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本編第一章
スーパー執事の告白です2
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「私の父は金融業を営んでいました。早い話が金貸し屋です。我が家は平民でしたが、父が一代で築き上げた財産のおかげでかなり裕福な暮らしをしていました。それこそ、ごく平均的な貴族よりも、暮らしぶりは豪勢だったと思いますよ」
父の有り余る財産のおかげで、ひとり息子だったロイは子どもの頃から最高の教育を受けることができた。一般的な勉強はもちろん、経営学やマナーに至るまで、顧客である貴族たちと遜色ないようなレベルのものは子どものうちに身につけることができた。それも一重に、王立学院に入学するためだ。子どもへの英才教育という意味だけでなく、貴族を相手に商売をするロイの父にとって、息子が貴族と交流を持つことや、国の中枢へ就職してくれることは、事業の拡大を目指す上で欠かせない方略のひとつだった。
「父は私を学院に入れるためにそれは厳しい教育を施しました。ですが私は元来、学ぶことが好きなたちで、それほど苦ではありませんでした。ただ趣味にしていた植物採集や花の生育の時間まで削られてしまうのは辛かったのですが、それでも父に内緒で採取した標本を整理したりと、それなりに充実した子ども時代を送っていました」
彼がやりたいことを控えながらも勉強に打ち込んだ理由は、彼自身もまた王立学院を目指していたからだ。
王立学院は貴族の子弟向けの学校という一面だけでなく、トップレベルの教育・研究機関でもある。生徒はそこで基礎的な勉学だけでなく、ひとつの学問を専攻することになっている。騎士を目指している者は騎士科クラスを選ぶし、女性であれば家政科クラスや文学科クラスが人気だ。
ロイはそこで本当は植物学科のクラスを専攻したかった。無事難関の試験をパスした彼は学院の門を潜ったものの、彼を後継者とみなしていた父親は彼の希望を良しとせず、経営学を学ぶよう強要した。ロイ自身思うところがなかったわけではないが、パトロンでもある父の意を汲んで、植物学の専攻を諦めた。
ただし学院では好きなだけ授業を組むことができる。彼は経営学を修めながらも、その一方で王国でも著名な植物学者たちの研究室にも入り浸り、貪欲に学んでいた。学院には生徒会があり、ロイは平民たちが集う普通科の代表として役員にも選出されていた。そこで父と出会った。ロイの優秀さは誰もが一目置くところであり、父もまた彼のことを頼りにすることが多かった。平民と貴族という身分差はあれど、2人はいい友情を築いていった。そして父を通じて継母とも知り合い、言葉を交わすようになった。
「ところが、最終学年を迎えたばかりの頃です。王都で金融業を営んでいた父が逮捕される事件が起きました。父は表では金貸しの仕事をしながら、裏稼業にも手を染めていたのです。その裏稼業というのが……奴隷売買でした。父は没落しかけた貴族に高利で金を貸し、返済困難になるよう追い詰めて、貴族の身内を奴隷として買い取り、他国へ売り飛ばしていたのです」
衝撃の告白に、私は思わず口元を押さえた。しかしながら淡々と語るロイの様子は、とても冗談を言っているようには見えない。
「信じられない話ですよね。私も初めは信じられませんでした。ですが調査の手が入るにつれ、父の悪行がどんどん白日のもとに晒されるようになりました」
このセンセーショナルなニュースは当時の王都のみならず、王国中を席巻した。毎日の新聞はロイの父のことをこれでもかと暴きたて、父のみならず家族や親戚、従業員のことまでが調べあげられて晒された。ロイの母もまた父の悪行に加担したと思われ一度拘束されたが、その後証拠不十分で釈放された。もともと他国の出身だったこともあり、その後は王都から姿を消したそうだ。
そして周囲からの好奇の目と蔑みは、王立学院で暮らすロイにも向けられることになった。
優秀な彼に一目置いていた経営学の専攻科の教師たちも彼に対し通りいっぺんの応対しかしなくなり、親しくしていた友人たちは彼から離れていった。その状況に耐えられず外へと向かえば、新聞記者や被害者と名乗る人々が待ち構えており、そんな彼らに追いかけ回される生活。彼の居場所はどこにもなかった。そんな彼に、事件前と変わらず接してくれるのは、父と継母だけだったという。
「もう、25年ほど前のことになります。ルビィの妹さんが亡くなったのも25年前と聞いて、何やら変な因縁を感じました。奥様が、自分はまだ学生だったのでルビィのことを気にかけてやることができなかったとおっしゃっておられましたが、それも仕方のないことだったと思います。奥様と旦那様は、友人である私のことをいつも守ってくださいました。そのため、ご実家のメイドのことにまで気が回らなかったのでしょう」
両親は、学院の敷地外へ出ると大変なことになる彼に代わって、必要なものを買い出しに行ってくれたり外の様子を知らせてくれたりしていたそうだ。それはロイにとって物質的なことだけでなく、精神的な意味でも大きな支えとなった。
「旦那様と奥様のご厚情はそれだけではありませんでした。就職が困難なだけでなく、王都に住み続けることも難しかった私を、男爵領の執事として迎え入れてくださったのです」
王立学院では、普通科に所属する平民たちには奨学金が与えられるため、学費も寮費も無料だ。そのため学院内での生活は困らないが、父親が逮捕されたことで実家の全財産を差し押さえられたロイには自由になるお金がなかった。卒業後はすぐに働きに出なければならないが、こんな状況で彼を雇ってくれるところなどあるはずもなかった。運良く見つけられたとしても、常に好奇の目に晒されるような生活を送るのは耐え難く、そんな自分にとって王都から遠く離れた男爵領は「いい逃亡先だった」と自嘲気味に笑った。
卒業間近になり、めでたく両親の婚約の手筈が整った。その後男爵家に生まれた男子の慣しで、家督を継ぐ前にアッシュバーン家に騎士として伺候しなければならなかった父が任期を終えるのを待って、両親は結婚した。
一方ロイは学院を卒業した後に一足早く男爵家に入り、前任の執事について修行をする傍ら、業務の引き継ぎも行なった。そして父が家督を継ぐと同時に、彼自身も正式な執事として就任した。
父の有り余る財産のおかげで、ひとり息子だったロイは子どもの頃から最高の教育を受けることができた。一般的な勉強はもちろん、経営学やマナーに至るまで、顧客である貴族たちと遜色ないようなレベルのものは子どものうちに身につけることができた。それも一重に、王立学院に入学するためだ。子どもへの英才教育という意味だけでなく、貴族を相手に商売をするロイの父にとって、息子が貴族と交流を持つことや、国の中枢へ就職してくれることは、事業の拡大を目指す上で欠かせない方略のひとつだった。
「父は私を学院に入れるためにそれは厳しい教育を施しました。ですが私は元来、学ぶことが好きなたちで、それほど苦ではありませんでした。ただ趣味にしていた植物採集や花の生育の時間まで削られてしまうのは辛かったのですが、それでも父に内緒で採取した標本を整理したりと、それなりに充実した子ども時代を送っていました」
彼がやりたいことを控えながらも勉強に打ち込んだ理由は、彼自身もまた王立学院を目指していたからだ。
王立学院は貴族の子弟向けの学校という一面だけでなく、トップレベルの教育・研究機関でもある。生徒はそこで基礎的な勉学だけでなく、ひとつの学問を専攻することになっている。騎士を目指している者は騎士科クラスを選ぶし、女性であれば家政科クラスや文学科クラスが人気だ。
ロイはそこで本当は植物学科のクラスを専攻したかった。無事難関の試験をパスした彼は学院の門を潜ったものの、彼を後継者とみなしていた父親は彼の希望を良しとせず、経営学を学ぶよう強要した。ロイ自身思うところがなかったわけではないが、パトロンでもある父の意を汲んで、植物学の専攻を諦めた。
ただし学院では好きなだけ授業を組むことができる。彼は経営学を修めながらも、その一方で王国でも著名な植物学者たちの研究室にも入り浸り、貪欲に学んでいた。学院には生徒会があり、ロイは平民たちが集う普通科の代表として役員にも選出されていた。そこで父と出会った。ロイの優秀さは誰もが一目置くところであり、父もまた彼のことを頼りにすることが多かった。平民と貴族という身分差はあれど、2人はいい友情を築いていった。そして父を通じて継母とも知り合い、言葉を交わすようになった。
「ところが、最終学年を迎えたばかりの頃です。王都で金融業を営んでいた父が逮捕される事件が起きました。父は表では金貸しの仕事をしながら、裏稼業にも手を染めていたのです。その裏稼業というのが……奴隷売買でした。父は没落しかけた貴族に高利で金を貸し、返済困難になるよう追い詰めて、貴族の身内を奴隷として買い取り、他国へ売り飛ばしていたのです」
衝撃の告白に、私は思わず口元を押さえた。しかしながら淡々と語るロイの様子は、とても冗談を言っているようには見えない。
「信じられない話ですよね。私も初めは信じられませんでした。ですが調査の手が入るにつれ、父の悪行がどんどん白日のもとに晒されるようになりました」
このセンセーショナルなニュースは当時の王都のみならず、王国中を席巻した。毎日の新聞はロイの父のことをこれでもかと暴きたて、父のみならず家族や親戚、従業員のことまでが調べあげられて晒された。ロイの母もまた父の悪行に加担したと思われ一度拘束されたが、その後証拠不十分で釈放された。もともと他国の出身だったこともあり、その後は王都から姿を消したそうだ。
そして周囲からの好奇の目と蔑みは、王立学院で暮らすロイにも向けられることになった。
優秀な彼に一目置いていた経営学の専攻科の教師たちも彼に対し通りいっぺんの応対しかしなくなり、親しくしていた友人たちは彼から離れていった。その状況に耐えられず外へと向かえば、新聞記者や被害者と名乗る人々が待ち構えており、そんな彼らに追いかけ回される生活。彼の居場所はどこにもなかった。そんな彼に、事件前と変わらず接してくれるのは、父と継母だけだったという。
「もう、25年ほど前のことになります。ルビィの妹さんが亡くなったのも25年前と聞いて、何やら変な因縁を感じました。奥様が、自分はまだ学生だったのでルビィのことを気にかけてやることができなかったとおっしゃっておられましたが、それも仕方のないことだったと思います。奥様と旦那様は、友人である私のことをいつも守ってくださいました。そのため、ご実家のメイドのことにまで気が回らなかったのでしょう」
両親は、学院の敷地外へ出ると大変なことになる彼に代わって、必要なものを買い出しに行ってくれたり外の様子を知らせてくれたりしていたそうだ。それはロイにとって物質的なことだけでなく、精神的な意味でも大きな支えとなった。
「旦那様と奥様のご厚情はそれだけではありませんでした。就職が困難なだけでなく、王都に住み続けることも難しかった私を、男爵領の執事として迎え入れてくださったのです」
王立学院では、普通科に所属する平民たちには奨学金が与えられるため、学費も寮費も無料だ。そのため学院内での生活は困らないが、父親が逮捕されたことで実家の全財産を差し押さえられたロイには自由になるお金がなかった。卒業後はすぐに働きに出なければならないが、こんな状況で彼を雇ってくれるところなどあるはずもなかった。運良く見つけられたとしても、常に好奇の目に晒されるような生活を送るのは耐え難く、そんな自分にとって王都から遠く離れた男爵領は「いい逃亡先だった」と自嘲気味に笑った。
卒業間近になり、めでたく両親の婚約の手筈が整った。その後男爵家に生まれた男子の慣しで、家督を継ぐ前にアッシュバーン家に騎士として伺候しなければならなかった父が任期を終えるのを待って、両親は結婚した。
一方ロイは学院を卒業した後に一足早く男爵家に入り、前任の執事について修行をする傍ら、業務の引き継ぎも行なった。そして父が家督を継ぐと同時に、彼自身も正式な執事として就任した。
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