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本編第一章
お召替えの時間です2
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このまま反省していても埒が明かないので、私はとにかく着替えることにした。今着ている寸足らずなワンピースに手をかける。
ところが私が裾を握り締めめくりあげようとしたとき、背後にいたルビィが小さく悪態をついた。
「……奥様が親切に接してくださっているというのに、なんて失礼な。あの女そっくりだわ」
私はそれを聞き逃さなかった。だが、聞こえないふりをして彼女に背を向けたままワンピースをずぼっと脱いだ。下に着ていた肌着とドロワーズは洗濯のしすぎでだいぶ伸びきっていて、そのおかげでサイズがそれほど気にならなくなっていた。
脱いだワンピースを畳みながら冷静に情報を整理する。
なるほど、この女性は生前の母のことを知っている。それはそうだろう、母は私を妊娠するまでここで働いていた。ルビィの年齢は50代くらい。母がここにいたときのことを知っているのだろう。当然、父との馴れ初めも。
母はそれほど評判のいい人ではなかった上に、主人の愛人となり子どもまで産んだのだ。主人夫妻に忠誠を誓った使用人からすれば、母もその子も、疎ましい以外の何物でもないだろう。
そこまで思ってはっとした。母のことを知っているのはルビィだけではない。男爵夫人もだ。
母はただの愛人ではなく、6年ほど前までこの家の使用人だった。男爵夫人は母の主人でもある。夫人はこの家で、夫の愛人を目と鼻の先にして暮らしていたのだ。それはどんな心境だったのだろう。
ルビィは立ったまま一歩も動かない。私は重い気持ちで新しいワンピースに手をかけた。夫人が嬉々として紹介してくれた新しい衣装。あの人は、母を恨んでいないのだろうか。
私を、恨んでいないのだろうかーーー。
先ほどからの夫人の態度に、私を恨む要素などどこにもない。ましてこの部屋と隣の部屋は、昨日今日用意したのではない状況だ。母が亡くなったのはついこの間。それを受けて私を引き取ることにしたとしたなら、この部屋や衣装は出来すぎている。まるで、ずいぶん前から用意していたような。
考えている間に着替えは終わった。私はただ淡々と着替えが終わった旨をルビィに告げた。彼女は上から下まで私を眺め、冷たい視線を逸らして続き部屋の扉を開けた。
扉の先では夫人が今が今かと待ちわびていたようだ。
「まぁアンジェリカ。とてもかわいいわ。グレイのワンピースも素敵だったわね」
私は失礼かもという思いを捨て、まじまじと夫人の顔を見つめた。そこには幼子を心底かわいいと思っている慈愛が満ち溢れている。「やっぱりちょっと大きいかしら」と、私の肩のあたりから袖にかけて手を伸ばすその所作も、荒々しいところが何ひとつない。肩の布をつまんで「ちょっと詰めた方がいいかもしれないわ」と呟くその声色にも優しさが満ちている。
(私が、憎くないの?)
先ほどルビィが口走ったように、本心は母を、その子である私を、恨んでいるのではないか。私はまるでそうであると決めつけるかのように夫人の中にその片鱗を探した。けれど、そんなものはかけらも見当たらない。
ここで働いていた母の所業、ダスティン男爵との関係、さらに数ヶ月前から用意されていたと思われる部屋や衣装。
どれも事実なのに、それらの点を綺麗に繋げられない。その上に乗せられているはずの夫人の真の思いも、まったく読めない。
「さぁ、食事にしましょう。あの人も待ちわびているわ」
夫人は再び私の手をとり、部屋の外へと誘った。
ところが私が裾を握り締めめくりあげようとしたとき、背後にいたルビィが小さく悪態をついた。
「……奥様が親切に接してくださっているというのに、なんて失礼な。あの女そっくりだわ」
私はそれを聞き逃さなかった。だが、聞こえないふりをして彼女に背を向けたままワンピースをずぼっと脱いだ。下に着ていた肌着とドロワーズは洗濯のしすぎでだいぶ伸びきっていて、そのおかげでサイズがそれほど気にならなくなっていた。
脱いだワンピースを畳みながら冷静に情報を整理する。
なるほど、この女性は生前の母のことを知っている。それはそうだろう、母は私を妊娠するまでここで働いていた。ルビィの年齢は50代くらい。母がここにいたときのことを知っているのだろう。当然、父との馴れ初めも。
母はそれほど評判のいい人ではなかった上に、主人の愛人となり子どもまで産んだのだ。主人夫妻に忠誠を誓った使用人からすれば、母もその子も、疎ましい以外の何物でもないだろう。
そこまで思ってはっとした。母のことを知っているのはルビィだけではない。男爵夫人もだ。
母はただの愛人ではなく、6年ほど前までこの家の使用人だった。男爵夫人は母の主人でもある。夫人はこの家で、夫の愛人を目と鼻の先にして暮らしていたのだ。それはどんな心境だったのだろう。
ルビィは立ったまま一歩も動かない。私は重い気持ちで新しいワンピースに手をかけた。夫人が嬉々として紹介してくれた新しい衣装。あの人は、母を恨んでいないのだろうか。
私を、恨んでいないのだろうかーーー。
先ほどからの夫人の態度に、私を恨む要素などどこにもない。ましてこの部屋と隣の部屋は、昨日今日用意したのではない状況だ。母が亡くなったのはついこの間。それを受けて私を引き取ることにしたとしたなら、この部屋や衣装は出来すぎている。まるで、ずいぶん前から用意していたような。
考えている間に着替えは終わった。私はただ淡々と着替えが終わった旨をルビィに告げた。彼女は上から下まで私を眺め、冷たい視線を逸らして続き部屋の扉を開けた。
扉の先では夫人が今が今かと待ちわびていたようだ。
「まぁアンジェリカ。とてもかわいいわ。グレイのワンピースも素敵だったわね」
私は失礼かもという思いを捨て、まじまじと夫人の顔を見つめた。そこには幼子を心底かわいいと思っている慈愛が満ち溢れている。「やっぱりちょっと大きいかしら」と、私の肩のあたりから袖にかけて手を伸ばすその所作も、荒々しいところが何ひとつない。肩の布をつまんで「ちょっと詰めた方がいいかもしれないわ」と呟くその声色にも優しさが満ちている。
(私が、憎くないの?)
先ほどルビィが口走ったように、本心は母を、その子である私を、恨んでいるのではないか。私はまるでそうであると決めつけるかのように夫人の中にその片鱗を探した。けれど、そんなものはかけらも見当たらない。
ここで働いていた母の所業、ダスティン男爵との関係、さらに数ヶ月前から用意されていたと思われる部屋や衣装。
どれも事実なのに、それらの点を綺麗に繋げられない。その上に乗せられているはずの夫人の真の思いも、まったく読めない。
「さぁ、食事にしましょう。あの人も待ちわびているわ」
夫人は再び私の手をとり、部屋の外へと誘った。
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