上 下
56 / 106
本編

56

しおりを挟む
「で、殿下はメラニア様と相思相愛でいらっしゃいます、よね?」
「だから違う! なんでそんな話になって……いや、それも私が悪いんだが!」
「でも学院でもずっと仲睦まじくて」
「あれは! 私の気持ちを知ったあの女とカイエンの勧めでそうしていただけだ。あの女は私の本当の気持ちの隠れ蓑になってくれると、最初はそういう契約だったんだ」
「隠れ蓑、ですか?」
「あぁ、つまり、だな。私には心をかけている人物がいてーーーだが彼女は身分的に王太子である私に嫁ぐことはその時点では難しかった。成人すれば状況も変わってくるし、なんなら他家の養子になるでもしてどうにでもできるが、学院に通う年齢の間はそうもいかない。一方で私の立場で婚約者が決まっていないのも大いに問題があった。そんなとき、あの女が言い出したんだ。自分がカモフラージュの役目を負ってやる、と」

 殿下の説明では、学院に入学した時点でそうした申し出があったらしい。メラニア様はメラニア様でしばらくは自由にいろんなことを学びたいという欲求があったものの、高位貴族で宰相の娘という立場では独り身で居続けることも難しい。けれど殿下の婚約者候補という立場があれば、親も騙せる。そうして成人した暁には種明かしをすれば、自分に傷がつくこともなく、王太子である殿下に恩も売れる。この計画に、諸々の事情を知っている腹心のカイエン様も賛同し、2人は偽りの恋人を演じ続けていた。

「マクレガー侯爵家の令嬢を敵に回してまで私に媚を売ってくるような者は国内にはいないからな。一方で私は私で自分が心をかけた相手を外敵から守ることもできると、そう思っていたのだ。……まさかその当の相手にまであの女との仲を信じられていたとは思わなかったがな」

 いやそれも私の落ち度だが、とこぼす殿下を信じられない思いで見つめ返す。殿下のお相手はてっきりメラニア様だとばかり思っていた。それはフェイクで、本当のお相手は別にいる。

 だがそれがわかってもショックではなかった。殿下の隣に立つ人が、メラニア様から別の誰かに変わっただけだ。いったいどこの御令嬢だろう。あまり身分が高くないということであれば子爵家や男爵家、あるいはどこかの分家の御令嬢だろうか。

 あれこれ頭の中で検索する私に「絶対に違うぞ」と語気も荒く殿下が告げる。はっと我に返ると、殿下は「続きを話す」と再び説明を始めた。

「とにかく。私との仲はあくまで演技で、気の無いフリをしていたあの女が突然、自分を婚約者に据えるべきだと言い出した。私の気持ちを知っているはずのカイエンもそれに同調するーーーその様子を見て、ユーファミアが王宮から姿を消したこの事件は、もっと深いところにまで根を張っているのではと考えた。たとえば裏にマクレガー宰相やバルト卿の存在もあるのではと。マクレガー宰相は裏の読めない男だが、バルト卿は母上の筆頭事務官でもあり、私の思いや行動にもずっと協力的だった。その彼が裏で義理の息子を操り私を騙していたのかと思うとやりきれぬ思いがあったがーーー結果的に彼はシロだった。バルト卿はおまえが王宮を辞することをまったく知らなかった」
「わ、私、バルト伯爵にはマクレガー家との契約が持ち上がった頃からちゃんと相談していました。バルト伯爵も賛成だとおっしゃってくださって」
「直接バルト卿に会ったか?」
「いえ、カイエン様を通じて面会を申し出ていたのですが、断られてしまって」
「それはカイエンが揉み消していたんだろう」
「そんな……では、私がマクレガー家と契約したことは、バルト伯爵はご存知なかったということですか?」
「バルト卿だけじゃない、父上も母上も、おまえはただ一時的に別邸に移るだけだと思っていた。おまえの行方不明の報を聞いて心底驚いていたぞ」
「両陛下もご存知なかった……!?」
「あぁ」

