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本編第一章
犯人探しが始まりました1
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朝食の準備も終わらない中、父が玄関にマリサとルビィを呼んだ。マリサは台所で食事の準備中だったし、ルビィは各部屋のリネンを集めているところだった。ミリーはこの後8時に出勤してくるからまだいない。
事情を知らないであろう2人に、父は私の畑で起きた出来事を告げた。マリサは驚いてみせたが、ルビィの顔色は変わらない。この人はいつも表情を面に出さないから、驚いているのかそうでないのか、よくわからない。父の発言に続いて、ロイが今後の方針を説明した。
「というわけで、今し方旦那様からの説明があったように、人為的な可能性がある以上、犯人を突き止めねばなりません。そこでまずは、我々使用人の部屋を調べます」
「私たちの部屋ですかい?」
鼻白むマリサに、ロイは言葉を続けた。
「今後領民たちを調査するためにも、まずは我々使用人が潔白であることを証明しなければなりません。そうでなければ領民たちも、我々を信用してくれないでしょう。犯人は昨夜使用した衣服や道具を隠し持っている可能性があります。それらが部屋にないことを、まずは私たちが示しましょう」
「確かにそうだねぇ」
マリサの納得が得られたので、ロイは「ではさっそく開始しましょう」と使用人棟へ移動しようとした。
「お待ちください、何も全員で行かなくとも、ひとりずつでよいのではありませんか。まだ朝の仕事も済んでおりません」
ルビィが私たちの足を止める。彼女は特に焦っているというわけでもなく、いつもの冷静な表情のままだ。
「今日は洗濯の日ですから、ミリーが来る前に洗濯物の回収をしておきたいのです。冬の昼間は短いですから、すぐに作業にかかれるようにしておかないと、家事が予定通りに終わりません」
ルビィの言うことは一理あった。
我が家では家族の分も使用人の分もひっくるめて、2日に1回の割合で洗濯を行なっている。お天気の具合などでずれやすくはあるが、いつもはミリーとルシアンが半日ほどかけて手作業で洗濯してくれていた。水の精霊石を使えば洗濯は楽なのだが数に限りがあるので、精霊石を使うのは私や両親の衣服と、ロイとルビィの仕事用の正装、あとはカーテンやシーツなど、大きくて洗うのが面倒なものくらい。その他の普段着や下着、リネン類などは手作業で行なっている。冬場はなかなか辛い作業だが、土地柄が幸いして火の精霊石はふんだんにあるので、お湯にして利用できるから少しは楽なのだ。
だがルシアンが抜けてから、負担はミリーひとりにかかっている。継母やルビィは水の精霊石を使った洗濯は行うが、手作業の洗濯まではしない。ミリーが少しでも早く作業に取り掛かれるよう、ルビィが下準備だけ済ませておいてやるのが最近の日課だった。
メイド長として、家事が滞りなく回るよう差配するのが彼女の仕事だ。ロイもそこは納得しているはずだ。
「ルビィの言うことは尤もですが、今は緊急事態です。こちらを優先させます」
「緊急事態といっても、ただじゃがいもの畑が荒らされただけでしょう? それもお嬢様のおままごとのようなものですし。取り立てて大騒ぎするほどのものとは思えません」
おままごと、と彼女は私の計画を冷たく切り捨てた。喉元まで込み上げた反論をぐっと押さえ込む。これは領の将来をかけた土壌改良の実験だ。ままごとなんかであるはずがない。けれど、私にはそれを訴えるだけの声がなかった。秋植えはあくまで私の勝手な思いつき、うまくいくとは両親も思っていなかった、ということになっている、今この段階では。
悔しい思いを押し殺すように唇を噛む。そんな私の思いを汲んでくれたわけではないだろうが、ロイが言葉を続けた。
「ルビィ。あなたは状況がわかっていないようですね。これは、歴とした犯罪です。畑が人為的に荒らされ、農作物に被害が出ているのですよ?」
「ですが、犯罪だなんて、そんな大袈裟な……」
「これが領民の畑で起こっていたら、今頃領内は大騒ぎです。大切な食料が被害を被ったわけですからね。しかもさも猪の仕業であるかのように、小細工までしている。非常に狡猾なやり方です」
「……」
ロイの有無を言わさない態度に、さすがのルビィも押し黙った。それを肯定と受け取ったのか、彼は屋敷の外にある使用人棟に私たちを誘導した。
「さて、まずは私の部屋から、と言いたいところですが、ルビィの仕事が滞るのもよくないですから、先にルビィの部屋を見ることにしましょうか?」
「いえ、私はどちらでもかまいませんわ。先でも後でも」
「わかりました。それではやはり、私の部屋からまいりましょう」
そして彼は、自分の部屋の扉を開けた。
中は、私の部屋より少し小さいワンルームになっていた。窓際に机がひとつ、両壁際にベッドとクローゼットがひとつずつ、部屋の中央にソファとカフェテーブルがひとつの簡素な作りだ。
「旦那様、奥様、中へどうぞ。部屋が狭いですから、ルビィとマリサは廊下で待っていてください。お嬢様は入り口辺りからご覧いただけますか」
ロイの指示に従って、私は扉の付近で待機した。彼に誘導された両親が部屋の中へ入る。
「デスクの中、クローゼットの中、それにゴミ箱の中……ベッドの下もご確認ください」
彼の言葉に従って、両親がそれぞれ確認する。父はデスクの中とベッドの下を見、継母はクローゼットを開ける。
「奥様、箱の中などもどうぞご確認ください」
「わかったわ」
いくつか積まれた箱を開けると中には細々した物が入っていた。クローゼットに付随した引き出しも確認したが、怪しいものは何もない。
「ベッドの下も問題ないな」
顔をあげた父が告げる。狭い部屋なので確認はあっという間に終わった。
「あとは洗濯物ですが、すでにリネン室に出してしまいましたので、後で確認しにまいりましょう。ただ私の服はそれほど多くありません。正装は1組はお屋敷に、もう1組はここにある通りです。私服は今着ているものと、クローゼットにある一揃い、それにリネン室にある二揃いですべてです。これはいつも洗濯を担当してくれているミリーに聞けば証明できるはずです」
確かに、それだけ数に限りがあれば、ミリーの記憶にもあるだろう。ロイの持ち物に怪しいものはなかった。おそらく彼の仕業ではない。
「さて、続いてはマリサの部屋を見せてもらいましょうか」
「はいよ、旦那様方にお見せできるほど立派なものではないけどね」
そして彼女の部屋へと移動した。
我が家の使用人棟には全部で8つの部屋がある。大きいお屋敷では男女別なのだろうが、我が家ではそんな余裕もないので、棟はひとつだ。廊下の両脇に3つずつ部屋があり、これらは単身者用だ。その奥側には夫婦や家族で入居できる広めの部屋が2つある。ただし、現在使用されているのは一番右手前のロイの部屋と、そのお向かいにあるルビィの部屋、ルビィの隣のマリサの部屋だけだ。
「皆様どうぞ。そんなに散らかしちゃいないと思うけど」
こんな状況でもくったくない笑顔を見せながら、マリサが私たちを誘導した。
「こんなおばあちゃんですけどね、殿方にあまり見られたくないものもあるんですが、どうしたらいいですかね」
「確かにそうですね。ではマリサとルビィの部屋は奥様とお嬢様にチェックしていただきましょう。お二人とも、先ほど私の部屋で見たのと同じようにチェックしてみてください」
「わかったわ」
そして私と継母は部屋に入った。作りはロイの部屋とまったく同じ。カーテンやカーペットの模様が違う程度だ。
「服もお見せするんでしたっけね。私は制服はありませんからね、普段着が何枚かと、一張羅が一枚きりですよ」
クローゼットの中は、ロイよりは充実しているが、それでもたいした量ではない。いつも着ているワンピースに、替えのエプロンが2枚。ここにないものはリネン室にあるとのことだ。
ロイのときと同じようにチェックを済ませ、マリサの部屋は終わった。こちらも怪しいところは見当たらない。
