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本編第一章
あの食べ物とのご対面です
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※石灰の話が出てきますが、事実と異なる部分があります。用途としては間違っていませんが、作品に都合がよいように内容を修正しています。
私は父の元にとって返し、許可をもらって農機具などが納めてある納屋に入った。
薄暗い吹き抜けの建物の中には、畑を耕すための工具や肥料などが入った袋が置いてある。その袋をひとつずつ開けて中身を確認しながら……とうとう目当てのものを見つけた。
「あった! これよこれ、石灰!」
袋3個分の真っ白な石灰を見つけてわたしはひとりほくそ笑んだ。
この石灰は石灰石を砕いたものに熱や水を加えて作ったもので、主にモルタルの材料として建物の外壁やその修繕に使われている。古代エジプトですでに開発されていた建築材料のひとつだ。我が家のこの納屋も石造りで、石のつなぎにはモルタルの技法が使われている。私がここに引き取られた直後、大工さんがたまたまこの納屋の修繕に入っていて、その作業を見せてもらった。だからここに石灰があることを覚えていた。
昔、理科の実験なんかで石灰水を作るときの材料にしたり、学校の運動場で白線を引くのに使われたりしたのも、この石灰のいわば仲間みたいなものだ。いろんな用途がある石灰だが、これは実は強いアルカリ性を示す。酸性に傾いた土壌に混ぜれば、土を中和してくれるのだ。
私は石灰をにんまりと眺めながら、冷静に前世の記憶を蘇らせた。たしかこの石灰は素手で触るのは危険だった。目に入ると失明の恐れもあるから、ゴーグル的な何かも欲しい……。
「でも、石灰が見つかったといっても、混ぜる度合いがわからないのよね」
石灰の混ぜ方は覚えている。確か作物の作付けをする2、3週間くらい前に、畑の土を30センチくらい掘り起こして粉を混ぜるのだ。ただ、どのくらいが適量だったのか、混ぜた後は何もしなくていいのか、追加で石灰を加えたりなどしなくてはいけないのか、など細かなところは覚えていない。1ヶ月の研修では土壌に混ぜたところで終わってしまい、作物の収穫はおろか、作付けさえも見届けていないのだ。
しかたない、これはもう、細かく実験するしかない。石灰の量を調整して混ぜたいくつかの区域を作り、そこに実際に作付けして、育ち具合を比較してみよう。息の長い話になるが、私はまだ5歳だ。この時代の平均寿命がどれくらいかはわからないが、少なくともこの先60年以上は時間があるだろう。しかもここには転勤制度も退避命令もない。じっくり腰を落ち着けてやっていこうじゃないの。
まずはこの計画を父に伝えて、土地を用意してもらわなければならない。そもそも石灰もこれだけじゃ足りないかも。それから、酸性度が強い土地でも育つあの作物……。
そのとき、はっと気がついた。
(そういえば、前世でよく食べていたあの野菜、この世界で見かけない……。まさかこの世界にはないとか!?)
この世界の食事に使われる食材は前世とほぼ同じだ。肉なら牛や豚、鶏、羊など。狩猟もさかんなので猪や鹿、うさぎやキジも食べる。魚はこの地域だと川魚。野菜も玉ねぎやにんじん、豆、などがあるが、前世よりは種類が少ない。そういえば葉物野菜はほとんどなくて、山で採ってきた山菜が食卓に並ぶことも多い。
だが、アレはない。自分が食べたことがないだけだろうか……。
私は納屋から飛び出し、外にいた父に再び問いかけた。
「おとうさま、質問があります!」
「なんだい、アンジェリカ。おまえはいつも質問だらけで勉強熱心だね」
にこにこと娘との会話を楽しむ父に、私は真剣に詰め寄った。
「おとうさまの畑には芋類はないのですか?」
「イモ? それなら奥にあるよ」
「あるのですか!?」
なんだ、私が知らなかっただけか、と安堵する。
「でも、あんなものどうするんだい? 今度は家畜の世話に興味があるのかい?」
「家畜? いえ、芋類の生育状況を見たいのです」
芋類、わかりやすいところでいえばサツマイモやじゃがいものことだ。これらの根菜類は酸性度が高めの土地でも育ちやすい。ほかにもニンニクや生姜なども向いている。まぁこの際、タロイモとかでもいい。
芋類の何がいいかって、どんな荒れた土地でも水分が少なめでも育ちやすいという点だ。逆にいえば芋も育たない土地では見通しは悪い。
「家畜小屋の隣が芋畑だよ。その方が便利だからね。ほら、こっちだ」
「便利?」
小屋の近くだと何が便利なのだろう。
そう思いながら父の後をついていくと、家の裏手の家畜小屋についた。ここには牛と豚、鶏を飼っている。そして父の言う通り、家畜小屋の隣に、表の野菜畑ほどではないが、割と広々とした畑があった。そしてそこには見覚えのある植物があった。
「じゃがいも!みつけた!」
