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本編第一章
領地を見てまわります1
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「アンジェリカ、見てご覧、ここが我が男爵領だよ」
父とともに馬の背に乗った私は、高台から男爵領を見下ろしていた。背後に山を頂く南北に延びる土地が、ダスティン家が代々治める所領だった。ここから北に行けば隣のアッシュバーン領、南に下れば王都だ。
馬で一刻ほどの高台から見下ろせるほどに、男爵家の所領は小さい。ちなみに見えている山自体は隣のアッシュバーン領のものだ。男爵領は三方をアッシュバーン領に囲まれている立地だった。
「この高台は領地が一望できる場所でね。私のお気に入りの場所でもある。いろいろ悩んだり行き詰まったりすると、ここに来てこの景色を眺めるんだよ。
父の言葉に納得がいった。男爵領はお世辞にも広いとは言えないけれど、この端から端までの世界に領民が住んでいて、それを自分たちが守らなければならないのだと思うと、強い気持ちと愛着のようなものが湧いてきた。父もここで、自分の気持ちを奮い立たせているのかもしれない。
(それにしても……)
眼下に広がる景色を見て熟考する。山に囲まれているとはいえ森の緑はそれほど多くない。山から続く河川はたくさん見えるので、水は豊富なのだろう。
だが、全体的に茶色っぽい色彩が広がっていて、なんだかくすんで見えた。植物が育ちにくいのかもしれない。
男爵領は隣のアッシュバーン領より高地にある。アッシュバーン領から王都に向かうには、坂を登ってダスティン領を経由し、そこからまたゆるゆる下りながら向かうという旅程なのだとか。ダスティン領は少し小高い位置にあることになる。
高地にあって寒いから作物が育たないのか。それにしては5月の今の陽気はぽかぽかというより汗ばむくらいで、アッシュバーン領より暖かい気もする。
「さぁ、アンジェリカ、ここから下って領地を見て回ろうか」
「はい、おとうさま」
父の誘いにひとまず頷く。父は手綱を握り直し馬の首を街道へと向けた。小柄でややお腹の出ている中年男性だが、意外と器用に馬を扱うことに少し驚いていた。聞けばまだ当主になる前、隣のアッシュバーン家の騎士団に所属していたらしい。
アッシュバーン家は辺境伯であり、北方にある隣国トゥキルスと接する領地を拝領している。我が国の最北の砦を担っていることもあり、特別に騎士団を編成することが王家より許されている。
男爵領はアッシュバーン領にほど近く、昔から両家は密接な関係を築いてきた。というより男爵家がアッシュバーン家の保護下に置かれていたと言える。男爵家の一族で食い扶持に困った者の中には、アッシュバーン領で騎士として身を立てた者も少なくないらしい。本当はアッシュバーン家で働きたかった実母を男爵家に押し付けたのはアッシュバーン伯だったことを考えると、力関係としては爵位のこともこうしたことも含めて、向こうが上のようだ。
ということは、時期当主となる私も、アッシュバーン家の次期当主とは良好な関係を築かねばならないということだ。
私は貴族名鑑を思い出す。2年前の版で、アッシュバーン家には二人の息子がいた。ひとりは私より歳上、もうひとりは同い年だ。
(どんな子たちかはまだわからないけど……いい子たちだといいな)
母を男爵領に押し付けた現伯爵の所行を思うに、あまりいい感じはしないのだが……。居丈高に接してくるような人物だと困る。こちらは爵位で負けているだけに言い返すのも難しい。変に喧嘩腰になって、騎士団で男爵家の者を受け入れてくれなくなってもさらに困る。
(なんだか下請け業者みたいな気分だな)
実際のところ男爵家など貴族の末端。たとえて言うなら小さな村の村長さんのようなものだ。伯爵レベルで県議会議員や区議会議員、公爵家や侯爵家、辺境伯で国会議員、王族は総理大臣。ものすごくざっくばらんなたとえだけど、そんなところだろう。村長のレベルで総理大臣一家に輿入れを望むなんてやっぱりヒロイン、アホだろとか思うわけだが、それ以前に国会議員にこうしろああしろと言われて、村長が異を唱えることはなかなか難しい。
厳然たる身分制度の前に前途多難な気分になり、いかんいかんと首を振った。まだ何も始まっていないのだ。想像だけして落ち込むだけ馬鹿だ。まずは現実を知ること。よし、はりきって領地巡りをしていこうじゃないの。
