蝙蝠怪キ譚

なす

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第1章《ミイラ取りを愛したミイラ》

第1章4『ラギョウハカセニオコラレル』

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「夢を、見るんだ」

「ああ、ア○ラくんですね」

「いや、違ぇよ。なあ、けっこう違ぇよ?」

「大丈夫ですよ、まだほんの小一時間くらいしか経ってません」

「そもそもボク、今起きたわけでもないんだけどな」


 夢を、見るのだ。

 遠くを見つめながら、ボクはつくしに聞こえる声でそう言った。
 登校早7日目、もうすっかりクラスメイトがボクの周りに近寄らなくなったある日の放課後。ボクは頬杖をついていた。不思議部、というものがなんなのか分からずじまいのまま、もとい一切活動しないまま教室でぼーっと過ごすのがこの頃の日課だった。
 皆部活動に励んでいるらしく、教室にはツクシが一匹と、ボクしか居なかった。真面目すぎだろここの生徒。いや、帰宅部の人間は、もう用も無く帰っただけなのかもしれない。
 ちなみに、はるか少年といえば、先生から相談を受けているらしい。先生、相談を、らしい。ボクの聞き間違いの線も濃厚なので、なんとも言えないのだが。いつでもどこでも優秀真面目なはるか君のことだ、きっと聞き間違いじゃないだろう。

 さておき、夢の話である。

 つくしやはるかに出会ってからずっと、朝晩の区別がつくようになってからずっと、ボクは毎晩のように同じ夢を見るのだ。夢の内容をこうもはっきりと覚えているとなると、いささか真実味に欠けてくるが、全てボクが見た夢、おそらくしてメタフィクションであることに違いはない。

 それは、悪夢ではない。

 魘されることも無いのだ。それは恐ろしく静かな、湖を漂っているような夢である。殺される直前、とか。走馬灯のような、とか。そういうのとはまた違っていた。

「何にも無い、暗闇の中に、ボクと“誰か”が居るんだ。見つめてるんだ。怨めしそうな顔をして、“そいつら”はボクをまあるく囲んでさ。誰一人として見覚えは無いんだけど、皆ボクと同い年くらいか、少し年上なふうに見える、集団。怖いよなぁ。女もいる、男もいる、子どもも居て成人っぽく見えるやつも居る」

 “そいつら”はいぶかしげに、否、悲しそうにボクを見つめるくせに、何も言ってきはしない。居るだけ。それがまたその怖さを倍増させるのだが。

「主人公が見がちな夢ですね、外見はどんな感じなんですか?」

 つくしは、机から身を乗り出した。不思議部部員としては二重丸の反応である。女子としてはもう少し警戒やおびえが欲しかったな。

「服は着てるぜ」

「当たり前です。全裸だったらそれはそれで怖いですけど」

 軽口を流して、それからボクは、思い出しながら語っていった。

「ボクに、よく似てるんだ、そいつら。尖った耳、灰色の髪。まるで何人もの“ボク”に、囲まれてるような気分だった」

 それが、やつらの最大の特徴とも言えた。見たことがなくても、年齢が違っても、そいつらは全員、

「あの、レイ君って、ご兄弟は……」

「それが、分からないんだ。気付いたらあの《幽霊館》に居て、成り行きで暮らしてきたからさ。“家族”、“兄弟”、“親戚”、いろいろ覚えてないんだ。過去とか、思い出とか、ボクが生きてきたはずの十六年間、まるごとどっかに落っことしちまったみたいに。唯一覚えてんのは──」

「?」

「覚え、てるのは……」

 その先を、発すことは出来なかった。魔法がかけられたみたいに、口が、開いたまま固まってしまって。唯一、覚えているのは、ボクが皆から怖れられていたことと、それから。

 ──ここから出ちゃ、いけないよ、レイくん。

「──────ッ!」

 くぐもった低い声が、無感情で、無機質で、なのに不快感しか感じない声が、脳内で反響した。そして、雷に打たれたように、ボクはその場にしゃがみこんだ。

 《ラギョウ博士に怒られる》。

 突然、フラッシュバックに頭が一切の機能を成さなくなる。

 まずい。まずい。どうしよう。早く何とかしないと。《ラギョウ博士に怒られる》。早く、謝らないと。《ラギョウ博士に怒られる》。《ラギョウ博士に怒られる》《ラギョウ博士に怒られる》《ラギョウ博士に怒られる》《ラギョウ博士に怒られる》《ラギョウ博士に怒られる》《ラギョウ博士に怒られる》《ラギョウ博士に怒られる》怖い。《ラギョウ博士に怒られる》ごめんなさい。《ラギョウ博士に怒られる》ごめんなさい。《ラギョウ博士に《ラギョウ博士《ラギョウ博士に怒られる》《ラギョウ博士に怒られる》《ラギョウ博士に怒られる》《ラギョウ博士に怒られる》《ラギョウ博士に怒られる》《ラギョウ博士に怒られる》いやだ。《ラギョウ博士に怒られる》《ラギョウ博士に怒られる》《ラギョウ博士に怒られる》。

 ──ラギョウハカセニオコラレル。


「う、わああああああああああっ!」

「レイ君!?」


 整頓されていた机の間をにじるようにのたうちまわった。耳を塞いでいても、反響は消えない。いくら耳を掻き毟っても、音は離れてくれない。
 ご、めんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。謝罪の言葉が濁流のように溢れ出す。心臓が痛い。錆びた鎖でじりじりと締め付けられていくみたいだった。

 何でだ。

 何も知らないのに、覚えてないのに、体が、心が、怯えてる。《ラギョウ博士》という存在に。ただ純粋に怯えている。ボクが見た夢の中に、《ラギョウ博士》はいただろうか。

 いいや、居なかった。

 あの中には居なかった。

 思い出さなくていい。思い出せなくていい。《ラギョウ博士》なんて知らない。妄想だ、きっと。きっと。きっと。きっと。

「っはぁ……はぁっはっ、はぁっはっあ、はあ、はぁ、はぁはぁ……」

「大丈夫、大丈夫ですから、レイ君。私が、ここに居ますから」

 つくしがそうやって背をさすってくれなかったら、ボクはここで気絶していたことだろう。脳がきゅぅっと縮まるような感覚に、吐きそうになる。
 静かに、再度記憶の扉に錠をかける。
 落としてきた重大な過去なんて、今のボクには必要ない。振り向く余裕なんて、一つも無い。

「ふーっ…………帰ろうか、つくし」

 いつも通り、普通通りですらままならないのだから。立ち上がったボクにつくしは、

「今日は、先に帰っていてください、レイ君」
 
 と、つれなくも夕景に映えるほどの笑顔を残したのだった。
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