蝙蝠怪キ譚

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第3章《酔狂の鬼殺し》

第3章2『天邪鬼の葛藤』

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「私は嫌です、断固反対!」

「えー、俺この七不思議解決したいんすけど! てか、俺は長谷川みたいに、誰とやろうがわがまま言わんし」

「私のこれはわがままじゃないわ、白子!」


 三年D組、白子オンド。
 私同様に生徒会役員であり、性別は男。
 そんな彼が、私の隣に立っていた。すらりと伸びた手足を、がっしりとした筋肉が程よく覆っている。服の上からでも分かるほどいい体格だ。そして人を惹きつける通った鼻筋、まさに体育会系の代表のような男。
 チャラチャラしていて、非常に不快。だが、彼の見解はこの程度である。クラスも違えば価値観も違う。私と彼との関わりも、この程度である。
 それより私は今、一世一代の窮地に立たされているのだ。珍しく困り眉で口を尖らせてきたのは、木先会長だった。

「ミイロ、あんまりわがままを言うなよ。不思議部はこのGW合宿で一番目の七不思議の解決に当たる。だから、それより先に解決するには、生徒会も合宿するしかないだろう」

 彼女はまるで、駄々をこねる子どもでもあやすかのようにこちらを見ていた。いつもはこちらが振り回される側なのに。それでも私は訴えざるを得なかったのだ。

「そこまでは納得しました、GWが合宿で潰れることにも異は唱えません、良いでしょう! でも問題はそこじゃありません!」

 ダァンッ、と机を拳で叩いた。痛い。

「なぜこの男、白子オンドと一緒に合宿しなければいけないんですか!?」

「なんか、面白そうじゃないか」

「やめてください反吐が出ます!」

 裏返る手前みたいな声で、私は必死に叫んだ。そうなのだ。白子オンドとGW合宿。それが唯一の難点。ただの好奇心で、軽薄に危険人物と合宿させないでほしい。木先会長は、暴れ馬でも宥めるように私の頭を撫でた。

「まあまあどうどう、ちゃんと理由もあるんだぞ? ほら、GWで他の生徒会役員は帰省するだろ、里帰りで。だから、お前たち二人以外に暇なやつは居ないんだよ」

「そういう会長はどうなんですか?」

「暇に見えるか?」

「見えますが?」

「私はいつでも多忙なんだ。というか、嫌なら不思議部に任せればいいだけの話」

「ぎゃーっ! それも不服です!」

 不思議部に任せる!? 考えるだけで蕁麻疹が出る!!

「やっぱ長谷川って頑固だよなー、前から思ってたけど」

「お前は口を挟むな、白子! それとも、そのちんけな脳みそを私に抉ってほしいのかしら」

「何でそんな、俺に対して好戦的なんだよ!」

「分からない。分かることは、白子オンドが私のストレッサーだということだけよ!」

「ストレスの原因俺かよ!」

「この調子です、木先会長。私と白子オンドは、相性が過去最高に悪いです」

「過去最高に抜群じゃないか、素晴らしいぞ。取り敢えず、生徒会もGW合宿の参加決定だな。私は先生方に話を通してくるから、ミイロとオンドはここで待ってろ」

「はぁ!? 会長、ちょっと待っ」

「うん、じゃあな」

「会長ー!!」

 バタンッ。

 嵐のように机上を散らかして去っていった木先生徒会長に、辺りは急に静かになった。押し問答の最後は、実に一方的に締められてしまったのである。
 白子オンドと合宿、そんな最悪な決定事項を残して。貞淑的に男女が泊まるなど如何なものだろうか。まあ、白子オンドが相手じゃ、間違いなど起こるはずも無いのだが。
 しかし、本当に何を考えているのか読めないやつである。小指で耳をほじったり、こめかみのニキビを潰したり、何も考えていないのか、こいつ。牧場の家畜の方がまだいい顔をしているだろう、白子。
 何ヶ月かは共に生徒会をやってきたが、その存在に気を留めることはさして無かった。何故か、私の恋愛勘にも引っ掛からないのだ。そこにずっと、引っ掛かっている。

「これを機に、俺と仲良くなっちゃう? 長谷川」

「いい天気ね、白子も干したら乾くかしら」

「どういうこと!?」

「お前と仲良くなる気は無いけど、聞きたいことはいくらでもあるわ」

「おっ、いーねー! 何でもいいぜ、質問ウェルカム!」

 憎たらしいほどに真っ白な歯列を見せつける白子に私は軽く息をつき、

「お前、どうして生徒会に入ったの?」

 と、聞いた。

「んー?」

 ずっと聞きたかったのだ。目の前で猫のように伸びをする彼に。
 この生徒会という精錬された学校のいち組織の雰囲気と、彼の纏うそれは実にかけ離れている。確かに正義感にも溢れ、誰からの信頼も勝ち取る白子オンドは一見すれば立派な生徒会役員なのだが、

「なぜ運動部ではなく、生徒会に入ったの?」

 私が聞きたいのはそこだった。
 生徒会は日々の放課後や休日にも活動することがある。そのため、練習に追われる運動部と掛け持ちしている生徒会役員は稀なのだ。正直、生徒会メンバーの過半数が帰宅部なのである。かくいう私も、生徒会に入るために部活動の所属を諦めた。それと同じように、白子オンドも部活動に所属していなかった。

「運動が苦手なわけじゃないんでしょう?」

「んま、現に三年生になるまでに、運動部めっちゃ転部してるからなー」

 気の抜けるような返事をして、白子はすとんとソファに腰掛けた。そう、友達のいない私でも聞いたことのあるくらい、白子オンドは有名人なのだ。一年の頃から、小耳に挟むくらいには。

「運動部の各方面からスカウトされて、転部ばかり繰り返していたスーパー問題児……。でも、結局入ったのは何の関係もない生徒会。運動部の先生方がひどく落胆していたのを覚えているわ」

 体験入部ですら、ジャージ一つ脱がずに他の部員を圧倒した、《鬼のシラコ》。
 しかし、転部を続けた彼の終着点は、生徒会。まるで運動部から逃げるようだったと、誰もが噂していたのを覚えている。

「だって、ずーっと部活やってた先輩たちより俺のが上手いからさあ。どの部活でもめっちゃいびられんだよね。だからマジで運動部イヤ。空気感とか鬼怖いし」

 本当、イヤなやつだ。
 だが、その彼の言葉に一分も悪意が含まれていないのは、そのあっけらかんとした態度からすぐに分かる。スーパー超人であることも、もはや彼にとっては否定のしようのない常識なのだ。だからこそ、無自覚に他人を下に見る白子オンドが、私は嫌いだった。

「お前のそういうところも恐ろしいわ。しかも、バスケ部に入ってたときはダンクでゴールを壊し、バレー部のときはボールをアタックで割り尽くし、サッカー部のときはシュートの風圧で部員を三人吹き飛ばしたんでしょう?」

「先輩たちもホッとしたと思うぜ? 俺がどの部にも入んなくて」

「走る大怪獣みたいなものだものね」

「はははー、けっこう俺力強い方だから」

 そういう問題じゃないような気もするけれど。
 特段異能者でも無い彼は、存在がもはや異質であった。一度も同じクラスになったことは無いし、特別気にしたことは無かったが、

「体育とか凄そうね、学校の備品とか破壊しまくりなんでしょう? その剛力で」

 部活動の体験ですら物を破壊してきたのだ。普段の体育なんて、その比じゃないだろう。私は机を挟んで、彼の対面に腰掛けた。臼居くんは変わらず、生真面目にデスクに向かっている。が、

「──白子くんって、体育に出ない人ですよね」

「え?」

 不意に、臼居くんがそう言った。かちゃかちゃと黒いキーボードを手で弄ったまま。

 体育に出ない人。

 きっとそのままの意味なのだろう。白子に目をやると、彼はその形の良い眉を一瞬だけひそめ、

「まあ、ね。身体、ちょっと事情があってさ。肌見せられないんだよね、俺」

 と、自らの制服の袖を引っ張ってみせた。もう春も終わる頃なのに、やはり長袖。ワイシャツの上に、紺のブレザーまで着込んでいる。真っ黒の長ズボンと合わせて、彼のそれは余計に暑苦しく思えた。私は思わず、

「まさかお前、タトゥーでもいれているの!?」

 と叫んでしまったが。白子オンドはどこか淡々としており、他人事のように言葉を発していた。こちらが、後悔するくらいに。

「そんなもんかな。そこは、長谷川の想像に任せるよ。さ、俺のことはもういいから。何か他のこと話そうぜ」

「ミイロちゃん、さすがにタトゥー入れてたら生徒会にはなれませんよ」

「そっか、そうよね。この歳で刺青をしてたら反社ね」

「刺青イコール反社なんて、イヤな方程式!!」

 そんな白子のツッコミを最後に、生徒会室には生ぬるい沈黙が落とされた。

 乾いたキーボードの音。

 ショッキングなことが起こりすぎて、さすがにウスイ君のように仕事をする気にはならなかった。明日から、最大の試練、GW合宿が始まるのだ。今のうちにゆっくりしておきたい。

「なあ長谷川」

「何よ白子」

「一番目の七不思議の絵、帰りに見に行こうぜ」

 まだその話も半信半疑のまま、私は頷いた。バカらしい。私の存在くらい、バカらしい噂だ。

「白子。お前はどうして、一番目の七不思議を解決したいの?」

 また、聞いてしまった。
 彼は、頭の後ろで手を組み、目を瞑った。手の内を明かすようで、決して核心には触れさせない、白子オンド。彼は語らない。そして応えない。
 ただ、柔らかく、そのまぶたが上げられる。

「──なあ、長谷川」

 琥珀のような淡い希望を宿した瞳が、滑るようにぎゅるりと動いた。窓の方へと、その向こうへと。

「探偵と犯人って、どっちの方が賢いと思う?」


 質問を質問で返す男はロクでもない。
 さらに、人の話を聞かない男はロクでもない。

 かつて兄が教えてくれたその言葉が、今まさしく、私の目の前に現れたような気がした。

「本っ当にお前は、何なの白子オンドっ!!」

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