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本編第一章

良い子は早く寝ましょう1

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(なぜこうなった……)

 胸に枕を抱えた私は、もう片方の手でこめかみを押さえ呻いた。なぜ私がこんな「考える人」よりも深い苦悩に陥っているのか--それは目の前の光景が信じられないほど受け入れ難いものだったからだ。

(ありえない)

 これを信じて受け入れろというのか--いや、無理だ。よし、やっぱり帰ろう。両親の待つ部屋に帰ってさっさと寝よう。私に安らかなる眠りをもたらすのはあの場所しかない。

 だがしかし。くるりと踵を返した私の後頭部に、突然「ぽふっ」というなかなかな衝撃が喰らわされた。

「あ、アンジェリカにあたっちゃった。ごめんね」

 振り返れば、天使のような寝巻き姿の少年--我が国の王子殿下、カイルハート様--が、てへ、という擬音がぴったりの表情で小首を傾げていた。ここまでくると一周回ってあざとかわいい気さえしてくるのは、さすがにもう慣れてきたからかなのか。少々むっとしながら、それでも黙って部屋を立ち去ろうとした私にさらなる追い討ち--別の枕--が飛んできた。

「あ、アンジェリカに当たっちまった、すまん」

 ベッドからひょっこり覗いたのは燻んだ金色の麦わら頭。さらにその隣には、なんとも形容し難い表情の長髪の少年の姿もある。今は湯あみを終えた後ということで、髪はまとめず流したままの姿だ。

(なぜ……)

 我が国の時期王太子ともされる王子殿下と、我が国の防衛の要である辺境伯爵家の御曹司の1人が、揃って枕投げに興じているのだろう、そしてもうひとりは止めもせずそれを残念な達観した表情で眺めているのだろう……いや、百歩譲ってそれはいい。そんなこともないとは言い切れないような気もしなくもないかもしれないから。

 だがしかし。
 落ちた枕を眺めてふつふつと胸に湧き上がるものを、私はついに抑えきれなくなった。

「なんで私がそこに巻き込まれることになったんですか--!!!!!」

 心の叫びがつい口の端にのぼってしまったことに、動転した私はしばらく気づけないでいた。


 ことの発端は数刻前。

 私たちは伯爵夫妻主催の晩餐に招待されていた。出席したのは伯爵夫妻、伯爵老(伯爵老夫人は体調不良とのことでご自宅で静養されている)、ミシェルにギルフォード、私の両親、私、そしてカイルハート殿下だ。このメンバーだと殿下が最も身分が高いことになるため、夕食の席では上座が用意されていた。いわゆるお誕生日席だ。角を折れて私の両親、私。私たちのお向かいに伯爵夫妻、伯爵老、ミシェルにギルフォードだ。席次的には私の正面は伯爵老になる。晩餐の中心はゲストである殿下だが、実際は大人中心にどうしてもなってしまう。私たちも子どもが口を挟んではいけない場だとわかっているので、ギルフォードですらおとなしくしていた。そのおかげもあってか、夕食は和やかに進んだ。

 だからそこまでは問題なかった。問題はそのあとだ。さぁ今からお風呂に入るぞ、と準備をしていた最中、部屋にノックの音が響いた。

「失礼いたします」

 入ってきたのは先ほど私にドレスを着せてくれたメイドさんのひとり。彼女はパトリシア様からの伝言を預かっていた。

「アンジェリカをパジャマパーティに招待したいですって?」

 継母の驚きに私もぎょっとした。パジャマパーティ? なんだそれ。

「はい、カイルハート殿下は滞在中、坊っちゃま方と一緒におやすみになっておられます。アンジェリカ様ももしよろしければ、とのお誘いでございます」
「まぁ」
 
 どうすべきかと振り返った継母は、父と私を交互に見た。父は少し難色を示した。

「いや、しかし、殿下方に何か失礼があってもな……」

 ぶんぶん、と私も強く首を縦に振る。彼らと一緒に寝るとか、なんの拷問だろう。いや、生理的に受け付けないとか、そういう話ではなく、精神衛生上の話だ。たぶん緊張して眠れない。

「ご心配には及びません。坊ちゃま方がおやすみになるまではメイドが必ずつきそいます。パトリシア様も頻回にいらっしゃいます」

 メイドの完璧な答えに、父は「いや、しかし……」と言葉を濁した。がんばれおとうさま! 

「あなた、よろしいのではなくて?」
「おかあさま!」

 それ助け舟じゃないから!

「いや、だが、アンジェリカは女の子だし」
「まだ5歳の子どもですよ。それに、スノウとフローラが泊まりにきたときにも同じベッドで眠ったじゃないですか」

 確かにそんなことはあった。だけど彼らはほら、弟と妹みたいなもんだから! 身分的にもそんな大差ないし。

「せっかくのパトリシア様のお誘いですし。それにアンジェリカは礼儀正しいですから、問題をおこすこともありませんよ、きっと」

 そんな感じの会話があと2、3繰り広げられ、私にも意見を求められたわけだが、当然のごとくぶんぶんと今度は首を横に振ったのだけど、「まぁ、これも経験よ」と意味のわからない継母の言葉にまとめられ、父も私もそれ以上何も言えなくなった。



 


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