13 / 106
本編
13
しおりを挟む
はっと身を起こし、内扉へと急ぐ。ここにはドアベルが取り付けてあって、私が殿下の休む寝室に入ったことが、控室で待機している使用人たちに伝わる仕組みだ。この音が鳴らなければ、使用人が私を起こすべく、部屋に突入してくることになっている。最も、今まで一度も聞き逃したことはない。
「殿下、大丈夫ですか?」
ベッドに影がないことを見てとった私は、そのまま部屋を見渡した。長椅子に身体を預けているカーティス殿下を見つけて駆け寄る。夜の12時を回っているのにまだ休んでいなかったらしい。あちこちに執務の手伝いと思しき書類が散らばっていた。
「大、丈夫だ……問題ない」
魔力暴走を起こしても会話ができるくらい成長された殿下は、崩れそうになる身体を片肘で支えていた。跪いて見上げると、美しい藍色の彼の瞳が揺れる。
大丈夫だと、最近の殿下はいつも言う。どう見ても大丈夫ではないのに。その言葉には、なるべく私を避けたいという強い意志が感じられて、私は思わず「申し訳ありません」と呟いた。
「治療をさせていただきます。申し訳ありません」
今一度謝罪の言葉を口にし、崩れそうになる殿下を支える。片肘を外して、そのまま長椅子に彼の身体をそっと押し倒す。幸い良い位置にクッションがあり、彼の背中を斜めに支えてくれた。よかった。このままこちらに崩れ落ちてこられたら私には支えきれない。12歳の頃の天使のような細身の少年は見事に脱皮し、力強く優雅な翼を身につけた、類稀なる美青年に成長しつつあった。身体も逞しく成長し、近衛の騎士たちと剣術でよい勝負ができるほどの強靭さも身に付けている。けぶるような金の髪と、物事の深淵を見渡すような深い藍色の瞳は健在だ。
今では魔力暴走を起こしても、その瞳を開けられぬほど体力を奪われることもない。私は膝立ちになり、殿下の美しい顔を見下ろした。夜中であっても、私は夜着を身に付けていない。今着ているのは修道女の制服に似た形の、首元まで詰まったワンピースだ。以前は夜着を着ていたが、夜に何度か殿下の魔力暴走の治療に呼ばれた際、殿下から「見苦しい格好で私の前に現れるな、不敬だ!」と叱責されたこともあり、以来、夜でも平服を着て寝ることにしている。王妃様がそれではあんまりだと、柔らかめの綺麗なワンピースをわざわざ用意くださったが、殿下のお気に召さなかったようで、いろいろ試して、今の形に落ち着いた。王宮の寝具は実家のものなどと比べてずっとよい造りなので、寝巻きが少々堅苦しくても寝苦しさは感じない。そもそも夜熟睡することもほとんどないのだから、この格好でも問題なかった。
私は目を伏せ、静かに殿下の唇にキスをした。その皮膚の冷たさにもすっかり慣れた。差し込んだ舌先が燃えるように熱いことにも、そこから流れ込んでくる熱い息吹にも。以前と変わったことがあるとすれば、途中で唇を離し、何度か口付けし直す方法を覚えたことだ。初めて殿下にキスしたときは、完治するまで絶対に離してはいけないのだと思い込むかのように、ずっと唇を塞いだままだった。身じろぎすらせずにいたものだが、それでは身体がきつかったため、あれこれ試しているうちにこういうスタイルになった。これならどんなに不自然な体勢であったとしても、どうにかやり過ごすことができる。
殿下の唇を啄むようにもう一度唇を深める。すると、流れ込んでくる熱い息吹とともに、私の舌に触れるものがあった。殿下の舌が動き出したことにびくりとして動きを止める。すると、動かなくなった私の舌をくるむかのように、殿下の舌が私の方に差し込まれた。
「あ……」
いたずらな刺激に、一度離れた唇が再び埋め尽くされる。私の後頭部に差し込まれた手が、私たちの交わりをより深くしていく。冷たい、熱い、じわじわと伝わる彼の熱。なぜかしびれる私の胸。
なぜかまなじりがわけもなく震えてくる。私は泣きたいのだろうか。そんなことを考える。
「……何を、考えている」
不意に届く低い声。
「何も……何も考えてはおりません」
そう応えながら、今は治療中だったと、唇を戻す。殿下の唇は既に十分温かかった。息が上がっている気配はない。
もう十分だろうと、私は唇を離した。長い長い私たちのキスが終わった。
「殿下、大丈夫ですか?」
ベッドに影がないことを見てとった私は、そのまま部屋を見渡した。長椅子に身体を預けているカーティス殿下を見つけて駆け寄る。夜の12時を回っているのにまだ休んでいなかったらしい。あちこちに執務の手伝いと思しき書類が散らばっていた。
「大、丈夫だ……問題ない」
