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本編第一章
ありがとうと伝えました
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相談にのってくれた父はあっさりとルシアンの意見を肯定した。
「せっかくのルシアンからの提案なんだ、いただいてはどうかな」
思いがけない返事に私は驚いた。現場で頑張っているのはルシアンたちだ。自分は何もしていない。それなのにお代をピンハネするようなことをするのは正直心苦しい。
「アンジェリカはこのお店をこのまま終わらせたくはないのだろう?」
「はい、可能なら買い取って、食堂などにして運営できればいいと思っています。それから2号店も出したいです」
「ならばその資金ということにして、貯蓄してはどうかな」
父の案になるほど、と思うところもあった。確かに次への投資のためにお金はあった方がいい。そして我が領は万年貧乏だ。2号店はもしかしたらまたアッシュバーン家のご好意で出せるかもしれないが、今のままでは店を買い取ることなど夢のまた夢だ。
「わかりました。そうさせてもらいます」
「それから、お金の管理は、アンジェリカ、おまえがしなさい」
「え、私がですか?」
「あぁ。あのお店はおまえがはじめたものだろう。だったらおまえがやるべきだ。もちろん、私やロイも手伝うよ。今後の展開のために何が必要なのか、それにはどれくらいの人材や金銭の投資が必要なのか、この機会に考えてみるといい」
私は宰相様の手紙のことを思い出した。ポテト料理を広めるために必要な、膨大な人とお金と資材。それを宰相様に納得させ、出資への是を引き出すために、そのモデルケースを示しておくのは悪いことではない。未だお目にはかかっていないが、彼からの挑戦状を私は受け取ったのだ。
「おとうさま、ありがとうございます!」
そうして、ポテトお料理教室は夕方の惣菜販売をスタートさせたわけだが、これが思いのほか当たっている。
もともと坑夫が多い町であり、それに伴い独身男性も多い。彼らが仕事終わりに夕食のおかずにと、ポテト料理を買い求めるようになった。安くておいしい上に、おなかも膨れる、何より今流行のポテト料理というだけあって、お店に出しても、ものの30分くらいで売り切れてしまうのだとか。おかげで残業するまでもない上に稼ぎにもなるとあって、皆俄然やる気になっているそう。今では昼間のお料理教室の生徒さんたちにも手伝ってもらい、少し多めに作るようにしている。彼女たちも無料でお料理を習わせてもらっているのだからこれくらいやらせてほしいと協力してくれるため、人件費も抑えられて一石三鳥だ。
稼いだお金は今のところルシアンの方で管理してもらっている。週報にも売り上げが記載されるようになり、私の楽しみが増えた。
物づくりでもなんでも、それがお金になることが大切だ。金、金と言うのは意地汚いかもしれないが、お金がなければ生活はできない。そしてダスティン領の目標も、今よりもっといい生活が送れるようになることだ。めぼしい産業がないこの土地で、このお店の運営がもしかすると新たな産業になる可能性も秘めている。
「ねぇ、スノウ、帰りに温泉寄っていこうよ。この近くにもあるんだ。ゆっくり浸かれるほどの広さはないけど、足をひたすくらいならできるよ」
「温泉か! 行きたい」
バケツに栗を集め終わった私は、さらに奥へと進んだ。この先にも源泉があるのを見つけたのは、栗の実を拾いにきたのがきっかけだった。もっとも父は知っていたらしいが、この間案内してもらったような広い範囲での源泉ではないため、すっかり忘れていたそうだ。
源泉があるということは、掘り起こせば十分にゆったり浸かれる温泉になるということだ。まったくあの父はなぜ私にこれを教えなかったのか。スノウを案内しながらここにはおらぬ父にぷりぷりと腹をたてる。
「ほら、ここよ」
「ほんとだ、湯気が出ててあったかいな」
そこは幅にして1メートルほどの窪みに源泉がぽこぽこと湧き出す場所だった。すでに温度がちょうどいい具合なのは確認済みだ。私たちは靴を脱いで、裸足をつけた。足首までがつかるほどの少ない湯量だが、十分あたたかい。
「私ね、この温泉を使って町おこしをしたいんだ」
「町おこし? なんだそれ」
「この温泉を観光資源にしたいの。わかりやすく言うとね、この温泉を目当てに、王国中からお客さんがたーっくさん集まってくれたらいいなって思うんだ」
「みんなが温泉を楽しみにしてくるってことか?」
「そう。そうすればこの領でお金を使ってくれるでしょう? そうしたら領民の生活ももっと楽になると思うんだ。領で安定した仕事が得られたら、もう冬になるたびに出稼ぎにも行かなくてすむし。みんなおなかいっぱいごはんも食べられる」
そう、私の目標は変わっていない。父に領内を案内してもらったときから、両親にあたたかく迎え入れられたときから、少しも変わっていない。最近、この国の偉い人たちと立て続けに会ったり手紙やプレゼントをもらったりして忙しかったけど、私の軸足はあそこじゃない。
私は、ここで生きている。両親のために、領民のために、ここで生きていく。
「できるんじゃないか? アンジェリカがそう思うなら」
なぜかそっぽを向いたままのスノウがぽつりとそう言った。
「じゃがいももサツマイモも、おまえのおかげでおいしくなったし。だったら温泉にみんなが集まってくるのも、できるに決まってる。その、俺も、手伝ってやるし」
「スノウ……」
私はこの同い年の従兄弟の存在に、改めて勇気づけられた。父に話をしたときは、難しいと否定された。もちろん父は私を悲しませるためにそう言ったのではなく、現実を鑑みてそう言ったのだと理解している。父のアドバイスは的確で、私も感謝している。
でも今ここに、私と同じ目線を持ってくれる人がいる。血のつながりはないけれど、両親と同じように強い絆で結ばれた仲間のように思え、嬉しかった。私は笑顔で「ありがとう」と返した。彼はそっぽを向いたまま、わざとらしく足でお湯を跳ね上げた。その顔が蒸気して赤くなっていたのは、温泉であたたまったからか。
私もあたたかい気持ちになり、手を伸ばして、ぽこぽこと沸き起こる源泉の泡を追いかけた。
「せっかくのルシアンからの提案なんだ、いただいてはどうかな」
思いがけない返事に私は驚いた。現場で頑張っているのはルシアンたちだ。自分は何もしていない。それなのにお代をピンハネするようなことをするのは正直心苦しい。
「アンジェリカはこのお店をこのまま終わらせたくはないのだろう?」
「はい、可能なら買い取って、食堂などにして運営できればいいと思っています。それから2号店も出したいです」
「ならばその資金ということにして、貯蓄してはどうかな」
父の案になるほど、と思うところもあった。確かに次への投資のためにお金はあった方がいい。そして我が領は万年貧乏だ。2号店はもしかしたらまたアッシュバーン家のご好意で出せるかもしれないが、今のままでは店を買い取ることなど夢のまた夢だ。
「わかりました。そうさせてもらいます」
「それから、お金の管理は、アンジェリカ、おまえがしなさい」
「え、私がですか?」
「あぁ。あのお店はおまえがはじめたものだろう。だったらおまえがやるべきだ。もちろん、私やロイも手伝うよ。今後の展開のために何が必要なのか、それにはどれくらいの人材や金銭の投資が必要なのか、この機会に考えてみるといい」
私は宰相様の手紙のことを思い出した。ポテト料理を広めるために必要な、膨大な人とお金と資材。それを宰相様に納得させ、出資への是を引き出すために、そのモデルケースを示しておくのは悪いことではない。未だお目にはかかっていないが、彼からの挑戦状を私は受け取ったのだ。
「おとうさま、ありがとうございます!」
そうして、ポテトお料理教室は夕方の惣菜販売をスタートさせたわけだが、これが思いのほか当たっている。
もともと坑夫が多い町であり、それに伴い独身男性も多い。彼らが仕事終わりに夕食のおかずにと、ポテト料理を買い求めるようになった。安くておいしい上に、おなかも膨れる、何より今流行のポテト料理というだけあって、お店に出しても、ものの30分くらいで売り切れてしまうのだとか。おかげで残業するまでもない上に稼ぎにもなるとあって、皆俄然やる気になっているそう。今では昼間のお料理教室の生徒さんたちにも手伝ってもらい、少し多めに作るようにしている。彼女たちも無料でお料理を習わせてもらっているのだからこれくらいやらせてほしいと協力してくれるため、人件費も抑えられて一石三鳥だ。
稼いだお金は今のところルシアンの方で管理してもらっている。週報にも売り上げが記載されるようになり、私の楽しみが増えた。
物づくりでもなんでも、それがお金になることが大切だ。金、金と言うのは意地汚いかもしれないが、お金がなければ生活はできない。そしてダスティン領の目標も、今よりもっといい生活が送れるようになることだ。めぼしい産業がないこの土地で、このお店の運営がもしかすると新たな産業になる可能性も秘めている。
「ねぇ、スノウ、帰りに温泉寄っていこうよ。この近くにもあるんだ。ゆっくり浸かれるほどの広さはないけど、足をひたすくらいならできるよ」
「温泉か! 行きたい」
バケツに栗を集め終わった私は、さらに奥へと進んだ。この先にも源泉があるのを見つけたのは、栗の実を拾いにきたのがきっかけだった。もっとも父は知っていたらしいが、この間案内してもらったような広い範囲での源泉ではないため、すっかり忘れていたそうだ。
源泉があるということは、掘り起こせば十分にゆったり浸かれる温泉になるということだ。まったくあの父はなぜ私にこれを教えなかったのか。スノウを案内しながらここにはおらぬ父にぷりぷりと腹をたてる。
「ほら、ここよ」
「ほんとだ、湯気が出ててあったかいな」
そこは幅にして1メートルほどの窪みに源泉がぽこぽこと湧き出す場所だった。すでに温度がちょうどいい具合なのは確認済みだ。私たちは靴を脱いで、裸足をつけた。足首までがつかるほどの少ない湯量だが、十分あたたかい。
「私ね、この温泉を使って町おこしをしたいんだ」
「町おこし? なんだそれ」
「この温泉を観光資源にしたいの。わかりやすく言うとね、この温泉を目当てに、王国中からお客さんがたーっくさん集まってくれたらいいなって思うんだ」
「みんなが温泉を楽しみにしてくるってことか?」
「そう。そうすればこの領でお金を使ってくれるでしょう? そうしたら領民の生活ももっと楽になると思うんだ。領で安定した仕事が得られたら、もう冬になるたびに出稼ぎにも行かなくてすむし。みんなおなかいっぱいごはんも食べられる」
そう、私の目標は変わっていない。父に領内を案内してもらったときから、両親にあたたかく迎え入れられたときから、少しも変わっていない。最近、この国の偉い人たちと立て続けに会ったり手紙やプレゼントをもらったりして忙しかったけど、私の軸足はあそこじゃない。
私は、ここで生きている。両親のために、領民のために、ここで生きていく。
「できるんじゃないか? アンジェリカがそう思うなら」
なぜかそっぽを向いたままのスノウがぽつりとそう言った。
「じゃがいももサツマイモも、おまえのおかげでおいしくなったし。だったら温泉にみんなが集まってくるのも、できるに決まってる。その、俺も、手伝ってやるし」
「スノウ……」
私はこの同い年の従兄弟の存在に、改めて勇気づけられた。父に話をしたときは、難しいと否定された。もちろん父は私を悲しませるためにそう言ったのではなく、現実を鑑みてそう言ったのだと理解している。父のアドバイスは的確で、私も感謝している。
でも今ここに、私と同じ目線を持ってくれる人がいる。血のつながりはないけれど、両親と同じように強い絆で結ばれた仲間のように思え、嬉しかった。私は笑顔で「ありがとう」と返した。彼はそっぽを向いたまま、わざとらしく足でお湯を跳ね上げた。その顔が蒸気して赤くなっていたのは、温泉であたたまったからか。
私もあたたかい気持ちになり、手を伸ばして、ぽこぽこと沸き起こる源泉の泡を追いかけた。
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