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ルビィの章

ルビィの独白10

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 歩いて墓地までたどり着いたルビィは、ここでも愕然とすることになった。セーラの墓石は、農場の一家の一族とはずいぶん離れた場所に、ひっそりと佇んでいた。ひとり息子の嫁だったはずなのにこの扱いはまるで無縁墓のようで、ルビィの怒りをさらに倍増させることになった。
 そのままセーラの墓石の前に膝をおとし、先ほど漏れ聞いた話を思い出す。セーラの夫には既に新しい妻がおり、生まれたばかりの子どもがいた。セーラの不妊がわかったのは1年半前。そのあとセーラから届いた手紙には「義両親に離縁を求められたが、夫が拒否してかばってくれている」と書かれていた。それが、この結果だ。セーラが自分を心配させないために嘘をついたのか、それとも……夫が心変わりしたか。先ほど女の腕に抱かれた子どもを見る姿はとても幸せそうだったところを考えると、後者かもしれない。
 そしてセーラの自殺の理由がわかった気がした。子どものできない自分の代わりに別の女が夫の子どもを産み、さらに離縁まで求められた。夫を愛していた彼女にとって、それがどれほどの痛手だっただろう。「セーラとの間に養子に迎えるつもりだった」と夫は口走った。セーラが彼の妻としてここで生きる可能性はあったのかもしれなかった。その方法は貴族の間では一般的だ。貴族の婚姻は多くが家と家同士のつながりで政略的なもの。子どもができないからといっておいそれと離婚には踏み切れない。その場合多くの夫婦がとる方法は、主人が愛人をつくり、血筋をつなぐことだ。だがその場合でも正式な妻や夫は尊ばれ、その地位は守られる。彼らもまた家を継なぐ努力を強いられた者たちだからだ。だが平民の彼らにとっては、この関係性は奇異なものかもしれなかった。とりわけ同族意識が強い田舎ではさらにかもしれない。
 誰からも見捨てられ、たったひとりで、縁もゆかりもないこの土地で眠るセーラ。それがあまりにも不憫だった。泣くことすらできないほどの喪失感を抱え、しばらくそこに佇んでいたルビィの背後に、突然息を弾ませる気配が現れた。

「あの……っ、若奥様のお姉さんですか?」

 振り向くとそこには12、3歳くらいの少女が立っていた。薄汚れたエプロンワンピース姿にこげ茶の髪をおさげにした、痩せた女の子だった。急いで走ってきたのか頬が上気し、肩で大きく息をしている。
 セーラが無言で肯くと、少女は「はあぁっ」と大きく息を吐いた。

「よかった……っ、間に合った! 母さんから急いで行った方がいいって言われて……、すごく走ってきたんだけど、あたしとろくさいっていっつも大奥様に叱られるくらいだから、間に合わなかったらどうしようかと!」

 言葉を切れ切れに発しながらも、なんとか息を整えて、少女は手にしていた包みを差し出した。

「これ、若奥様から預かってました。”私に何かあったら姉に渡してほしい”って。若奥様がお亡くなりになる、少し前のことです。あんなことになってしまって、あたし、あんなにお世話になった若奥様のお願いだから、どうしてもこれをお届けしたかったんだけど、お姉さんの居場所がわからなくて。そしたら母さんがさっき、仕事中なのに突然部屋に戻ってきて、お姉さんが来たから、急いで渡してこいって」

 少女はまっすぐな瞳でルビィを見上げていた。ルビィは彼女の手からその包みを受け取る。両手を合わせたよりも少し長い程度の細身の箱が薄汚れた布袋にくるまれている。口が麻紐で硬く結ばれており、刃物がないと開けることができなさそうだった。

「あの……今回のこと、本当に残念に思います。あたし、若奥様のこと、大好きでした。若奥様に字を教えてもらってた子どもたちは、いつもレッスンを楽しみにしてたんです。子どもだちだけじゃなくて、小作人の多くは大好きだったと思います。大奥様は厳しくて嫌味な方だけど、若奥様はとてもお優しいから、そのうち若奥様が大奥様になるから、そうしたらもっと楽しくなるねって、うちの家族ともこっそり話してたんです」

 少女の突然の告白にルビィは胸が詰まる思いがした。自分の知らないセーラのことを知っている人がいる。ルビィは少女から話を聞くことにした。

「若奥様がお嫁にいらしたときのこと、覚えています。とてもお綺麗で、お姫様みたいで。あたし、貴族って見たことなかったから、本物のお姫様だって思いました。最初は旦那様も大奥様も大喜びで、うちに貴族の嫁がきた!って自慢して回ってたんです。坊っちゃまも若奥様のことすごく大事にしてて……。でも一年半くらい前から少し様子がおかしくなって、若奥様、お屋敷の端のお部屋でひとりで過ごされるようになって。その、母さんの話では坊っちゃまと離縁の話が進んでるってことだったから、あたしたち、すごく悲しかったんです。若奥様と離れたくなかったから」

 少女の話ではその頃、夫婦の部屋から離れ、ひとりで部屋に籠るようになったとのことだった。女主人の目を逃れてこっそり行っていた読み書きのレッスンも、開催されなくなってしまった。食事などは与えられていたそうだが、たまに見かけるセーラはいつも塞ぎ込んで、暗い表情をしていたそうだ。

「そしたらある日、おつかいに出た帰りに若奥様に呼び止められて。その頃は若奥様とはお話ししちゃいけないって大人に言われてたんですけど、あたし、すごく久しぶりにお会いできたから嬉しくて立ち止まったんです。そしたらその荷物を預かって。でもその2日後に、若奥様は……」

 感極まったように少女は瞳に大粒の涙を浮かべた。

「若奥様が死んだって聞いて……あたし、あのとき大奥様のおつかいだったから、急いで戻らないといけなくて、怒られるのが怖かったから、若奥様に呼び止められて嬉しかったんだけど、荷物を受け取ってすぐに立ち去ってしまったんです。なんであのとき、もっとお話しを聞いてあげなかったんだろうって、そしたら若奥様は、死なずにすんだかもしれないのに……」

 ぽろぽろと溢れる涙をぬぐいもせず少女は変わらずルビィを見ていた。懺悔を求めるかのようなその姿に、ルビィは思わず手を伸ばし彼女を抱きしめていた。大丈夫、あなたは何も悪くない、死の直前に言葉を交わせたのがあなたでよかった、と少女を落ち着かせる言葉をかけながら、ルビィも心で涙を流していた。セーラはここで彼女なりに根を張ろうとがんばっていた。そしてその思いを受け止めてくれた人がちゃんといた。王都にいる頃は庇護されるだけだった少女が、この地で成長していた事実は、ルビィの胸を少しだけ温かくしてくれた。
 少女は真っ赤な顔のまま、自分たちがいかにセーラのことが好きだったかを話してくれた。主人と女主人は小作人に厳しく、彼らが病気になったとしても放っておくような人たちだったが、セーラは薬草や滋養のつくものをこっそり届けてくれたりなどしてくれたらしい。使用人の多くがセーラが次の世代の女主人になることを待ちわびていた。この結果を涙している者もたくさんいるそうだ。ルビィは墓石に添えられた野の花に目をやった。どこにでも咲いている花だが、それは本気でセーラの死を悼んでくれている人たちによってたむけられたものだった。

 木々を揺らす風が、ルビィの頬の温度をさげてくれているようだった。セーラの死から目を背けず、ここに来てよかったと、どこまでも青い空を見上げながら、唐突に思った。


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