魔力暴走を起こしても会話ができるくらい成長された殿下は、崩れそうになる身体を片肘で支えていた。跪いて見上げると、美しい藍色の彼の瞳が揺れる。
大丈夫だと、最近の殿下はいつも言う。どう見ても大丈夫ではないのに。その言葉には、なるべく私を避けたいという強い意志が感じられて、私は思わず「申し訳ありません」と呟いた。
「治療をさせていただきます。申し訳ありません」
今一度謝罪の言葉を口にし、崩れそうになる殿下を支える。片肘を外して、そのまま長椅子に彼の身体をそっと押し倒す。幸い良い位置にクッションがあり、彼の背中を斜めに支えてくれた。よかった。このままこちらに崩れ落ちてこられたら私には支えきれない。12歳の頃の天使のような細身の少年は見事に脱皮し、力強く優雅な翼を身につけた、類稀なる美青年に成長しつつあった。身体も逞しく成長し、近衛の騎士たちと剣術でよい勝負ができるほどの強靭さも身に付けている。けぶるような金の髪と、物事の深淵を見渡すような深い藍色の瞳は健在だ。
今では魔力暴走を起こしても、その瞳を開けられぬほど体力を奪われることもない。私は膝立ちになり、殿下の美しい顔を見下ろした。夜中であっても、私は夜着を身に付けていない。今着ているのは修道女の制服に似た形の、首元まで詰まったワンピースだ。以前は夜着を着ていたが、夜に何度か殿下の魔力暴走の治療に呼ばれた際、殿下から「見苦しい格好で私の前に現れるな、不敬だ!」と叱責されたこともあり、以来、夜でも平服を着て寝ることにしている。王妃様がそれではあんまりだと、柔らかめの綺麗なワンピースをわざわざ用意くださったが、殿下のお気に召さなかったようで、いろいろ試して、今の形に落ち着いた。王宮の寝具は実家のものなどと比べてずっとよい造りなので、寝巻きが少々堅苦しくても寝苦しさは感じない。そもそも夜熟睡することもほとんどないのだから、この格好でも問題なかった。
私は目を伏せ、静かに殿下の唇にキスをした。その皮膚の冷たさにもすっかり慣れた。差し込んだ舌先が燃えるように熱いことにも、そこから流れ込んでくる熱い息吹にも。以前と変わったことがあるとすれば、途中で唇を離し、何度か口付けし直す方法を覚えたことだ。初めて殿下にキスしたときは、完治するまで絶対に離してはいけないのだと思い込むかのように、ずっと唇を塞いだままだった。身じろぎすらせずにいたものだが、それでは身体がきつかったため、あれこれ試しているうちにこういうスタイルになった。これならどんなに不自然な体勢であったとしても、どうにかやり過ごすことができる。
殿下の唇を啄むようにもう一度唇を深める。すると、流れ込んでくる熱い息吹とともに、私の舌に触れるものがあった。殿下の舌が動き出したことにびくりとして動きを止める。すると、動かなくなった私の舌をくるむかのように、殿下の舌が私の方に差し込まれた。
「あ……」
いたずらな刺激に、一度離れた唇が再び埋め尽くされる。私の後頭部に差し込まれた手が、私たちの交わりをより深くしていく。冷たい、熱い、じわじわと伝わる彼の熱。なぜかしびれる私の胸。
なぜかまなじりがわけもなく震えてくる。私は泣きたいのだろうか。そんなことを考える。
「……何を、考えている」
不意に届く低い声。
「何も……何も考えてはおりません」
そう応えながら、今は治療中だったと、唇を戻す。殿下の唇は既に十分温かかった。息が上がっている気配はない。
もう十分だろうと、私は唇を離した。長い長い私たちのキスが終わった。
1
お気に入りに追加
291
あなたにおすすめの小説
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
『不幸体質』の子豚令嬢ですが怪物少年侯爵に美味しくいただかれるのは遠慮させていただきます
花月
恋愛
私はキャロライン=イーデン。栗色のストレートの髪とハシバミ色の瞳をしていたちょっと太めの体型の伯爵令嬢だ。
おまけに何故か…小さい頃から『不幸体質』なのだ。
「絶対にモルゴール侯爵には嫁ぎません。私は嫁ぎ先で食べられたくありませんわ!どうぞそこに立っている役立たずの仔豚…いえ、キャロライン姉様にお願いして下さいませ!」
泣いて訴える義妹の代わりに、わたしは吸血鬼と名高い『怪物ダニエル=モルゴール侯爵』の元へと強制的に太らされ、『餌』として嫁ぐことになってしまった。
『いっそ逃げちゃおうかな』と思いつつ『棺桶城』でわたしを待っていたのは、『おねショタ』小説にドはまり中のわたしにとってどストライクな少年の姿のダニエル=モルゴール侯爵閣下だった…!
でもね…いくら好みの侯爵閣下でも!いくら仔豚令嬢のわたしでも!そんな簡単に美味しくいただかれたくないっての!
けれど…少年侯爵は、食欲の為なのか愛なのか、どうやら簡単にわたしを離してくれないらしい。
逃げるべきか、食べられるべきか、子豚令嬢どうする!?
そしてわたしの『不健康』と『不幸体質』の正体とは――!?
性癖詰め合わせのお気楽・ご都合主義ストーリーです。
R15にしてありますが、一応念のためです。
*朝更新していきます。
浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした
今川幸乃
恋愛
スターリッジ王国の貴族学園に通うリアナにはクリフというスポーツ万能の婚約者がいた。
リアナはクリフのことが好きで彼のために料理を作ったり勉強を教えたりと様々な親切をするが、クリフは当然の顔をしているだけで、まともに感謝もしない。
しかも彼はエルマという他の女子と仲良くしている。
もやもやが募るもののリアナはその気持ちをどうしていいか分からなかった。
そんな時、クリフが放課後もエルマとこっそり二人で会っていたことが分かる。
それを知ったリアナはこれまでクリフが自分にしていたように塩対応しようと決意した。
少しの間クリフはリアナと楽しく過ごそうとするが、やがて試験や宿題など様々な問題が起こる。
そこでようやくクリフは自分がいかにリアナに助けられていたかを実感するが、その時にはすでに遅かった。
※4/15日分の更新は抜けていた8話目「浮気」の更新にします。話の流れに差し障りが出てしまい申し訳ありません。
逃した番は他国に嫁ぐ
基本二度寝
恋愛
「番が現れたら、婚約を解消してほしい」
婚約者との茶会。
和やかな会話が落ち着いた所で、改まって座を正した王太子ヴェロージオは婚約者の公爵令嬢グリシアにそう願った。
獣人の血が交じるこの国で、番というものの存在の大きさは誰しも理解している。
だから、グリシアも頷いた。
「はい。わかりました。お互いどちらかが番と出会えたら円満に婚約解消をしましょう!」
グリシアに答えに満足したはずなのだが、ヴェロージオの心に沸き上がる感情。
こちらの希望を受け入れられたはずのに…、何故か、もやっとした気持ちになった。
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
【完結】 悪役令嬢は『壁』になりたい
tea
恋愛
愛読していた小説の推しが死んだ事にショックを受けていたら、おそらくなんやかんやあって、その小説で推しを殺した悪役令嬢に転生しました。
本来悪役令嬢が恋してヒロインに横恋慕していたヒーローである王太子には興味ないので、壁として推しを殺さぬよう陰から愛でたいと思っていたのですが……。
人を傷つける事に臆病で、『壁になりたい』と引いてしまう主人公と、彼女に助けられたことで強くなり主人公と共に生きたいと願う推しのお話☆
本編ヒロイン視点は全8話でサクッと終わるハッピーエンド+番外編
第三章のイライアス編には、
『愛が重め故断罪された無罪の悪役令嬢は、助けてくれた元騎士の貧乏子爵様に勝手に楽しく尽くします』
のキャラクター、リュシアンも出てきます☆
私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?
新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。
※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる