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「君は、骨董屋の……エレーン。なぜここに……」

  黒い瞳が驚きの色に染まる。エレーンの胸も高鳴る。2人の間に新たな関係が築かれようとしたのを、ゼルダの信じられない台詞が打ち砕いた。

「マシュー殿下!」

  エレーンは振り向く。婚約式用の派手なドレス姿で悠然と微笑むゼルダがそこにはいる。そして視線を戻すと、黒い礼服に身を包んだマシューの姿。

(マシューが、彼が王子様……だったの?)

  確かに若いわりにどことなくノーブルで落ち着いた感じがしていたし、お約束通りのイケメンでもある。初めてあったときどこか懐かしい感じがしたのは……きっと新聞の絵姿で見たことがあったせいだったのだろう。実物の方が100倍かっこいいけど。

  殿下に見惚れるエレーンに対して、ゼルダは実に意地悪そうな笑みを浮かべた。

「ねぇ、マシュー殿下。この骨董屋がさっきから何かおかしなことばかり言って、私のオルゴールを返してくれないんですの。せっかくあなたからいただいた大切なオルゴールですのに」

  エレーンはオルゴールを抱く手に力を込めた。ゼルダはまだ話し続ける。

「ねぇ、殿下からも言ってやってくださいな。そのオルゴールは私の物で、これは代々この王室のお后になる女性に贈られる物なのだって」

  このオルゴールがなぜマシューの手からこの女に渡ったのか、これでようやく納得がいった。納得はいったが腑に落ちない。それではなぜジュリアがこれを持っていたのだろう。なぜこのオルゴールはジュリアを待ち続けているのだろう。

「でも、これはジュリアの物なんです。このオルゴールはジュリアの手元に行きたがっているんです」
「ジュリアだって?」

  マシューの表情にさっと影が走る。ゼルダが舌打ちして王子に詰め寄る。

「殿下!  あなたは私と結婚するのよっ。さもないと……」

  無言の圧力が殿下を苛む。彼は瞳を伏せ、諦めに似た溜息を吐いてエレーンに向き直った。

「エレーン、お願いだ。そのオルゴールを彼女に渡してくれないか」

  重く寂しい響きだった。彼は言葉を重ねる。

「お願いだ、エレーン。そうしなければジュリアの命が……」

  マシューの言葉の最後は、突然開かれたドアの音に掻き消された。

「殿下!」

  転がりこむようにひとりの老人が部屋に押し入ってきた。

「マックス、どうしたんだ」

  マックスと呼ばれたその人物にエレーンはまたもや覚えがあった。グレイの上品なスーツ、そして鼻の下のちょびヒゲ。

(もう驚かないっ。たとえこの次にジュリアが出てきたって私もう驚かないからね!)

  マックスはエレーンのことなど見向きもせず、マシューに近づいた。

「殿下、ジュリアが見つかったのです!」
「何!?  彼女は無事なのか、今どこに?」
「もうここに来ております。ジュリア、入りなさい」

  そしてジュリアがようやく姿を見せた。着古した茶色のモスリンのドレス、薄い青の瞳。紛れもなく本物だった。エレーンは瞳を丸くする。

「ジュリア!」
「殿下!」

  駆け寄った2人がひしと抱き合う。

(ちょ、ちょっと、この展開ってまさか……)

  エレーンの頬が引きつる。それに勝ってゼルダの表情が激しく歪む。

「伯爵家の別荘に監禁されていたのを、私の手の者が助けだしました」

  マックスがじろりとゼルダと黒縁眼鏡を睨みつける。

「ジュリア、すまない。僕のせいで危険な目に合わせてしまって」
「いいえ、殿下。私も悪いんです。あのオルゴールをいただいておきながら、壊してしまって……。あれをいただいたとき、本当はとてもうれしかったんです。だけど、メイドの身分で殿下と結婚するのは分不相応ではないかって思い始めて。だから、修理に出している間によく考えようと思っていたんです。本当は迷う必要なんてなかったのに……」

  二人の視線がこの上もなく優しく絡みあう。それを見てゼルダが地団駄踏んだ。

「マシュー殿下!  あなたは私と結婚するんでしょう! 今から私たちの婚約式よっ! あなたは私の……父であるサザーランド伯爵の力がなければ、次の王位を継げないはずよ!」

  ゼルダの言葉に、マシューはすぐさまマックスを振り返った。彼が目配せをする。

 マシューは力強く頷き、そして凛とした顔をあげ、ゼルダに向かって言い放った。

「ゼルダ嬢、いや、ゼルダ・サザーランド! ジュリア・ロレイン誘拐未遂の犯人として捕縛する! 衛兵、彼女を捕らえろ!」

 マシューの命令で部屋の外で控えていた騎士たちがどっと雪崩れ込んだ。そしてたちまちゼルダに手をかける。

「離して! 離しなさい! こんなことをしてタダで済むと思っているの!? 私の父はサザーランド伯爵よ!」
「そのサザーランド伯爵もたった今、ご自宅で捕縛されました。長年に渡る横領と、領地経営の不振により、領民から訴状が上がっております」

 マックスが慇懃丁寧に説明すると、ゼルダは一瞬ぽかんと口を開けた。

「な、何を言っているの? お父様が……捕縛ですって?」
「間違いない。サザーランド伯爵は今後裁判にかけられる。よくて身分剥奪の上、追放。悪ければ流刑の上の強制労働だ。当然、同じく甘い汁を吸ってきたおまえたち家族にも類が及ぶだろう!」

 マシューの畳み掛ける厳しい言葉に、ゼルダは声にならない悲鳴をあげながら、衛兵たちに連行されていった。

 ゼルダ様ぁ、と情けない声を上げる黒縁眼鏡もまた、別の兵の手にかかる。

「わ、私は関係ないだろう!? ただの執事だぞ!」
「おまえも同罪だ。裏帳簿の筆跡が誰のものか、調べがついてないとでも思ったか」
「ひいぃぃっ」

 殿下からの最後通帳に、彼は膝を折ったまま、ずるずると引きずられていった。

  そしてようやく部屋には静寂が訪れた。





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