「さて、最後はルビィですね」
名前を呼ばれたルビィは顔色ひとつ変えず、いつもの静かな佇まいで私たちの視線を受け止めた。
事情を知らないであろう2人に、父は私の畑で起きた出来事を告げた。マリサは驚いてみせたが、ルビィの顔色は変わらない。この人はいつも表情を面に出さないから、驚いているのかそうでないのか、よくわからない。父の発言に続いて、ロイが今後の方針を説明した。
「というわけで、今し方旦那様からの説明があったように、人為的な可能性がある以上、犯人を突き止めねばなりません。そこでまずは、我々使用人の部屋を調べます」
「私たちの部屋ですかい?」
鼻白むマリサに、ロイは言葉を続けた。
「今後領民たちを調査するためにも、まずは我々使用人が潔白であることを証明しなければなりません。そうでなければ領民たちも、我々を信用してくれないでしょう。犯人は昨夜使用した衣服や道具を隠し持っている可能性があります。それらが部屋にないことを、まずは私たちが示しましょう」
「確かにそうだねぇ」
マリサの納得が得られたので、ロイは「ではさっそく開始しましょう」と使用人棟へ移動しようとした。
「お待ちください、何も全員で行かなくとも、ひとりずつでよいのではありませんか。まだ朝の仕事も済んでおりません」
ルビィが私たちの足を止める。彼女は特に焦っているというわけでもなく、いつもの冷静な表情のままだ。
「今日は洗濯の日ですから、ミリーが来る前に洗濯物の回収をしておきたいのです。冬の昼間は短いですから、すぐに作業にかかれるようにしておかないと、家事が予定通りに終わりません」
ルビィの言うことは一理あった。
我が家では家族の分も使用人の分もひっくるめて、2日に1回の割合で洗濯を行なっている。お天気の具合などでずれやすくはあるが、いつもはミリーとルシアンが半日ほどかけて手作業で洗濯してくれていた。水の精霊石を使えば洗濯は楽なのだが数に限りがあるので、精霊石を使うのは私や両親の衣服と、ロイとルビィの仕事用の正装、あとはカーテンやシーツなど、大きくて洗うのが面倒なものくらい。その他の普段着や下着、リネン類などは手作業で行なっている。冬場はなかなか辛い作業だが、土地柄が幸いして火の精霊石はふんだんにあるので、お湯にして利用できるから少しは楽なのだ。
だがルシアンが抜けてから、負担はミリーひとりにかかっている。継母やルビィは水の精霊石を使った洗濯は行うが、手作業の洗濯まではしない。ミリーが少しでも早く作業に取り掛かれるよう、ルビィが下準備だけ済ませておいてやるのが最近の日課だった。
メイド長として、家事が滞りなく回るよう差配するのが彼女の仕事だ。ロイもそこは納得しているはずだ。
「ルビィの言うことは尤もですが、今は緊急事態です。こちらを優先させます」
「緊急事態といっても、ただじゃがいもの畑が荒らされただけでしょう? それもお嬢様のおままごとのようなものですし。取り立てて大騒ぎするほどのものとは思えません」
おままごと、と彼女は私の計画を冷たく切り捨てた。喉元まで込み上げた反論をぐっと押さえ込む。これは領の将来をかけた土壌改良の実験だ。ままごとなんかであるはずがない。けれど、私にはそれを訴えるだけの声がなかった。秋植えはあくまで私の勝手な思いつき、うまくいくとは両親も思っていなかった、ということになっている、今この段階では。
悔しい思いを押し殺すように唇を噛む。そんな私の思いを汲んでくれたわけではないだろうが、ロイが言葉を続けた。
「ルビィ。あなたは状況がわかっていないようですね。これは、歴とした犯罪です。畑が人為的に荒らされ、農作物に被害が出ているのですよ?」
「ですが、犯罪だなんて、そんな大袈裟な……」
「これが領民の畑で起こっていたら、今頃領内は大騒ぎです。大切な食料が被害を被ったわけですからね。しかもさも猪の仕業であるかのように、小細工までしている。非常に狡猾なやり方です」
「……」
ロイの有無を言わさない態度に、さすがのルビィも押し黙った。それを肯定と受け取ったのか、彼は屋敷の外にある使用人棟に私たちを誘導した。
「さて、まずは私の部屋から、と言いたいところですが、ルビィの仕事が滞るのもよくないですから、先にルビィの部屋を見ることにしましょうか?」
「いえ、私はどちらでもかまいませんわ。先でも後でも」
「わかりました。それではやはり、私の部屋からまいりましょう」
そして彼は、自分の部屋の扉を開けた。
中は、私の部屋より少し小さいワンルームになっていた。窓際に机がひとつ、両壁際にベッドとクローゼットがひとつずつ、部屋の中央にソファとカフェテーブルがひとつの簡素な作りだ。
「旦那様、奥様、中へどうぞ。部屋が狭いですから、ルビィとマリサは廊下で待っていてください。お嬢様は入り口辺りからご覧いただけますか」
ロイの指示に従って、私は扉の付近で待機した。彼に誘導された両親が部屋の中へ入る。
「デスクの中、クローゼットの中、それにゴミ箱の中……ベッドの下もご確認ください」
彼の言葉に従って、両親がそれぞれ確認する。父はデスクの中とベッドの下を見、継母はクローゼットを開ける。
「奥様、箱の中などもどうぞご確認ください」
「わかったわ」
いくつか積まれた箱を開けると中には細々した物が入っていた。クローゼットに付随した引き出しも確認したが、怪しいものは何もない。
「ベッドの下も問題ないな」
顔をあげた父が告げる。狭い部屋なので確認はあっという間に終わった。
「あとは洗濯物ですが、すでにリネン室に出してしまいましたので、後で確認しにまいりましょう。ただ私の服はそれほど多くありません。正装は1組はお屋敷に、もう1組はここにある通りです。私服は今着ているものと、クローゼットにある一揃い、それにリネン室にある二揃いですべてです。これはいつも洗濯を担当してくれているミリーに聞けば証明できるはずです」
確かに、それだけ数に限りがあれば、ミリーの記憶にもあるだろう。ロイの持ち物に怪しいものはなかった。おそらく彼の仕業ではない。
「さて、続いてはマリサの部屋を見せてもらいましょうか」
「はいよ、旦那様方にお見せできるほど立派なものではないけどね」
そして彼女の部屋へと移動した。
我が家の使用人棟には全部で8つの部屋がある。大きいお屋敷では男女別なのだろうが、我が家ではそんな余裕もないので、棟はひとつだ。廊下の両脇に3つずつ部屋があり、これらは単身者用だ。その奥側には夫婦や家族で入居できる広めの部屋が2つある。ただし、現在使用されているのは一番右手前のロイの部屋と、そのお向かいにあるルビィの部屋、ルビィの隣のマリサの部屋だけだ。
「皆様どうぞ。そんなに散らかしちゃいないと思うけど」
こんな状況でもくったくない笑顔を見せながら、マリサが私たちを誘導した。
「こんなおばあちゃんですけどね、殿方にあまり見られたくないものもあるんですが、どうしたらいいですかね」
「確かにそうですね。ではマリサとルビィの部屋は奥様とお嬢様にチェックしていただきましょう。お二人とも、先ほど私の部屋で見たのと同じようにチェックしてみてください」
「わかったわ」
そして私と継母は部屋に入った。作りはロイの部屋とまったく同じ。カーテンやカーペットの模様が違う程度だ。
「服もお見せするんでしたっけね。私は制服はありませんからね、普段着が何枚かと、一張羅が一枚きりですよ」
クローゼットの中は、ロイよりは充実しているが、それでもたいした量ではない。いつも着ているワンピースに、替えのエプロンが2枚。ここにないものはリネン室にあるとのことだ。
ロイのときと同じようにチェックを済ませ、マリサの部屋は終わった。こちらも怪しいところは見当たらない。
「さて、最後はルビィですね」
名前を呼ばれたルビィは顔色ひとつ変えず、いつもの静かな佇まいで私たちの視線を受け止めた。
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