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本編第一章

夕食会は波乱しかありません

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 そんな(一部)殺伐とした空気の中、夕食会ははじまった。大人たちは自分たちの社交そっちのけでこちらをちらちら伺っている。そりゃそうだろう、未来の国王様になるかもしれない人がすぐそこにいるわけだから。

 とりわけ子猫ちゃんたちの両親と思われる人たちは気が気ではない様子だ。我が娘が王子殿下と同席しているこの状況で、本来なら呼び出して指令のひとつでも出したいところだろうが、一度始まった食事中に席を立つのは礼を失する。アッシュバーン伯爵夫妻と伯爵老がいる席ではなおさらだ。

 子猫ちゃんたちはおそらくギルフォードをロックオンするよう、親に言いつけられていたことだろう。ところがそこに長兄のミシェルと王子殿下のご降臨だ。彼女たちは予定通りギルフォード狙いでいくのか、それともミシェルや王子殿下に変更すべきか、心の中は大忙しに違いない。助言してくれる両親も側にいない。そしてライバルの動向も気になる。視線はあちこちを飛び、ターゲットが身動ぎひとつ、息ひとつつくだけで注視する。

 そんな中、運ばれた前菜を淡々といただくのは私。初夏の野菜のグリルにオーロラソースがかかっただけのそれは、野菜の絶妙な火加減のおかげか最高においしい。添えられた生ハムの塩気もちょうどいい塩梅だ。

「アンジェリカはどういう食べ物が好きなの? やっぱり甘いもの?」

 美しい所作で生ハムを切り分ける殿下が私に話しかける。くそっ、黙って食べろよと心の中で悪態をつきながら、最低限答える。食事中の会話も社交のひとつなのだ、残念なことに。

「そうですね、甘いものももちろん好きですが、このように素材の良さを活かしたシンプルな料理が好きですね」

 正直この野菜だって、オーロラソースでなく塩だけでいただきたい。生ハムが塩味だからアクセントのためにソースが用意されたのだろうが、私はそのままでもいける。

 答えるだけ答えて、野菜を口に運ぶ。こちらからは聞き返さない。本来はマナーに反するけど、殿下と軽妙なトークを交わしていては私の身に危険が及ぶのだ。

「そうなんだ。僕は野菜が苦手で、いつもミシェルや侍従に怒られるんだ。アンジェリカはすごいね」
「殿下、その皿の上の野菜はすべてお召し上がりくださいね。まさかアッシュバーン家が供するものなど食べれぬ、などと申しませんよね」
「う……、ミシェル、やっぱりきらい」

 小さく首を竦める様子がまた、フォークとナイフを取り落としそうになるくらいに超絶かわいい。遠くで子猫ちゃんたちの心の悲鳴が聞こえた気がした。中身アラサーの私ですらHPごりごり削られているのだ、たった数年しか生きてない彼女たちなど瀕死の状態だろう。

 そんなかわいく膨れる殿下の皿にはまだ野菜が残っていた。玉ねぎとズッキーニは辛うじて食べたようだが、トマトとナスが残っている。トマト嫌いな子、多いよね。しかもよそのお家に呼ばれて(ていうか自分から押しかけて)、王子という立場で、お残しなんて許されないから大変だ。ま、助けられることは何もないから自力で頑張ってもらうしかないけど。

(待てよ、これチャンスじゃないか?)

 私はふと思いつき、殿下に向き直った。

「野菜をそのまま召し上がることに抵抗があるのなら、パンやクッキーなどに混ぜて召し上がればよいのでは?」
「え? パンとクッキーに混ぜる?」
「えぇ。我が領で最近流行っているのですよ。野菜クッキーや野菜パンが」

 これは本当の話だ。じゃがいもを生地に混ぜて作り出したのが最初だが、野菜の余りや皮など、普段捨ててしまわれているものなども有効活用できないかと思い、じゃがいもと一緒に煮てすりつぶしたものを生地に練り込んだりした。食材の無駄を省けるし、じゃがいもオンリーでやるより味のレパートリーも増えるし、何より野菜嫌いの子どもたちがよろこんでぱくぱく食べると領内のおかみさんたちに好評だ。

「相性がいいのはにんじんやホウレンソウなどですね。もっとも我が領では葉物野菜はあまり育ちませんが……。それから生地にじゃがいもも練り込みます」
「じゃがいもだって!?」

 お向かいに座っていたミシェルも驚いた顔を見せる。

「えぇ。実は我が領でじゃがいもの食用化に成功したのです。じゃがいもは本来アクが強く、食用に向きませんでしたが、調理法を工夫することでそのアクを抜くことができるとわかりました。今我が領ではじゃがいも料理がブームですのよ」

 二人とも信じられないという顔つきで私を見た。あまりに衝撃的な話だったからか、隣や斜め前の少年たちの口から、さらに隣へと、「じゃがいもを食べてるらしい」と話が伝播していく。

「じゃがいもですって!? 冗談でしょう」
「そうよ、あれは家畜の食べ物じゃない」
「あんなものを食べるなんて……」
「なんて野蛮な……」

 話は子猫ちゃんたちの耳にも届いたようだ。私は少々むっとしながら、それでも直接彼女たちに話しかけるのは距離的に難しいため、殿下とミシェル相手に話を続けた。

「かつては鹿肉などもおよそ人間の口に入るものではございませんでした。それを先人たちが知恵を絞って、ハーブなどを多用しながら長い時間かけて煮込むことで、はじめて私たちに口に上るようになったのです。先人たちの食に対する偉大な努力のおかげで、我々は今、おいしく鹿肉をいただくことができています。初めて鹿肉を食べた人間はこう言われたのかもしれませんね。“あんなものを食べるなんて、野蛮だ”と」

 私の声が漏れ聞こえたのか、子猫ちゃんたちがムッとしたのがわかった。それでも彼女たちは反論をやめない。

「じゃがいもなどわざわざ食用にしなくても、ほかにおいしいものはたくさんあるわ」
「そうよ、野菜なんてほかのもので十分だもの」
「わざわざ家畜の餌を人が食べる必要なんてないわよね」
「えぇ、クッキーだってパンだって、そのままでも十分おいしいわ」

 想像したとおりの意見が返ってきたことに私はほくそ笑んだ。その流れにのって、じゃがいもがどういうポテンシャルを秘めているのか説明する。じゃがいもを使用することで小麦の使用量が減らせること、小麦の代替品となりうること、不作にも強い特性から、飢饉などの際にもある程度の収穫が望めること、などなど、先ほど伯爵老に説明したのと同じ内容だ。子猫ちゃんたちは「は?」という顔つきだったが、ミシェルと殿下は黙ってそれを聞いていた。

「つまり、収穫高がある程度見込めるじゃがいもが食用として国内に流通すれば、小麦の不作時にも食糧不足に陥る心配がなくなるということか……」

 ミシェルの呟きに殿下が肯く。

「確かにじゃがいもってよく獲れるよね。おかげで馬や家畜たちは飢えなくてすむって、厩番が言ってたなぁ」

 二人の反応に気をよくした私は、決定的な一言を放った。

「この話はつい先ほど、父から伯爵老にご報告申し上げたところです。伯爵老も理解を示してくださいました。我が領にお越しいただいて、じゃがいも料理を召し上がっていただくお約束をいただきましたのよ」

 伯爵老の名前が印籠の役割を果たしたのか、子猫ちゃんたちは途端に黙った。ただ悔しそうな顔を浮かべるのだけは忘れない。

「そうそう、先ほど殿下方に差し上げたクッキーにも、実はじゃがいもが入っておりました」
「「えっ!」」
「ほかにも、野菜を練り込んだクッキーもお持ちしております。よろしければ明日のパーティでご披露いたしますわ」
「まじか! あれじゃがいも入ってたんだ。普通にうまかったぞ」

 お皿をすでに空にしているギルフォードが遠くから参加してくる。元はと言えば彼が説明もないままクッキーをぶんどって食べてくれたおかげだ。私は感謝の気持ちをこめて、彼ににっこりと微笑んで見せた。すぐ隣の男の子が突然咳払いをしたかと思うと顔を赤くする。斜め前の少年の顔も真っ赤だ。どうしたんだろう、突然熱でも湧いたかな。

「ねぇ、アンジェリカ。そのクッキーを食べたら、野菜を食べたってことになるよね?」

 殿下の問いに、私はきょとんとして肯く。

「え、えぇ。もちろん、料理に使うほどの量はとれませんが、ある程度は摂取できると思いますよ」

 我が領では葉物野菜は貴重なので試してないが、ホウレンソウをまるごと練り込んだ蒸しパンってのも作れるはずだ。

「僕、そのクッキー食べたいな。さっきのクッキーみたいな味なんでしょ? それなら僕でも野菜が食べられそう」

 嬉々とする殿下を見て、何が言いたかったのか理解した。野菜は苦手だけどクッキーにしたら食べられそう……我が領の子どもたちと同じ発想だ。その考え方がかわいくて、私は思わず微笑んだ。

「えぇ、殿下。明日必ずお持ちしますわ。だから、今は目の前にあるお野菜を全部召し上がってくださいね」

 にっこり告げると、殿下は「うん!」と元気よく頷いて、手付かずだったトマトとナスを口に運んだ。なにこのかわいい素直さ。

「殿下の野菜嫌いは有名なのに……こうも簡単に食べさせるなんて」

 目を丸くしたミシェルが私と殿下を交互に見る。いや、そんな凄腕主婦を見るような目で見なくても、6歳の子どもの扱い方としては普通だよ?

 殿下が野菜を平らげたのをきっかけに、皿が下げられ、スープが運ばれてきた。かくして夕食会はこのように和やかに(?)進んだわけです。




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