23 / 28
22
しおりを挟む
「君は、骨董屋の……エレーン。なぜここに……」
黒い瞳が驚きの色に染まる。エレーンの胸も高鳴る。2人の間に新たな関係が築かれようとしたのを、ゼルダの信じられない台詞が打ち砕いた。
「マシュー殿下!」
エレーンは振り向く。婚約式用の派手なドレス姿で悠然と微笑むゼルダがそこにはいる。そして視線を戻すと、黒い礼服に身を包んだマシューの姿。
(マシューが、彼が王子様……だったの?)
確かに若いわりにどことなくノーブルで落ち着いた感じがしていたし、お約束通りのイケメンでもある。初めてあったときどこか懐かしい感じがしたのは……きっと新聞の絵姿で見たことがあったせいだったのだろう。実物の方が100倍かっこいいけど。
殿下に見惚れるエレーンに対して、ゼルダは実に意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ねぇ、マシュー殿下。この骨董屋がさっきから何かおかしなことばかり言って、私のオルゴールを返してくれないんですの。せっかくあなたからいただいた大切なオルゴールですのに」
エレーンはオルゴールを抱く手に力を込めた。ゼルダはまだ話し続ける。
「ねぇ、殿下からも言ってやってくださいな。そのオルゴールは私の物で、これは代々この王室のお后になる女性に贈られる物なのだって」
このオルゴールがなぜマシューの手からこの女に渡ったのか、これでようやく納得がいった。納得はいったが腑に落ちない。それではなぜジュリアがこれを持っていたのだろう。なぜこのオルゴールはジュリアを待ち続けているのだろう。
「でも、これはジュリアの物なんです。このオルゴールはジュリアの手元に行きたがっているんです」
「ジュリアだって?」
マシューの表情にさっと影が走る。ゼルダが舌打ちして王子に詰め寄る。
「殿下! あなたは私と結婚するのよっ。さもないと……」
無言の圧力が殿下を苛む。彼は瞳を伏せ、諦めに似た溜息を吐いてエレーンに向き直った。
「エレーン、お願いだ。そのオルゴールを彼女に渡してくれないか」
重く寂しい響きだった。彼は言葉を重ねる。
「お願いだ、エレーン。そうしなければジュリアの命が……」
マシューの言葉の最後は、突然開かれたドアの音に掻き消された。
「殿下!」
転がりこむようにひとりの老人が部屋に押し入ってきた。
「マックス、どうしたんだ」
マックスと呼ばれたその人物にエレーンはまたもや覚えがあった。グレイの上品なスーツ、そして鼻の下のちょびヒゲ。
(もう驚かないっ。たとえこの次にジュリアが出てきたって私もう驚かないからね!)
マックスはエレーンのことなど見向きもせず、マシューに近づいた。
「殿下、ジュリアが見つかったのです!」
「何!? 彼女は無事なのか、今どこに?」
「もうここに来ております。ジュリア、入りなさい」
そしてジュリアがようやく姿を見せた。着古した茶色のモスリンのドレス、薄い青の瞳。紛れもなく本物だった。エレーンは瞳を丸くする。
「ジュリア!」
「殿下!」
駆け寄った2人がひしと抱き合う。
(ちょ、ちょっと、この展開ってまさか……)
エレーンの頬が引きつる。それに勝ってゼルダの表情が激しく歪む。
「伯爵家の別荘に監禁されていたのを、私の手の者が助けだしました」
マックスがじろりとゼルダと黒縁眼鏡を睨みつける。
「ジュリア、すまない。僕のせいで危険な目に合わせてしまって」
「いいえ、殿下。私も悪いんです。あのオルゴールをいただいておきながら、壊してしまって……。あれをいただいたとき、本当はとてもうれしかったんです。だけど、メイドの身分で殿下と結婚するのは分不相応ではないかって思い始めて。だから、修理に出している間によく考えようと思っていたんです。本当は迷う必要なんてなかったのに……」
二人の視線がこの上もなく優しく絡みあう。それを見てゼルダが地団駄踏んだ。
「マシュー殿下! あなたは私と結婚するんでしょう! 今から私たちの婚約式よっ! あなたは私の……父であるサザーランド伯爵の力がなければ、次の王位を継げないはずよ!」
ゼルダの言葉に、マシューはすぐさまマックスを振り返った。彼が目配せをする。
マシューは力強く頷き、そして凛とした顔をあげ、ゼルダに向かって言い放った。
「ゼルダ嬢、いや、ゼルダ・サザーランド! ジュリア・ロレイン誘拐未遂の犯人として捕縛する! 衛兵、彼女を捕らえろ!」
マシューの命令で部屋の外で控えていた騎士たちがどっと雪崩れ込んだ。そしてたちまちゼルダに手をかける。
「離して! 離しなさい! こんなことをしてタダで済むと思っているの!? 私の父はサザーランド伯爵よ!」
「そのサザーランド伯爵もたった今、ご自宅で捕縛されました。長年に渡る横領と、領地経営の不振により、領民から訴状が上がっております」
マックスが慇懃丁寧に説明すると、ゼルダは一瞬ぽかんと口を開けた。
「な、何を言っているの? お父様が……捕縛ですって?」
「間違いない。サザーランド伯爵は今後裁判にかけられる。よくて身分剥奪の上、追放。悪ければ流刑の上の強制労働だ。当然、同じく甘い汁を吸ってきたおまえたち家族にも類が及ぶだろう!」
マシューの畳み掛ける厳しい言葉に、ゼルダは声にならない悲鳴をあげながら、衛兵たちに連行されていった。
ゼルダ様ぁ、と情けない声を上げる黒縁眼鏡もまた、別の兵の手にかかる。
「わ、私は関係ないだろう!? ただの執事だぞ!」
「おまえも同罪だ。裏帳簿の筆跡が誰のものか、調べがついてないとでも思ったか」
「ひいぃぃっ」
殿下からの最後通帳に、彼は膝を折ったまま、ずるずると引きずられていった。
そしてようやく部屋には静寂が訪れた。
黒い瞳が驚きの色に染まる。エレーンの胸も高鳴る。2人の間に新たな関係が築かれようとしたのを、ゼルダの信じられない台詞が打ち砕いた。
「マシュー殿下!」
エレーンは振り向く。婚約式用の派手なドレス姿で悠然と微笑むゼルダがそこにはいる。そして視線を戻すと、黒い礼服に身を包んだマシューの姿。
(マシューが、彼が王子様……だったの?)
確かに若いわりにどことなくノーブルで落ち着いた感じがしていたし、お約束通りのイケメンでもある。初めてあったときどこか懐かしい感じがしたのは……きっと新聞の絵姿で見たことがあったせいだったのだろう。実物の方が100倍かっこいいけど。
殿下に見惚れるエレーンに対して、ゼルダは実に意地悪そうな笑みを浮かべた。
「ねぇ、マシュー殿下。この骨董屋がさっきから何かおかしなことばかり言って、私のオルゴールを返してくれないんですの。せっかくあなたからいただいた大切なオルゴールですのに」
エレーンはオルゴールを抱く手に力を込めた。ゼルダはまだ話し続ける。
「ねぇ、殿下からも言ってやってくださいな。そのオルゴールは私の物で、これは代々この王室のお后になる女性に贈られる物なのだって」
このオルゴールがなぜマシューの手からこの女に渡ったのか、これでようやく納得がいった。納得はいったが腑に落ちない。それではなぜジュリアがこれを持っていたのだろう。なぜこのオルゴールはジュリアを待ち続けているのだろう。
「でも、これはジュリアの物なんです。このオルゴールはジュリアの手元に行きたがっているんです」
「ジュリアだって?」
マシューの表情にさっと影が走る。ゼルダが舌打ちして王子に詰め寄る。
「殿下! あなたは私と結婚するのよっ。さもないと……」
無言の圧力が殿下を苛む。彼は瞳を伏せ、諦めに似た溜息を吐いてエレーンに向き直った。
「エレーン、お願いだ。そのオルゴールを彼女に渡してくれないか」
重く寂しい響きだった。彼は言葉を重ねる。
「お願いだ、エレーン。そうしなければジュリアの命が……」
マシューの言葉の最後は、突然開かれたドアの音に掻き消された。
「殿下!」
転がりこむようにひとりの老人が部屋に押し入ってきた。
「マックス、どうしたんだ」
マックスと呼ばれたその人物にエレーンはまたもや覚えがあった。グレイの上品なスーツ、そして鼻の下のちょびヒゲ。
(もう驚かないっ。たとえこの次にジュリアが出てきたって私もう驚かないからね!)
マックスはエレーンのことなど見向きもせず、マシューに近づいた。
「殿下、ジュリアが見つかったのです!」
「何!? 彼女は無事なのか、今どこに?」
「もうここに来ております。ジュリア、入りなさい」
そしてジュリアがようやく姿を見せた。着古した茶色のモスリンのドレス、薄い青の瞳。紛れもなく本物だった。エレーンは瞳を丸くする。
「ジュリア!」
「殿下!」
駆け寄った2人がひしと抱き合う。
(ちょ、ちょっと、この展開ってまさか……)
エレーンの頬が引きつる。それに勝ってゼルダの表情が激しく歪む。
「伯爵家の別荘に監禁されていたのを、私の手の者が助けだしました」
マックスがじろりとゼルダと黒縁眼鏡を睨みつける。
「ジュリア、すまない。僕のせいで危険な目に合わせてしまって」
「いいえ、殿下。私も悪いんです。あのオルゴールをいただいておきながら、壊してしまって……。あれをいただいたとき、本当はとてもうれしかったんです。だけど、メイドの身分で殿下と結婚するのは分不相応ではないかって思い始めて。だから、修理に出している間によく考えようと思っていたんです。本当は迷う必要なんてなかったのに……」
二人の視線がこの上もなく優しく絡みあう。それを見てゼルダが地団駄踏んだ。
「マシュー殿下! あなたは私と結婚するんでしょう! 今から私たちの婚約式よっ! あなたは私の……父であるサザーランド伯爵の力がなければ、次の王位を継げないはずよ!」
ゼルダの言葉に、マシューはすぐさまマックスを振り返った。彼が目配せをする。
マシューは力強く頷き、そして凛とした顔をあげ、ゼルダに向かって言い放った。
「ゼルダ嬢、いや、ゼルダ・サザーランド! ジュリア・ロレイン誘拐未遂の犯人として捕縛する! 衛兵、彼女を捕らえろ!」
マシューの命令で部屋の外で控えていた騎士たちがどっと雪崩れ込んだ。そしてたちまちゼルダに手をかける。
「離して! 離しなさい! こんなことをしてタダで済むと思っているの!? 私の父はサザーランド伯爵よ!」
「そのサザーランド伯爵もたった今、ご自宅で捕縛されました。長年に渡る横領と、領地経営の不振により、領民から訴状が上がっております」
マックスが慇懃丁寧に説明すると、ゼルダは一瞬ぽかんと口を開けた。
「な、何を言っているの? お父様が……捕縛ですって?」
「間違いない。サザーランド伯爵は今後裁判にかけられる。よくて身分剥奪の上、追放。悪ければ流刑の上の強制労働だ。当然、同じく甘い汁を吸ってきたおまえたち家族にも類が及ぶだろう!」
マシューの畳み掛ける厳しい言葉に、ゼルダは声にならない悲鳴をあげながら、衛兵たちに連行されていった。
ゼルダ様ぁ、と情けない声を上げる黒縁眼鏡もまた、別の兵の手にかかる。
「わ、私は関係ないだろう!? ただの執事だぞ!」
「おまえも同罪だ。裏帳簿の筆跡が誰のものか、調べがついてないとでも思ったか」
「ひいぃぃっ」
殿下からの最後通帳に、彼は膝を折ったまま、ずるずると引きずられていった。
そしてようやく部屋には静寂が訪れた。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
(完)妹の子供を養女にしたら・・・・・・
青空一夏
恋愛
私はダーシー・オークリー女伯爵。愛する夫との間に子供はいない。なんとかできるように努力はしてきたがどうやら私の身体に原因があるようだった。
「養女を迎えようと思うわ・・・・・・」
私の言葉に夫は私の妹のアイリスのお腹の子どもがいいと言う。私達はその産まれてきた子供を養女に迎えたが・・・・・・
異世界中世ヨーロッパ風のゆるふわ設定。ざまぁ。魔獣がいる世界。
【完結】悪役令嬢の断罪現場に居合わせた私が巻き込まれた悲劇
藍生蕗
ファンタジー
悪役令嬢と揶揄される公爵令嬢フィラデラが公の場で断罪……されている。
トリアは会場の端でその様を傍観していたが、何故か急に自分の名前が出てきた事に動揺し、思わず返事をしてしまう。
会場が注目する中、聞かれる事に答える度に場の空気は悪くなって行って……
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った
五色ひわ
恋愛
辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。
※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話
私は、忠告を致しましたよ?
柚木ゆず
ファンタジー
ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私マリエスは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢ロマーヌ様に呼び出されました。
「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」
ロマーヌ様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は常に最愛の方に護っていただいているので、貴方様には悪意があると気付けるのですよ。
ロマーヌ様。まだ間に合います。
今なら、引き返せますよ?
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌
招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」
毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。
彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。
そして…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる