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本編第一章
お店と秋植えの準備中です
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ルシアンのお店の開店日は9月末に決まった。
店舗は、ルシアンの新居から歩いて5分という好立地だ。もともと食堂として利用されていたが、持ち主が高齢となり店を閉めることになり、貸店舗になっていたのを借り受けた。元食堂ということで大きな厨房がついているのがありがたい。厨房と飲食スペースは薄い間仕切りで仕切られていただけだったので、それを取り払うと見晴らしのよい広々したスペースになった。
また飲食スペース部にはもともと大きめの暖炉があり、これを調理用のかまどに変更することで料理をよりしやすくした。そのほかにも店舗の2階部分はもともと家主の寝泊まりスペースになっていたので、ダスティン領から連れて行く2人のメイドの部屋にすることも決まった。また、家主の好意で、以前使用していた調理器具もすべて無料で譲ってもらえることになったため、開店資金がかなり浮くなど、幸先いいスタートを切っている。
ルシアンは婚約者の男性の世話もあり、8月半ばで我が家を辞することになった。新居に移り、お料理教室の準備に取り掛かることになっている。開店日にはお店を開放し、町の人たちにじゃがいも料理を無料で振る舞う予定だ。その宣伝も少しずつ行っていた。幸いルシアンの婚約者の友人たちが好意的で、早くも人々の口の端にのぼる話題になってきているとのこと。
私も一度店舗の見学に行かせてもらった。もちろん、父についていってのことだ。炭鉱の街ということもあり非常に活気がよい反面、牧歌的なダスティン領とも、整った街並みのアッシュバーン領の都よりも、荒々しい印象を受けた。
「ルシアンはご主人がいるから大丈夫だろうけど、補佐係の彼女たちは大丈夫かしら」
今回、ルシアンの補佐のために雇ったのは2人の親娘だった。母親は30代、娘は10代だ。もともと母親はダスティン領の出身で、隣の子爵領にお嫁にいったものの離婚し、娘を連れて戻ってきていた。実の両親が残した畑を細々と営んでいたが、このご時世で作物の実りも悪く、さらにこれから厳しい冬を迎えることにもなるため、半年の出稼ぎのつもりで今回の募集に2人して手を上げてきた。彼女たちには開店の一週間ほど前には新しい街に移ってもらう手筈になっている。
「伯爵の話では、見た目ほど治安が悪いというわけではないらしい。それに店がある場所は商店街の一角で、近くに自警団もいるから、町の中ではまだ安全な部類のようだよ。だが、念のためなるべく夜の外出は控えるよう、伝えておいた方がいいな」
「住んでいるのはほとんどが鉱夫の方々とそのご家族ですよね」
「あぁ。鉱夫は割のいい仕事だから暮らし向きはそれほどひどくないはずだよ。貧しさから犯罪に走る率は低いと思う。それに独身者も多いらしいから、まぁ、そういうことだ」
父が濁した言葉で、私はある程度を察した。独身者が多いということは、そういう人たち向けのサービスやお店も多いということだ。発散する場所があるから、親娘に害が及ぶ可能性も低いのでは、と言いたいのだろう。しかしそれを5歳の娘に説明するわけにもいかず、かといって私もわかったそぶりをするのは変なので、聞き流すことにした。まぁ、彼女たちが安全に過ごせるのならそれでよい。
そうした視察を8月のうちに済ませながら、一方で裏の畑の準備も怠らなかった。そう、じゃがいもの秋植えチャレンジである。
父の許しを得て、家畜小屋の角の畑を一面わけてもらった。さすがに5歳児ひとりの手には余るので、手伝いに雇った領民の助けを得て畝を作るところまではやってもらった。
その後は自分の仕事だ。そう、土に石灰を混ぜる大仕事。
作付けに向かない酸性度の強い土に、あらかじめ石灰を混ぜて中和することで、作物の育ちを良くする作戦。もっとも、この世界の人たちは石灰のアルカリ成分が土にいいことを知らないから、こればかりは他の人に助けてもらうわけにはいかない。ときどき遊びにくるスノウに手伝ってもらおうかとも思ったが、石灰はかなりやっかいな代物で、目に入ると失明する恐れもあるためやめた。私も手袋と、たまたま納屋の片隅に転がっていた誰かの老眼鏡をつけ、布でマスクをするという重装備で石灰の配合にとりかかった。
作戦は簡単だ。畝の列ごとに石灰の配合を変えて石灰を撒き、それを記録しておく。準備が整ったのち種芋を植え付けて、成長具合をチェックするというわけだ。もしこの方法でじゃがいもの収穫量がアップしたときには、石灰を利用したことを明かす。ただしそこは子どもらしく、言い訳のような理由をつける。
「肥料を入れた方がいいと思って納屋にあった白い粉を一緒に混ぜてみたの。え? あれ石灰っていうの? モルタルの材料?? 肥料じゃなかったの???」 。
名付けてアンジェリカの石灰すっとぼけ大作戦だ。うん、ネーミングセンスだよね、わかってるから何も言わないで聞かないで。
この作業をバレないようにこっそり行うのはなかなか至難の技だった。何せ両親は普通に家にいるし、使用人等もこまごまと働いている。そして5歳児には石灰を袋ごと運べる体力もない。ちまちまちまちま納屋と畑を往復し、子供用の小さなバケツに詰めた石灰をスコップで撒き、上から軽く土をかぶせる。8月の太陽照りつける中、汗にまみれながら3日かけてやりきったこの作業は、前世で手伝ったアフリカの村の農作業よりきつかった。
だが私の大いなる努力のおかげで、8月の終わりには無事、畑の準備が整った。じゃがいもの秋植えは9月初旬から中旬。どうかいい土ができあがりますように。私は整った畑を見つめながら、何にというわけでもなく祈った。
店舗は、ルシアンの新居から歩いて5分という好立地だ。もともと食堂として利用されていたが、持ち主が高齢となり店を閉めることになり、貸店舗になっていたのを借り受けた。元食堂ということで大きな厨房がついているのがありがたい。厨房と飲食スペースは薄い間仕切りで仕切られていただけだったので、それを取り払うと見晴らしのよい広々したスペースになった。
また飲食スペース部にはもともと大きめの暖炉があり、これを調理用のかまどに変更することで料理をよりしやすくした。そのほかにも店舗の2階部分はもともと家主の寝泊まりスペースになっていたので、ダスティン領から連れて行く2人のメイドの部屋にすることも決まった。また、家主の好意で、以前使用していた調理器具もすべて無料で譲ってもらえることになったため、開店資金がかなり浮くなど、幸先いいスタートを切っている。
ルシアンは婚約者の男性の世話もあり、8月半ばで我が家を辞することになった。新居に移り、お料理教室の準備に取り掛かることになっている。開店日にはお店を開放し、町の人たちにじゃがいも料理を無料で振る舞う予定だ。その宣伝も少しずつ行っていた。幸いルシアンの婚約者の友人たちが好意的で、早くも人々の口の端にのぼる話題になってきているとのこと。
私も一度店舗の見学に行かせてもらった。もちろん、父についていってのことだ。炭鉱の街ということもあり非常に活気がよい反面、牧歌的なダスティン領とも、整った街並みのアッシュバーン領の都よりも、荒々しい印象を受けた。
「ルシアンはご主人がいるから大丈夫だろうけど、補佐係の彼女たちは大丈夫かしら」
今回、ルシアンの補佐のために雇ったのは2人の親娘だった。母親は30代、娘は10代だ。もともと母親はダスティン領の出身で、隣の子爵領にお嫁にいったものの離婚し、娘を連れて戻ってきていた。実の両親が残した畑を細々と営んでいたが、このご時世で作物の実りも悪く、さらにこれから厳しい冬を迎えることにもなるため、半年の出稼ぎのつもりで今回の募集に2人して手を上げてきた。彼女たちには開店の一週間ほど前には新しい街に移ってもらう手筈になっている。
「伯爵の話では、見た目ほど治安が悪いというわけではないらしい。それに店がある場所は商店街の一角で、近くに自警団もいるから、町の中ではまだ安全な部類のようだよ。だが、念のためなるべく夜の外出は控えるよう、伝えておいた方がいいな」
「住んでいるのはほとんどが鉱夫の方々とそのご家族ですよね」
「あぁ。鉱夫は割のいい仕事だから暮らし向きはそれほどひどくないはずだよ。貧しさから犯罪に走る率は低いと思う。それに独身者も多いらしいから、まぁ、そういうことだ」
父が濁した言葉で、私はある程度を察した。独身者が多いということは、そういう人たち向けのサービスやお店も多いということだ。発散する場所があるから、親娘に害が及ぶ可能性も低いのでは、と言いたいのだろう。しかしそれを5歳の娘に説明するわけにもいかず、かといって私もわかったそぶりをするのは変なので、聞き流すことにした。まぁ、彼女たちが安全に過ごせるのならそれでよい。
そうした視察を8月のうちに済ませながら、一方で裏の畑の準備も怠らなかった。そう、じゃがいもの秋植えチャレンジである。
父の許しを得て、家畜小屋の角の畑を一面わけてもらった。さすがに5歳児ひとりの手には余るので、手伝いに雇った領民の助けを得て畝を作るところまではやってもらった。
その後は自分の仕事だ。そう、土に石灰を混ぜる大仕事。
作付けに向かない酸性度の強い土に、あらかじめ石灰を混ぜて中和することで、作物の育ちを良くする作戦。もっとも、この世界の人たちは石灰のアルカリ成分が土にいいことを知らないから、こればかりは他の人に助けてもらうわけにはいかない。ときどき遊びにくるスノウに手伝ってもらおうかとも思ったが、石灰はかなりやっかいな代物で、目に入ると失明する恐れもあるためやめた。私も手袋と、たまたま納屋の片隅に転がっていた誰かの老眼鏡をつけ、布でマスクをするという重装備で石灰の配合にとりかかった。
作戦は簡単だ。畝の列ごとに石灰の配合を変えて石灰を撒き、それを記録しておく。準備が整ったのち種芋を植え付けて、成長具合をチェックするというわけだ。もしこの方法でじゃがいもの収穫量がアップしたときには、石灰を利用したことを明かす。ただしそこは子どもらしく、言い訳のような理由をつける。
「肥料を入れた方がいいと思って納屋にあった白い粉を一緒に混ぜてみたの。え? あれ石灰っていうの? モルタルの材料?? 肥料じゃなかったの???」 。
名付けてアンジェリカの石灰すっとぼけ大作戦だ。うん、ネーミングセンスだよね、わかってるから何も言わないで聞かないで。
この作業をバレないようにこっそり行うのはなかなか至難の技だった。何せ両親は普通に家にいるし、使用人等もこまごまと働いている。そして5歳児には石灰を袋ごと運べる体力もない。ちまちまちまちま納屋と畑を往復し、子供用の小さなバケツに詰めた石灰をスコップで撒き、上から軽く土をかぶせる。8月の太陽照りつける中、汗にまみれながら3日かけてやりきったこの作業は、前世で手伝ったアフリカの村の農作業よりきつかった。
だが私の大いなる努力のおかげで、8月の終わりには無事、畑の準備が整った。じゃがいもの秋植えは9月初旬から中旬。どうかいい土ができあがりますように。私は整った畑を見つめながら、何にというわけでもなく祈った。
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