私は嬉しくなって畑に駆け出した。土から見える実は小ぶりながらも見覚えのあるそれだった。発育状況は決してよいとはいえないけれど、最悪でもない。これなら望みはある。
それにしても、と私は疑問を抱いた。
「おとうさま、こんなにじゃがいもがたくさん採れているのに、どうして食事には出てこないんですか?」
「どうしてって、じゃがいもは食べられないからだよ」
「えっ!?」
「じゃがいもはアクが強くて、とてもじゃないけど食べられないんだ。だからこれらはすべて家畜の餌用だよ」
「えええっ!?」
嘘でしょ!?と口元を抑える。じゃがいも、あんなにおいしいのに。
けれど、ひとつの推測に至って、私ははたと考え込んだ。
(もしかしたら、前世のじゃがいもは改良されて食べやすくなっていたのかもしれない)
長い年月をかけて改良され、人の口に入るようになった野菜もたくさんある。もしかしたらこの世界のじゃがいもはまだその段階にないのかもしれない。
父に話を聞けば、このじゃがいもは春から夏にかけてたくさん獲れるらしい。そして秋にはなんとサツマイモが獲れる。しかしそのすべてが潰して家畜の餌になるのだとか。
(なんてもったいない……)
酸性度の強い土地でも比較的収穫量が見込める芋類が家畜の餌としてしか使用されないとは。芋類は炭水化物だから十分主食となりうる。もしこれらが人の口に入る程度に改良されれば、この領の食料問題は最低ラインから平均レベルくらいにまでは持っていけるかもしれない。
(まてよ、ようはアクが抜ければいいんだよね)
作物の改良には専門知識や膨大な時間が必要だけど、アク抜き自体は比較的簡単に行える。それこそ火と鍋と灰があればできる。灰を水にひたして、その上澄み液を掬えば、それが「 灰汁」となる。これで作物を煮れば作物のエグみがとれるのだ。
「おとうさま! このじゃがいも、もらっていいですか!?」
「え、あぁ、いいけど。どうするんだい?」
「私、これを食べられるよう実験してみたいんです。このダスティン領でも、芋類は比較的生育状況がいいんですよね? もしこれが食べられたら、みんなおなかいっぱいになれると思います」
「え? あぁ、なんだ、ままごとがしたかったのか。いいよ、好きなだけ持っておいき」
若干勘違いな父の発言にちょっとずっこけそうになったが、とりあえず言質はとった。私は目の前の小さなじゃがいもをかき集め、キッチンにとって返した。
私は父の元にとって返し、許可をもらって農機具などが納めてある納屋に入った。
薄暗い吹き抜けの建物の中には、畑を耕すための工具や肥料などが入った袋が置いてある。その袋をひとつずつ開けて中身を確認しながら……とうとう目当てのものを見つけた。
「あった! これよこれ、石灰!」
袋3個分の真っ白な石灰を見つけてわたしはひとりほくそ笑んだ。
この石灰は石灰石を砕いたものに熱や水を加えて作ったもので、主にモルタルの材料として建物の外壁やその修繕に使われている。古代エジプトですでに開発されていた建築材料のひとつだ。我が家のこの納屋も石造りで、石のつなぎにはモルタルの技法が使われている。私がここに引き取られた直後、大工さんがたまたまこの納屋の修繕に入っていて、その作業を見せてもらった。だからここに石灰があることを覚えていた。
昔、理科の実験なんかで石灰水を作るときの材料にしたり、学校の運動場で白線を引くのに使われたりしたのも、この石灰のいわば仲間みたいなものだ。いろんな用途がある石灰だが、これは実は強いアルカリ性を示す。酸性に傾いた土壌に混ぜれば、土を中和してくれるのだ。
私は石灰をにんまりと眺めながら、冷静に前世の記憶を蘇らせた。たしかこの石灰は素手で触るのは危険だった。目に入ると失明の恐れもあるから、ゴーグル的な何かも欲しい……。
「でも、石灰が見つかったといっても、混ぜる度合いがわからないのよね」
石灰の混ぜ方は覚えている。確か作物の作付けをする2、3週間くらい前に、畑の土を30センチくらい掘り起こして粉を混ぜるのだ。ただ、どのくらいが適量だったのか、混ぜた後は何もしなくていいのか、追加で石灰を加えたりなどしなくてはいけないのか、など細かなところは覚えていない。1ヶ月の研修では土壌に混ぜたところで終わってしまい、作物の収穫はおろか、作付けさえも見届けていないのだ。
しかたない、これはもう、細かく実験するしかない。石灰の量を調整して混ぜたいくつかの区域を作り、そこに実際に作付けして、育ち具合を比較してみよう。息の長い話になるが、私はまだ5歳だ。この時代の平均寿命がどれくらいかはわからないが、少なくともこの先60年以上は時間があるだろう。しかもここには転勤制度も退避命令もない。じっくり腰を落ち着けてやっていこうじゃないの。
まずはこの計画を父に伝えて、土地を用意してもらわなければならない。そもそも石灰もこれだけじゃ足りないかも。それから、酸性度が強い土地でも育つあの作物……。
そのとき、はっと気がついた。
(そういえば、前世でよく食べていたあの野菜、この世界で見かけない……。まさかこの世界にはないとか!?)
