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本編第一章
予定外の客にも会ってしまいました
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「ミシェル……、君の弟は面白いね」
「……」
名前を呼ばれたミシェルが苦虫を噛み殺したような顔をする。彼は声の主に向き直り、静かに頭を下げた。
「お見苦しいものをお見せしてしまいました」
「そんなことないよ。無理を言って遊び来て良かった」
そしてこちらに歩いてくる同い年くらいの少年の顔を見て、私はあっと声をあげるのを必死で堪えた。
(まさか……そんなことって………)
けぶるような金色のカールした髪、翠玉のごとき深い緑の瞳。美しい線を描く鼻梁、大笑いしながらも優雅に孤を描く唇。鮮やかな色彩で描かれたスチルよりはだいぶ幼い、けれどついこの間貴族名鑑で見た絵姿よりは少しだけ成長している。
私は心の中で呪詛の言葉を吐いた。隣の領の御曹司の記念すべき誕生日というめでたい日を控えているのは重々承知だけど、それでも呪わずにいられなかった。
私、アンジェリカ・コーンウィル・ダスティンは、乙女ゲームのヒロインに転生している。ゲームのアンジェリカは攻略対象とやらに夢中になり、自分の義務も忘れてキャッキャウフフな恋愛模様にうつつを抜かしていたけれど、このアンジェリカはそうではない。自領を継ぎ、ついでに発展させ、両親と民が安心して暮らせる未来を作る野望に燃えている。そのために必要なのは領地経営に協力してくれる従順な婿様であり、きらきらしい自分第一な攻略対象なんかではない、決してない。
だから、極力彼らに接触しないようにと考えていた。幸い自分は男爵家。普通にしていれば王家や公爵家や侯爵家とかかわらず生きていける末端の立場だ。たとえ学院が一緒になったとしても、学年が同じであったとしても、こちらから近づかなければ向こう様から近づいてくることはない。学院が身分差におおらかとはいえ、そこには見えないラインと格式が存在する。ゆえに、彼らと接触しないで過ごせるはずだった。はずだったのだが……。
私は小さく顔を逸らし、すべてをなかったことにできないか頭を高速回転させた。そうだ、今ならまだお互い名乗っていない。ここは無邪気に礼儀を知らない5歳児らしく、とんずらこくという手段がとれるのでは……。
そんな私の短絡的な思考を、決して読んだわけではなかろうが、ミシェルが静かに口を開いた。
「恐れながら我が弟をはじめ、こちらの令嬢についても、見せ物ではありませんよ、殿下」
(言っちゃったーーー! この人“殿下”って言っちゃったじゃーーん、もう!)
この国で今、「殿下」と呼ばれる人はひとりしかいない。いやでも待て、“でんか”って、あれかもしれない。電化とか電荷とか田家とかね! ちなみに田んぼの家と書いて“でんか”って読むのは田舎のおうちのことだからね!と、現実逃避というか、もう素直にこの場から逃げ出したい私の頭が無駄に前世の知識を叩き出す。
逃げたい、その一心で涙目になりかけた私を見たミシェルは、何を勘違いしたのか、目の前のきらきらしい少年に告げた。
「殿下が名乗らなければ、彼女は何もできません。ほら、困っていますよ」
うん、そうだね、上位の者が話しかけてくれなければ私のような下々の村長レベルの生き物は空気すら吸えないですよね……って、そんな常識どうでもいいんだよ今は!
「そうだったね。はじめまして。僕はカイルハート。この国の王子だよ」
そして見せた極上のスマイル。
(おおおぉぅかわいい……! かわいいぞ!!! 何そこで小首傾げるとかそれ計算?計算だよね?もしかして天然なの!? くっ……!)
奥歯をぐっと噛みしめ、目が合わないよう深く礼をとる。この年でこの威力なら、年頃のそれは破壊力抜群だろう。それこそアンジェリカに貴族の義務を忘れさせるくらいに。そんな中身アラサーの私ですらぐっときそうな笑顔にぎりりと耐え、最上級のカーテシーを披露して名乗った私を誰か褒めてつかわしてください……。
「……」
名前を呼ばれたミシェルが苦虫を噛み殺したような顔をする。彼は声の主に向き直り、静かに頭を下げた。
「お見苦しいものをお見せしてしまいました」
「そんなことないよ。無理を言って遊び来て良かった」
そしてこちらに歩いてくる同い年くらいの少年の顔を見て、私はあっと声をあげるのを必死で堪えた。
(まさか……そんなことって………)
けぶるような金色のカールした髪、翠玉のごとき深い緑の瞳。美しい線を描く鼻梁、大笑いしながらも優雅に孤を描く唇。鮮やかな色彩で描かれたスチルよりはだいぶ幼い、けれどついこの間貴族名鑑で見た絵姿よりは少しだけ成長している。
私は心の中で呪詛の言葉を吐いた。隣の領の御曹司の記念すべき誕生日というめでたい日を控えているのは重々承知だけど、それでも呪わずにいられなかった。
私、アンジェリカ・コーンウィル・ダスティンは、乙女ゲームのヒロインに転生している。ゲームのアンジェリカは攻略対象とやらに夢中になり、自分の義務も忘れてキャッキャウフフな恋愛模様にうつつを抜かしていたけれど、このアンジェリカはそうではない。自領を継ぎ、ついでに発展させ、両親と民が安心して暮らせる未来を作る野望に燃えている。そのために必要なのは領地経営に協力してくれる従順な婿様であり、きらきらしい自分第一な攻略対象なんかではない、決してない。
だから、極力彼らに接触しないようにと考えていた。幸い自分は男爵家。普通にしていれば王家や公爵家や侯爵家とかかわらず生きていける末端の立場だ。たとえ学院が一緒になったとしても、学年が同じであったとしても、こちらから近づかなければ向こう様から近づいてくることはない。学院が身分差におおらかとはいえ、そこには見えないラインと格式が存在する。ゆえに、彼らと接触しないで過ごせるはずだった。はずだったのだが……。
私は小さく顔を逸らし、すべてをなかったことにできないか頭を高速回転させた。そうだ、今ならまだお互い名乗っていない。ここは無邪気に礼儀を知らない5歳児らしく、とんずらこくという手段がとれるのでは……。
そんな私の短絡的な思考を、決して読んだわけではなかろうが、ミシェルが静かに口を開いた。
「恐れながら我が弟をはじめ、こちらの令嬢についても、見せ物ではありませんよ、殿下」
(言っちゃったーーー! この人“殿下”って言っちゃったじゃーーん、もう!)
この国で今、「殿下」と呼ばれる人はひとりしかいない。いやでも待て、“でんか”って、あれかもしれない。電化とか電荷とか田家とかね! ちなみに田んぼの家と書いて“でんか”って読むのは田舎のおうちのことだからね!と、現実逃避というか、もう素直にこの場から逃げ出したい私の頭が無駄に前世の知識を叩き出す。
逃げたい、その一心で涙目になりかけた私を見たミシェルは、何を勘違いしたのか、目の前のきらきらしい少年に告げた。
「殿下が名乗らなければ、彼女は何もできません。ほら、困っていますよ」
うん、そうだね、上位の者が話しかけてくれなければ私のような下々の村長レベルの生き物は空気すら吸えないですよね……って、そんな常識どうでもいいんだよ今は!
「そうだったね。はじめまして。僕はカイルハート。この国の王子だよ」
そして見せた極上のスマイル。
(おおおぉぅかわいい……! かわいいぞ!!! 何そこで小首傾げるとかそれ計算?計算だよね?もしかして天然なの!? くっ……!)
奥歯をぐっと噛みしめ、目が合わないよう深く礼をとる。この年でこの威力なら、年頃のそれは破壊力抜群だろう。それこそアンジェリカに貴族の義務を忘れさせるくらいに。そんな中身アラサーの私ですらぐっときそうな笑顔にぎりりと耐え、最上級のカーテシーを披露して名乗った私を誰か褒めてつかわしてください……。
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