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本編第一章
いとことご対面です3
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私たちの前で、継母はスノウの両肩に手を置き、彼の瞳を正面から覗きこんだ。
「あなたは私の大事な甥よ。ううん、私は、自分の息子だと思っている。子どもができなかった私に神様が与えてくれたとても大切な存在。それがあなたとフローラよ。そこに、今回アンジェリカが加わったの。アンジェリカは立場上はあなたのいとこだけど、でも、あなたの新しい兄弟でもあるのよ。それじゃダメかしら」
「……」
「私は、あなたたち兄弟が仲良くしてくれたら嬉しいわ。私は3人の子どもの母になったのよ。素敵じゃない?」
この人がなぜ初対面の私にも愛情をまっすぐ注いでくれたのかがわかった気がした。今までスノウやフローラに注いでいたものと同じものを、私にも分け与えてくれただけだったのだ。彼女にとっては未知のことでもなんでもない、今まで当たり前にやってきたこと。それがこの人が持つ人の良さなのだなと、改めてしみじみ感じ入った。無償の愛って、なかなかできることじゃない。
「じゃぁ、アンジェリカはあたしのお姉ちゃまなの?」
フローラが私のドレスの裾を握って尋ねてきた。
「そうですね。フローラ様は私の妹ですね」
「やったぁ!」
小さな存在が私に抱きついてくる。私は慌てて支えようとしたが、なにぶん自分も小さい。よろけそうになるのを伯父がさらに支えてくれた。
「なぁ、アンジェリカ。君はとてもよくしつけられたお嬢様だけど、妹や弟相手に敬語を使うのはおかしいんじゃないのかい?」
「それもそうですね」
正直私はどっちでもよかったが、この殺伐とした空気を無にしてくれたフローラと、それを擁護するかのような伯父の言葉に従うことにした。
「それじゃフローラ、これからもよろしくね」
「はい、お姉ちゃま!」
兄を余所にさっそく親しくなった私たちは仲良く手をつないだ。継母が嬉しそうにこちらを眺めながら、再びスノウに向き直った。
「あなたはもう、私のことをおばさまとは呼んでくれないの? アンジェリカの母になってしまった私はもう用なしかしら」
「そんなことないっ!」
「じゃぁ、いらっしゃい」
継母はスノウをぎゅっと抱きしめてから、私たちの方に連れてきた。そして私たちの手を握らせる。右手はスノウに、左手はフローラにつながった。彼らも手をそれぞれつないでいる。
「3人きょうだいね。みんなかわいいわ」
継母は嬉しそうに一歩下がって私たちを見ている。そして私はスノウの顔をじっと見た。顔立ちは伯父や継母似ではない。亡くなった母親に似たのだろう。口調とは裏腹に中性的な整った顔をしていて、将来はきっとモテるだろうなと推測する。
私に見られた彼は恥ずかしかったのか、顔をぷいっと背けた。
「ふん、おばさまが言うから、おまえは今日から俺の妹にしてやるよ」
捨て台詞のようなスノウのその言葉を拾って、継母が首を傾げた。
「あら、スノウ、それは違うわ。アンジェリカがあなたのお姉さんになるのよ。あなたは12月生まれでしょう? アンジェリカは9月生まれだから」
「えぇっ」
心底イヤそうにスノウが声をあげる。そんなこと言ったって、生まれ月は変えられやしない。そして私は正直どっちでもいい。どっちでもいいが、このむくれた5歳児をちょっとからかってやりたくなった。
「じゃぁ私があなたのお姉さんね。お姉さんって呼んでくれてもいいよ、スノウ」
「イヤだ! 誰が呼ぶか! おまえなんか呼び捨てでいいだろ!」
「私、弟が欲しかったの」
「別に弟じゃなくてもいいだろっ!」
いや、前世でも妹はいたから(だからといってフローラがいらないってわけではない)、弟もありかなぁと思っただけなんだけど。
そう考えていると、ふと頭に過ぎるものがあった。
(……ん? おとうと??)
