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第■■章《片羽の無い天使》
第■■章10『シスコンビ査定会』
しおりを挟む「そうかそうか」
「おウワサはかねがね、氷雨先輩っ!」
まるで一本の氷の矢のように研ぎ澄まされた気配が、刺さった。
────手練だ。
そう、感じた。ボクは格闘家でもなければ、武闘派でも無い。ただ、それは素人でも分かってしまうくらいの殺気で。一触即発とも言える、温和な学園にはあるまじき、膨大な殺気で。ボクは振り向くこともできなかった。
「そうそう」
「振り向かなくて大正解です、氷雨先輩」
まだまだ青二才の、ボクより年下の小僧っ子二名。
弓道部って案外力強いんだな。いや、二人がかりだからか。彼らが逆方向に力をかけているボクの両腕は、ぎちぎちと音を立てながら軋んでいた。
ひどい話である。まだ、そんなに骨折したことの無い綺麗な腕だというのに。あらぬ方向に曲げられて。
両方とも、肩甲骨から捥がれてしまいそうだった。この二名、ボクと一切面識の無いコイツらが一体誰なのか。
何て名前で、どう呼ばれていて、どこのクラスで、どのポジションなのか。そんなことは見なくても、瞭然。
「ボクの右腕を持っているのが、三年D組所属、ポジションは落ち前。プリンスツインズ(弟)の、香々六戒君だ」
「うげうげっ」
右の拘束が少し弱まった気がした。
「んで、左腕を持ってんのが、三年C組所属、ポジションは大前。プリンスツインズ(兄)の、香々六刑君だな」
「んがっ、なんで見分けられたのです!? 僕たちの方見てすらないのにっ!」
左の拘束が少し弱まった気がした。
「そーだそーだ! おまけに俺たち瓜瓜が二つ過ぎて、初見じゃぜぇったいに、見分けがつかないでいらっしゃるのに!」
二人は慄き、すぐさまボクの両腕を解放してくれた。そう、自称瓜瓜が二つ過ぎる双子──ロッカイ君とロッケイ君は。二人は、手放しにボクを“不思議超人”と認識してしまったようだが、こっちの方が驚きたいくらいである。改めて、体の向きを百八十度転換。
「「?」」
目先にある、あざとい瞳の見開き方も、天使のような白髪の跳ね方も、いたずらな八重歯の位置すらも、完璧な鏡写し。それは一から十までがそっくりな、二人の美少年だった。
謙譲に丁寧を重ねて尊敬度をやや下げてしまったおかしな日本語。さらに、初対面の先輩の腕を捥ごうとし、そのことについての謝罪ゼロ。
いやはや。
ナメてんのかこいつら。
「お~お怒りですのですか、先輩」
「そうかそうか。別に舐めてはいらっしゃらないのですけどね、先輩」
「じゃあ何なんだ。何だって君らはボクを引き止める?」
ぱちん。
と。閉じるたびに音がしそうな程大きい目を、二人揃ってはためかせて。ロッカイとロッケイは、
「「人にものを聞くときは、まず自分から、です(でいらっしゃる)のですよ、先輩!」」
と、言ったのだ。
◆◆◆◆
弓道部の暗い玄関前の廊下、そこにボクは留まっていた。そう、留められていた。
「はぁ、何で見分けられたか知りたいって?」
本当、ボクは後輩との関わりに恵まれている。それも、失礼に生意気な後輩に。
アリボトケといい、学ポリといい、初対面の双子ボーイズと言い。慇懃無礼に無礼講もいいところだ。こんな態度、ボク以外の先輩にやったら一発アウトだ。打ち首レベルの重罪である。なのに、こいつらケロッとしてやがる。
今度はもう少し隈を深くしてこようかな。ボクは、それっぽく咳払いをした。
「こほん。別に、これと言った理由はねえけど。ほら、君ら弓道やってるし、和の心とか極めてるでしょ。だからなんとなく、“左上右下”をやってんじゃないかと思って」
「へ」
「この国じゃあ古くから、右より左の方が偉いって考えらててるんだ。君たちは無意識にもそれをしてたのかもな。ま、勘が六分、知識が四分ってとこかな」
