100 / 106
サイドストーリー
新緑の森の君へ6
しおりを挟む
私の魔力暴走は所構わず起きる。当然学院でも何度かその苦しみに襲われた。そのたびにユーファミアが私を救ってくれる。
治療中は人払いが徹底され、私とユーファミアしかいない空間だ。魔力暴走に喘ぐ私の唇に、柔らかい熱が押し当てられる。溢れかえる魔力が一気に吸い取られる感覚が気持ちよくて、膝に乗り上げた彼女を思わず抱き寄せる。新緑の森を思わせる清しい香りが鼻腔をくすぐり、しなやかな肢体に触れた手からも熱持った体温が染み込んでくる。息を吸うタイミングで一瞬離れ、また近づく彼女の唇。粘膜音がやけに響いて耳朶をくすぐる。
視覚も、聴覚も、味覚も、臭覚も、触覚も。すべてが彼女で満たされる至福のとき。楽になりつつある意識の中で、もういいだろう、と欲望が首をもたげる。
私は意識して彼女を強く抱きしめた。びくりと跳ねる小さな背中。膝の上に感じる彼女のしなやかな太ももの重みまでもが愛しくて仕方ない。
卒業まであとわずか。6年耐えたのだ。もういい加減許されるだろう。そう自分を擁護しながら、目を開けて彼女の長い睫毛をとらえる。抱きせた胸元に感じる柔らかい感触に溺れそうになりながら、彼女の唇を貪った。
「殿っ……!」
一瞬離れた彼女の唇が惜しくて何度も追いかけては、舌を差し込む。ここは学校で、目の前には制服に身を包んだ好きな女性がいて、私の膝の上で身体を密着させながらキスをしていてーー。こんなシチュエーションを堪能しないなんて、不能もいいところだ。調子にのった私は片腕で彼女を抱き込むと、もう片方の手を彼女の脇腹に添えた。そのままするりと撫で上げると、彼女の震えがいっそう高まった。それでも律儀に唇だけは離すまいと、私の熱を追いかけてくる。それがまるで私自身を追い求めているようで、ずくりと身体の中の熱が呼応した。
卒業まであとわずか。私の魔力暴走は治り、彼女は自由の身となる。そうなれば私は自由に彼女に愛を囁ける。魔力がどうのこうのと言い訳をすることもなく、いつでも好きなだけ彼女を抱きしめ、その唇を求められる。この手が、彼女のさらに美しい内なる部分にも触れられるーー。
その期待に胸を躍らせていた私は、肝心の言葉を彼女にかけることがないままでいることに気づいていなかった。いや、気づいてはいたのだ。だが、それをどうやって伝えればいいのかわからずにいた。
「カーティス、いい加減になさい」
母の叱責に私は苦虫を噛み締めたようにふてくされ、そっぽを向いた。
「私も陛下も、何もあなたの思いを否定などしませんよ。ユーファミアは素晴らしい女性です。彼女が嫁いできてくれることには賛成なのです。なのに肝心のあなたがまだ思いを告げられていないというのはどういうことですか」
「……いろいろ準備があるんです」
「準備が必要なのは女性の方でしょう!? 卒業後の婚約発表の準備や、その後の結婚式の準備。今から行ったとしても最低2年はかかります」
「……なっ! 2年はかけすぎでしょう。結婚は1年後にします」
「ですから準備が間に合わないといっているのです! ウェディングドレスを作るのにどれだけかかると思っているのですか。それに貴族たちへのユーファミアの売り込みにも時間が必要です」
「1年です。それ以上は待てません! ドレスなど、何を着てもユーファミアは綺麗だからなんだっていいでしょう」
「なんてことを……! あなたみたいな甲斐性なしにユーファは嫁がせなくてはいけないなんて! やはり彼女にはもっと相応しい相手がいるわ。えぇ、今からでも間に合いますとも。お相手を見繕いましょう」
「余計なことをしたら王宮を焼き尽くしますよ」
「あなたって子は……! 母を脅すつもりですか!」
何かと横槍を入れてくる両親を躱すのが手間になってきたのと、いい加減彼女の卒業後の去就をはっきりさせなければならないこともあり、とりあえず王都内に別邸を用意させた。任期満了となった彼女はいったん王宮を辞し、時期を見て婚約発表をするための仮住まいだ。
「いろいろ不本意な面もありますが、とりあえずは良しとしましょう」
別邸準備が整った段階で再び母に報告すると、ひとまず及第点はもらえた。すべては順調なはずだった。私がその別邸を、ユーファミアになんの断りもなく準備した挙句、未だなんの返事も貰えていないこと以外は。もちろん、その真実を母に打ち明けられるはずもない。
治療中は人払いが徹底され、私とユーファミアしかいない空間だ。魔力暴走に喘ぐ私の唇に、柔らかい熱が押し当てられる。溢れかえる魔力が一気に吸い取られる感覚が気持ちよくて、膝に乗り上げた彼女を思わず抱き寄せる。新緑の森を思わせる清しい香りが鼻腔をくすぐり、しなやかな肢体に触れた手からも熱持った体温が染み込んでくる。息を吸うタイミングで一瞬離れ、また近づく彼女の唇。粘膜音がやけに響いて耳朶をくすぐる。
視覚も、聴覚も、味覚も、臭覚も、触覚も。すべてが彼女で満たされる至福のとき。楽になりつつある意識の中で、もういいだろう、と欲望が首をもたげる。
私は意識して彼女を強く抱きしめた。びくりと跳ねる小さな背中。膝の上に感じる彼女のしなやかな太ももの重みまでもが愛しくて仕方ない。
卒業まであとわずか。6年耐えたのだ。もういい加減許されるだろう。そう自分を擁護しながら、目を開けて彼女の長い睫毛をとらえる。抱きせた胸元に感じる柔らかい感触に溺れそうになりながら、彼女の唇を貪った。
「殿っ……!」
一瞬離れた彼女の唇が惜しくて何度も追いかけては、舌を差し込む。ここは学校で、目の前には制服に身を包んだ好きな女性がいて、私の膝の上で身体を密着させながらキスをしていてーー。こんなシチュエーションを堪能しないなんて、不能もいいところだ。調子にのった私は片腕で彼女を抱き込むと、もう片方の手を彼女の脇腹に添えた。そのままするりと撫で上げると、彼女の震えがいっそう高まった。それでも律儀に唇だけは離すまいと、私の熱を追いかけてくる。それがまるで私自身を追い求めているようで、ずくりと身体の中の熱が呼応した。
卒業まであとわずか。私の魔力暴走は治り、彼女は自由の身となる。そうなれば私は自由に彼女に愛を囁ける。魔力がどうのこうのと言い訳をすることもなく、いつでも好きなだけ彼女を抱きしめ、その唇を求められる。この手が、彼女のさらに美しい内なる部分にも触れられるーー。
その期待に胸を躍らせていた私は、肝心の言葉を彼女にかけることがないままでいることに気づいていなかった。いや、気づいてはいたのだ。だが、それをどうやって伝えればいいのかわからずにいた。
「カーティス、いい加減になさい」
母の叱責に私は苦虫を噛み締めたようにふてくされ、そっぽを向いた。
「私も陛下も、何もあなたの思いを否定などしませんよ。ユーファミアは素晴らしい女性です。彼女が嫁いできてくれることには賛成なのです。なのに肝心のあなたがまだ思いを告げられていないというのはどういうことですか」
「……いろいろ準備があるんです」
「準備が必要なのは女性の方でしょう!? 卒業後の婚約発表の準備や、その後の結婚式の準備。今から行ったとしても最低2年はかかります」
「……なっ! 2年はかけすぎでしょう。結婚は1年後にします」
「ですから準備が間に合わないといっているのです! ウェディングドレスを作るのにどれだけかかると思っているのですか。それに貴族たちへのユーファミアの売り込みにも時間が必要です」
「1年です。それ以上は待てません! ドレスなど、何を着てもユーファミアは綺麗だからなんだっていいでしょう」
「なんてことを……! あなたみたいな甲斐性なしにユーファは嫁がせなくてはいけないなんて! やはり彼女にはもっと相応しい相手がいるわ。えぇ、今からでも間に合いますとも。お相手を見繕いましょう」
「余計なことをしたら王宮を焼き尽くしますよ」
「あなたって子は……! 母を脅すつもりですか!」
何かと横槍を入れてくる両親を躱すのが手間になってきたのと、いい加減彼女の卒業後の去就をはっきりさせなければならないこともあり、とりあえず王都内に別邸を用意させた。任期満了となった彼女はいったん王宮を辞し、時期を見て婚約発表をするための仮住まいだ。
「いろいろ不本意な面もありますが、とりあえずは良しとしましょう」
別邸準備が整った段階で再び母に報告すると、ひとまず及第点はもらえた。すべては順調なはずだった。私がその別邸を、ユーファミアになんの断りもなく準備した挙句、未だなんの返事も貰えていないこと以外は。もちろん、その真実を母に打ち明けられるはずもない。
1
お気に入りに追加
291
あなたにおすすめの小説
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
『不幸体質』の子豚令嬢ですが怪物少年侯爵に美味しくいただかれるのは遠慮させていただきます
花月
恋愛
私はキャロライン=イーデン。栗色のストレートの髪とハシバミ色の瞳をしていたちょっと太めの体型の伯爵令嬢だ。
おまけに何故か…小さい頃から『不幸体質』なのだ。
「絶対にモルゴール侯爵には嫁ぎません。私は嫁ぎ先で食べられたくありませんわ!どうぞそこに立っている役立たずの仔豚…いえ、キャロライン姉様にお願いして下さいませ!」
泣いて訴える義妹の代わりに、わたしは吸血鬼と名高い『怪物ダニエル=モルゴール侯爵』の元へと強制的に太らされ、『餌』として嫁ぐことになってしまった。
『いっそ逃げちゃおうかな』と思いつつ『棺桶城』でわたしを待っていたのは、『おねショタ』小説にドはまり中のわたしにとってどストライクな少年の姿のダニエル=モルゴール侯爵閣下だった…!
でもね…いくら好みの侯爵閣下でも!いくら仔豚令嬢のわたしでも!そんな簡単に美味しくいただかれたくないっての!
けれど…少年侯爵は、食欲の為なのか愛なのか、どうやら簡単にわたしを離してくれないらしい。
逃げるべきか、食べられるべきか、子豚令嬢どうする!?
そしてわたしの『不健康』と『不幸体質』の正体とは――!?
性癖詰め合わせのお気楽・ご都合主義ストーリーです。
R15にしてありますが、一応念のためです。
*朝更新していきます。
【完結】捨てられ正妃は思い出す。
なか
恋愛
「お前に食指が動くことはない、後はしみったれた余生でも過ごしてくれ」
そんな言葉を最後に婚約者のランドルフ・ファルムンド王子はデイジー・ルドウィンを捨ててしまう。
人生の全てをかけて愛してくれていた彼女をあっさりと。
正妃教育のため幼き頃より人生を捧げて生きていた彼女に味方はおらず、学園ではいじめられ、再び愛した男性にも「遊びだった」と同じように捨てられてしまう。
人生に楽しみも、生きる気力も失った彼女は自分の意志で…自死を選んだ。
再び意識を取り戻すと見知った光景と聞き覚えのある言葉の数々。
デイジーは確信をした、これは二度目の人生なのだと。
確信したと同時に再びあの酷い日々を過ごす事になる事に絶望した、そんなデイジーを変えたのは他でもなく、前世での彼女自身の願いであった。
––次の人生は後悔もない、幸福な日々を––
他でもない、自分自身の願いを叶えるために彼女は二度目の人生を立ち上がる。
前のような弱気な生き方を捨てて、怒りに滾って奮い立つ彼女はこのくそったれな人生を生きていく事を決めた。
彼女に起きた心境の変化、それによって起こる小さな波紋はやがて波となり…この王国でさえ変える大きな波となる。
旦那様、そんなに彼女が大切なら私は邸を出ていきます
おてんば松尾
恋愛
彼女は二十歳という若さで、領主の妻として領地と領民を守ってきた。二年後戦地から夫が戻ると、そこには見知らぬ女性の姿があった。連れ帰った親友の恋人とその子供の面倒を見続ける旦那様に、妻のソフィアはとうとう離婚届を突き付ける。
if 主人公の性格が変わります(元サヤ編になります)
※こちらの作品カクヨムにも掲載します
浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした
今川幸乃
恋愛
スターリッジ王国の貴族学園に通うリアナにはクリフというスポーツ万能の婚約者がいた。
リアナはクリフのことが好きで彼のために料理を作ったり勉強を教えたりと様々な親切をするが、クリフは当然の顔をしているだけで、まともに感謝もしない。
しかも彼はエルマという他の女子と仲良くしている。
もやもやが募るもののリアナはその気持ちをどうしていいか分からなかった。
そんな時、クリフが放課後もエルマとこっそり二人で会っていたことが分かる。
それを知ったリアナはこれまでクリフが自分にしていたように塩対応しようと決意した。
少しの間クリフはリアナと楽しく過ごそうとするが、やがて試験や宿題など様々な問題が起こる。
そこでようやくクリフは自分がいかにリアナに助けられていたかを実感するが、その時にはすでに遅かった。
※4/15日分の更新は抜けていた8話目「浮気」の更新にします。話の流れに差し障りが出てしまい申し訳ありません。
【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい
tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。
本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。
人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆
本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編
第三章のイライアス編には、
『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』
のキャラクター、リュシアンも出てきます☆
モブですら無いと落胆したら悪役令嬢だった~前世コミュ障引きこもりだった私は今世は素敵な恋がしたい~
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
前世コミュ障で話し下手な私はゲームの世界に転生できた。しかし、ヒロインにしてほしいと神様に祈ったのに、なんとモブにすらなれなかった。こうなったら仕方がない。せめてゲームの世界が見れるように一生懸命勉強して私は最難関の王立学園に入学した。ヒロインの聖女と王太子、多くのイケメンが出てくるけれど、所詮モブにもなれない私はお呼びではない。コミュ障は相変わらずだし、でも、折角神様がくれたチャンスだ。今世は絶対に恋に生きるのだ。でも色々やろうとするんだけれど、全てから回り、全然うまくいかない。挙句の果てに私が悪役令嬢だと判ってしまった。
でも、聖女は虐めていないわよ。えええ?、反逆者に私の命が狙われるている?ちょっと、それは断罪されてた後じゃないの? そこに剣構えた人が待ち構えているんだけど・・・・まだ死にたくないわよ・・・・。
果たして主人公は生き残れるのか? 恋はかなえられるのか?
ハッピーエンド目指して頑張ります。
小説家になろう、カクヨムでも掲載中です。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる