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サイドストーリー
最後の嘘5
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夜半の王宮から私と養父であるバルト伯爵に登城命令の急使が遣わされた。その内容に驚愕した私は王宮に馳せ参じ、そして立太子したばかりの殿下の命で拘束された。
我々の企みは白日の元に晒されることになった。ユーファミア嬢の殺害未遂という、最悪の事態を伴って。
メラニア嬢に騙されていたことが発覚した私は、すべてを白状した。何故、という養父からの問いに、愛する人を死地へと送る謀たばかりに手を貸してしまった絶望から、私は素直に答えてしまった。
長くつき続けてきた嘘の果ての、真実の言葉。決して口にすることができず幾重にも頑丈な鍵をかけて閉じ込めた短い想い。口にしてしまえばあまりに呆気なく、簡単にこぼれ落ちたその言葉は、けれど想いを寄せた彼女に直接届くことはなかった。
私と同じく留め置かれていたはずのメラニア嬢が王宮から姿を消したという報を受けて、私は彼女の行動を想像した。底意地は悪いが、謀事はそれほど得意ではない人だ。とはいえ無策で動くほど無能でもない。仕掛けるとすれば何か。その浅い考えは手に取るようにわかる。
王太子妃選定会議でユーファミア嬢に敗れた彼女が、起死回生の一打を狙うとしたら卒業式かその後のパーティ。優秀なユーファミア嬢が表彰されるであろう式よりも、自分がより目立つパーティの方が確実。そしてユーファミア嬢を貶め自分が復権するためのネタはひとつしか思いつかない。誘拐した先でユーファミア嬢の身に起きた痛ましい処遇を公にし、彼女の純潔に疑いを持たせること。
そこまで考えた私は、王宮から自宅に移送された後、実におとなしく振る舞った。今回の事件でショックを受け、反抗したり行動したりする気力も失せた体を装って、周囲の警戒が緩まるよう誘導した。
殿下の密命を受けてつい今ほどまで動いていたと見せかけるために、パーティの場でありながら正装でなく敢えて制服を着込み、絶好のタイミングで乗り込んだその先で。
たったひとつ懸念したのは、殿下が私の思惑に再び乗ってくれるかどうかだった。私は彼をこれ以上ないくらいの不敬で裏切っている。
だが殿下は一拍の後、私の言動に合わせてくれた。
「カイエン、ご苦労だった。本来ならそなたは次席の卒業者として表彰されてしかるべきであったが、体調不良と偽り、影で働いてくれていたことを感謝する」
「……もったいなきお言葉」
自分が殿下の密命を受けて働いていたことが、事実としてさざ波のように周囲へと広がっていく。だが、これですべてがうまくいったと思えるほど敵も私も単純ではない。
「……カイエン様、どういうことですの」
案の定、かつての同志だったメラニア嬢が口を挟んだ。これもまた想定内だ。メラニア嬢は私がユーファミア嬢を好きだと、彼女と添い遂げたいと告げたはずだと捲し立てる。私は即座に否定した。嘘をつくなどお手のものだ。そうやって生きてきた。今更ひとつふたつ増えたところで、これ以上失うものはない。
学院でも一切の隙を見せてこなかった私の、ユーファミア嬢への想いを看破できる者はいないはず。だが念には念を入れる必要があるだろう。私はその実力を見込まれ、未来の国王の片腕となる予定だった人間だ。
まっすぐなカーティス殿下の影で、その清も濁も引き受ける。その覚悟なしで、この人を主君と仰いだわけではない。あの日、養父に連れられてこの人に謁見したそのときから、自分の栄達はこの人とともにあることだと、それだけは真に誓ったのだ。もっと言えば、バルト家に迎え入れられたとき、神職会議の場でバルト伯爵に問いかけられらとき、教区の神父に小細工を仕掛けることを思いついたとき、家から抜け出し教会に入り浸るようになったとき、貧しい官吏の家計に生まれたそのときから、私はこの場所を追い求めていた。
その砂上の城が今、足元から崩れていく。せめて終わりのその瞬間は、自分の手で飾りたい。
「殿下、ユーファミア様。つまらぬ疑いを晴らすために、ここに宣誓させてください」
殿下の許可の言葉を得て、私は軽く目を伏せた。殿下と、今は義理の妹となった彼女がお互いの色をまとって寄り添う姿を、間違っても目に焼き付けぬように――。
「……私がユーファミア様に恋情を抱いていたことは間違ってもありません。ただ、私の心は常に、殿下とユーファミア様に捧げています。私は慣例によりお側を離れますが、お二人の御世が輝かしいものでありますよう、遠くから祈念しております」
これが、あなたに贈る最後の嘘――。
どうか受け取って欲しい。あなたと出会ったこの6年で、私からあなたに何かを贈ることなど許されなかった。ひどい嘘ばかりを重ねて、あなたを傷つけた。だから最後くらいは、あなたの幸せを祈る嘘で飾らせてほしい。
臣下の礼をとる私の胸の内を、走馬灯のように過ぎるものがあった。嘘ばかり重ねる私の傍で、何かに迎合することなく、いつでも凛と真実だけを胸に秘めて、一途にその想いを抱き続けた可憐な姿。決して高いとは言えぬ身分でありながら、その切なる気持ちだけで引き寄せた運命は、身分を得るためにこの身を黒く染めた私には眩しすぎた。
あなたが羨ましかった。あなたたちが羨ましかった。互いに嘘をつく必要すらなく、生まれたままの姿でいられるその関係が、揺るがない絆が。持つだとか、持たざるだとか、そんな次元でない世界にいる2人が、ただ羨ましかったのだ。
我々の企みは白日の元に晒されることになった。ユーファミア嬢の殺害未遂という、最悪の事態を伴って。
メラニア嬢に騙されていたことが発覚した私は、すべてを白状した。何故、という養父からの問いに、愛する人を死地へと送る謀たばかりに手を貸してしまった絶望から、私は素直に答えてしまった。
長くつき続けてきた嘘の果ての、真実の言葉。決して口にすることができず幾重にも頑丈な鍵をかけて閉じ込めた短い想い。口にしてしまえばあまりに呆気なく、簡単にこぼれ落ちたその言葉は、けれど想いを寄せた彼女に直接届くことはなかった。
私と同じく留め置かれていたはずのメラニア嬢が王宮から姿を消したという報を受けて、私は彼女の行動を想像した。底意地は悪いが、謀事はそれほど得意ではない人だ。とはいえ無策で動くほど無能でもない。仕掛けるとすれば何か。その浅い考えは手に取るようにわかる。
王太子妃選定会議でユーファミア嬢に敗れた彼女が、起死回生の一打を狙うとしたら卒業式かその後のパーティ。優秀なユーファミア嬢が表彰されるであろう式よりも、自分がより目立つパーティの方が確実。そしてユーファミア嬢を貶め自分が復権するためのネタはひとつしか思いつかない。誘拐した先でユーファミア嬢の身に起きた痛ましい処遇を公にし、彼女の純潔に疑いを持たせること。
そこまで考えた私は、王宮から自宅に移送された後、実におとなしく振る舞った。今回の事件でショックを受け、反抗したり行動したりする気力も失せた体を装って、周囲の警戒が緩まるよう誘導した。
殿下の密命を受けてつい今ほどまで動いていたと見せかけるために、パーティの場でありながら正装でなく敢えて制服を着込み、絶好のタイミングで乗り込んだその先で。
たったひとつ懸念したのは、殿下が私の思惑に再び乗ってくれるかどうかだった。私は彼をこれ以上ないくらいの不敬で裏切っている。
だが殿下は一拍の後、私の言動に合わせてくれた。
「カイエン、ご苦労だった。本来ならそなたは次席の卒業者として表彰されてしかるべきであったが、体調不良と偽り、影で働いてくれていたことを感謝する」
「……もったいなきお言葉」
自分が殿下の密命を受けて働いていたことが、事実としてさざ波のように周囲へと広がっていく。だが、これですべてがうまくいったと思えるほど敵も私も単純ではない。
「……カイエン様、どういうことですの」
案の定、かつての同志だったメラニア嬢が口を挟んだ。これもまた想定内だ。メラニア嬢は私がユーファミア嬢を好きだと、彼女と添い遂げたいと告げたはずだと捲し立てる。私は即座に否定した。嘘をつくなどお手のものだ。そうやって生きてきた。今更ひとつふたつ増えたところで、これ以上失うものはない。
学院でも一切の隙を見せてこなかった私の、ユーファミア嬢への想いを看破できる者はいないはず。だが念には念を入れる必要があるだろう。私はその実力を見込まれ、未来の国王の片腕となる予定だった人間だ。
まっすぐなカーティス殿下の影で、その清も濁も引き受ける。その覚悟なしで、この人を主君と仰いだわけではない。あの日、養父に連れられてこの人に謁見したそのときから、自分の栄達はこの人とともにあることだと、それだけは真に誓ったのだ。もっと言えば、バルト家に迎え入れられたとき、神職会議の場でバルト伯爵に問いかけられらとき、教区の神父に小細工を仕掛けることを思いついたとき、家から抜け出し教会に入り浸るようになったとき、貧しい官吏の家計に生まれたそのときから、私はこの場所を追い求めていた。
その砂上の城が今、足元から崩れていく。せめて終わりのその瞬間は、自分の手で飾りたい。
「殿下、ユーファミア様。つまらぬ疑いを晴らすために、ここに宣誓させてください」
殿下の許可の言葉を得て、私は軽く目を伏せた。殿下と、今は義理の妹となった彼女がお互いの色をまとって寄り添う姿を、間違っても目に焼き付けぬように――。
「……私がユーファミア様に恋情を抱いていたことは間違ってもありません。ただ、私の心は常に、殿下とユーファミア様に捧げています。私は慣例によりお側を離れますが、お二人の御世が輝かしいものでありますよう、遠くから祈念しております」
これが、あなたに贈る最後の嘘――。
どうか受け取って欲しい。あなたと出会ったこの6年で、私からあなたに何かを贈ることなど許されなかった。ひどい嘘ばかりを重ねて、あなたを傷つけた。だから最後くらいは、あなたの幸せを祈る嘘で飾らせてほしい。
臣下の礼をとる私の胸の内を、走馬灯のように過ぎるものがあった。嘘ばかり重ねる私の傍で、何かに迎合することなく、いつでも凛と真実だけを胸に秘めて、一途にその想いを抱き続けた可憐な姿。決して高いとは言えぬ身分でありながら、その切なる気持ちだけで引き寄せた運命は、身分を得るためにこの身を黒く染めた私には眩しすぎた。
あなたが羨ましかった。あなたたちが羨ましかった。互いに嘘をつく必要すらなく、生まれたままの姿でいられるその関係が、揺るがない絆が。持つだとか、持たざるだとか、そんな次元でない世界にいる2人が、ただ羨ましかったのだ。
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