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本編

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 はっと身を起こし、内扉へと急ぐ。ここにはドアベルが取り付けてあって、私が殿下の休む寝室に入ったことが、控室で待機している使用人たちに伝わる仕組みだ。この音が鳴らなければ、使用人が私を起こすべく、部屋に突入してくることになっている。最も、今まで一度も聞き逃したことはない。

「殿下、大丈夫ですか?」

 ベッドに影がないことを見てとった私は、そのまま部屋を見渡した。長椅子に身体を預けているカーティス殿下を見つけて駆け寄る。夜の12時を回っているのにまだ休んでいなかったらしい。あちこちに執務の手伝いと思しき書類が散らばっていた。

「大、丈夫だ……問題ない」

 魔力暴走を起こしても会話ができるくらい成長された殿下は、崩れそうになる身体を片肘で支えていた。跪いて見上げると、美しい藍色の彼の瞳が揺れる。

 大丈夫だと、最近の殿下はいつも言う。どう見ても大丈夫ではないのに。その言葉には、なるべく私を避けたいという強い意志が感じられて、私は思わず「申し訳ありません」と呟いた。

「治療をさせていただきます。申し訳ありません」

 今一度謝罪の言葉を口にし、崩れそうになる殿下を支える。片肘を外して、そのまま長椅子に彼の身体をそっと押し倒す。幸い良い位置にクッションがあり、彼の背中を斜めに支えてくれた。よかった。このままこちらに崩れ落ちてこられたら私には支えきれない。12歳の頃の天使のような細身の少年は見事に脱皮し、力強く優雅な翼を身につけた、類稀なる美青年に成長しつつあった。身体も逞しく成長し、近衛の騎士たちと剣術でよい勝負ができるほどの強靭さも身に付けている。けぶるような金の髪と、物事の深淵を見渡すような深い藍色の瞳は健在だ。

 今では魔力暴走を起こしても、その瞳を開けられぬほど体力を奪われることもない。私は膝立ちになり、殿下の美しい顔を見下ろした。夜中であっても、私は夜着を身に付けていない。今着ているのは修道女の制服に似た形の、首元まで詰まったワンピースだ。以前は夜着を着ていたが、夜に何度か殿下の魔力暴走の治療に呼ばれた際、殿下から「見苦しい格好で私の前に現れるな、不敬だ!」と叱責されたこともあり、以来、夜でも平服を着て寝ることにしている。王妃様がそれではあんまりだと、柔らかめの綺麗なワンピースをわざわざ用意くださったが、殿下のお気に召さなかったようで、いろいろ試して、今の形に落ち着いた。王宮の寝具は実家のものなどと比べてずっとよい造りなので、寝巻きが少々堅苦しくても寝苦しさは感じない。そもそも夜熟睡することもほとんどないのだから、この格好でも問題なかった。

 私は目を伏せ、静かに殿下の唇にキスをした。その皮膚の冷たさにもすっかり慣れた。差し込んだ舌先が燃えるように熱いことにも、そこから流れ込んでくる熱い息吹にも。以前と変わったことがあるとすれば、途中で唇を離し、何度か口付けし直す方法を覚えたことだ。初めて殿下にキスしたときは、完治するまで絶対に離してはいけないのだと思い込むかのように、ずっと唇を塞いだままだった。身じろぎすらせずにいたものだが、それでは身体がきつかったため、あれこれ試しているうちにこういうスタイルになった。これならどんなに不自然な体勢であったとしても、どうにかやり過ごすことができる。

 殿下の唇を啄むようにもう一度唇を深める。すると、流れ込んでくる熱い息吹とともに、私の舌に触れるものがあった。殿下の舌が動き出したことにびくりとして動きを止める。すると、動かなくなった私の舌をくるむかのように、殿下の舌が私の方に差し込まれた。

「あ……」

 いたずらな刺激に、一度離れた唇が再び埋め尽くされる。私の後頭部に差し込まれた手が、私たちの交わりをより深くしていく。冷たい、熱い、じわじわと伝わる彼の熱。なぜかしびれる私の胸。

 なぜかまなじりがわけもなく震えてくる。私は泣きたいのだろうか。そんなことを考える。

「……何を、考えている」

 不意に届く低い声。

「何も……何も考えてはおりません」

 そう応えながら、今は治療中だったと、唇を戻す。殿下の唇は既に十分温かかった。息が上がっている気配はない。

 もう十分だろうと、私は唇を離した。長い長い私たちのキスが終わった。






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