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本編第一章
犯人探しが始まりました2
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「どうぞ」
ルビィの案内で彼女の部屋に入る。中はロイやマリサと同じような作りだ。だが2人の部屋よりも幾分華やかな印象を受けた。
それは壁に飾られた小さな絵や趣味のいい飾り棚のおかげかもしれない。カーテンの色味と絨毯の色味、それにソファにかけられたレースのカバーなども統一感があって、全体的に品のよい小部屋に仕上がっていた。
「マリサと同様に、奥様とお嬢様にチェックしていただきましょう」
ロイがそう誘導したので、私と継母は部屋に入った。部屋の中央に立つルビィの横顔をちらりと見るが、特別焦っているようでも、何かを隠しているようでもない。
継母がクローゼットに回ったので、私はベッドの下を覗いた。特に何かがあるわけでもない。
そのまま、窓際のデスクに向かった。古い机だが造りはしっかりしている。色は幾分褪せてはいるが、ニスを塗り直した痕があり、丁寧に使っていることがわかる物だった。椅子の共布も張り替えたばかりなのか、清潔感がある。
そのデスクの端に、小さな写真が飾ってあった。写っているのは面差しがよく似た若い2人の女性だ。
(これって……)
自然と目を近づけようとしたとき、背後からものすごい勢いで手が伸びてきた。
「やめて!」
「え……」
振り返るとルビィが青白い顔をしながら立っていた。そのまま写真立てを掴み、すぐさま伏せる。虚を突かれた私は思わずぎょっとして彼女を見返した。
「ルビィ?」
いつもの冷静な彼女とはかけ離れた行動に驚いたのは継母も同じだった。私と彼女をはらはらした様子で見つめる。
継母の呼びかけにはっと気づいたように、ルビィは小さく謝罪した。
「……失礼しました。ですが、こちらは何も関係がございませんので」
私とは一切目を合わさないが、それでもこの私に対して謝ってくれたことが衝撃だった。
「いえ、あの、私もごめんなさい。関係ないものをじろじろ見てしまって、申し訳なかったわ」
詮索しようとしたわけではない、たまたま目に入ってしまっただけのことだが、彼女にとっては見られたくないものだったかもしれない。それにここは彼女のプライベートの空間だ。事情が事情なだけに入れてもらってはいるが、関係ないものにまで手を伸ばすのは確かによくないことだった。
ルビィはメイド長ということで正装の制服を着ている。名前こそメイドとついているが、ミリーやルシアン、マリサのようなハウスメイドの下仕事はほとんどしない。本来は家政を取り仕切ったりメイドの管理をしたりする上級メイドの仕事が彼女の役割だ。
だが貧乏男爵家では常に人手が足りない。とりわけ継母が料理という名の毎日のお勝手仕事や、裁縫という名前の繕い物を率先してやっているので、ルビィも掃除や片付けといったこまごました仕事は行なっている。
(確か、子爵家の出身だって、前に言ってたっけ)
継母の家に昔から仕えていたと聞いたことがあるから、継母の実家ウォーレス家に連なる出身なのかもしれない。ウォーレス家は決して評判の悪い家ではないが、当主の従兄筋であるケビン伯父が既に独立を決め込んでいるくらいだから、一族の末端までを支えるだけの力は領主にないのだろう。となればルビィの家も早々に独立を求められたのかもしれない。
継母の古い知り合いという以外、驚くほど彼女のことを何も知らない。彼女だけでなくロイについてもだ。この屋敷に来てから、マリサやミリーとはずいぶん親しくしていたが、この2人とはなんとなくだが遠いままだった。まぁルビィに至っては向こうが完全に歩み寄りを拒否していたから、仕方がないことなのだけど。
「クローゼットの中にも、とくにおかしなものは見当たらなかったわ」
継母が最後の箱をチェックし終え、そう告げた。ルビィは変わらずの冷たい表情のまま、つんと鼻をそらした。
「さて、これで私の潔白も証明されましたね。本当に、朝から無駄な時間を使ってしまいましたわ」
彼女の言うとおり、ルビィの部屋から、もちろん他の誰の部屋からも、おかしなものは出てこなかった。一応、ゴミ捨て場やリネン室もチェックしなければならないだろうが、この流れでおかしなものが出てくるとは思えない。
ルビィは犯人ではなかった。そのことにほっと胸を撫で下ろす。両親も心なし、安心したような表情に見える。
全員がルビィの部屋を後にしようとした、そのときだった。
「お待ちください。もうひとつ、確認いただきたいことがあります」
廊下で待っていたロイが、縁のない眼鏡を片手で支えながら、静かにそう切り出した。
ルビィの案内で彼女の部屋に入る。中はロイやマリサと同じような作りだ。だが2人の部屋よりも幾分華やかな印象を受けた。
それは壁に飾られた小さな絵や趣味のいい飾り棚のおかげかもしれない。カーテンの色味と絨毯の色味、それにソファにかけられたレースのカバーなども統一感があって、全体的に品のよい小部屋に仕上がっていた。
「マリサと同様に、奥様とお嬢様にチェックしていただきましょう」
ロイがそう誘導したので、私と継母は部屋に入った。部屋の中央に立つルビィの横顔をちらりと見るが、特別焦っているようでも、何かを隠しているようでもない。
継母がクローゼットに回ったので、私はベッドの下を覗いた。特に何かがあるわけでもない。
そのまま、窓際のデスクに向かった。古い机だが造りはしっかりしている。色は幾分褪せてはいるが、ニスを塗り直した痕があり、丁寧に使っていることがわかる物だった。椅子の共布も張り替えたばかりなのか、清潔感がある。
そのデスクの端に、小さな写真が飾ってあった。写っているのは面差しがよく似た若い2人の女性だ。
(これって……)
自然と目を近づけようとしたとき、背後からものすごい勢いで手が伸びてきた。
「やめて!」
「え……」
振り返るとルビィが青白い顔をしながら立っていた。そのまま写真立てを掴み、すぐさま伏せる。虚を突かれた私は思わずぎょっとして彼女を見返した。
「ルビィ?」
いつもの冷静な彼女とはかけ離れた行動に驚いたのは継母も同じだった。私と彼女をはらはらした様子で見つめる。
継母の呼びかけにはっと気づいたように、ルビィは小さく謝罪した。
「……失礼しました。ですが、こちらは何も関係がございませんので」
私とは一切目を合わさないが、それでもこの私に対して謝ってくれたことが衝撃だった。
「いえ、あの、私もごめんなさい。関係ないものをじろじろ見てしまって、申し訳なかったわ」
詮索しようとしたわけではない、たまたま目に入ってしまっただけのことだが、彼女にとっては見られたくないものだったかもしれない。それにここは彼女のプライベートの空間だ。事情が事情なだけに入れてもらってはいるが、関係ないものにまで手を伸ばすのは確かによくないことだった。
ルビィはメイド長ということで正装の制服を着ている。名前こそメイドとついているが、ミリーやルシアン、マリサのようなハウスメイドの下仕事はほとんどしない。本来は家政を取り仕切ったりメイドの管理をしたりする上級メイドの仕事が彼女の役割だ。
だが貧乏男爵家では常に人手が足りない。とりわけ継母が料理という名の毎日のお勝手仕事や、裁縫という名前の繕い物を率先してやっているので、ルビィも掃除や片付けといったこまごました仕事は行なっている。
(確か、子爵家の出身だって、前に言ってたっけ)
継母の家に昔から仕えていたと聞いたことがあるから、継母の実家ウォーレス家に連なる出身なのかもしれない。ウォーレス家は決して評判の悪い家ではないが、当主の従兄筋であるケビン伯父が既に独立を決め込んでいるくらいだから、一族の末端までを支えるだけの力は領主にないのだろう。となればルビィの家も早々に独立を求められたのかもしれない。
継母の古い知り合いという以外、驚くほど彼女のことを何も知らない。彼女だけでなくロイについてもだ。この屋敷に来てから、マリサやミリーとはずいぶん親しくしていたが、この2人とはなんとなくだが遠いままだった。まぁルビィに至っては向こうが完全に歩み寄りを拒否していたから、仕方がないことなのだけど。
「クローゼットの中にも、とくにおかしなものは見当たらなかったわ」
継母が最後の箱をチェックし終え、そう告げた。ルビィは変わらずの冷たい表情のまま、つんと鼻をそらした。
「さて、これで私の潔白も証明されましたね。本当に、朝から無駄な時間を使ってしまいましたわ」
彼女の言うとおり、ルビィの部屋から、もちろん他の誰の部屋からも、おかしなものは出てこなかった。一応、ゴミ捨て場やリネン室もチェックしなければならないだろうが、この流れでおかしなものが出てくるとは思えない。
ルビィは犯人ではなかった。そのことにほっと胸を撫で下ろす。両親も心なし、安心したような表情に見える。
全員がルビィの部屋を後にしようとした、そのときだった。
「お待ちください。もうひとつ、確認いただきたいことがあります」
廊下で待っていたロイが、縁のない眼鏡を片手で支えながら、静かにそう切り出した。
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