37 / 63
第2章 《蜘蛛の意図決戦》
第2章10『シンデレラに成れなかった男』
しおりを挟む△▼△▼
チリーン、チリリリーン
倒れてしまって。また、同じことばかり繰り返すんです。目を瞑れば、耳に痛いくらいの風鈴の音。消えない音。音が。音が。音が。
清田さんにも、また、迷惑をかけてしまうなぁ。毎回、進歩が無いのに。何をやっても、無駄なのに。
そういえばあの人、今日は来てくれたんでしょうか。申し訳なさそうに、花なんかを持ってきてくれて。彼の笑顔に、沈んだ心がいつも救われている、だなんて。
口を割かれても言いたくありませんけど。
まだ、ずっと。
ずっと、ずっと、あの人の隣で、笑っていたいなぁ。
絡みつく糸さえ、解けてくれれば。そんな淡い夢も、現実になるかも知れないのに。
「んん……ふぁ」
重いまぶたを上げれば、そこは見知った天井で。潔白で、純潔の、高潔な、保健室で。
また、倒れちゃったんですか。
私は、ふかふかの枕から頭を起こして。そして、目があったのです、その人と。隈の酷い、くすんだ灰髪の男の子と。
「やっと目が覚めたか。この手紙の差出人さん」
「は、え………」
知らない人が言いました。いいえ、知っている人ですけれど。口を聞いたこともない男子が、見たことしかない彼が、そう言って。その手には───、
「あ、ああああっ!? それ、そ、それは……! わ、わわわ私が捨てた、はずなのに………なんでなんで、なんで」
「ん、見覚えはあるみたいだな」
捨てたはずなのに捨てたはずなのに捨てたはずなのに!!
彼は、ニヤニヤと気味の悪い笑顔を作りながら手の中の、ソレを見せつけてきました。
便箋。
封筒。
見覚えしかない、それを!
捨てたはずなのに!!
△▼△▼
◆◆◆◆
「ふふん、やっぱり君だったか」
見覚えしかないであろうそれを見せつければ、彼女は予想以上の狼狽を見せてくれた。
あああ、と嗚咽を絞り出しながら。顔を真っ赤にしながら。純白のシーツにかぶりつきながら。まるで、秘密の花園を荒らされてしまった年頃の乙女のように。
容赦も手心もかけはしないさ。
ボクはそのまま畳み掛けた。
「こんな風変わりの依頼を出したのは、3年A組の寝上シオンちゃん。君で間違いないよね?」
「う、わああああああああ! どうして、なんで……そんなっ、う、ほっごほっごほ……」
ボクの問いさえ聞き流し、半狂乱になりかける彼女が唐突に咳き込み始めた。やっぱり、である。
「っ、はぁ、げほっげほっ……」
病人にここまでさせるのは、さすがのボクでも申し訳なかったが。脆弱に咳き込むその背を撫ぜ、
「答えあわせ、してみたいんだ。良いかな?」
返答を聞くまでも無く。ボクは口を開いた。あの手紙を、開きながら。
「君がこの手紙を書いたって、その決め手は三つある」
「………」
「一つ目は、君があの《眠り姫》先輩の妹だってことだ」
寝上カノン図書委員会委員長の、実妹。
彼女の名は、寝上シオン。名前からも、頭上の花飾りからも、姉妹味が溢れている。彼女の方は清楚な黒髪で、どこと無くしっかりしている風にも見える。まぁ、あの姉を持つと、危機意識でしっかり者の妹が出来上がってしまうのかもしれないが。
「この手紙、インクが黒く滲んでて雨にでも濡れたのかなって思ってたけど……これ、あの羽ペンで書いたんだな」
「………」
「委員長しか持つことを許されない、特殊インクの羽ペンで。おかしいと思ってたんだよ。代議で《眠り姫》先輩を見たとき、彼女だけ胸にペンが刺さってなかった。君がたまたま使ったペンが、手の届くところにあったそれが、羽ペンだったんだよな」
「っ……」
そう、彼女は今の今まで気がついていなかったのだ。自分が羽ペンを使ったことなど。
「床とか机とかにそれは落ちてて、君はそれを咄嗟に拾って使ったんだ。物の管理がルーズなあの先輩なら、あの人と姉妹の君なら、うっかり使ってしまったってことも有り得る」
家族で。いつも近くに居て。一緒に暮らしていて。仲のいい姉妹なら、一緒の部屋を使っているなんてこともあるかもしれない。
「──もしくは、ここ、保健室で」
「………!」
シカトを決め込んでいた少女の瞳が、大きく揺らいだ。その細い体まで、震えていたかもしれない。
「三つ目の決め手にも関わってくることだけど。つーか、つくしに確認して分かったことだけどさ。シオンさん、君は、今年の初めから保健室登校してんだよね」
「それが、それが、何だっていうんですか! 体調が優れないから、だから、保健室に」
「臼居くんと知り合ったのは、会計の仕事で彼が図書室に来たときからだって言ってたな。図書委員だった君は、同学年の彼と度々言葉を交わすようになって、親しくなった。今年初め、君が体調を崩してからも臼居くんは保健室に足を運んでくれていた」
「どこで、そ、そんなことを……!」
「そんなの決まってるじゃんか──なぁ、臼居くん」
「ひ」
少女が布団に顔を埋めるのと同時、カーテンの隙から現れたのは、
「──シオンさん、こんにちは」
「二つ目の決め手は、臼居くんの証言だ」
幸の薄そうな彼は、いつも通り、消え行きそうな笑みを浮かべてそこに立っていた。
薄いシーツの内からは、泣くような悲鳴が絶えずこぼれている。合わせる顔が無くて、消えたくて、消したい。掻き毟っても消えない、そんな想いに、少女はもがいていた。
差出人と、臼居くん。
「ねえ、シオンさん」
彼は、シーツに手を沿わせ、
「ねえ、シオンさん、顔を見せてくださいよ」
そう繰り返す。
拗ねた子どもをあやすように、それはどこか心地のいいくらいに柔らかな声音で。
「聞けば、臼居くんは二年のときから生徒会会計をやってるみたいじゃないか」
ボクも、動かずのシーツをつつく。まるで雰囲気をぶち壊しているみたいで、いささか気は進まなかったが。
「三年生に続投となれば、期待も大きい。その分、仕事だって多くなる、毎日休む暇すらないくらいにな。もちろん、業務的なこと以外での人間関係は希薄になっていた。それが、君の言う“モテない”状態に見えたんだろう。そんでもって、もっと沢山の人に臼居くんの良さを知って欲しかった。皆に彼を好いてもらいたかった」
