蝙蝠怪キ譚

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第3章《酔狂の鬼殺し》

第3章3『白子の天秤』

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「白子クエスチョンだよ。犯人と探偵、どっちが頭良いのかな」

 一体何を言っているんだこいつは。
 突然おかしな質問を繰り出した白子は、その無駄に長い脚を組み直した。至極当然に、当たり前のように。

「バカのくせに考えることが好きなのね」

「ひどい言い様だな!」

「あれ、ミイロちゃんはいつも参加してませんでしたっけ。白子クエスチョン」

「何、これまさか恒例なの?」

 臼居くんと白子は、互いにうんうんと頷いた。
 いや、何が白子クエスチョンだ。ネーミングが絶妙にダサいわ。それを鼻にかける白子も絶妙にダサいわ。私は、

「私、問題児が出す問題なんて興味ないわ」

 と一蹴してみせた。トンチキクイズに付き合っている時間なんて無いのだ。

「上手いこと言ってないでたまには聞けよ、長谷川! 優等生は考えるのが得意なんだろ、なっ、優等生様!!」

「ふん……。お前に時間を費やすこと自体が無益だけれど、しょうがないわね。たまには、やってやるわ」

 一周回って興味深くなったのだ。おだてに弱いわけではないから、決して。

「あと、人のこと"お前"って呼ぶやつ、俺マジで嫌なんだよな。下の名前で呼んでくれない?」

「──馴れ馴れしい。刺し殺すわよ」

「その立派な立派なツノで?」

「串刺しにしてやる!」

「まあまあまあ、ミイロちゃんも白子君も喧嘩しないでくださいよぉ! さ、何でしたっけ、今日の白子クエスチョン」

 と、白子の額に私のツノが食い込む寸前、臼居くんが割って入った。
 正直、こいつの憎たらしくも健康な額に大穴を空けてやっても良かったのだが、臼居くんに免じて断念するとしよう。私は微かに白子を睨みつけ、

「探偵と犯人、どちらが賢いかなんて、探偵に決まっているでしょう。あまり馬鹿をひけらかすんじゃないわよ、白子」

 と、吐き捨てた。だが、
 
「くはっ」

 彼はそれすらも想定していたように笑い、

「は?」

「鬼燃えるね、その回答」

「お、オニ……?」

「長谷川ってば鬼単純」

 と、語尾にハートが見えるほど甘ったるく、そう言ってみせたのだった。

「オニ……?」


 ◆◆◆◆


「──やあ、シラコくん。君はまた突拍子もない質問をしてるのかな?」

 思わず耳を向けたくなるほど邪気や邪念一つないその声が、生徒会室の入口から突如として響いた。さして大きくもないのに、はっきりとよく通る声だ。その主は、

「江藤みずき先輩!」

「ミイロちゃんにウスイくん、お揃いだね。こんにちは」

「こっ、こんにちは」

 私は恐縮のあまり、上ずった声を上げてしまった。

 入ってきたのは、江藤みずき先輩。
 規律正しい黒縁メガネに、清らかに伸びた黒髪。居住まいすらも絵画のような彼女は、真っ当に生徒会副会長を務めている。

 そう、生徒会唯一の常識人にして私の良き理解者。清く正しく美しい、それを体現したような方なのだ。
 彼女は厳かに微笑み、私の隣に座った。一本の筆のようにしなやかな体躯。目先で揺れる黒髪は、そのたびに花のような香りを振り撒いていた。

「さすが、"歩くリアコ製造機"……!」

「ははは、何言ってるのミイロちゃん。さ、シラコくん、今日の質問は?」

 私を軽くあしらい、彼女は白子の方に目を向けた。この人でさえも、白子クエスチョンの存在を認知しているようだった。

「"探偵と犯人、どっちが賢いのか"っすね」

「相変わらず面白いね、君は」

 江藤先輩は一際楽しそうに白子の言葉を飲み込んだ。それは甘いものを喉に流し込んだ乙女のように、頬を恍惚に染め、活き活きとした横顔だ。

「エトー先輩はどう思います。やっぱ探偵派?」

「江藤先輩も探偵派に決まっているわ! だって探偵は謎を解ける天才なのよ?」

「何、その幼稚園児みたいな理由! 長谷川どこに知性置いてきちゃったの!?」

「あーっ、うるさい! じゃあ元から幼稚園児並みの知能の白子はどうなのよ!」

「俺は犯人のが賢いと思う! 以上!」

「やっぱり、シラコくんは面白いや。理由聞かせてよ」

 江藤先輩の言葉に、白子はその胸を自慢気に張ってみせた。

「謎を解くのは探偵、でもその謎を作るのは犯人だろ? 犯人は、罪を犯したその一瞬で探偵をも悩ませるトリックを完成させるんだ。それって結局、犯人が一番頭良くて凄いってことじゃね?」

「まあ、そのトリックも、後々ボロが出て解決されるのがオチよね」

「揚げ足取るなよ長谷川!」

「──それは違うんじゃないかなあ」

 私たちがいがみ合っていると、そんな一声が空気を裂いた。

 彼女はクイっとその眼鏡を押し上げ、形の良い顎の下に人差し指を持ってきた。それはさながら、名探偵が推理を披露する前提のようであり、自然と背筋が伸びる。まるで、私たちが犯人になったような気分だった。

「だって犯人って大体、意外なトリックを使うものじゃない? それってかなり偶然の産物だって言えるよね」

「ゔっ」

 1HIT! 白子が鈍い声を上げた。まるで大男にでも殴られたかのようなダメージである。
 だが、口弁なその口はまだまだ止まることを知らない。

「たまたま物がそこにあって、たまたまその状況を打破することが出来ただけでさ。人間、焦っていると限界を簡単に超えられちゃうこともあるよね」

「ゔっ、ゔっ」

 2HIT! 3HIT! もう白子は瀕死の状態だ。割と弱々メンタルなのか白子。しかし、饒舌なその舌はもはや誰にも止められないのだ。

「実は犯人にも予想不可だったってこともあるし、逆に探偵ってどんな犯行にも柔軟に対応してるから、その点は犯人より上手なのかも。計画的な犯行なら、推理時間とはとんとんになるけどね」

「ぐあぁっ─────!」

 K.O.──!!
 したたかな論破と共に、白子の体躯が大袈裟に吹き飛んだ。ノックアウトでチェックメイト。江藤先輩はそれを鼻にかけることもせず、用意されていた紅茶で舌を湿らせている。燃え尽きて灰になっている白子がバカみたいである。

「白子くん、お疲れ様です。正直、僕も犯人派でした」

「そういうのは、先に言って……臼居くん! あと俺の味方しろよー」

「えへへ」

 照れ笑いする臼居くん、これが白子の言う鬼萌えるってやつなのか。ただ、江藤先輩にあそこまで言われたのだ。今回は白子に同情せざるを得ないだろう。

「はんっ、やっぱり探偵が一番賢いのよ、白子。ばーかばーか、白子オンドのばーか」

「無表情で罵倒すんな、逆に面白いわ長谷川! てか、同情しろよっ」

 しょんぼりとソファに身体を埋める白子。その様子に、江藤先輩はなぜかきょとんとした顔をしていた。

「私、別に探偵派って訳じゃないよ?」

「えっ!?」

「よっしゃ、じゃあ俺と一緒の犯人派!」

「──でもないなあ」

「違うのかよ!!」

「じゃあ結局どっちが賢いんですか!?」

「んー……。確かに探偵は賢いけど、それと同等に渡り合えるのは、無意識の行動なのかもって思うんだよね」

「ええ、どゆこと?」

「探偵は考えて答えを見つけるのが得意だけど、最初から答えが無かったら、どうしようもないでしょ」

「答えがない、というと?」

「隠蔽もアリバイも、ある程度無意識下でやったことなんだよ。犯人が自分でも分からないカラクリで、密室を作っちゃったり、そんなこともあるんだから。謎を考えてる訳じゃないでしょ?」

「ん? んん? そうなんかな、エトー先輩に言われるとそんな気がしてきた」

「興味深い話ですね、江藤先輩。バカは少し黙ってなさい、口を閉じてないと類人猿にしか見えないわよ」

「美形って言え、美形って」

「無稽の間違いじゃないの?」

「こらこら、いくら無礼だからってシラコくんをそんなにいじめちゃダメだよ」

「すみません、お話の途中でしたね」

 私は間抜けヅラの白子を一瞥し、江藤先輩の姿で目を清めた。ついでに眠そうにしている臼居くんでも目を清めておく。欠伸してる、かわいい。

「んー、運命や偶然は、誰にも推理できないからね。そのとき、そこにいたのは犯人だけなんだし、探偵が言っていることが真実とは限らない。推理なんて、見かけや道理の通った虚実や空想論なんだから」

「へえー、難しっ」

「これだけ壮大な議論を、その一言だけで済ませてしまう白子が本当に愚かでならないわ」

「シラコくんの、自分でも手に負えない話題を拾ってくるとこ、割と好きだよ」

「わーい、エトー先輩に好かれた!」

 本当、江藤先輩の好意をそんな単純な言葉で片付けられる白子に脱帽である。この男、運動神経以外の神経を母胎に忘れてきたんじゃないのか。江藤先輩は、

「案外、君みたいに何にも考えていない子が、一番の強敵になったりするのかもね」

「もしかして、俺って最強?」

「これは貶されてるのよ、白子」


「──む! お前たち、まだ帰っていなかったのか」

「あ、木先会長」

 議論が逸れ始め、皆の気力も終幕に向かったところで、会長のお帰りである。彼女はその細い腕を組み、何故か頬を膨らませながらこちらを見ていた。

「私をのけ者にして随分楽しそうだな、諸君」

 ◆◇◆

「もう、木先会長のことを待ってたんすよ、俺ら。それで、GW合宿どうなりました?」

「ああ、勿論大丈夫だった。明日は九時から校舎に入って良いそうだ。合宿も五日間丸々やって良いらしい」

「えー、五日間も!?」

 人一倍息巻いていたくせに、白子は机にべたあっと突っ伏した。木先会長の手には、印の捺された書類が収まっている。勿論、私と白子の名前の入った、合宿許可書。

「嫌ならいいのよ、私一人でやるから」

「連れないこと言うなよ、俺たちマブダチだろ、長谷川」

「私に友達なんていないわよ」

「悲しいからやめろ!!」

 何が悲しいんだか。白子の悲痛な叫びに耳も傾けず、木先会長は、

「ほーら、皆やることが終わったら早く帰れよ。生徒会室は私が閉めておくから、今日は下校しておけ」

 と、片手で窓を閉めていった。白子と不毛な議論をしているうちに、時計の針はすっかり十八時まで回っていた。私は江藤先輩のティーカップを片付け、席を立った。

「ちょ、長谷川、どこ行くんだよ」

「何よ、私は今から帰るの。明日に備えてね」

「俺と一緒に帰る約束は!?」

「してない、気色悪い」

「待てよ、冗談! 七不思議の一番の絵見に行こうぜ!」

「はあ……明日で良いのに」

「今日行きたい、今日が良い、今日行こうぜ」

「分かったから制服を引っ張るのをよしなさい」

 ◆◆◆

 ──なあ、こんな噂知ってるか?

 七不思議の一番《死を映す肖像画》。
 旧校舎の一階、古びた西階段のすぐ前に、大きな絵画が掛けられているだろ?
 そこには、大鏡を抱えた一人の女の子が描かれてるんだ。若草色の髪を、でっかい二つのお団子にしてる女の子だったかな。中華風の服を着て、目にはブルーのアイラインが引いてある。結構かわいい子なんだって。

 当然、少女の持つ鏡の中には、何も映されていないんだ。銀色の絵の具で塗り潰されて、何も映ってない様子が描かれてるんだから。それは変わることの事実だよな、絵だからさ。

 でもな、人によってはその鏡に、死人が映って見えるらしいんだ。絵画の中に、血みどろで頬のひしゃげた、見るも恐ろしい、そんな死者の姿を。

 それは、近しい友の姿なのか。
 それとも、亡くなった恋人の姿なのか。
 あるいは、見ず知らずの他人の姿なのか。
 はたまた、未来の自分の姿なのか。

 ──真相は誰にも、分からないんだってさ。


 ◆◆◆

「──死人を視認できるって訳だ」

「はっ、笑えない冗談だわ」

「笑ってんじゃねえか」

「体内温度が一度下がったわ、責任を取って切腹しなさい」

「重罪すぎる!」

「介錯も自分でするのよ」

「厳罰だ! しかも不可能だ!!」

 そんな他愛もない、ひどく愛の無い会話も含めて、私たちは旧校舎の一階、古びた西階段のすぐ前に来ていた。つまり、七不思議の一番《死を映す肖像画》の飾ってある場所に。
 
 だが、しかし。
 ここに来て大きな問題が判明していた。

「こんな洒落も言いたくなるよな、長谷川」

「今回ばかりはお前と同意見かもしれないわ、一世紀に一度くらいのね」

 一呼吸置いて、ぐっと息を吸い込んで、そっと息を整えて。彼は、心の整理が着いたかの様に吐き出す。

「──絵、無いじゃん」

 絵が、無かった。
 白子の言葉通り、あるはずの絵画が無かった。
 《死を映す肖像画》が、その額縁の日焼けだけを残して、忽然と姿を消していたのだ。

「額縁ごと逃げ出したみたいね、一番目の七不思議が」

 もはや呆然と嘆息したそのとき、

「きゃああああっ───────!!」

 嫌に鮮明な叫び声が、どこからともなく響き渡ったのだった。


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