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第2章 《蜘蛛の意図決戦》
第2章13『脅迫と自白と共犯』
しおりを挟むシオンさんが、学校に来なくなってしまったのは、ボクらが取り調べを行った翌日のことだった。
欠席。
空席。
実に風通しが良くなったボクの前の席には、一人の少年が座っていた。
シオンさんの席に。
当たり前のように。
ボクの方に、だらしなく体を傾けながら。
ボクの目を一心に、にこにこと見つめながら。
時は放課後。
彼女が学校に来なくなってから、もう一週間が過ぎようとしていた。
「委員会とかで、中々揃わないよねえ☆ 不思議部くんたちってさっ☆」
「……そ、だね」
「ふふふっ☆」
零れんばかりの微笑みに、いったい何人の女性が心を打たれたことだろう。ボクが今、この人の前に居ても良いんだろうか。そう思いつつ、ボクはできるだけ素っ気なく応じた。無理やり口角を上げて、いつもクラスの女子に向けるみたいなそんな顔をした。何せボクはこの人が、
「まったく、レイっち何やってんのさ☆ こんなところで☆」
不思議部でも無く、このクラスの生徒でもない彼が。
「ねぇねぇ☆ レーイくんっ☆」
「何やってんのはボクのセリフだよ! ……っと、キヨタ君」
「う、わぉっ☆」
と、人差し指で、ボクは勢いよく彼の座る椅子を突き返してやった。甲高い悲鳴と共に、少年はひっくり返ってしまった。そう、目の前に居た彼は、同い年にしてキラキラ保健委員長──キヨタ少年である。一言で言えば、彼はボクが苦手とする人種だった。
「えーんっ☆ ぼくたちもうマブダチじゃんっ☆ クラスメートじゃなくって最早ソウルメートじゃんっ☆」
「ごめん、ムリだわ」
「えええー、今度安楽ちに言いつけよ☆」
申し訳ないことに、突っ込む気力さえ湧かなかった。
イケイケでキャピキャピで、毎日女子に囲まれているような、可愛いを具現化したような彼に、日陰者は着いて行けないのである。太陽と塵のようなものだ。つくしなら難なく話せるんだろうが、ボクには荷が重すぎる。ノリが、キツすぎる。
何をするわけでも無い放課後だったが、まぁ、実はつくしたちを待っているだけなのだが。未だに彼が何故、白昼堂々ここに居座っているのか不明である。
「なぁ、三年D組のキヨタ君。君はさ、今日は保健室に居なくて良いのかい?」
「……だって、今日は居る意味がないじゃない☆」
だから困ってんのに~☆、と、彼はボクの机に顎を乗せてきた。懲りないな、この人。今度は、でこぴんでもしてやろうと思ったが、“きよたん親衛隊”の皆に殺されかねないのでやめておく。居るのだ、無数のファンクラブ会員(特に上級生女子の方々)が。
「委員長たちって、各委員会ごとにファンクラブあんのかよ……」
「大体ね~☆ ミナモちとか凄いんだよ、ぼくとおんなじくらい人気なのっ☆」
「……あんの堅物ツノ委員長めぇ! 女に興味無いふりしといてこの野郎、人気あんのかよ! ちくしょうっ、むっつりマジメガネがっ!」
「ミナモちにも言っとくよ☆」
「やめてぇぇっ!」
彼は、くすくすと笑い、言った。
「──何でぼくがここに居るのか、まだ分からないの☆」
と。
底冷えしそうな初夏の夕暮れ。
そう言った。笑ったままだが、十分に冷え切った声がボクたちの教室に響いた。肌が、凍りついたようだった。能天気な雰囲気を切り裂いたのは、キヨタ君だ。彼は、
「ぼくにだって守秘義務ってものがある☆ 委員長って役回りだし、同級生にだってマブダチにだって教えられないことがあるんだけどさぁ……☆」
と、彼は視線を泳がせた。
何だか、まどろっこしい言い回しである。
「あ、のさ……キヨタ君、い──」
言いたいことがあるのなら、言えばいいのに。
そう言いかけて、ボクは静止した。急に睨みつけられて、身が竦んでしまった訳ではない。ただ何となく、彼の意図が読めた気がして。張り詰めた空間の中、ボクはキヨタ君のおでこに、
「──教えろよ、シオンさんのこと。君は知ってるんだろ? 何で彼女が休んだのか」
持っていたシャーペンの先を突きつけた。
「ふ──」
深淵の碧眼が、ボクだけを見据えて。ボクはもう一度、
「これは脅しだ。知ってることを全部吐け、キヨタ君」
すると、
「へぇ……そーかそーか☆ 脅しか。脅しなら、仕方ないね☆ 教えざるをえないね☆」
キヨタ君は、額のシャーペンを人差し指で弾き、わざとらしく伸びをした。そういうことなのだ。ボクに“脅された”キヨタ君は、“守秘義務”より自分の命を優先したまでのこと。ボクも、シャー芯を引っ込めて、ペンを懐にしまった。
「何も、こんなことまでしなくても良いんじゃないのか? ボクたち以外に、誰か居るわけでも無いのに……」
「案外、見てるんだよね☆ ミナモちにバレると、ぼく、お星さま禁止令出されちゃうかもしれないし☆」
「逆に、星の無いキヨタが見てみたいんだけど!?」
「もしかしたら、きよたんの金髪も、黒髪七三分けにされちゃうかも……☆」
「見てみてぇよっ!」
ミナモ先輩に密告してやろうか。七三分けのキヨタとか、レア過ぎんだろ。ガクガクと震えるキヨタ君は、調子を戻すようにこほんと咳払いをした。
「寝上シオンさんの呪いが、悪化したんだ☆」
「悪化って……」
「本当によくは分かんないんだけど……“誰にも見られたくない”、“醜くなってしまった”って、二言だけでさ☆ それ以外の連絡は無いんだ☆」
キヨタ君が見せてくれたLIENの会話履歴は、確かにそれだけで終わっていた。彼の返信にも、全て既読スルーのまま、日付的にも一週間が経過している。
「……キヨタ君」
「一応、学校側には体調不良って伝えてあるんだけどさ……☆」
「キヨタ君、ボクも体調が悪くなった」
「え☆」
「というわけで帰る。つくしたちには適当に言っといてくれ、じゃあ」
「あ、ちょっ☆ レイっちってば☆」
ボクは彼の声に応えることもせず、急いで教室を後にした。さて、調査開始だ。
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