 あれだけお世話になった両陛下だ。本当なら直接ご挨拶申し上げたかった。だがお忙しい彼等の時間を奪うなどもってのほかとバルト伯爵からお達しがあったため遠慮したのだ。そしてそのお達しは、直接バルト伯爵から伺ったのではなく、カイエン様からもたらされた知らせだ。

「私、国王陛下と王妃様になんて失礼なことを……!」

 彼等からすれば長年目をかけてきた娘がなんの挨拶もなしに王宮を飛び出したということになる。あまりの自分の失礼な様に背筋が凍る思いがした。

「心配しなくていい。父上も母上も、おまえがカイエンにに騙されていたことはもうわかっていらっしゃる」
「カイエン様はなぜこんなことを……。私、何か恨みを買っていたのでしょうか」

 と言いつつも思い当たる節がありすぎた。優秀なカーティス殿下の傍に私のようなお荷物がいたことがそもそもカイエン様には不服だったと知っている。私を王宮から、カーティス殿下の傍から追い出したいと思っていたことも。けれど私も己の分は弁えている。こんな手の込んだことをしなくとも、契約が終われば出て行く予定にしていた。そんな中でマクレガー家の話に乗ったのは各方面から勧められたことも大きい。カイエン様は私にマクレガー家の契約を結ばせたかったのかもしれない。でもそれはなぜか。

 私の疑問に殿下は「恨みならまだ良かったがな」と呟いた。

「とにかく、カイエンとマクレガー侯爵令嬢が結託していることは間違いないと思った。背後関係はおいおい洗うとして、まずはおまえの行方を探すことが先決だ。だがあの女は口を割る気配がない。バルト伯爵を引っ張り出してカイエンに口を割らせようとしたが、カイエンは逃亡には手を貸したが、最終的な目的地以外はあの女に任せきりで知らされていなさそうだった。そうこうするうちにいつの間にかあの女が王宮から姿を消した。隙をついて自分の屋敷に逃げたんだ」

 すでに「あの女」呼ばわりになっている時点で、殿下の気持ちが本当にメラニア様にないことはわかった。けれどメラニア様はどうだろう。いろいろな場面で釘を刺されていたことを思い出す。殿下とのことを勘違いするなと言わんばかりの数々の言動。彼女がカモフラージュ役を買って出ていたのだとしたら、殿下の本命のお相手から私を遠ざけるために繰り出されたもの、ということになる。だがそれにしてはメラニア様の言葉の端々に滲む思いはあまりに重く深い。

「メラニア様は、殿下のことを本気で愛していらしたのではないでしょうか」

 カモフラージュの役目を申し出たのは本当だろう。だがその本意が、殿下と殿下の思い人を守るためでなく、自分が殿下の傍にいたいという気持ちからだったとしたら。

 私が脈絡もなくそう呟くと、殿下は渋い顔をした。

「その可能性も含めて、とにかくあの女が私と結婚することを望んでいることは見てとれた。それが本人の意志か、マクレガー宰相の命令か、その両方かはわからないが……ただこの状況であの女が王宮から姿を消したことで、おまえの命が危険に晒されることになると思った」
「私の命、ですか?」

 この流れでまた私の話になり、そのつながりが見えず首を傾げた。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

『不幸体質』の子豚令嬢ですが怪物少年侯爵に美味しくいただかれるのは遠慮させていただきます

花月
恋愛
私はキャロライン=イーデン。栗色のストレートの髪とハシバミ色の瞳をしていたちょっと太めの体型の伯爵令嬢だ。 おまけに何故か…小さい頃から『不幸体質』なのだ。 「絶対にモルゴール侯爵には嫁ぎません。私は嫁ぎ先で食べられたくありませんわ!どうぞそこに立っている役立たずの仔豚…いえ、キャロライン姉様にお願いして下さいませ!」 泣いて訴える義妹の代わりに、わたしは吸血鬼と名高い『怪物ダニエル=モルゴール侯爵』の元へと強制的に太らされ、『餌』として嫁ぐことになってしまった。 『いっそ逃げちゃおうかな』と思いつつ『棺桶城』でわたしを待っていたのは、『おねショタ』小説にドはまり中のわたしにとってどストライクな少年の姿のダニエル=モルゴール侯爵閣下だった…! でもね…いくら好みの侯爵閣下でも!いくら仔豚令嬢のわたしでも!そんな簡単に美味しくいただかれたくないっての! けれど…少年侯爵は、食欲の為なのか愛なのか、どうやら簡単にわたしを離してくれないらしい。 逃げるべきか、食べられるべきか、子豚令嬢どうする!? そしてわたしの『不健康』と『不幸体質』の正体とは――!? 性癖詰め合わせのお気楽・ご都合主義ストーリーです。 R15にしてありますが、一応念のためです。 *朝更新していきます。

浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした

今川幸乃
恋愛
スターリッジ王国の貴族学園に通うリアナにはクリフというスポーツ万能の婚約者がいた。 リアナはクリフのことが好きで彼のために料理を作ったり勉強を教えたりと様々な親切をするが、クリフは当然の顔をしているだけで、まともに感謝もしない。 しかも彼はエルマという他の女子と仲良くしている。 もやもやが募るもののリアナはその気持ちをどうしていいか分からなかった。 そんな時、クリフが放課後もエルマとこっそり二人で会っていたことが分かる。 それを知ったリアナはこれまでクリフが自分にしていたように塩対応しようと決意した。 少しの間クリフはリアナと楽しく過ごそうとするが、やがて試験や宿題など様々な問題が起こる。 そこでようやくクリフは自分がいかにリアナに助けられていたかを実感するが、その時にはすでに遅かった。 ※4/15日分の更新は抜けていた8話目「浮気」の更新にします。話の流れに差し障りが出てしまい申し訳ありません。

【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい

tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。 本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。 人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆ 本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編 第三章のイライアス編には、 『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』 のキャラクター、リュシアンも出てきます☆

モブですら無いと落胆したら悪役令嬢だった~前世コミュ障引きこもりだった私は今世は素敵な恋がしたい~

古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
前世コミュ障で話し下手な私はゲームの世界に転生できた。しかし、ヒロインにしてほしいと神様に祈ったのに、なんとモブにすらなれなかった。こうなったら仕方がない。せめてゲームの世界が見れるように一生懸命勉強して私は最難関の王立学園に入学した。ヒロインの聖女と王太子、多くのイケメンが出てくるけれど、所詮モブにもなれない私はお呼びではない。コミュ障は相変わらずだし、でも、折角神様がくれたチャンスだ。今世は絶対に恋に生きるのだ。でも色々やろうとするんだけれど、全てから回り、全然うまくいかない。挙句の果てに私が悪役令嬢だと判ってしまった。 でも、聖女は虐めていないわよ。えええ?、反逆者に私の命が狙われるている?ちょっと、それは断罪されてた後じゃないの? そこに剣構えた人が待ち構えているんだけど・・・・まだ死にたくないわよ・・・・。 果たして主人公は生き残れるのか? 恋はかなえられるのか? ハッピーエンド目指して頑張ります。 小説家になろう、カクヨムでも掲載中です。

【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!

ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、 1年以内に妊娠そして出産。 跡継ぎを産んで女主人以上の 役割を果たしていたし、 円満だと思っていた。 夫の本音を聞くまでは。 そして息子が他人に思えた。 いてもいなくてもいい存在?萎んだ花? 分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。 * 作り話です * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

“用済み”捨てられ子持ち令嬢は、隣国でオルゴールカフェを始めました

古森きり
恋愛
産後の肥立が悪いのに、ワンオペ育児で過労死したら異世界に転生していた! トイニェスティン侯爵令嬢として生まれたアンジェリカは、十五歳で『神の子』と呼ばれる『天性スキル』を持つ特別な赤子を処女受胎する。 しかし、召喚されてきた勇者や聖女に息子の『天性スキル』を略奪され、「用済み」として国外追放されてしまう。 行き倒れも覚悟した時、アンジェリカを救ったのは母国と敵対関係の魔人族オーガの夫婦。 彼らの薦めでオルゴール職人で人間族のルイと仮初の夫婦として一緒に暮らすことになる。 不安なことがいっぱいあるけど、母として必ず我が子を、今度こそ立派に育てて見せます! ノベルアップ+とアルファポリス、小説家になろう、カクヨムに掲載しています。

処理中です...