兄のロッカイ君が左を、弟のロッケイくんが右の腕を持っていた。何となくの当てずっぽうでもあったが、当たって良かった。じゃないと格好がつかないからな。だが、本人たちは、えっ知らなかったあ、みたいなトボケ顔をかましているのだから。
知っとけよ。
「んじゃ、次。君らの番ね。さ、話せよ」
場合によっちゃ、真正面から鉄拳飛ばすぞ。武闘派じゃないなんて言葉は訂正だ。今日からボクは、がつんがつんの武闘派になってやる。そのいけ好かないベビーフェイスをぶち壊してやる。
「おおお、これは、噂以上に男子生徒には手厳しいのですね」
「そうでいらっしゃるね、兄さん。聞きしに勝るロリロリコン先輩っぷりがひしひしと伝わってきていらっしゃいますよ!」
「……マジでボクそう呼ばれてんのかよ」
オトリジョークの範囲じゃなかったのか、アレは。割とマジなのか。彼らは恐ろしく真妙な面持ちでうなずいた。道理で後輩たちに次々と舐められていくわけじゃないか。
ようやく謎が解けたぜ。なんて前置きはさておき。
「何で? なんて言われましてもねえ、ですよ」
「そんなの、理由なんて一つしかないでいらっしゃりますよね、カイ兄さん」
これは、彼らが声を揃えるときの合図である。互いに互いを互いの黒瞳に映して。斜めに首を傾けて。まるで、“当然”とでも言わんばかりの顔つきで。
「「イロハが告った相手が、あの子に本当に相応しいかどうか、選定してやろうと思ったのですよ(でいらっしゃいますよ)」」
そっかそういえば言ってたな、オトリちゃんもアリボトケも。こいつら、シスコンビなんだって。
◆◆◆◆
さっきの殺気は明らかにボクに向けられたものだった。あどけない少年からは想像もつかないくらいのどす黒い憎悪が滲み出し、口調からは皮肉が隠しきれていなかった。
剪定だなんて言い回しも、華道じゃあるまいし。認められなかったら切り落とされる。幾多の新芽を刈り取ってきた二人の前に居るのは、紛れもないボクである。
後輩として、では無い。彼らは一端の兄として、ボクに話しかけてきたのだ。
「それは、当然のことなのですよ」
「かわいいかわいいかわいい妹を、もう二度と失わないように」
「かわいくてかわいくて仕方が無い妹が、幸せになれるように、僕らが見定めるのです」
「判断して、戒めて、刑を下して、剪定して差し上げたりしていらっしゃるのです」
容赦も手心も無く、なんの感慨も無く。二人は、廊下に正座した。慌ててボクも腰を下ろす。やっと足の痺れが治ったと思ったらまたこれだもの。
「君らは、ボクをどうしたいんだ。剪定選定って言って、何がしたいんだか一つも分からん」
分かってるさ。大体見当は着く。それでも、なにか言葉を発していないと、今にも崩れそうで。
後輩だ。相手は何も怖くない、ボクよりひょろっちい、年下だ。だが、張り詰められた緊張の糸に、少しでも間違えば、首をとばされそうだった。
それだけの恐怖。
ごくっ、と。
喉仏が大きく上下した。
「あなたは、相応しくないのです、イロハに」
「一ミリも、相応しくないのでいらっしゃいますよ、氷雨先輩」
「だからですね、先輩」
左座右起。腰の、見えない刀に手をかけるように、殺気に澄まされた刃を二人はボクに向けた。一心に。一瞬で。武士のように立ち上がり。彼らも、押し殺すように声を絞り出す。
「もうイロハが、“好き”なんて感情も抱けないくらいに」
「もうイロハが、間違えないくらいに」
「もうイロハを呼べないような口に」
「もうイロハを唆せないような瞳に」
「ぐっちゃぐちゃに潰しきって!」
「歪めて!」
「壊して!」
「しらしめて!」
「二度と立ち直れないようなそんな顔に──!」
「そんな顔に仕上げるのですっ、氷雨先輩!」
今まで、何人もの男子生徒たちをそうしてきたように、か。一思いに。二人が拳を振り上げた瞬間。ボクの足はまだ、痺れて動かなかった。
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