父とともに馬の背に乗った私は、高台から男爵領を見下ろしていた。背後に山を頂く南北に延びる土地が、ダスティン家が代々治める所領だった。ここから北に行けば隣のアッシュバーン領、南に下れば王都だ。
馬で一刻ほどの高台から見下ろせるほどに、男爵家の所領は小さい。ちなみに見えている山自体は隣のアッシュバーン領のものだ。男爵領は三方をアッシュバーン領に囲まれている立地だった。
「この高台は領地が一望できる場所でね。私のお気に入りの場所でもある。いろいろ悩んだり行き詰まったりすると、ここに来てこの景色を眺めるんだよ。
父の言葉に納得がいった。男爵領はお世辞にも広いとは言えないけれど、この端から端までの世界に領民が住んでいて、それを自分たちが守らなければならないのだと思うと、強い気持ちと愛着のようなものが湧いてきた。父もここで、自分の気持ちを奮い立たせているのかもしれない。
(それにしても……)
眼下に広がる景色を見て熟考する。山に囲まれているとはいえ森の緑はそれほど多くない。山から続く河川はたくさん見えるので、水は豊富なのだろう。
だが、全体的に茶色っぽい色彩が広がっていて、なんだかくすんで見えた。植物が育ちにくいのかもしれない。
男爵領は隣のアッシュバーン領より高地にある。アッシュバーン領から王都に向かうには、坂を登ってダスティン領を経由し、そこからまたゆるゆる下りながら向かうという旅程なのだとか。ダスティン領は少し小高い位置にあることになる。
高地にあって寒いから作物が育たないのか。それにしては5月の今の陽気はぽかぽかというより汗ばむくらいで、アッシュバーン領より暖かい気もする。
「さぁ、アンジェリカ、ここから下って領地を見て回ろうか」
「はい、おとうさま」
父の誘いにひとまず頷く。父は手綱を握り直し馬の首を街道へと向けた。小柄でややお腹の出ている中年男性だが、意外と器用に馬を扱うことに少し驚いていた。聞けばまだ当主になる前、隣のアッシュバーン家の騎士団に所属していたらしい。
アッシュバーン家は辺境伯であり、北方にある隣国トゥキルスと接する領地を拝領している。我が国の最北の砦を担っていることもあり、特別に騎士団を編成することが王家より許されている。
男爵領はアッシュバーン領にほど近く、昔から両家は密接な関係を築いてきた。というより男爵家がアッシュバーン家の保護下に置かれていたと言える。男爵家の一族で食い扶持に困った者の中には、アッシュバーン領で騎士として身を立てた者も少なくないらしい。本当はアッシュバーン家で働きたかった実母を男爵家に押し付けたのはアッシュバーン伯だったことを考えると、力関係としては爵位のこともこうしたことも含めて、向こうが上のようだ。
ということは、時期当主となる私も、アッシュバーン家の次期当主とは良好な関係を築かねばならないということだ。
私は貴族名鑑を思い出す。2年前の版で、アッシュバーン家には二人の息子がいた。ひとりは私より歳上、もうひとりは同い年だ。
(どんな子たちかはまだわからないけど……いい子たちだといいな)
母を男爵領に押し付けた現伯爵の所行を思うに、あまりいい感じはしないのだが……。居丈高に接してくるような人物だと困る。こちらは爵位で負けているだけに言い返すのも難しい。変に喧嘩腰になって、騎士団で男爵家の者を受け入れてくれなくなってもさらに困る。
(なんだか下請け業者みたいな気分だな)
実際のところ男爵家など貴族の末端。たとえて言うなら小さな村の村長さんのようなものだ。伯爵レベルで県議会議員や区議会議員、公爵家や侯爵家、辺境伯で国会議員、王族は総理大臣。ものすごくざっくばらんなたとえだけど、そんなところだろう。村長のレベルで総理大臣一家に輿入れを望むなんてやっぱりヒロイン、アホだろとか思うわけだが、それ以前に国会議員にこうしろああしろと言われて、村長が異を唱えることはなかなか難しい。
厳然たる身分制度の前に前途多難な気分になり、いかんいかんと首を振った。まだ何も始まっていないのだ。想像だけして落ち込むだけ馬鹿だ。まずは現実を知ること。よし、はりきって領地巡りをしていこうじゃないの。
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