蘇るのは画面越しに聞いた妹の台詞。
「攻略対象じゃないんだけど気になる子がいるのよ。弟ポジのモブでね、顔は綺麗なんだけど、ちょっと口が悪くて。でもこの子が意外とお役立ちなの。ヒロインを守りたくて一緒に学院に入学してくるんだけど、上位貴族にいじめられるヒロインをいちいち助けてくれるのね。でも途中でヒロインを庇って学院を退学になってしまうの。その姿がまたいじらしくて! ただのモブなんだけど、自分の身を挺してまでヒロインを助けるって、無償の愛って感じでそそられるよねぇ」
顔は綺麗だけど口が悪い(妹的には、だ)弟ポジのモブ。
(これか……)
思い出してよかったのか悪かったのか、私はスノウから目を逸らせてため息をついた。どうやら彼はこの先いろいろヒロインを助けてくれる存在らしい。庶民的な暮らしをしてはいるようだが、身分的には子爵家に連なる彼だ。学院にも入学できるだろう。でも退学になるのはいただけない。貴族として身を立てるなら、学院の卒業生であることは必須だ。病弱とか留学していたとかでない限り、それ以外のルートを辿れば、それは貴族社会から爪弾きにされてしまうことになる。
義母の話では、ケビン伯父は家具職人として暮らしていて、子どもたちも平民として生きていくことになるだろうとのことだった。だがもし、ゲームの世界のように彼が貴族として生きたいと願って学院に入学してきたら? 私のせいで退学になってしまう?
(そんなことさせない)
初対面の対応は褒められたものではなかったが、一応彼は私のいとこだ。何より継母が彼のことを大切にしている。彼は正確には子爵家の人間で、男爵家の自分が支えるべき立場にはないが、今持って兄弟の契りを交わしてしまったからには、私にも彼を守る義務がある意味生じることになる。
(大丈夫、私が守ってあげるから。学院に進んでも、ちゃんと卒業できるようにしてあげるよ)
何せこのアンジェリカには誰かを攻略する意欲がない。上位貴族にちょっかいを出さなければ、その周辺から変な圧力を受けることもないはず。下流は下流らしく、地味につましくしたたかに、自分の身の丈にあった婿探しをするのみだ。
私はスノウの手をぎゅっと握った。驚いた彼は一瞬私を見たけれど、すぐにまた目をそらした。先ほどまでは怒りで頬を染めていたが、今度は目元がうっすらと赤くなっていることに気づいて、私は静かにほくそ笑んだ。あら、かわいいところあるじゃない。
「あなたは私の大事な甥よ。ううん、私は、自分の息子だと思っている。子どもができなかった私に神様が与えてくれたとても大切な存在。それがあなたとフローラよ。そこに、今回アンジェリカが加わったの。アンジェリカは立場上はあなたのいとこだけど、でも、あなたの新しい兄弟でもあるのよ。それじゃダメかしら」
「……」
「私は、あなたたち兄弟が仲良くしてくれたら嬉しいわ。私は3人の子どもの母になったのよ。素敵じゃない?」
この人がなぜ初対面の私にも愛情をまっすぐ注いでくれたのかがわかった気がした。今までスノウやフローラに注いでいたものと同じものを、私にも分け与えてくれただけだったのだ。彼女にとっては未知のことでもなんでもない、今まで当たり前にやってきたこと。それがこの人が持つ人の良さなのだなと、改めてしみじみ感じ入った。無償の愛って、なかなかできることじゃない。
「じゃぁ、アンジェリカはあたしのお姉ちゃまなの?」
フローラが私のドレスの裾を握って尋ねてきた。
「そうですね。フローラ様は私の妹ですね」
「やったぁ!」
小さな存在が私に抱きついてくる。私は慌てて支えようとしたが、なにぶん自分も小さい。よろけそうになるのを伯父がさらに支えてくれた。
「なぁ、アンジェリカ。君はとてもよくしつけられたお嬢様だけど、妹や弟相手に敬語を使うのはおかしいんじゃないのかい?」
「それもそうですね」
正直私はどっちでもよかったが、この殺伐とした空気を無にしてくれたフローラと、それを擁護するかのような伯父の言葉に従うことにした。
「それじゃフローラ、これからもよろしくね」
「はい、お姉ちゃま!」
兄を余所にさっそく親しくなった私たちは仲良く手をつないだ。継母が嬉しそうにこちらを眺めながら、再びスノウに向き直った。
「あなたはもう、私のことをおばさまとは呼んでくれないの? アンジェリカの母になってしまった私はもう用なしかしら」
