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本編第一章

予定外の客がいるようです

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「お、大旦那様、それからダスティン男爵、お待たせしてしまい申し訳ありません!」
「ベイル、その慌てようはなんだ。客人に失礼ではないか」

 そのときようやくお城の門が開き、中から年若い青年が出てきた。身なりは整っているが、焦り気味な声など、およそ貴族の館に似つかわしくない慌てぶりだ。

 ベイルと呼ばれたその青年はドアマンか若い執事見習いなのだろう、伯爵老の落ち着いた威厳ある叱責に顔を青くして謝罪した。

「バーナード殿、カトレア殿、アンジェリカ嬢も、申し訳ない。少々予定外のことが起きてしまっての、屋敷中が多少騒がしいのだよ。それで出迎えも遅れてしまったようだ」
「それはそれは、大変なときにお邪魔してしまい申し訳ありません」
「いや、そなたたちが謝ることではない。そなたたちは正式な招待客であり、到着の時間もあらかじめ知らせてくれていたのだから、なんの落ち度もない」
「ということは、予定外の客が現れた、ということですか?」
「まぁ、そういうことだ」

 そうして伯爵老は少々困ったような顔をした。誰だろう、と思ったが、伯爵老がそれ以上話そうとしないので、父も継母もそれ以上聞くことを遠慮した。

 私たちはいったん伯爵老とギルフォードと別れ、ベイルと呼ばれた青年の案内で今晩宿泊する部屋に通された。馬車に乗せたままだった私たちの荷物もすでに玄関に到着していた。父が厩舎に馬車を案内した知らせが本宅に届き、使用人たちが慌てて運んでくれた模様だ。

「予定外のお客様って、どなたなのかしら」

 部屋に通され、ベイルがお茶の準備に一度下がった後、継母が届いた荷物に間違いがないか確認しながら呟いた。おそらくベイルは事情を知っていそうだが、伯爵老が私たちに説明しなかったので、あまりおおっぴらにできないことだと判断した両親は、敢えて彼に聞くのをやめたのだ。

「さぁて。だが伯爵老が苦言のひとつも呈さず、困ったようなお顔をされたのだ、もしかすると相当身分が高いお方かもしれない」
「身分が高いって、伯爵老よりも、ですか?」
「わからないがね。いずれにせよ夕食時に発表があるだろう」

 父は言いながらソファに深く座った。継母も私もそれに倣う。本当は荷物の整理をしたかったのだが、本来それはメイドの仕事らしい。まもなくお茶の準備を整えたベイルと数名のメイドが連れ立ってやってきた。とはいえ私たちの荷物は少ない。今晩の夕食用に着る服と、明日のパーティー用のものだけだ。継母の指示のもと、メイドはあっという間に片付けを終え、部屋を出て行った。

 テーブルにはお茶と一緒に軽食も用意されていた。ローストビーフのサンドイッチやスコーン、たっぷりのクリーム、コールスローのサラダ、プチケーキなど、なかなか豪華だ。

 父はお茶を飲みながら、テーブルにさりげなく置かれていた招待客リストに目を通していた。

「向こう隣のエビング伯爵家に、ロースト伯爵家、ダレン男爵家はそれぞれ子どもたちを連れてきているようだね。カトレア、君のところのウォーレス子爵家は名前がないね」
「エリンのところの子どもたちはもう学院にあがっているから、招待されなかったのでしょうね。今回はギルフォード様のお誕生日会だから、まだ学校にあがっていない子どもたちがいる家だけ呼んでいらっしゃるのじゃないかしら。初めての6の年ですし」

 この国では「6」の年齢が大事にされている。6歳は子どもの最初のお披露目の年だ。貴族の間では、子どもが6歳になるとお披露目し、以後社交の場に出ることを許される。次の12歳は略式に大人の年齢とされている。庶民の間では12歳になると、前世でいうところの義務教育的なものが終わり、子どもたちは働きに出ることが多い。前世なら間違いなく児童関連の法律にひっかかりそうだが、この国では前世ほど寿命が長くない。貴族間の世代交代が早いのもそれが理由のひとつだ。貴族でも12歳はひとつの区切りとして扱われ、翌年の13歳からは親元を離れ、王立学院に入学することになる。婚約などの話が進むのも12歳を過ぎてからだ。そして次の倍数、18歳になると社交界デビューの歳となり、結婚が許されたり、貴族だと学院を卒業して家督が譲られたりする。

 そういう慣しから6歳12歳18歳のお祝いはとくに貴族間では重視されているのだが、初めての6の年齢は、最近ではそれほど大きく祝われなくなってきたらしい。今回のギルフォードのお誕生日会も、昔と比べたらかなり小さな規模らしい。理由はいろいろある。その昔、6歳を盛大にお祝いしていたのは、医療水準が低く子どもが育ちにくい状況があり、そのため乳幼児時代にあらゆる病魔を退け6歳まで成長した子どもは一族の宝とされてきた。しかしそのあたりがだいぶ改善されてきたので、次第に6歳のお祝いは縮小されてきたというのがひとつ。あとは20年前の隣国との戦争から完全に復興したとはいえず、全体的なお祭りモードが自粛されたその時代をまだ引きずっている、というのもある。

「うちもこれほどのお披露目をする余裕がないから、この際アンジェリカのお披露目も一緒にやらせてもらおうと思っていてね。伯爵もおそらくその辺を酌んでくださっていると思うよ」

 なるほど、このパーティの出席はそういう意味もあったのか。確かによそ様のパーティを借りて自分もちゃちゃっと披露させてもらうのはいろいろ手間も省けて都合がいい。おとうさまグッジョブだ。こういう節約術というか世渡り術的なものに長けているところは尊敬している。

 おなかを満たした私は、改めて部屋を見渡した。さすがは辺境伯のおうち、客間もうちのリビングより広い。部屋の隣は寝室が2つ。両親と私は別々だ。

 客間はお城の裏庭に面していた。裏庭といっても我が家の畑しか見えないそれとは大違いで、重厚な庭園が広がっている。と、そこに見知った姿を見つけた。つんつんとした麦わら頭はギルフォードだ。彼のほかにも男の子が二人いる。夜のパーティ前だというのにまた外に飛び出したのか。一緒にいるのは友達だろうか。また逆刃の剣で切りかからなきゃいいけど。

「おとうさま、ギルフォード様が外にいらっしゃるようです。私も行ってみていいですか」
「まぁ、アンジェリカ。あなた今度は何をするつもりなの?」

 継母が先ほどのことを思い出したのか神妙な顔つきになった。父も先ほどの事情を既に知っているので苦笑いだ。

「プレゼントに持ってきたクッキーをあげるだけです。何もしません」
「本当に?」
「本当です!」

 さすがに体当たりなんてもうやらないよ、おかあさま。私、中身アラサーだからね? それにお菓子が子どもに食いつきがいいのはうちの領地でも実証済みだ。それにギルフォードなら、じゃがいもという食材も物怖じせず食べてくれそうだという思いもあった。

「いいんじゃないかな。彼は次期領主になるかもしれない子だ。今のうちから仲良くしておくといい」
「そうだけど……。アンジェリカ、おとなしくするのよ? 喧嘩しないでね」
「わかっています」

 私は笑顔でクッキーを手にとり、部屋を後にした。


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