15 / 63
第■■章《片羽の無い天使》
第■■章15『偽物の羽を宿して』
しおりを挟むぱ、しっ。
「や、ったあああ! 腕ついたあ! あっは、動く! 動くぜボクの腕!」
よっしゃ、よっしゃよっしゃあああ!
ボクは何度か左手をグーパーして、ガッツポーズを連発した。切断面にぴったり重ねてきっちり5秒待てば、腕は元通りにくっついた。なんとも心晴れやかである。
ボクの隣で唇を尖らせる少女は、どこか不服そうだったけれど。
「まったく~、レー君先輩ってば幸せものなんだから~。いきなり片腕のまま窓から飛び降りて、なんにもなかったみたいにイーちゃんを助けて帰ってくるんだもん。も~何がなんだか分かんないし~、心臓が五回くらい止まった気分だよ~」
「ごめんごめん、でも、信じてくれてたから目瞑ってたんだろ? ササコちゃん」
「も~ばっかじゃないの~!? このすけこまし~」
そう、無事にボクがイロハちゃんを連れ戻った際、律儀に目をつむっていてくれたササコちゃん。
実は彼女、ボクが腕を失ったことの重大さに気付いたらしく、さっきまで大泣きして取り乱していたのだ。それこそ、帰ってきたイロハちゃんにつかみかかるくらいの勢いで。
氷雨レイはあなたが軽い気持ちで未来を奪っていいような人じゃない!
とか。そこまで言ってくれて。恥ずかしいやら誇らしいやら。ボクは本能の赴くままに彼女の頭を撫で続けていた。
「最悪ぅぅ~! セクハラで訴えてやるから~」
「はいはい、かわいいかわいい」
「ばかばかばかばか、ほんとにばか! ホントなら、もっと怒って取り乱すのが正解なんだからねぇ!? だってあのとき、ササコが、イロハちゃんを放しちゃったからっ……」
「大丈夫大丈夫、ボクは生きてる。イロハちゃんも生きてる。万事解決、万々歳だよ。ごめんってササコちゃん」
「あやまんないで、先輩のばか! お人好し! 向こう見ず! ど変態! ロリコン! ロリコン!」
「ロリコンだけ2回言うなよ」
黒帯とは思えないほどに軽いぽかぽか音が響いた。止まったはずの涙は、腕の戻ったボクを見た瞬間に復活したらしい。
怒って、泣いて。
そんな子供のようなササコちゃんを見れたことに、どこか心まで軽くなった気がした。自分なんて責めさせない。それは、ササコちゃんにも、イロハちゃんにもだ。
だが、聞かなきゃいけないことはまだまだ残っている。
「イロハちゃん、なんで今回の事件を起こしたか、聞いてもいいかな?」
「────はい」
白髪の少女は静かに顎を引き、やけにはっきりとした声で話し始めたのであった。
「分かりました。香々イロハの全てを、お話します」
××××
彩羽っていう名前、すごく素敵ですよね。
誰がつけてくださったんでしょう?
彩羽ちゃんのおとうさんでしょうか。
彩羽ちゃんのおかあさんでしょうか。
それとも、二人の優しいお兄さんたちでしょうか。
私は知りません。知ることもできませんでしたし、これから知ることもできないでしょう。
思えば私は、ずっと『羽』に憧れていました。
羽、翼、翅。
『はね』とは、力です。
歩く力、話す力、考える力、知ってしまう力。
自分に身に付いた力だと、私は思っているんです。
その『羽』が、いずれ大きな『翼』になって、皆自由にはばたいていくんです。『羽』は、普通ならいつの間にか身についていくものです。ええ、健康な人間なら、まっとうな過程を積んでいけば、自然に備わっていくものなんです。でも、私にはそれが一つも備わっていかなかった。
月日を重ねても、歩けませんでした。
時が進んでも、話せませんでした。
何年経っても、私に『羽』が備わることはありませんでした。その理由は何より明確で、一目瞭然ですね。だって私、“健康”でも“人間”でもありませんし。“香々彩羽”ちゃんでもなければ、お兄さんたちの“妹”ですらないんですから。
先輩たちだって、デパートなどで私を見かけたことがあるんじゃないですか。正確に言うと、私の“同僚”ですけどね。
動けなくて話せなくて歩けない、そんなただの着せ替え人形を。
────“マネキン”と呼ばれる、その人形を。
ご察しの通り、私はマネキンなんです。トルソー型ではありませんよ。
ちゃんと頭部と両足があって、その分ほかのマネキンさんにひがまれることも多かったんですけど。
ただ、両腕が無いのが十分に悲しくって。特に、五体満足で幸せそうに笑う人間を見てからは、ひどく羨ましかったんです。
××××
最初から『羽』を、腕を持っている皆さんは良いですよね。腕があるのが当たり前、なんて思えるみなさんは相当恵まれているんですよ。
私的に言いますと、リストカットする人なんて反吐しか出ないんです。自主的に大切な大切な大切な御腕を傷つけるなんて。腕はストレス発散の道具なんかじゃない。
────ふざけるな。
なんて。マネキンの言葉は届かないんですけどね。
私は、つくりの甘いマネキンでしたから、背中もおなかもぺったんこ。だから、露出なんて一切無い色のあせたうさちゃんのフリフリお洋服なんて着せられて、子供服売り場に立たされていたんです。
ある日のことでした。
私のことを一心に見つめる男の子たちと目があったんです。頭のてっぺんから爪先まで、鏡に写したようにそっくりな、二人の男の子。
私は確かに、女児用の服を着せられているはずなのに。幼い男の子の興味を惹くお洋服ではなかったように思えます。しかし彼らは潤んだ瞳で何十分もマネキンの私を見つめ続けるんです。丁度、四時間くらいが経ったころでしょうか。二人のうち一人が、口を開きました。
「イロハ、こんなところにいたんですのですか」
二人のうち一人が、口を開きました。
「イロハ、すぐに兄ちゃんたちといっしょにかえっていらっしゃるんです」
二人は背伸びをして、私を抱きしめてくださいました。
「「おうちにかえろう、いろは」」
聞いたことも無い名前で、私のことをそう呼んで。
二人のお兄さんたちは、私のことをずりずり引っ張ってくださったんです。
どうして、なんでしょうね。
お兄さんたちを止める店員さんは居ませんでした。
誰一人、彼らを止めてくれませんでした。
×××××
お兄さんのうちお兄さんなのは、ロッカイさんの方です。お兄さんのうち弟さんなのは、ロッケイさんの方です。
二人のお兄さんたちは、その年で八歳になるそうです。お兄さんたちが通してくださったお屋敷には、お二人しか住んでいませんでした。私が来る一ヶ月も前に、飛行機と一緒に、ぐちゃぐちゃになってしまったんですって。お父さんもお母さんも、本当の“イロハ”ちゃんも。ふたりの、まだ幼い心も。
ずたずたになってしまったから。
私が“イロハちゃん”に見えたんですよ。そうでもしないと、彼らは生きていけなかったから。それに、マネキンとの生活を、おかしいなんて言ってくれる大人なんて、彼らの周りに一人もいなかったんですから。
幸せでしたよ。
香々イロハちゃんとして、育てられることは。
大事なものが無かった私と。
大事なものを失くしてしまったお兄さんと。
互いが互いに、失くしたものを埋めあう生活が、私はたまらなく好きでした。
××××
人形とのおままごとが、“本物”に近づいたのは、そのすぐ後のことでした。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/chara_novel.png?id=8b2153dfd89d29eccb9a)
春から一緒に暮らすことになったいとこたちは露出癖があるせいで僕に色々と見せてくる
釧路太郎
キャラ文芸
僕には露出狂のいとこが三人いる。
他の人にはわからないように僕だけに下着をチラ見せしてくるのだが、他の人はその秘密を誰も知らない。
そんな三人のいとこたちとの共同生活が始まるのだが、僕は何事もなく生活していくことが出来るのか。
三姉妹の長女前田沙緒莉は大学一年生。次女の前田陽香は高校一年生。三女の前田真弓は中学一年生。
新生活に向けたスタートは始まったばかりなのだ。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」にも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/horror.png?id=d742d2f035dd0b8efefe)
学園戦記三国志~リュービ、二人の美少女と義兄妹の契りを結び、学園において英雄にならんとす 正史風味~
トベ・イツキ
キャラ文芸
三国志×学園群像劇!
平凡な少年・リュービは高校に入学する。
彼が入学したのは、一万人もの生徒が通うマンモス校・後漢学園。そして、その生徒会長は絶大な権力を持つという。
しかし、平凡な高校生・リュービには生徒会なんて無縁な話。そう思っていたはずが、ひょんなことから黒髪ロングの清楚系な美女とお団子ヘアーのお転婆な美少女の二人に助けられ、さらには二人が自分の妹になったことから運命は大きく動き出す。
妹になった二人の美少女の後押しを受け、リュービは謀略渦巻く生徒会の選挙戦に巻き込まれていくのであった。
学園を舞台に繰り広げられる新三国志物語ここに開幕!
このお話は、三国志を知らない人も楽しめる。三国志を知ってる人はより楽しめる。そんな作品を目指して書いてます。
今後の予定
第一章 黄巾の乱編
第二章 反トータク連合編
第三章 群雄割拠編
第四章 カント決戦編
第五章 赤壁大戦編
第六章 西校舎攻略編←今ココ
第七章 リュービ会長編
第八章 最終章
作者のtwitterアカウント↓
https://twitter.com/tobeitsuki?t=CzwbDeLBG4X83qNO3Zbijg&s=09
※このお話は2019年7月8日にサービスを終了したラノゲツクールに同タイトルで掲載していたものを小説版に書き直したものです。
※この作品は小説家になろう・カクヨムにも公開しています。
発生1フレ完全無敵の彼女に面倒事吸い込みがちな俺でも勝てますか!?
安条序那
キャラ文芸
エージェント稼業に身を置きながら高校生生活を送る主人公。
血の繋がらない妹と許嫁に囲まれてのんびりのほほんと過ごしていたのだが、
『糺ノ森高校に転校して、ある女生徒を始末する』という簡単な依頼から巨大な陰謀に巻き込まれてしまう。
依頼の対象は『発生1フレームから完全無敵』の女子高生。これを始末しなければならないのだが――。
それに対する主人公は……。
『地上の相手を三メートルくらい吸い込む』程度の能力。
そんな貧弱な能力で、果たして無敵の彼女を始末することができるのか?
そしてその依頼の裏に隠された目的とは――?
CODE:HEXA
青出 風太
キャラ文芸
舞台は近未来の日本。
AI技術の発展によってAIを搭載したロボットの社会進出が進む中、発展の陰に隠された事故は多くの孤児を生んでいた。
孤児である主人公の吹雪六花はAIの暴走を阻止する組織の一員として暗躍する。
※「小説家になろう」「カクヨム」の方にも投稿しています。
※毎週金曜日の投稿を予定しています。変更の可能性があります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる