蝙蝠怪キ譚

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第1章《ミイラ取りを愛したミイラ》

第1章1『怪人の棲む家』

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 これは、連続片翼神隠し事件および、ボクの告白騒動から、約一年ほど前にさかのぼる。
 ボクらが七不思議や学園ポリスに出会う、もっとずっと前のお話。つまり、これが不思議部結成に当たる、真の第一話だと言えるのだ。今日語るこの話は、蝙蝠少年と呼ばれたボクらの、まだ青かった春の回帰譚。

 さあ、あの二人と生きた、始まりの話をしようか。



 ◆◆◆◆


 こんな噂を知っているでしょうか。

 《幽霊館に住む人食い蝙蝠少年》。

 この、蛇鹿タシカ町の中央には、苔とツルにまみれたおどろおどろしい洋館が存在しています。いつから存在していて、誰が使っているかも分からない、子どもたちの肝試しにすら使われない、そんな洋館があるのです。
 隔離されているわけでもなく、ただ住宅地の真ん中にそれはどっしりと位置しているのですが、誰も近づこうとはしませんでした。当然、回覧板も回しません。空き家なのか廃屋なのか、そんなことは見るまでもなく、だれもが分かっていました。たとえ空き家だったとしても、《幽霊館》と恐れられるこの家を誰が買うというのでしょうか。さて、これでは《幽霊館》の説明だけで終わってしまいますね。
 そろそろ《蝙蝠少年》についてもお話しましょう。その《幽霊館》にはある少年がたった一人で住んでいる、とされています。明かりの灯されないお屋敷に一人、15歳くらいの、まだ小さな少年が住んでいるというのです。幽霊なのか、はたまた化け物なのか。その白い影を見たものは言います。

「少年が、大きな翼を生やして大空に飛び立っていくのを見た」

「夜中にずっと蝙蝠の鳴くような声が響いていた」

 と。
 明らかにヒトではないものが、棲みついている。そして、彼の屋敷に入って、帰って来れたものなど一人も居ないそうなんです。人食い、はおそらく後付けでしょうが。そのウワサは今、私たちの通う蛇鹿学園を十分に賑わせてくれていました。

 いえ、少し賑わせ過ぎですよ、これは。

 ◆◆◆


 賑わっていた。
 非常に、好ましくない。外が、賑わっていた。朝でもなく、夜でもなく、中途な夕刻に。五月蝿い。これじゃあ、『四月蝿い』と書いて『うるさい』と読む日もそう遠くないぞ。それは、羽音しか発さない虫たちの120倍は煩わしかった。

「んん……」

 赤子のような声を漏らし、大きく伸びをする。深呼吸でもしたかったが、肺に灰が積もるだけの自殺行為なので諦める。重厚なカーテンすら突き抜ける話し声に、ボクの耳は汚されていく。

 最悪の寝覚めである。

 その元凶を拝んでやろうと、ボクは埃まみれの床を這った。耳を塞ぎつつ、ネズミの食い破った穴から、外を覗いてみる。なんということだろう。怪しい色の夕景に、同じ服を着た別固体が、どんぐりのように散らばっていたのだ。訂正。夕景に、ではなく、ボクの屋敷の敷地内に。手入れしたことの無い庭を、ジャングルをかき分ける探検隊がごとしその群れが突き進んでくるのだ。
 見覚えがある、見覚えがあるぞ、あの固体たち。毎年、ボクの屋敷に近づいてくる集団だ。そっくり同じ服を着て、同じカバンを提げて、何なんだ。年端も行かない子供たちにUMA捜索でもやらせているのかこの国は。

 何年追い返しても懲りない奴らだ。そちらもその気なら、こっちだってその気になる。
 ボクは、床に投げ捨ててある分厚いローブを掴んだ。いかにして奴らを恐怖のどん底に落とし、もう不法侵入なんてしませんと言わせるのかがボクの長年の課題である。自由研究に出したら、おそらくボクが一等賞になれるだろう。

 そういえば、去年の取れ高は八つほどだった。鏡の前に飾ってある。奴らが揃って胸に着けている“蛇鹿”の文字の入ったバッジ。
 ボクはローブの内側に、余すことなくそれを着けた。光もないのにきらきらと輝くそれに、つい瞳を奪われそうになる。コレクターになってみるのも悪くないかもしれない。

 待て。そんなもの御免だ。

 コレクトイコール奴らを来年も迎えることになってしまうではないか。却下だ。断じてそんなことはNOだ。よし、今年で終わらせよう。と、ボクが決意したそのとき。

 ───きゃあぁああああああっ!


 つんざくような少女の悲鳴が響いた。それに続いて、


 ───たっ、たすけてえぇぇ!

 弱々しいそんな少年の声まで聞こえてくる。

 かかったか。
 連なって連なって連なって何重奏もの、旋律が戦慄に繰り広げられる。年若い少年少女たちの悲鳴ほど確立された芸術音楽はない。掠れながらにも、懸命に生に縋ろうとするそれには、毎年こころを奪われているのだ。それはどんなクラシックにもオーケストラにも負けない、新ジャンルの音楽。“音”を“楽しむ”ための音楽。最高じゃないか。遅れて響く、何かにつまずく音も、人々のぶつかり合う音も、裏切りの音色も、その悲壮感をいっそうに引き立てる。

 これを聞いてボクは、毎年自分の勝利を確信するのだ。この音楽を紡ぐ者たちの、指揮者にでもなった気さえする。
 上手くというか、タイミングよくというか。まったく簡単に罠に嵌まってくださる。
 駆けていく音が遠くなり、合奏が止んだところで、ボクはギィィとドアをひねった。錆びているが、きちんとドアの役割を果たしてくれている優れものだ。今度錆びに効くスプレーを買ってきてあげよう。
 もっとも、ボクの外出は、範囲も時間も限られているのだが。

 もうそろそろ頃合だろう。

 さて、今年は幾つ落としてくれていってるのだろうか。声や足音の数からして、十数人はくだらないだろう。ひょっとしたら過去最高記録かもしれないぞ。柄にもなく、階段を下る足が弾んでいるのが分かる。じゃぎじゃぎと内側のバッジたちも喜んでいる。
 さて、今年は幾つ新入りバッジが増えるのか、ボクは、ランドセルを背負ったぴっかぴかの一年生にも負けないくらいの期待を抱きつつ、角を曲がっ──、


「──あなたが、蝙蝠少年さんですか」

「なっ」

 何をしてるんだ。

 と、言うはずだったのに。喉が絞まっていた所為もあるだろうが、何より、目の前の存在に驚きすぎて声がでなかった。まだ、残っていたのか。

 暗闇に光る爛々とした猫のような瞳。あの黄金のバッジを握り締める、傷だらけの少女が、ボクに指を突きつけているのだ。屋敷の主に、招かれざる客が…無礼なこった。おそらく、膝の擦過傷も、頬の埃も、ここに来てから出来たものだろう。女の子の肌を傷つけてしまって申し訳ない。そうは思わない。ここに来る方が悪いのだ。不法侵入の代償である。


「歴代の先輩方の校章バッジを、返していただけますか?」

 やけに雄雄しく、少女は言った。先輩方か。そういえばコイツも同じ格好をしていて、同じバッジを胸に付けている。だが、悲鳴の合奏には、無かった声だ。土足で屋敷に踏み入り、ボクの罠を超えてくるなんて、女にしては度胸があるじゃないか。

「返してください」

「怖く、ないのか……?」

 無視をした。高い声を、無理やり低く保とうとしている彼女に、ボクはそう聞いた。嘲るような、口調で。

「バッジを返してくださいませんか。そしたら帰りますんで」
 
 彼女は、ボクから目を逸らそうともしなかった。ボクというより、ローブの内側に輝くそれを、彼女は見つめ、繰り返した。ひょっとしたら、世紀の大発見になり得るかもしれないのに。彼女は一つもボクに興味を抱いてはいないらしい。少しは、ドキドキしているんじゃないかと思う。都市伝説を前にして。

 でも、ボクを怖がっているようではなかった。 

 まったく、面白くない。

「当然、校章っていうものは、生徒がその学園の学徒であることを誇りをもって証明するものですからね、それなりに高価なもので作られているんですよ。確かに、ここに踏み入った上に荒らしていったのは私たちや先輩の落ち度です。しかし、その落とし物をあなたが盗るのは、見当違いじゃありませんか?」

「……ボクだって、誇りをもってコレクトしてるんだ。それに、不法侵入の対価としては、こんなバッジじゃあ安いくらいだぜ?」

 ローブをひらつかせて見せる。その度に彼女の眉間にしわが寄っていくものだから、面白い。平静を保とうと頑張ってはいるが、ダメだな。感情が顔と体に出やすいタイプだ。

「ふ、ふんっ。埃をもって、の間違いでしょう? とにかく、今までうちの生徒たちが落としてきたものを、全て返していただきますからね!」

「返さない」

「返して!」

 無防備。何も武器を持たない少女は、あまりに強気だった。一音一音発するごとに、距離が詰まっていく。なぜだ。なぜここまで、ボクの方が釘付けになっているんだ。そんな顔をされると、余計に返したくなくなるじゃないか。

 そういうものなのだろうか。ダメだ。好奇心が、好奇心が、好奇心が、引きこもりのコミュ力を上回った。上回ってしまった。

「君は、ボクのことが、気にならないのかい? 《幽霊館の人食い蝙蝠少年》って言われてて、もしかしたらお前を、食っちまうかもしれないんだぜ。みんなが気になってる都市伝説が、本物が、君の目の前にいるんだぜ。そんなつまんない質問ばっかりでいいのかな」

「………そうですね。今日ここに来た友達の大半も、面白半分で来たんです。──ほんの肝試しのつもりで。もちろん私だって、バッジを取り返すっていう理由にかまけて、ああ、蝙蝠少年って言うからには半魚人みたいなのなんだろうなあと想像を膨らませて来てみた訳ですよ、楽しみ八分義務感二分でここに来たんですよ。ねえ!」

「何々だ、どっちが本物の動機なんだよ! しかしまぁ、義務感少ないな。もう少しまとめてから言葉を発してくれ! なんだよ、バッジはもういいのか!?」

「何々だ、はこっちの台詞ですよ。何々ですか、どんな半魚人が出てくるかと思ったら、あなた。ただの人じゃないですか! それに罠も。アレ、ただの落とし穴ですよね? もっと超能力っぽい罠仕掛けてくださいよ!」

「罠に期待すんなよ!」

「ここに来てまだ数分ですが、幻滅しすぎて興味すら失せました。言っときますけど、あなた、《幽霊館》の風貌にすら負けてますからね!? これじゃあ、詐欺伝説です! こんな《蝙蝠少年》、見つかったら、世界の女子高校生に鼻で笑われますよ!? いやもう私が鼻で笑います、はんっ」

「は」

 ものすごい剣幕でボクの胸倉をつかんだ彼女は、文句あるかとでも言う風にボクを鼻で笑った。もう、ばらばらと彼女の持っていたバッジも地に落ちてしまっている。

「自分を、“特別”だって勘違いしてるみたいですが、私からすればあなたはただの貧弱な男の子にしか見えてませんからね。ああああもう、すっごく騙された気分ですよ!」

「だ、だったら早く帰ってくれ。もう、バッジなんて正直どうでもいいだろうが。それに、帰らなかったら……そうだな、お前をた、食べる……?」

「何ですか今のタイムラグは! そんなんだから私に舐められるんです! それに、そんな取って付けたような都市伝説の脚色を私が信じると思いますか?」

「ああ、今のは嘘だ、大嘘だ! 人間なんて食べるのも関わるのも大嫌いだ!」

「人間人間って、あなたも人間でしょうが!」

「──そうかよ」

 口争は、ボクによって制止した。
 
 “人間”。“人間。“人間”。
 
 煩わしかった少女の声が、もっともっと煩わしくなって。

 “人間”。“人間。“人間”。“人間”。“人間。“人間”。

 溜め息が出た。これだけ言葉を交わしても、暗闇に包まれるボクの姿は彼女に捕らえられていないらしい。何も、分かっていないらしい。ボクは、ぱちんと指を鳴らした。

「……あ」

 頭上のシャンデリアに、ぱっと明かりが灯る。彼女は、ボクからその手を離した。

「……これが、“同じ”人間の姿に見えるか?」

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