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第2章 《蜘蛛の意図決戦》
第2章1『いってらっしゃい』
しおりを挟むこれはボク、蝙蝠少年と呼ばれた氷雨レイと、学校一くだらない部活動、不思議部の軌跡である。今日蘇るこの話は、ある一通の手紙から始まる春らしい怪来譚だ。
張り巡り、やがて溶け行くクモの意図。
ここから始まる、不思議部の初事件。
今日は、三人と導いた、最初の事件を話そうか。
◆◆◆
「レイくーん、一緒に学校行きましょー!」
目が、覚める。ボクは、寝起きとは思えない反射神経で窓を全開にした。
知ってる女の声だ。
逆に朝、知らない女がボクの名を呼んでいたら、それはそれでギョッとする。
ある意味、知ってる声で安心した。重厚な窓まで突き破るとは化け物並みの声量じゃねえか。もちろん、布団を被ってもなんら効果を成さないことは立証済みである。体感20分、ボクも布団の中でよく耐えたなあと思ったよ。あっちもよく連続で大声を出せるな。キィキィとした、アラームよりも耳障りなそれは、許す限り何回でもボクの名を連呼していたのだ。存在自体が近所迷惑なやつだ。迎えに来るなんて今時小学生でもしないぞ。ト○ロの見すぎだ。
何より、清々しく晴れやかなボクの目覚めを害したのは、もちろんのことあの少女。そう、たしか名前は、
「レイくーんっ、はるかさんもいまーすっ。早くしないと置いてっちゃいますよ!」
「わかったわかった、すぐ行く。だから落ち着いて待ってろ!」
下にそう叫んで、ボクはすっかり目が覚めてしまった。
白野つくしと木先はるか。
人のうちの前で、しかもこの《幽霊館》の前で、幼稚にも大きく手を振り続けているのはその二名だった。こっちの方が顔を出すのに抵抗があるくらいだ。これから同じ制服を着て外に出ると思うと、余計に出たくなくなる。が、致し方ない。
鏡の前で寝癖つきのボクと軽くにらめっこして、それから髪を結い上げる。新調したパジャマをするりと脱いで、真っ白なワイシャツに袖を通す。バッジの着いたブレザーを上から羽織って、
「ああ、そうだこれも……」
入学当初から手放せない、紺色のスカーフを首に巻いたら出来上がりだ。衣装棚に肘をぶつけ、落ちてきた木箱に追撃され、さらに脱いだパジャマに足をとられながらも、ボクは部屋からの脱出に成功した。ここ、テーマパーク化も図れるんじゃないだろうか。何にも手をつけていなくてもこれだけのアトラクションに溢れているのだ。本格的な《幽霊館》にしても良いような気がしてきた。何より、本物のミイラまでいるのだから。
「きゃっ、レイ、おはよう。今起こしに行こうと思ってたところだったの」
「お。ユリィ、おはよ」
愛らしく小さな悲鳴を上げたのは、ボクの同居人であり、巨乳であり、白髪のお姉さんミイラ系童顔美少女、ユリィだった。どうだ、羨ましいだろう。ボクはこの子と一つ屋根の下で寝起きし、毎日言葉を交わし、さらには好かれている。この、設定詰め込み過ぎ美少女と。
ただ、二人とも“そういう対象”には見られないので、本物の家族のように過ごしている。
へタレなワケじゃないぞ。手を出す必要性が無いから手を出さないのだ。ボクの好みが年上だったら、有無を言わず手を出していた。ああ、断言できる。生憎、年上には興奮も発奮もしないたちなのでな。
さらに言えば、床に這う彼女の、無数の白蛇のような三つ編みが怖いので近寄れないのだ。今日は、じゃらじゃらとしたそれを一束にまとめ、ポニーテールのようにしていた。だが、三つ編みはきっちりと、一糸も残さずに施されている。それを毎朝一人でセットしているのだから素晴らしい。もはや芸術の域でもある。ボクよりかなり早起きさんな彼女は、わたわたとこちらに駆け寄ってきた。
「聞いて聞いて! 今日こそは、レイの不健康癖を直してあげようと思って、朝ごはん作ってみたの」
「おおおお、そりゃ嬉しいありがとう」
ボクの不健康は癖に分類されるものなのか。初耳だ。初耳学だ。だが、悲しいことに、それに続く言葉が“食べてね!”じゃないのをボクは知っている。ちょっぴり上目遣いでこっちを見た彼女は。手を後ろでもごつかせながら、
「あ、あのね、今日もー、その。いろいろあって、トーストが消し炭みたいになっちゃったんだけど……」
「そうか消し炭か、どのくらいの規模の」
「天井まであと数ミリってくらいの……ねっ」
「今日は急いでるから遠慮しとこうかな、ねっ」
控えめに放たれた“ねっ”の効力がありすぎて、一瞬、食べてあげたいとも思ってしまったが、死活問題なので踏みとどまった。一枚のパンを焼こうとして、天井に届くくらいの炭ができあがるなんてどういうメカニズムなんだ。上手くいけば食料増産計画も夢じゃないぞ。
ただし、増えるのは歯の欠けるような黒炭なのだが。さすがユリィ、お世話係と言いつつも料理にめっぽう弱いところがギャップ萌えだ。灰だらけになった、とても料理後とは思えないエプロンを払って、
「それじゃあ、いってらっしゃい、レイ」
彼女はつくしたちのように大きく手をふる。それに、応えるように、
「ああ、いってきます。ユリィ」
鞄を持ち出し、ボクはその無駄に分厚い扉を、押し開けたのだった。
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