そんなことも、動機の一つなんだろう。それは純真無垢の、少女の抱える不思議なのだ。シンデレラに魔法をかけてくれる、シンデレラを輝かせてくれる、そんな魔法使いを探して。
「……それで、不思議部に手紙を出したんじゃないのかな」
ボクらに頼めば、臼居くんを輝かせてくれると思ったんだろうが。
「────────」
「き、きゃあ!?」
ボクは、無言で、その布団を剥ぎ取った。病人の、ましてや少女の腕力に負けるボクではなかった。ボクが唯一敵わない女子は、白野つくし、その子だけだ。
もう、駄々をこねるのは、やめろ。
羞恥なんてとっくに誰もが周知している。この手紙だって、深夜テンションで書いたものかもしれないし、うっかり出してしまったものかもしれないけれど。
「世に出しちまった以上、ボクらの目に留まった以上、後始末に携わる責任ってもんがあるだろうが!」
うじうじ後ろめたくやってんのには、大分痺れが切れてきて。だが、荒げた声は、他でもないその人によって制される。
「寝上、シオンさん」
「っ……臼居くんご、ごめんなさい。ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさいぃぃぃぃ」
相当に、先の叱責が聞いたらしく。彼女は飛び上がって寝台でちょこんと土下座しだしたのだ。
震える声を張り上げて。落ち着かない呼吸音に、ボクの心はかなり痛んでいた。
「シオンさん、どうして謝るんですか?」
「え、だって、私。変な、手紙を、出して──」
「──手紙を出してくれて、ありがとうございます」
彼は、笑った。臼居くんは初めて、疲れた目尻を優しく下げたのだ。
「僕を心配してくれて、ありがとうございます、シオンさん」
少女のために。彼女を解放するように。
「そ、んな。そんなこと……」
半泣きの彼女の口から、続きは紡がれなかった。
「照れくさくて、否定したくて堪らなかったのは、僕も一緒ですから。でも、嬉しかったのも本当です。こんな僕のために、手紙を書いてくれて」
「そんな、こと」
「あなたが見ていてくれたから。僕はもう、魔法なんて必要ないんです」
「──え」
「案外、そんなに心配しなくっても平気で。大丈夫で。僕はシンデレラに、なれなかったけれど。シオンさん、これを見てくれますか」
照れくさそうに頬を掻いてから、臼居くんは胸ポケットから黒いものを取り出した。
薄い液晶画面。出てきたのは、シンプルな色合いの携帯電話で。
画面に軽く触れてみれば、脈打つように、それが振動し、
『あー、あー! マイクテス、マイクテス。たーたー。タオ先生、私映ってます?』
耳にうるさいような、不思議部部員の声が、姿が映し出された。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
Bグループの少年
櫻井春輝
青春
クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
引きこもりアラフォーはポツンと一軒家でイモつくりをはじめます
ジャン・幸田
キャラ文芸
アラフォー世代で引きこもりの村瀬は住まいを奪われホームレスになるところを救われた! それは山奥のポツンと一軒家で生活するという依頼だった。条件はヘンテコなイモの栽培!
そのイモ自体はなんの変哲もないものだったが、なぜか村瀬の一軒家には物の怪たちが集まるようになった! 一体全体なんなんだ?
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話
釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。
文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。
そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。
工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。
むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。
“特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。
工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。
兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。
工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。
スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。
二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。
零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。
かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。
ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。
フラレたばかりのダメヒロインを応援したら修羅場が発生してしまった件
遊馬友仁
青春
校内ぼっちの立花宗重は、クラス委員の上坂部葉月が幼馴染にフラれる場面を目撃してしまう。さらに、葉月の恋敵である転校生・名和リッカの思惑を知った宗重は、葉月に想いを諦めるな、と助言し、叔母のワカ姉やクラスメートの大島睦月たちの協力を得ながら、葉月と幼馴染との仲を取りもつべく行動しはじめる。
一方、宗重と葉月の行動に気付いたリッカは、「私から彼を奪えるもの奪ってみれば?」と、挑発してきた!
宗重の前では、態度を豹変させる転校生の真意は、はたして―――!?
※本作は、2024年に投稿した『負けヒロインに花束を』を大幅にリニューアルした作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる