蝙蝠怪キ譚

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第2章 《蜘蛛の意図決戦》

第2章16『焼け焦げの過去に贖罪を』

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「おいで、ボクのコウモリちゃんたち」

 そうして、ボクがスカーフを掴むと、それはみるみる膨らんでいき、そして。

「「キィィィィーッ!」」

 ポップコーンよろしく、大きく弾けたのだった。

 勿論、飛び出したのはポップコンなどではない。ボクのスカーフにポップコーンが詰まっていたら、子どもたちに人気が出ちゃうだろ。大人たちだって、ボクの甘い香りに誘われて収集が付かなくなるかもしれない。

 そうではない。
 この小説が始まってからも、始まる前からもボクの首元を暖めていてくれたのは、

「キィ、キキィッ」

「やあ、コモモ、コップル、コロリ、コーン、コスモ、コルク。よく出てきてくれたな、良い演出だったぜ。よし、おやつをやろう」

「キィ! キキキーッ!」

 そう、六匹のコウモリちゃんたちである。手のひらサイズの彼らは、紛うことなき野生のコウモリちゃんたちであり、ボクの立派な友人なのだ。
 最近は皆ボクのスカーフの中で過ごしているので、少し太り気味である。一見すると、全て同じに見えるかもしれないが、右から、コモモ、コップル、コロリ、コーン、コスモ、コルク。比率はメス三匹、オス三匹となっている。ちゃんと、人間のように名前を持っているのだ。
 ひょんなことから知り合って、今は寝食を共にする仲である。言っておくが、彼らは非常に清潔。ものすごく清潔。ボクも清潔。ちゃんと風呂には入っているからな。色々と誤解しないで貰いたい。
 まあ蝙蝠少年と呼ばれていたからな。蝙蝠を使えて当然なのだ。彼らをこうして呼び出した理由といえば、

「なあ、さっきの蜘蛛。あの、シオンさんの背中に張り付いてたでっかい蜘蛛。あれ、お前たちも見えたよな」

「キィキィ、キキキキィ」

 ボクが問うと、六匹は互いにその黒いマリモのような体を寄せ合った。ふむ、ここからは蝙蝠使いであるこの氷雨レイが、コウモリ言葉を翻訳してみせよう。

『気色悪かったですねぇ、あのクモさん。まるで意思は感じられなかったんですけど、無感情にずっと何かを呟き続けてましたです』

「そっか。何を言ってた、とかは聞き取れなかったか?」

『レイは蝙蝠を過大に見すぎているのです。蝙蝠だって読み取れる音波が限られていて、人の音波も聞き取るのけっこう大変なのですよっ!』

 年長者のコーンは、そうやってぷんすかとボクに体当たりをしてきた。
 ボクの耳は尖っているだけでなく、構造まで他の人とは違っていた。だから、聞こえるのだ、コウモリちゃんの言葉が。でもさすがに、蜘蛛語までは理解が出来ない。彼らコウモリちゃんたちもまた、特殊な耳を持っているのだ。ラジオのように、チャンネル代わりの“波長”を合わせれば、目的の言語を理解できる。まさにオールマイティ翻訳コウモリちゃん。時代の一歩先を行くのが、氷雨レイなのだ。

「波長さえ合わせれば、蜘蛛語の翻訳だってできるんだろ?」

『ま、まあ』

「誰か、たまたま波長合わせてた子居ない?」

 彼らはつぶらな瞳を一心に震わせている。これは相当、あの蜘蛛が怖かったのかもしれない。ボクがパチンッと指を鳴らすだけでも気絶しそうな震え方である。

 しょうがないか、と肩を落とした瞬間。一匹が、おずおずと前に出てきた。

『わ、ワタシ、たまたま波長が合っちゃってたんだけど……』 


「コモモ! 良かったあ、やっぱり君は頼りになるぜ!」

『だあああっ、すりすりしてこないで! そういうのセクハラって言うんでしょ。この前ユリィに教わったわ』

「おいおいユリィに教わったのかよ」

『それにさっきの様子じゃあ、あのお嬢さん、近いうちに死んでしまうわよ?』

「……」

『殺されてしまうって言った方が良いのかしら。蜘蛛語は得意じゃないから、ちょっぴりとしか聞き取れなかったけど。そ、その……“殺す”とか“乗っ取る”とか、しきりに呟いてたわ。あと、たまに……これは、ただの聞き間違いかもしれないけど』

「何だコモモ、話してみてよ」

『“ママ”って、何回か呼んでたの。言葉を覚えたての、赤ん坊みたいに。分からないわ。分からないけど、そう聞こえたのよ』

 言葉を詰まらせながらそう話したコモモは、他のコウモリちゃんたちにくっついた。これで十分すぎるほど情報が得られた。“ママ”。もしかしたら、そいつがシオンさんに呪いをかけた大元かもしれない。

 とりあえず、その大元を早いこと何とかしないと、シオンさんはあの蜘蛛に生気を吸い取られてしまう。

「コーン、コモモ、ありがとう」

『いえいえどうってことないです』

『早く、あの子を助けてあげてね』

「ああ、分かった」

「──あの、レイさん?」

「わああっシオンさん! あ、もう着替え済んだんだね」

 あはは、と笑いながらボクはコウモリちゃんたちをスカーフに押し込んだ。カッターの刃を手で軽く掃けて、ボクらはちゃぶ台の対面に正座する。青い、だぼだぼのパーカーに袖を通した彼女は、未だに浮かない顔である。ボクは、口を開いた。

「あの、痛くない? 痣」

「ええ、はい。さっきよりは、なんとか」

「じゃあ、話してもらえるかな。君が、心当たりのある、蜘蛛の呪いのことについて」

「……はい」

 彼女はもう、目を泳がすことも、隠すこともしなかった。ただ潔く、苦しみから解放されることを、願っていた。

「七歳の頃、私、人面蜘蛛と遊んでいたんです」

「え、人面って、蜘蛛に人の顔があるってこと?」

 文字通りの、爆弾発言。人面犬とか、口裂けおんなとか、作り話みたいな怪奇の名前じゃないか。ボクは、思わずぼろぼろと聞きたいことを口からこぼしてしまった。シオンさんは、そんな拙い質問でさえも、丁寧に拭っていく。

「人面というより、上半身はヒト、下半身はクモ、みたいな。人魚とか、半漁人の蜘蛛バージョンを想像してくだされば、結構です。大きさは、体長十センチくらいで。私、あのころは外で遊ぶのが大好きで、庭で彼女を見つけてから毎日遊んでいたんです」

「女とか、分かるの?」

「顔があって、透明な、絹糸のような美しい髪を長く伸ばしていて。小さくても、私のお姉さんみたいな存在でした。彼女の出した蜘蛛の糸であやとりしたり、縄跳びをしたり。お父さんに内緒で、毎日遊びました」

 聞けば、彼女の田舎にある実家の近くには子供がおらず、遊び相手はその人面蜘蛛しかいなかったそうだ。

「彼女はいっつも私の黒髪を、綺麗だって、羨ましいって褒めてくれたんです。子供心ながら、その言葉はとっても嬉しくって。認められたような気分になりました。ずっとこの時間が続けばいいのに。そう、思ってたんです。なのに……」

「何が、あったんだ?」

「そう思っていたのは、私だけだった。彼女は、私を友達として見てくれていませんでした。私の体を、人間の体を手に入れようと近づいただけだったんですよ」

 シオンさんは、赤い目を擦り、ぐずるような声で、吐きだした。

「ある日、いつものように遊んでいたら、突然言ったんです。“私もヒトになりたかった”“あなたになりたい”、“あなたみたいに黒い髪がほしい”」

 あなたの体、私にちょうだい。

 と。

「人が変わってしまったように、ぶつぶつと言いながら。叫びながら。しまいには蜘蛛の糸を出してきて、私に、目がけて。そ……それで、怖くなって私は」

 少女の手は、あの時のように、空にある何かを掴んだ。

「私は、あの時、近くにあった蚊取り線香を……無我夢中で、振り回して」

 夏の夕暮れ、澄んだ空気が漂う畳の上で、少女は。
 風鈴の音だけが耳に響いたあの夏、彼女は。

「──その蜘蛛を、焼きました。聞こえてくる耳鳴りが、私の叫ぶ声なのか、彼女の断末魔だったのか。ただ怖くて、焼きました。足に絡んでいた無数の糸がくたぁっとなったのを見て、私はその場から逃げました。死体も、焼けているところも、見たくはなかったので……」

「それで、こっちに引っ越してきたのか」

「ええ、その後のことは、あまりよく憶えていませんが。その数日後、父が亡くなって、姉と一緒にここに住んでいた母親に引き取られたんです。だから丁度、田舎の家からは去ることが出来て。あのことだって今年の初めまで思い出さずにこれたんですが……」

「今になって痣が肥大し始めてるってわけか……」

 時差。あまりにも事件から時が経ちすぎている。呪いの効果が現れたのは今だ。それに、彼女が蜘蛛を焼いたというなら、呪いの大元は一体誰なのだ。敵を倒して万事解決、なんてハッピーエンドを想像していたが、倒す相手が見つからなければどうしようもないって話じゃあないか。

 立ちはだかる見えない壁に、ボクは絶句した。
 さて、どうしようか。

 ──“ママ”って、何回か呼んでたの。

「ま、ま……? もしかしたら」

「シオンさん、ちょっと、背中をこっちに向けてくれるかな」

「は、はい」

 彼女はくるりと体を半回転させた。多分、ボクの勘が正しければ。再度、スカーフに手をかける。

「コーン、コモモ、出てきてくれるか?」

「え、レイさん。コーンって」

「キイイイイッ」

 ボクの勘が正しければ。大元の蜘蛛は、まだ生きている。

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