蝙蝠怪キ譚

なす

文字の大きさ
上 下
20 / 63
第1章《ミイラ取りを愛したミイラ》

第1章2『夢を見てまた夢を忌む』

しおりを挟む



「──これが、同じ“人間”の姿に見えるか?」

「そ、れは……」

 一気に、その場は静まり返った。そこには明るい茶髪をハーフアップにした少女が、申し訳なさそうに立っていた。

「こんなに尖った耳が、汚い灰色の髪の毛が、意味もなく鋭い牙が、こんな奴が、同族だなんて思いたくないだろうがっ! 心の中じゃ、きっとキモいって思ってる。ボクを“特別”にしたのも、ボクのことを避けたのも、全部、君たちの方じゃねぇか」

 耳も、髪も、少し長い八重歯も、見せられるところは全て見せ付けてやった。だから、ずっとここに居たのに。誰の邪魔にもならないように、ここに居たのに。
 外に出るだけで気味悪がられて、勝手に都市伝説にされて、唯一の趣味もやめろだなんて。

「そんなこともしちゃいけないのか!? もういいだろ、もういいだろうが。これ以上話したってなんも変わんねえんだよ」

「そんな、こと」

「帰れよ。落し物なら諦めて……ボクのことを、ほっといてくれよ!」

「そんなわけには──」

「──しつこい」

「……」

 言いかけて、少女は口ごもった。それで良い。彼女は方向を変え、歩き出す。とぼとぼと、少女は帰っていった。 


「そういえば、名前。……聞いてなかったな」

 名前なんて、どうでも良いくせに。
 叫びすぎて掠れた声。足元には、十数個のバッジが転がっている。十分すぎる今年の収穫に、ボクは何故だか喜べなかった。


 ◆◆◆◆


 同じ。

 同じことの繰り返し。
 ヒトと違ったボクは、同じことを繰り返す。

 朝寝る。
 夜起きる。
 カーテンは開けない。
 顔は洗わない。
 シャワーを浴びる。
 眠る。

 食べる。
 カーテンは開けない。
 鏡の前で、コレクションを眺める。
 よく見ると、裏に名前みたいなものが彫ってある。
 あの少女のものは無い。
 当然だ。
 眠る。

 もこもこのスカーフに顔を埋める。
 埃と鏡しかない部屋。   
 地べたで、ゴミのように眠る。

 時計はない。四月中旬。
 月は分かった。
 ただ、日を知らなかった。

 今日も、一言も発さずに終わる。


 何もなく、終わる。

 何となく、終わる。 

 何気なく、終わる。

 終わる。

 終わる。

 そして。


 終わった。




「──そんなこと、ありませんよ。さあ、起きてください」

「────?」

 懐かしい、声がした。だがそれは、この前よりも温かく、目に染みるような光の中で聞こえたのだ。

 夢だ。

 同じ日々に、ボクの毎日に、亀裂が入るはずなんて無い。日が差すことなんて、有り得ないんだ。だから。

 これは夢。

 夢、夢、夢、夢、夢、夢、夢、夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢夢。

 都合の良い、悪夢。


「せっかく来たんですから、夢なんかで片付けないでくださいよ」

「なん、で……? 何でここに、いるんだよ」

 未だに、なにが起きているかなんて、わからない。
ただ、今度は最後まで言うことが出来た。心臓の跳ね方に比べれば、この間の比にはならないが。目と鼻のすぐ先の、少女の目と鼻に、頭がくらくらした。また、傷だらけだった。

 階段のすぐ下で、ボクは眠っていたらしい。食事をとりに応接間まで行って、その帰り道に力尽きたのか。眼を擦れば、少しだけ起きていたときの事を思い出せた。井戸水とトカゲと蛙で保つと思っていたが、どうやらガタが来たらしい。今は、腹の中が気持ち悪い空気で埋め尽くされていた。

 抵抗は出来ない。
 バッジを取り返すなら今なのに、彼女は目もくれず話し始める。

「私はあなたを、“特別”だなんて思いません。気持ち悪いなんて思いません。……だからって、私と同じだとも思いません」

「あぁ……? なん、なんだよ」
 
「ねえ、学校に行きませんか? 一人でこんなところに居るより、私と部活に入りませんか。何より不思議なこの世界を、楽しまなきゃ損じゃ無いですか」

 分からない。
 学校? 部活? なんだか話が二転三転している気がする。分かり、たくもない。目を、背ける。

「普通に、楽しむことなんて、できねぇよ。回覧板だって、回してもらったこともないんだぜ? それに、学校に通う金もない。そんなの、ムリだ」

「理事長に協力して貰ったので、お金の件は心配ご無用です。だから」

「分かるだろ。こんな髪の毛を、耳を見て、皆何て言う? 学校に行ってまた虐げられて、どうなるってんだよ」

「意気地なし! 怖がられることが、怖くて、逃げてるだけでしょうが!」

「ああそうだ、怖いから逃げるんだ。何より怖かったから安全なところに居るんだ! 今までも、これからも!」

「灰色の髪? 良いじゃないですか、そんなの蛇鹿学園にはいっくらでも居ますよ。尖った耳? 私のお友達には猫耳の子がいるんです。それに比べたら、キャラ負けしてますからね。羽が生えようが、蝙蝠だろうが人間だろうが良いじゃないですか」

「皆が皆、お前みたいな考えなわけないだろ」

「当たり前じゃないですか!! いろんな人が居て、いろんな人生があるんです。自分と同じ意見しか持たないクローンが何人もいたって、つまんないでしょうが!」

「く、ろーん」

「ヒトと“同じ”になりたい? みんな案外違うんですよ! 全然違うんですよっ。ここに来た人の悲鳴だって、一つも同じものが無かったでしょう。皆、違うんですからね」

「……何で、それ知ってんだよ」

「何か、そんなこと考えてそうだなぁって。それに──」
 
 蛇と鹿。
 彼女の取り出したバッジには、何故か。

「これ、名前、無いな」

「当たり前ですよ。だってこれは」

 そして無理やり、ボクの手に、それを握らせた。にこにこと、お日様のような笑みを浮かべながら。

「だってこれは、あなたのものなんですから」

「………っ、ははははっ、冗談だろ。こんな不良品、貰わねぇよ」

「遠慮なんて、もうしなくていいんじゃないですか?」

 詰まんない虚勢なんて、張らないでください。そう、言った。笑って突き返したボクの手に、もう一度それを持たせて。ボクは、震える奥歯を噛み締めた。

「欲しかったんですよね、ずっとずっと。だから毎年、こんなちっちゃいものをわざわざ拾っていたんでしょ? 真のコレクターなら、自分のものもしっかりコレクトしてくださいよ。あっ、名前が無いのは、自己紹介してなかったからで……え~、はい」

「じゃ、しようぜ、自己紹介」

「そうですね。申し遅れました、私の名前は白野しらのツクシです。蛇鹿学園の三年生、華の十六歳です」

「ボクの名前は、氷雨レイ。学校にも通って来なかった、家族の居ない灰にまみれた、多分十六歳くらいだよ」

「それじゃあレイ君、これからもよろしくお願いしますね」
  
 皮肉めいた自己紹介さえ、今の彼女には届いていないらしい。バッジと握り締めたのとは反対の手で、差し出された手を握った。

「よろしく、つくし」

 どうやらボクは、この少女に捕まってしまったみたいだ。まるで逃げられる気がしない。
 こうして、ボク、氷雨レイの新しい春は、幕を上げたのだった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結【R―18】様々な情事 短編集

秋刀魚妹子
恋愛
 本作品は、過度な性的描写が有ります。 というか、性的描写しか有りません。  タイトルのお品書きにて、シチュエーションとジャンルが分かります。  好みで無いシチュエーションやジャンルを踏まないようご注意下さい。  基本的に、短編集なので登場人物やストーリーは繋がっておりません。  同じ名前、同じ容姿でも関係無い場合があります。  ※ このキャラの情事が読みたいと要望の感想を頂いた場合は、同じキャラが登場する可能性があります。  ※ 更新は不定期です。  それでは、楽しんで頂けたら幸いです。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

幸福な蟻地獄

みつまめ つぼみ
ファンタジー
離島の高校に入学した竜端悠人は、女子中学生五人組と運命の出会いを果たす。 次第にひかれあう彼らは、次第に幸福に溺れ、やがて破滅の道をたどっていく。 それでも力強く幸福を追い求める少年少女たちの、儚くも抗えない現代ファンタジー。 センシティブな内容が含まれています。

霊能者のお仕事

津嶋朋靖(つしまともやす)
キャラ文芸
 霊能者の仕事は、何も除霊ばかりではない。  最近では死者の霊を呼び出して、生前にネット上で使っていたパスワードを聞き出すなどの地味な仕事が多い。  そういう仕事は、霊能者協会を通じて登録霊能者のところへ割り振られている。  高校生霊能者の社(やしろ) 優樹(まさき)のところに今回来た仕事は、植物状態になっている爺さんの生霊を呼び出して、証券会社のログインパスワードを聞き出す事だった。  簡単な仕事のように思えたが、爺さんはなかなかパスワードを教えてくれない。どうやら、前日に別の霊能者が来て、爺さんを怒らせるようなことをしてしまったらしい。  優樹は、爺さんをなんとか宥めてようとするのだが……

下宿屋 東風荘 2

浅井 ことは
キャラ文芸
※※※※※ 下宿屋を営み、趣味は料理と酒と言う変わり者の主。 毎日の夕餉を楽しみに下宿屋を営むも、千年祭の祭りで無事に鳥居を飛んだ冬弥。 しかし、飛んで仙になるだけだと思っていた冬弥はさらなる試練を受けるべく、空高く舞い上がったまま消えてしまった。 下宿屋は一体どうなるのか! そして必ず戻ってくると信じて待っている、残された雪翔の高校生活は___ ※※※※※ 下宿屋東風荘 第二弾。

死んだら男女比1:99の異世界に来ていた。SSスキル持ちの僕を冒険者や王女、騎士が奪い合おうとして困っているんですけど!?

わんた
ファンタジー
DVの父から母を守って死ぬと、異世界の住民であるイオディプスの体に乗り移って目覚めた。 ここは、男女比率が1対99に偏っている世界だ。 しかもスキルという特殊能力も存在し、イオディプスは最高ランクSSのスキルブースターをもっている。 他人が持っているスキルの効果を上昇させる効果があり、ブースト対象との仲が良ければ上昇率は高まるうえに、スキルが別物に進化することもある。 本来であれば上位貴族の夫(種馬)として過ごせるほどの能力を持っているのだが、当の本人は自らの価値に気づいていない。 贅沢な暮らしなんてどうでもよく、近くにいる女性を幸せにしたいと願っているのだ。 そんな隙だらけの男を、知り合った女性は見逃さない。 家で監禁しようとする危険な女性や子作りにしか興味のない女性などと、表面上は穏やかな生活をしつつ、一緒に冒険者として活躍する日々が始まった。

処理中です...