「そんなことないっ!」
「じゃぁ、いらっしゃい」
継母はスノウをぎゅっと抱きしめてから、私たちの方に連れてきた。そして私たちの手を握らせる。右手はスノウに、左手はフローラにつながった。彼らも手をそれぞれつないでいる。
「3人きょうだいね。みんなかわいいわ」
継母は嬉しそうに一歩下がって私たちを見ている。そして私はスノウの顔をじっと見た。顔立ちは伯父や継母似ではない。亡くなった母親に似たのだろう。口調とは裏腹に中性的な整った顔をしていて、将来はきっとモテるだろうなと推測する。
私に見られた彼は恥ずかしかったのか、顔をぷいっと背けた。
「ふん、おばさまが言うから、おまえは今日から俺の妹にしてやるよ」
捨て台詞のようなスノウのその言葉を拾って、継母が首を傾げた。
「あら、スノウ、それは違うわ。アンジェリカがあなたのお姉さんになるのよ。あなたは12月生まれでしょう? アンジェリカは9月生まれだから」
「えぇっ」
心底イヤそうにスノウが声をあげる。そんなこと言ったって、生まれ月は変えられやしない。そして私は正直どっちでもいい。どっちでもいいが、このむくれた5歳児をちょっとからかってやりたくなった。
「じゃぁ私があなたのお姉さんね。お姉さんって呼んでくれてもいいよ、スノウ」
「イヤだ! 誰が呼ぶか! おまえなんか呼び捨てでいいだろ!」
「私、弟が欲しかったの」
「別に弟じゃなくてもいいだろっ!」
いや、前世でも妹はいたから(だからといってフローラがいらないってわけではない)、弟もありかなぁと思っただけなんだけど。
そう考えていると、ふと頭に過ぎるものがあった。
(……ん? おとうと??)
蘇るのは画面越しに聞いた妹の台詞。
「攻略対象じゃないんだけど気になる子がいるのよ。弟ポジのモブでね、顔は綺麗なんだけど、ちょっと口が悪くて。でもこの子が意外とお役立ちなの。ヒロインを守りたくて一緒に学院に入学してくるんだけど、上位貴族にいじめられるヒロインをいちいち助けてくれるのね。でも途中でヒロインを庇って学院を退学になってしまうの。その姿がまたいじらしくて! ただのモブなんだけど、自分の身を挺してまでヒロインを助けるって、無償の愛って感じでそそられるよねぇ」
顔は綺麗だけど口が悪い(妹的には、だ)弟ポジのモブ。
(これか……)
思い出してよかったのか悪かったのか、私はスノウから目を逸らせてため息をついた。どうやら彼はこの先いろいろヒロインを助けてくれる存在らしい。庶民的な暮らしをしてはいるようだが、身分的には子爵家に連なる彼だ。学院にも入学できるだろう。でも退学になるのはいただけない。貴族として身を立てるなら、学院の卒業生であることは必須だ。病弱とか留学していたとかでない限り、それ以外のルートを辿れば、それは貴族社会から爪弾きにされてしまうことになる。
義母の話では、ケビン伯父は家具職人として暮らしていて、子どもたちも平民として生きていくことになるだろうとのことだった。だがもし、ゲームの世界のように彼が貴族として生きたいと願って学院に入学してきたら? 私のせいで退学になってしまう?
(そんなことさせない)
初対面の対応は褒められたものではなかったが、一応彼は私のいとこだ。何より継母が彼のことを大切にしている。彼は正確には子爵家の人間で、男爵家の自分が支えるべき立場にはないが、今持って兄弟の契りを交わしてしまったからには、私にも彼を守る義務がある意味生じることになる。
(大丈夫、私が守ってあげるから。学院に進んでも、ちゃんと卒業できるようにしてあげるよ)
何せこのアンジェリカには誰かを攻略する意欲がない。上位貴族にちょっかいを出さなければ、その周辺から変な圧力を受けることもないはず。下流は下流らしく、地味につましくしたたかに、自分の身の丈にあった婿探しをするのみだ。
私はスノウの手をぎゅっと握った。驚いた彼は一瞬私を見たけれど、すぐにまた目をそらした。先ほどまでは怒りで頬を染めていたが、今度は目元がうっすらと赤くなっていることに気づいて、私は静かにほくそ笑んだ。あら、かわいいところあるじゃない。
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