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サイドストーリー

新緑の森の君へ4

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 だいたいわかりそうなものだと思う。学院の勉強とは別に彼女につけられた家庭教師が彼女に施している高度な勉学は、一介の側仕えが身につけるべき内容ではない。侍従や侍女はあの内容を修めた者たちの集まりだと彼女は信じていたようだが、王族のしきたりなどはともかく、政治・経済・歴史・地理・貴族の情報から語学含む各国の情勢まで、一般的な仕事をしている者にとってはあまりに情報過多だ。私も履修はしているが、生まれつきの王族だからもっと長い時間をかけて学んでいる。12歳で王宮にあがり、右も左もわからぬ状況であれだけ詰め込まれるのは彼女にとっても酷なことと思う。それでも、乗り越えなければならない壁だし、乗り越えてもらいたかった。下位貴族出身のユーファミアを王太子妃とするには、誰もが太刀打ちできないほどに彼女自身に強くあってもらわなければならない。こればかりは私ひとりがあがいてもどうにもならない。

 だが彼女はその期待に見事に応えてみせた。これ以上教えることはないと家庭教師たちが太鼓判を押す頃には、王宮内で彼女の地位は確固たるものになっていた。知らぬは本人ばかりだ。

 学院でも彼女の評判はすこぶる良かった。特に教師陣からの期待と信頼は厚く、ペーパーテストはほぼ満点に近い評価。実技試験免除のために学院での順位こそつかなかったが、彼女が飛び抜けて優秀な研究者の卵であることは有名だった。知らぬは一般生徒のみだ。一部魔法を得意とし、王宮魔道士部の入職を目指している者たちの間では、密かにユーファミアの噂が出回っていた。それもそうだろう、期末ごとのレポートで優をとり、学院発行の論文集に最多で採用される才女だ。論文集など研究熱心な者たちしか読まないから広まっていないだけで、彼女の能力の高さは知る人ぞ知るものだ。何かの隙を見つけては彼女に話しかける者たちが実は後をたたなかったのだが、それを悉く潰していたのは私とカイエンだった。

 私の思いはとっくに側付きのカイエンと、メラニア・マクレガーに知られていた。カイエンはバルト伯爵が私のために鍛え上げた逸材で、その出自と優秀さから重用していた。メラニア・マクレガーは幼い頃から私の周囲に群がっていた令嬢のひとりだ。彼女に個人的な興味があったことは断じてない。だが、父が宰相で、本人も侯爵令嬢という身分があるからか、常に堂々と振る舞い、私へも過度に媚びてくる様子がなかったため、他の令嬢よりは付き合いやすく、そのため一緒にいることが多かった。

 そんな信頼のおける2人に「ユーファミア嬢と恋仲であることが周囲に知れたら、下位貴族である彼女をいじめる者が必ず現れる。大人しい彼女は殿下に迷惑をかけまいと、それを己ひとりで抱え込んで我慢してしまうだろう。彼女を辛い目に合わせないためにも、学院では距離を取った方がいい」と説得されれば、不本意ながらも頷くしかなかった。

 彼らの言い分は一理あった。だからその提案を受け入れた。一方で「わたくしが殿下の恋人役を引き受けますわ。その方が、殿下の目に止まるかもしれないと見当はずれの憧れを抱く令嬢を牽制できます」というメラニア・マクレガーの提案だけは絶対に受け入れるべきではなかった。だが、未来の王太子であるというだけで、ユーファミアを守る力も手段も何も持ち合わせていない私にできることは限られていた。卒業までという条件の元、その提案までも受け入れざるをえなかった。

 実際のところ、学院内は快適だった。ユーファミアに近づく男どもは私とカイエンの睨みでほぼいなくなった。カイエンは私のために協力してくれているのだと思っていたが、彼自身がユーファミアに恋情を抱き、彼女に近づく男を牽制していたのだと、後々知って愕然とすることになる。メラニア・マクレガーもまた、ユーファミアに私への思いを諦めさせようと、彼女を孤立させ、男女問わず近づけさせないようにしていたのだとわかり、私は己の不甲斐なさに頭を打ち付けたい気持ちになった。

 そんな逆境でもユーファミアは腐ることなく枯れることなく、常に私の側にいてくれた。振り向けばいつも、白い制服に身を包んだユーファミアが私を見つめてくれている。そのことに満足し安堵し、私は何一つ、真実に気づけなかった。




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