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ルビィの章
ルビィの独白5
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セーラが卒業するのと入れ替わるように、ウォーレス教授の長男、ケビンが王立学院に入学し、寮生活を始めた。王立学院と芸術院は隣り合わせの敷地にあるため、週末には帰宅して家族団欒の時を迎えるが、ルビィの生徒は1人減ったことになる。そのため長女のカトレアと過ごす時間がより密になった。カトレアは変わらずピアノや裁縫が好きで、料理やお菓子作り、庭仕事と、趣味の幅を広げていた。11歳になり、少しずつ大人のマナーも身につけながら、もちろん必要なだけの勉学にも力を注いでいた。カトレアはとても素直で愛らしく、心根のまっすぐな少女に育っていた。ルビィの家庭事情について、教授夫妻は子どもたちには伏せていたので、カトレアは複雑な事情までは知ることなく、ただルビィの妹であるセーラにも懐いていた。セーラが結婚したときもまるで本当の家族のように喜んでくれて、おぼえたての刺繍を施したハンカチをプレゼントしてくれた。
栗色のふわふわした髪が揺れるのを見るたび、同じ年頃だった妹のことを思い出しながら、今、地方に縁づいたセーラのことを思う。セーラからは2ヶ月に1度の頻度で手紙が届いていた。嫁ぎ先はとても大きな農家で、使用人や小作人たちは皆セーラのことを若奥様と呼んで敬ってくれる、一目惚れした夫は優しくて働き者で、普段は小作人たちと混じって農作業に勤しみながら、空いている時間には義父から農場の経営について学んでいる最中なのだとか。いずれこの農場を継ぎ、そしてそれはこれから未来に生まれるであろう自分たちの子どもに受け継がれるのだと思うと、セーラもより農場暮らしに愛着が湧いているそうだ。立場としては平民になったが、地元でも名士としてしられる義父と義母の社交範囲は平民の間にとどまらないようで、セーラも義母と一緒に領主夫人の茶会に呼ばれたりなどしているらしい。手紙から溢れる幸せそうな空気を感じるにつけ、この縁は悪いものでもなかったのだと、ようやく安心できる気持ちになれた。
そうやって穏やかな日常を送りながら2年の月日が流れ、カトレアが王立学院に入学することになった。ルビィがウォーレス教授宅に迎え入れられてから実に7年の月日が経っていた。
家庭教師として雇われていたルビィは、主家の子どもたちが学院に上がればお役御免である。だがルビィの行いに深く感謝していた一家は、このまま彼女に屋敷にとどまってほしいと思うようになっていた。ちょうど住み込みのハウスメイドの1人が辞めるタイミングだったこともあり、ルビィは上級メイドのような役割で屋敷に残ることになった。子どもたちのいなくなった屋敷は人手も以前ほどかからなくなる。1名のキッチンメイドとルビィ、それに下働きのための通いのメイドをもう1名雇う形で屋敷を維持することになった。ルビィの仕事は実に曖昧だったが、主に夫人の話し相手や教授の個人秘書のような仕事をすることになった。このまま屋敷にとどまれば、いずれ学院を卒業するカトレアのシャペロンとして活動する道もある。若い貴族女性のためのシャペロンは誰にでも勤まるものではない。身元がはっきりしていて信頼がおけるルビィの存在は、ウォーレス一家にとってもありがたいものとなっていた。
カトレアが学院に入学をしたあたりから、セーラからの手紙の頻度が少なくなりはじめた。2ヶ月に1度だったのが3ヶ月に1度になり、半年に一度になりーーー。そろそろセーラの誕生日だなと、ある日カレンダーを見ながら考えていると、そう言えば半年以上手紙が届いていないと気がついた。農場の生活は目まぐるしい。本人は農作業はしないとはいえ、夫や義父は畑に出ていると聞く。繁忙期が続いて大変なのかもしれない、あるいは何か田舎特有の事情でもあるのかもしれないと、はじめはそれほど気にしていなかった。だが、さすがに一年近く音沙汰がない状況になると心配になり、ペンをとろうとした矢先、久々の便りが届いた。どこかほっとしながら開封し中を読んで驚いた。近々セーラが王都にやってくるという。しかも理由が王都の医者にかかるためとあって、ルビィは青ざめた。セーラは何か大きな病気を抱えているのかもしれない、そのために手紙の頻度が減っていたのだろうか……。