この世界の食事に使われる食材は前世とほぼ同じだ。肉なら牛や豚、鶏、羊など。狩猟もさかんなので猪や鹿、うさぎやキジも食べる。魚はこの地域だと川魚。野菜も玉ねぎやにんじん、豆、などがあるが、前世よりは種類が少ない。そういえば葉物野菜はほとんどなくて、山で採ってきた山菜が食卓に並ぶことも多い。
だが、アレはない。自分が食べたことがないだけだろうか……。
私は納屋から飛び出し、外にいた父に再び問いかけた。
「おとうさま、質問があります!」
「なんだい、アンジェリカ。おまえはいつも質問だらけで勉強熱心だね」
にこにこと娘との会話を楽しむ父に、私は真剣に詰め寄った。
「おとうさまの畑には芋類はないのですか?」
「イモ? それなら奥にあるよ」
「あるのですか!?」
なんだ、私が知らなかっただけか、と安堵する。
「でも、あんなものどうするんだい? 今度は家畜の世話に興味があるのかい?」
「家畜? いえ、芋類の生育状況を見たいのです」
芋類、わかりやすいところでいえばサツマイモやじゃがいものことだ。これらの根菜類は酸性度が高めの土地でも育ちやすい。ほかにもニンニクや生姜なども向いている。まぁこの際、タロイモとかでもいい。
芋類の何がいいかって、どんな荒れた土地でも水分が少なめでも育ちやすいという点だ。逆にいえば芋も育たない土地では見通しは悪い。
「家畜小屋の隣が芋畑だよ。その方が便利だからね。ほら、こっちだ」
「便利?」
小屋の近くだと何が便利なのだろう。
そう思いながら父の後をついていくと、家の裏手の家畜小屋についた。ここには牛と豚、鶏を飼っている。そして父の言う通り、家畜小屋の隣に、表の野菜畑ほどではないが、割と広々とした畑があった。そしてそこには見覚えのある植物があった。
「じゃがいも!みつけた!」
私は嬉しくなって畑に駆け出した。土から見える実は小ぶりながらも見覚えのあるそれだった。発育状況は決してよいとはいえないけれど、最悪でもない。これなら望みはある。
それにしても、と私は疑問を抱いた。
「おとうさま、こんなにじゃがいもがたくさん採れているのに、どうして食事には出てこないんですか?」
「どうしてって、じゃがいもは食べられないからだよ」
「えっ!?」
「じゃがいもはアクが強くて、とてもじゃないけど食べられないんだ。だからこれらはすべて家畜の餌用だよ」
「えええっ!?」
嘘でしょ!?と口元を抑える。じゃがいも、あんなにおいしいのに。
けれど、ひとつの推測に至って、私ははたと考え込んだ。
(もしかしたら、前世のじゃがいもは改良されて食べやすくなっていたのかもしれない)
長い年月をかけて改良され、人の口に入るようになった野菜もたくさんある。もしかしたらこの世界のじゃがいもはまだその段階にないのかもしれない。
父に話を聞けば、このじゃがいもは春から夏にかけてたくさん獲れるらしい。そして秋にはなんとサツマイモが獲れる。しかしそのすべてが潰して家畜の餌になるのだとか。
(なんてもったいない……)
酸性度の強い土地でも比較的収穫量が見込める芋類が家畜の餌としてしか使用されないとは。芋類は炭水化物だから十分主食となりうる。もしこれらが人の口に入る程度に改良されれば、この領の食料問題は最低ラインから平均レベルくらいにまでは持っていけるかもしれない。
(まてよ、ようはアクが抜ければいいんだよね)
作物の改良には専門知識や膨大な時間が必要だけど、アク抜き自体は比較的簡単に行える。それこそ火と鍋と灰があればできる。灰を水にひたして、その上澄み液を掬えば、それが「 灰汁」となる。これで作物を煮れば作物のエグみがとれるのだ。
「おとうさま! このじゃがいも、もらっていいですか!?」
「え、あぁ、いいけど。どうするんだい?」
「私、これを食べられるよう実験してみたいんです。このダスティン領でも、芋類は比較的生育状況がいいんですよね? もしこれが食べられたら、みんなおなかいっぱいになれると思います」
「え? あぁ、なんだ、ままごとがしたかったのか。いいよ、好きなだけ持っておいき」
若干勘違いな父の発言にちょっとずっこけそうになったが、とりあえず言質はとった。私は目の前の小さなじゃがいもをかき集め、キッチンにとって返した。
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