上 下
67 / 307
本編第一章

お店の開店日和です

しおりを挟む
 ルシアンのお店の開店準備のため、私たちが彼女が待つ町に移動したのは、開店日の2日前のことだった。

「旦那様、奥様、お嬢様、こんな遠いところまでありがとうございます」

 笑顔で迎えてくれたルシアンは、ダスティン領にいたときよりも輝いて見えた。隣には松葉杖姿の婚約者の姿がある。ダニエルさんといって、この町で生まれ育った鉱夫の男性だ。彼とは初対面だったので、両親ともども挨拶をかわした。

「ルシアン、元気そうでよかったわ。開店準備は進んでいる?」
「はい、サリーとケイティが手伝ってくれましたので、日持ちするお菓子やパンなどの料理は今日中には仕上がる予定です。パイなどは明日焼こうと思っています。グラタンや鶏の丸焼きなどは明日のうちに仕込んで、当日のちょうどいい頃に焼き上がる予定で準備しています」
「さすがルシアン、お料理上手なだけのことはあるわ。私たちが来るまでもなかったわね」
「とんでもないことです。ここはお嬢様のお店ですから、お嬢様が当日いてくださらないことには始まりません」
「いやだ、私のお店じゃないわよ、ルシアンのお店よ」
「それでも、ですわ」

 ルシアンは何度問いても、この店の主人は私だと言い張った。ちなみにお店の所有者はアッシュバーン伯爵だ。それを名目上はダスティン家が借り受けたことになっている。

「そうそう、お嬢様に決めていただいたお店の名前が入った看板が仕上がったんです」

 言いながらルシアンは、奥から幅広の板を取り出してきた。看板には『ポテトお料理教室』と書かれてある。

「うん、いい看板じゃない」
「私もそう思います。ところでお嬢様、お手紙でお店の名前を聞いたときから気になっていたのですが、“ポテト”ってどういう意味があるんですか?」
「あ、あぁ、えっとね、“じゃがいも”って名前の野菜だけど、じゃがいもって、どうしても家畜の食べ物ってイメージが強いじゃない? だから、食用化したじゃがいもに別の名前をつけてあげたらいいんじゃないかなって思って。その第2の名前として“ポテト”はどうかなぁって思ったの」

 これは本当の話だ。どちらも同じじゃがいもだけど、アク抜きしたじゃがいもを“ポテト”と呼ぶようにすれば、少しはとっかかりのハードルが低くなるのではと考えた。ポテトの由来は……察して。うん、ネーミングセンスだよね、わかってる。だから何も言わないで聞かないで(2回目)。

「なるほど、それでポテトなんですね。名前も軽やかで、いい響きだと思います。私もこれからはポテト料理って呼びますね。サリーとケイティにも伝えておきます」
「うん、ありがとう」

 ちなみにサリーとケイティは、今回のお店の開店のためにダスティン領で雇った親娘だ。お店の2階で寝泊まりしている。

 彼女たちも領内にいるときからじゃがいも、もといポテト料理に親しんでいたので、開店準備の大いなる助けとなっているようだ。とくに娘のケイティは料理の才能があるようで、新しいレシピもいくつか考案してくれたらしい。今領内で出回っている料理のほとんどは私の発案だから、新しいポテト料理が食べられるのも、すごく楽しみだ。

 お店の内装もすっかり仕上がっていた。壁は明るいグリーンに塗られ、中央には石造りの竈門がある。今後大活躍するであろう作業台兼机もずらりと並んで、出番を今か今かと待っている。キッチンも、以前のものをそのまま流用しているとはいえ、非常に綺麗な作りで、これならお料理教室としても見栄えがよさそうだ。

 壁には通りがよく見通せるよう、大きな窓を入れた。窓の下にはプランターが置かれ、色鮮やかな花が揺れている。ダニエルさんのお母さんがプレゼントしてくれたものらしい。サリーも実は花が好きで、2人で植物談義に花を咲かせることもあるそうだ。

「うん、いい感じのお店♪」

 満足気に頷く私を、継母がそっと呼んだ。

「アンジェリカ、そろそろいきましょうか」
「あ、はい!」
「あら、奥様、お嬢様、もう行かれるのですか? 今お茶をお持ちしようと思いましたのに」
「ちょっと用事があるの。だからまた明日来るわ。お料理のお手伝いもさせてもらいたいし」
「お嬢様に助けていただけると百人力です。助かります」
「うん、じゃあ、また明日ね」

 ルシアンたちに挨拶をしたついでに、ダニエルさんを見た。彼は足の骨を折っているため動き回ることはできないが、作業台でできる作業に取り組んでいるところだった。私たちを見送るために席を立とうとしたので、慌てて「大丈夫よ」と制した。

「ダニエルさんも、どうぞよろしくね」
「はい、あの、何から何までありがとうございます」

 礼儀正しく頭を下げる青年を一目で気に入っていた私は、それじゃあ、と声をかけて店をあとにした。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】【35万pt感謝】転生したらお飾りにもならない王妃のようなので自由にやらせていただきます

宇水涼麻
恋愛
王妃レイジーナは出産を期に入れ替わった。現世の知識と前世の記憶を持ったレイジーナは王子を産む道具である現状の脱却に奮闘する。 さらには息子に殺される運命から逃れられるのか。 中世ヨーロッパ風異世界転生。

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい

風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」 顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。 裏表のあるの妹のお世話はもううんざり! 側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ! そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて―― それって側妃がやることじゃないでしょう!? ※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。

悪役令嬢が死んだ後

ぐう
恋愛
王立学園で殺人事件が起きた。 被害者は公爵令嬢 加害者は男爵令嬢 男爵令嬢は王立学園で多くの高位貴族令息を侍らせていたと言う。 公爵令嬢は婚約者の第二王子に常に邪険にされていた。 殺害理由はなんなのか? 視察に訪れていた第一王子の目の前で事件は起きた。第一王子が事件を調査する目的は? *一話に流血・残虐な表現が有ります。話はわかる様になっていますのでお嫌いな方は二話からお読み下さい。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!

ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」 ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。 「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」 そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。 (やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。 ※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。

家庭の事情で歪んだ悪役令嬢に転生しましたが、溺愛されすぎて歪むはずがありません。

木山楽斗
恋愛
公爵令嬢であるエルミナ・サディードは、両親や兄弟から虐げられて育ってきた。 その結果、彼女の性格は最悪なものとなり、主人公であるメリーナを虐め抜くような悪役令嬢となったのである。 そんなエルミナに生まれ変わった私は困惑していた。 なぜなら、ゲームの中で明かされた彼女の過去とは異なり、両親も兄弟も私のことを溺愛していたからである。 私は、確かに彼女と同じ姿をしていた。 しかも、人生の中で出会う人々もゲームの中と同じだ。 それなのに、私の扱いだけはまったく違う。 どうやら、私が転生したこの世界は、ゲームと少しだけずれているようだ。 当然のことながら、そんな環境で歪むはずはなく、私はただの公爵令嬢として育つのだった。

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

処理中です...