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本編第一章

後の祭りという言葉をお教えしましょう

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「おとうさま!」

 彼らと別れて自室に戻った私は、部屋のノックももどかしく父の名を呼びながら突撃した。ちょうど夕食用の衣装に着替えていた最中の父は、タイを継母に調整してもらっているところだった。

「どうしたんだい、アンジェリカ。そんなに大声を出して」
「ちょうどよかったわ、アンジェリカ。あなたも着替えるお時間よ」
「おとうさま、伯爵老とお話がしたいのです!」

 おっとりこちらを振り返る両親の言葉に答えるよりもはやく、私は自分の要件を述べた。

「伯爵老にはさっき会っただろう?」
「はい、ですが、じゃがいものお話ができておりません。伯爵老にぜひじゃがいもの活用方法についてご案内したいのです」
「あぁ、そうだったね。明日、パーティが終わって帰宅する前にでも面会を申し込んでみようか」
「……もう少し早くなりませんか? できれば明日のパーティの前までに」

 私は真剣な目で父を見上げた。

「何か急ぐ理由でもあるのかい?」

 もともと今回は、伯爵老に我が領の状況の報告をしがてら、最近編み出したじゃがいもの新たな食用方法を紹介する、というものだった。だが状況が変わった。

 前世での妹は、騎士見習いの少年の兄は12歳の初陣で亡くなると言っていた。そしてその初陣は、国境付近で起こった、盗賊による略奪行為を収めるためのものだった、と。そしてその略奪は、食糧難が原因で起こった。

 この国は20年ほど前に隣国トゥキルスと戦争状態にあった。その戦争は両者が和解という形で収束した。和解はお互いが矛先を収めること、即ち、隣国から賠償金がとれなかったということだ。その爪痕はほとんど消え去ったが、未だ完全に復興したとは言い難い。食料もなんとか出回ってはいるが、他国に輸出できるほどの生産量はない。そこへもし凶作の時代が訪れたら、一気に食糧難に陥る不安は常に抱えている。だから今から3年後に、食糧難を端とする略奪が起きても不思議ではないのだ。

 アンジェリカに直接戦を止める力はない。一緒に戦いに赴くこともできない。私にそんなチートはない。

 だとすれば私がとれる唯一の方法、それは未来を変えることだ。

「おとうさま、私、今まで、このじゃがいもの新たな活用方法について、他領に売り込むつもりでいました。ですが、ここにきて考えが変わったのです」
「ん? いったいどうしたいんだい?」
「じゃがいもの調理方法は無償で提供します。それも、この国だけではなく、他国にも。それこそ隣国のトゥルキスにも広めたいのです」
「それはまた……壮大なやり方だね」

 父は目を丸くしながらも、何やら面白そうに私の話に耳を傾けてくれた。

「はい、今までは、この方法を他領に売りに出すことで、少しでも我が領の収益になれば、と考えていました。ですが、やはりこの方法はもっと広く知られるべきだと思います。なぜなら、食料が足りないことはどの領にとっても、どの国にとっても大問題です。それが原因で戦が起きることもあります」

 20年前の戦争も、領土争いがきっかけだった。国境付近で小競り合いが起き、それが収束せず、大きな戦争にまで発展した。そしてその背後にはやはり食料事情がある。アッシュバーン領の東側では比較的農作がさかんだが、対してトゥキルス側はそれほどでもない。元来好戦的なトゥキルスの民であるが、理由もなく戦争を吹っかけてきたりするわけではない。過去を振り返っても飢饉や災害といった自然現象のあとに諍いが起きることが多かった。自国での食料事情が安定すれば、彼らとて無闇に戦争を仕掛けてはこないはずだ。

「現在、トゥキルスから王妃殿下が輿入れされ、両国の絆は深まっています。ですが、もしまた食糧難に陥るような出来事が起きてしまえば……。せっかく20年かけて積み上げてきたものが台無しになってしまうかもしれません。それは両国にとってとても悲しいことです。もし食料供給が安定することでその憂いを取り除けるなら、ぜひそうすべきだと思ったのです」

 ミシェルが12歳になるまであと3年しかない。3年の間に、隣国までじゃがいもの食用方法を広めることは、そう簡単ではない。使える手段はなんでも使って、一足飛びにやっていかなくてはならない。

 そのためにも、明日のパーティで、このじゃがいものことを話題にのぼらせたい。

「おまえの考えは素晴らしいと思うよ」

 父は私の頭に手を置き、ゆったり微笑んだ。その後ろで継母もうれしそうに頷いている。

「だが今回は……少し勝手が悪い」

 父は言い淀んだ。

「それは、カイルハート殿下がお越しだからでしょうか」
「!!! どこでそれを知ったんだい!?」

 どうやら両親もその情報を仕入れているらしかった。

「さきほど、中庭でお会いしました。ミシェル様もご一緒に」
「なるほど。私たちも使用人から聞いたんだよ。今晩の夕食にもお出になるらしい」

 父は声を潜め、私に顔を近づけた。

「王子殿下がおいでの場所で、じゃがいもの話はさすがにまずい。私たちはその有用性を知っているが、周りの人間にとってはまだ得体の知れないものだ。そのクッキーにしても、さすがに王子殿下のお口にいれるわけにはいかないよ」
「おとうさま、既に手遅れです」
「??? どういう意味だい?」
「先ほど、差し上げてしまいました」

 私の表明に父は目を丸くした。

「な、なんだって……?」
「ですから、先ほど中庭でお会いしたとき、もう差し上げてしまいました」
「……念のために聞くけど、誰に、何を差し上げたんだい?」

 父の顔がひきつる。私はしれっと事実を述べた。

「ですから、カイルハート殿下に、じゃがいもの入ったクッキーを、差し上げたのです。ギルフォード様にも一緒に。お二人ともむしゃむしゃ食べておいででした」
「な、な、な……王子殿下に、じゃ、じゃ、じゃがいもを、もう、食べさせた!!!???」

 だってしょうがいないじゃん、ギルフォードが私から取り上げて、殿下に渡しちゃったんだから。ちなみにあの後ミシェルも口にしていた。中身がなんなのか、説明はしそこねたけど。

 そこまで説明するのはさすがに酷だと思ったので、黙っていた。父は目を白黒させながらソファに座り込んでしまった。

「おとうさま、こういうときに使えるいい言葉がありますわ。“後の祭り”って言うんですけど」

 前世の知識に倣った私の呟きは両親には聞こえなかったようだ。額を押さえる父とおろおろする継母を前に、私はかわいく小首を傾げてみせた。擬音化するなら「てへぺろ」ってやつだ。


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