ヤキモキしながらセーラの到着を待った。彼女がやってくる日は休みをもらい、妹とその付き添いの使用人が泊まる宿屋で待ち合わせをした。実に5年ぶりに会う妹はちっとも変わっていなかった。どことなく元気がなさそうではあるが、大きく痩せたとか、顔色が悪いとか、そういった目立つ症状はない。その事実に心から安堵する。
だがセーラはルビィの顔を見るなり「お姉さま!」と胸に飛び込んできたかと思うと、突然泣き始めた。驚いたルビィは彼女を受け止めながらも、いったい何があったのか問いただした。
「……子どもが、なかなかできなくて。お義父様とお義母様が、一度王都の医者に見てもらえって」
聞けばそのために王都に出てきたのだという。ルビィは目を丸くしながらも、事態を冷静に受け止めていた。妹が嫁いだ家は平民だ。平民には貴族のような、聖霊との血の誓約はない。つまり後継ぎが必ず当主の血を引いていなければならないという決まりはない。だが豪農として名を馳せ、多くの使用人を使って農場を営んでいる婚家で、跡取りは必須だろう。ひとり息子に嫁いだセーラにのし掛かる重圧は相当なものがあったに違いない。
だが子どもは女性ひとりが産めるものではない。男性側に問題がある場合だってある。セーラの夫はひとり息子ということだし、婚家の方がもともと子どもが出来にくい血筋だという可能性もある。なのに今セーラひとりを王都に寄越すのはあんまりではないか。
ルビィは泣きじゃくる妹の頭を撫でながらなんとか落ち着かせようとした。ふと顔を上げると、セーラが連れてきた使用人の女性と目が合った。彼女はルビィからすぐに目を逸らし、「荷物を先に片付けておきます」と宿に入ってしまった。女主人を放ってさっさと消えてしまうその行動に、ルビィは小さな怒りと失望を覚えた。おそらく彼女は付き添いという名の監視役だ。セーラの受診の結果が間違いなく伝えられるよう、婚家に遣わされたのだろう。
あんな使用人と2人きりにさせることはできない。ルビィは教授夫妻に了解をとって、セーラを教授宅に迎えることにした。明日の受診にも自分が付き添うことを約束した。
「お姉さま、ごめんなさい。またお姉さまに迷惑をかけてしまったわ……」
ルビィの部屋に簡易ベッドを持ち込んで久々に一緒に眠りにつきながら、セーラはまたしても泣きそうだった。ルビィは昔、妹にそうしてあげたように、彼女の頭を撫でながら、懐かしい子守唄を歌ってやった。
翌日、王都でも評判の婦人科に足を運んだセーラは、残酷な結果を聞かされることになる。
子どもを望めない身体だと医師から告げられ、セーラはその場で泣き崩れてしまった。
栗色のふわふわした髪が揺れるのを見るたび、同じ年頃だった妹のことを思い出しながら、今、地方に縁づいたセーラのことを思う。セーラからは2ヶ月に1度の頻度で手紙が届いていた。嫁ぎ先はとても大きな農家で、使用人や小作人たちは皆セーラのことを若奥様と呼んで敬ってくれる、一目惚れした夫は優しくて働き者で、普段は小作人たちと混じって農作業に勤しみながら、空いている時間には義父から農場の経営について学んでいる最中なのだとか。いずれこの農場を継ぎ、そしてそれはこれから未来に生まれるであろう自分たちの子どもに受け継がれるのだと思うと、セーラもより農場暮らしに愛着が湧いているそうだ。立場としては平民になったが、地元でも名士としてしられる義父と義母の社交範囲は平民の間にとどまらないようで、セーラも義母と一緒に領主夫人の茶会に呼ばれたりなどしているらしい。手紙から溢れる幸せそうな空気を感じるにつけ、この縁は悪いものでもなかったのだと、ようやく安心できる気持ちになれた。
そうやって穏やかな日常を送りながら2年の月日が流れ、カトレアが王立学院に入学することになった。ルビィがウォーレス教授宅に迎え入れられてから実に7年の月日が経っていた。
家庭教師として雇われていたルビィは、主家の子どもたちが学院に上がればお役御免である。だがルビィの行いに深く感謝していた一家は、このまま彼女に屋敷にとどまってほしいと思うようになっていた。ちょうど住み込みのハウスメイドの1人が辞めるタイミングだったこともあり、ルビィは上級メイドのような役割で屋敷に残ることになった。子どもたちのいなくなった屋敷は人手も以前ほどかからなくなる。1名のキッチンメイドとルビィ、それに下働きのための通いのメイドをもう1名雇う形で屋敷を維持することになった。ルビィの仕事は実に曖昧だったが、主に夫人の話し相手や教授の個人秘書のような仕事をすることになった。このまま屋敷にとどまれば、いずれ学院を卒業するカトレアのシャペロンとして活動する道もある。若い貴族女性のためのシャペロンは誰にでも勤まるものではない。身元がはっきりしていて信頼がおけるルビィの存在は、ウォーレス一家にとってもありがたいものとなっていた。
カトレアが学院に入学をしたあたりから、セーラからの手紙の頻度が少なくなりはじめた。2ヶ月に1度だったのが3ヶ月に1度になり、半年に一度になりーーー。そろそろセーラの誕生日だなと、ある日カレンダーを見ながら考えていると、そう言えば半年以上手紙が届いていないと気がついた。農場の生活は目まぐるしい。本人は農作業はしないとはいえ、夫や義父は畑に出ていると聞く。繁忙期が続いて大変なのかもしれない、あるいは何か田舎特有の事情でもあるのかもしれないと、はじめはそれほど気にしていなかった。だが、さすがに一年近く音沙汰がない状況になると心配になり、ペンをとろうとした矢先、久々の便りが届いた。どこかほっとしながら開封し中を読んで驚いた。近々セーラが王都にやってくるという。しかも理由が王都の医者にかかるためとあって、ルビィは青ざめた。セーラは何か大きな病気を抱えているのかもしれない、そのために手紙の頻度が減っていたのだろうか……。
ヤキモキしながらセーラの到着を待った。彼女がやってくる日は休みをもらい、妹とその付き添いの使用人が泊まる宿屋で待ち合わせをした。実に5年ぶりに会う妹はちっとも変わっていなかった。どことなく元気がなさそうではあるが、大きく痩せたとか、顔色が悪いとか、そういった目立つ症状はない。その事実に心から安堵する。
だがセーラはルビィの顔を見るなり「お姉さま!」と胸に飛び込んできたかと思うと、突然泣き始めた。驚いたルビィは彼女を受け止めながらも、いったい何があったのか問いただした。
「……子どもが、なかなかできなくて。お義父様とお義母様が、一度王都の医者に見てもらえって」
聞けばそのために王都に出てきたのだという。ルビィは目を丸くしながらも、事態を冷静に受け止めていた。妹が嫁いだ家は平民だ。平民には貴族のような、聖霊との血の誓約はない。つまり後継ぎが必ず当主の血を引いていなければならないという決まりはない。だが豪農として名を馳せ、多くの使用人を使って農場を営んでいる婚家で、跡取りは必須だろう。ひとり息子に嫁いだセーラにのし掛かる重圧は相当なものがあったに違いない。
だが子どもは女性ひとりが産めるものではない。男性側に問題がある場合だってある。セーラの夫はひとり息子ということだし、婚家の方がもともと子どもが出来にくい血筋だという可能性もある。なのに今セーラひとりを王都に寄越すのはあんまりではないか。
ルビィは泣きじゃくる妹の頭を撫でながらなんとか落ち着かせようとした。ふと顔を上げると、セーラが連れてきた使用人の女性と目が合った。彼女はルビィからすぐに目を逸らし、「荷物を先に片付けておきます」と宿に入ってしまった。女主人を放ってさっさと消えてしまうその行動に、ルビィは小さな怒りと失望を覚えた。おそらく彼女は付き添いという名の監視役だ。セーラの受診の結果が間違いなく伝えられるよう、婚家に遣わされたのだろう。
あんな使用人と2人きりにさせることはできない。ルビィは教授夫妻に了解をとって、セーラを教授宅に迎えることにした。明日の受診にも自分が付き添うことを約束した。
「お姉さま、ごめんなさい。またお姉さまに迷惑をかけてしまったわ……」
ルビィの部屋に簡易ベッドを持ち込んで久々に一緒に眠りにつきながら、セーラはまたしても泣きそうだった。ルビィは昔、妹にそうしてあげたように、彼女の頭を撫でながら、懐かしい子守唄を歌ってやった。
翌日、王都でも評判の婦人科に足を運んだセーラは、残酷な結果を聞かされることになる。
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