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本編第一章
着せ替えごっこはご遠慮ください1
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そうして案内された部屋で何が行われたかというと。
「いやあああああ!!! なんてかわいらしいんでしょう!」
「奥様これ! 次はこれがいいのでは!」
「深いボルドーもいいわよね、ベルベット素材のドレスが素敵!」
「共布のリボンをヘアバンドみたいしたら……ほらかわいい!」
「素敵! レトロなお人形みたい!」
私ことアンジェリカ・コーンウィル・ダスティンは奥様&メイド軍団のおもちゃにされました。
「やっぱり女の子はいいわねぇ」
嬉々とするメイドたちの、誰よりも先頭に立ってドレスをひっかえとっかえするのは辺境伯爵夫人パトリシア様。ミシェルそっくりの上品な、絹糸のような楚々としたお方かと思いきや、さすがは何百の自衛騎士を抱える辺境伯の夫人、押しの強さはハンパなかった。汚れたドレスを脱がされたあと、私はあてがわれたドレスの量に目を剥いた。ダスティン家で継母が用意してくれていたドレスなぞかわいいものだったと思うくらいのドレス、ドレス、ドレスの山。ていうかこの家、男の子二人だけだったよね? なんでこんなに女の子のドレスがあるの?
「あの、わたくし、一枚で十分です」
「もちろんよ。あなたがどんなにかわいくても今、着られるのは一枚だけだから、残念なことに。それで、どれにしようかしら」
「あの、私、もっと簡素なもので……」
「奥様! まずはこちらなどいかがでしょうか!」
鼻息荒いメイドが手にしたのは薄いラベンダーのシフォンが美しい妖精のようなドレスだった。
「いいわね、まずはそれにしましょう」
「あ、あの、伯爵夫人、“まずは”ってどういう……」
「お嬢様、失礼いたしますね!」
そうして私の言葉の8割方は無視される形でドレスを着せられ、靴も履かされ、ついでだからと髪もいろいろアレンジされ、ようやく仕上がったかと思うと、すぐ傍には別のメイドが「次はこちらです!」と黄色いドレスを持って待ち構えているという、ちょっとよくわからない荒波に揉まれること30分あまり。
「はぁ、このドレスも素敵。アンジェリカはなんでも似合うのね。楽しいわぁ。やっぱり女の子はいいわねぇ。ギルフォードなんて洋服にはまったく無頓着だし。ミシェルはまだ身嗜みに気を遣う方だけど、普段は王都にいるから着せ替えもできなくなっちゃったし」
深い感嘆のため息をつきながら夫人が満足そうにうっとりと肯く。ほかのメイドたちもハリコの虎のようにうんうんと同調する。うん、今ミシェルに対して、着せ替えが“できなくなった”って言ったよね。つまりは以前はしていたってことだよね……このドレスの山はその名残か。軽い虐待だよな、これ。大丈夫かなミシェル、トラウマとかになってないといいけど。
いらぬ心配をしていた私も、さすがにひっちゃかめっちゃか着せ替え人形にされて結構な体力を奪われていた。私でこれだから、別室に連れていかれた殿下は大丈夫だろうか。さすがに王子殿下をもみくちゃにはしないだろうけれど、若干心配だ。
そこへノックの音が響き、部屋にメイドが入ってきた。
「奥様失礼いたします。殿下のご用意が整いました。ご確認をいただいた方がよろしいかと思いまして……」
「わかったわ。アンジェリカ、そのベルベットのドレスはとても素敵だけれど、今の季節には合わないからやっぱり着替えましょう」
「え“……」
「先にカイルハート殿下の衣装の確認をしてくるわ。あなたたち、最終のドレスをどれにするか考えておいてちょうだい」
「「「かしこまりました!!!」」」
そしてパトリシア様はいったん部屋を出て行った。
メイドたちは未だあーでもないこーでもないとドレスや装飾品を見比べている。私は一呼吸ついてテーブルに出されていたお茶を一口飲んだ。うっかりドレスに染みでも作ろうものなら一生働いても返せないかもしれないので慎重にカップを手にする。
しかし次の瞬間、扉をばん!と強く開ける音が響き、私はぎょっとして手元をゆらした。
「あぶない!」
手元がぶれるのをなんとか制し、カップを急いでおろす。私が振り向くのと、戻ってきたパトリシア様が叫ぶのとが同時だった。
「ここのドレスは全部却下よ!」
パトリシア様はずんずんと部屋に入ってきたかと思うとクローゼットに突進し、扉をあけた。
「たしかこのへんに……あったわ!」
彼女が手にしたのは何やら白っぽいドレス。
「さぁ、このドレスで決まりよ。あなたたち、よろしく頼むわ」
「「「はい!!!」」」
新しく追加されたドレスを前に、メイド軍団が戦闘態勢に入った。
「いやあああああ!!! なんてかわいらしいんでしょう!」
「奥様これ! 次はこれがいいのでは!」
「深いボルドーもいいわよね、ベルベット素材のドレスが素敵!」
「共布のリボンをヘアバンドみたいしたら……ほらかわいい!」
「素敵! レトロなお人形みたい!」
私ことアンジェリカ・コーンウィル・ダスティンは奥様&メイド軍団のおもちゃにされました。
「やっぱり女の子はいいわねぇ」
嬉々とするメイドたちの、誰よりも先頭に立ってドレスをひっかえとっかえするのは辺境伯爵夫人パトリシア様。ミシェルそっくりの上品な、絹糸のような楚々としたお方かと思いきや、さすがは何百の自衛騎士を抱える辺境伯の夫人、押しの強さはハンパなかった。汚れたドレスを脱がされたあと、私はあてがわれたドレスの量に目を剥いた。ダスティン家で継母が用意してくれていたドレスなぞかわいいものだったと思うくらいのドレス、ドレス、ドレスの山。ていうかこの家、男の子二人だけだったよね? なんでこんなに女の子のドレスがあるの?
「あの、わたくし、一枚で十分です」
「もちろんよ。あなたがどんなにかわいくても今、着られるのは一枚だけだから、残念なことに。それで、どれにしようかしら」
「あの、私、もっと簡素なもので……」
「奥様! まずはこちらなどいかがでしょうか!」
鼻息荒いメイドが手にしたのは薄いラベンダーのシフォンが美しい妖精のようなドレスだった。
「いいわね、まずはそれにしましょう」
「あ、あの、伯爵夫人、“まずは”ってどういう……」
「お嬢様、失礼いたしますね!」
そうして私の言葉の8割方は無視される形でドレスを着せられ、靴も履かされ、ついでだからと髪もいろいろアレンジされ、ようやく仕上がったかと思うと、すぐ傍には別のメイドが「次はこちらです!」と黄色いドレスを持って待ち構えているという、ちょっとよくわからない荒波に揉まれること30分あまり。
「はぁ、このドレスも素敵。アンジェリカはなんでも似合うのね。楽しいわぁ。やっぱり女の子はいいわねぇ。ギルフォードなんて洋服にはまったく無頓着だし。ミシェルはまだ身嗜みに気を遣う方だけど、普段は王都にいるから着せ替えもできなくなっちゃったし」
深い感嘆のため息をつきながら夫人が満足そうにうっとりと肯く。ほかのメイドたちもハリコの虎のようにうんうんと同調する。うん、今ミシェルに対して、着せ替えが“できなくなった”って言ったよね。つまりは以前はしていたってことだよね……このドレスの山はその名残か。軽い虐待だよな、これ。大丈夫かなミシェル、トラウマとかになってないといいけど。
いらぬ心配をしていた私も、さすがにひっちゃかめっちゃか着せ替え人形にされて結構な体力を奪われていた。私でこれだから、別室に連れていかれた殿下は大丈夫だろうか。さすがに王子殿下をもみくちゃにはしないだろうけれど、若干心配だ。
そこへノックの音が響き、部屋にメイドが入ってきた。
「奥様失礼いたします。殿下のご用意が整いました。ご確認をいただいた方がよろしいかと思いまして……」
「わかったわ。アンジェリカ、そのベルベットのドレスはとても素敵だけれど、今の季節には合わないからやっぱり着替えましょう」
「え“……」
「先にカイルハート殿下の衣装の確認をしてくるわ。あなたたち、最終のドレスをどれにするか考えておいてちょうだい」
「「「かしこまりました!!!」」」
そしてパトリシア様はいったん部屋を出て行った。
メイドたちは未だあーでもないこーでもないとドレスや装飾品を見比べている。私は一呼吸ついてテーブルに出されていたお茶を一口飲んだ。うっかりドレスに染みでも作ろうものなら一生働いても返せないかもしれないので慎重にカップを手にする。
しかし次の瞬間、扉をばん!と強く開ける音が響き、私はぎょっとして手元をゆらした。
「あぶない!」
手元がぶれるのをなんとか制し、カップを急いでおろす。私が振り向くのと、戻ってきたパトリシア様が叫ぶのとが同時だった。
「ここのドレスは全部却下よ!」
パトリシア様はずんずんと部屋に入ってきたかと思うとクローゼットに突進し、扉をあけた。
「たしかこのへんに……あったわ!」
彼女が手にしたのは何やら白っぽいドレス。
「さぁ、このドレスで決まりよ。あなたたち、よろしく頼むわ」
「「「はい!!!」」」
新しく追加されたドレスを前に、メイド軍団が戦闘態勢に入った。
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