例えるなら、現伯爵とパトリシア夫妻は参加できるが、ロイド副団長と奥様は参加できない。家督を息子に譲った伯爵老とその奥様も参加できない。ただしロイド副団長のように社会的な肩書きがある人は、家とは関係なく個人的に招かれることもあるのだとか。
両陛下に拝謁できる貴重な機会でもあるこのパーティは誰しも憧れるため、皆あの手この手で招待の権利を得ようと躍起になる。また、開幕パーティには参加できなくとも、社交シーズン中に貴族主宰のパーティやお茶会は頻繁に開かれる。そちらは当主筋でなくとも参加できるため、金銭的に多少無理をしてでも社交シーズンを王都で過ごしたがる傍流貴族は多い。
仕事を持っている人たちは貴重な商談の場となるし、若い人たちは結婚相手を探す場にもなる。継母の兄であり、家具職人として身を立てているケビン伯父も、工房を開いた直後は商談相手を求めて参加していたそうだ。今は工房も軌道にのり、商品も直接ではなく王都の商店を通じて卸すようになったので、社交界にはほとんど参加していない。
そういうわけで、王都には年中貴族が集っているが、冬の社交シーズンともなれば賑わいは最高潮。彼らを飽きさせないための工夫も盛り沢山だ。王立の歌劇場では連日オペラが上演されているし、芸術院主宰のコンサートや展覧会も盛り沢山。植物園や公園には温室も常設されているので、この時期でも美しい花を眺めることができる。人形劇やサーカスの公演もあって、子どもたちも大喜び。
ちょこっと覗いてみたい気もするけど、私がここに来た目的はあくまで「おしごと」だから、と気を引き締める。でも、遊びはいいとして、王都の商店街はやっぱり歩いてみたい。この国の文化度を見るいい機会だし。領地の発展につながる構想が得られるかもしれない。
そんなどきどきわくわくする思いも抱えながら、私たちはとうとうアッシュバーン家の邸宅に到着した。
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