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中編
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「それで、私はもう失礼してもよろしいでしょうか」
「待て! お前は婚約破棄の……ん?」
自分で言って置きながら、首を傾げる第二王子。第四王子が溜息を吐いて馬鹿な兄に説いてやる。
「兄上、そもそもエリス様はニナ嬢に掛かりきりでルコット嬢に構う暇が無いとわかったでしょう。エリス様の無実の証明など我が学年全員ができますとも」
同学年の生徒たちがうんうん頷く。
「いや、しかしルコットはエリスに苛められたと……」
「そうです! 私は嘘つきなんかじゃありません、殿下ぁ」
「では、侮辱罪ですね。侯爵令嬢を不当に貶めた罪は重いですよ」
にこやかに第四王子が告げればルコットの顔は青くなる。
二人の相手は第四王子に任せて、エリスはニナに近づく。
「ニナ、大丈夫?」
「……エリスはつまり……二人存在する!?」
何がどうなればそういう結論にたどり着くのか。しかしニナの突飛な言動には慣れているエリス。
「私は私一人よ。ルコット嬢の言っていることは嘘」
「エリスはあの王子派閥? なのに私の面倒みてるってどういうことってどういうこと?」
話がいきなり飛ぶのもよくあること。これも慣れていた。
「ニナは卒業したら魔法師団に入って辺境に行かなければいけないでしょう?」
「うん、それは小さい頃から耳にタコができるくらい言われてる」
「でも魔法師団は学園卒業資格が必要だから、貴女はなんとしても卒業しなければいけなかった。それも第二王子派閥に知られずに。でも貴方は大人しくできないでしょう?」
「昔よりは比較的大人しい」
胸を張っていうニナに苦笑する。校舎破壊魔が何を言うのかと。
「だから第一王子派閥はニナを隠すように手を回していたの、貴女と同学年になる子を持つ第二王子派閥の家や学園にそれ相応の見返りを用意して」
「第二王子派閥? なのに? 何で?」
「……貴族は色々あるのよ」
ニナに男爵家に養子に入った平民だ。未だに己が貴族という意識は無く、理解しようともしないので、色々と言って置けば納得する。
「色々かー」
「そう、色々」
「まだ下の学年いるから私、第二王子派閥? に連れてかれる?」
「第四王子殿下がいるから大丈夫よ」
「そうかー」
第一王子派である第四王子が最高学年になれば、そう簡単にニナに手出しはできない。
「あれ? そういえば、エリスが私に構う理由は無い? やっぱり利用……」
「利用はしてない。私はただ……貴方に興味があって」
最初は本当に珍しくて興味があるだけだった。でも遠目にみるだけ。
魔物の出る森での課外授業でミョーに突っ込んで怪我したニナを助けたエリスは彼女に顔を覚えられた。その時腕はもげなかったが、死にかけた。それで命の恩人エリスを見ると手を振って屈託ない笑顔をむけるようになったニナ。
それは、今まで誰にも向けられたことの無かった種類の笑み。
エリスの周りは自分を駒扱いする父、そりの合わない義理母と異母弟妹、頭が悪く冷たい婚約者、侯爵家令嬢という肩書に媚びを売る者。仲の良い使用人もいるが、それは雇用主の娘と使用人という一線が引かれた関係。
エリスがニナに惹かれるのに時間は掛からなかった。
「仲良くしたかっただけ」
「そうかー」
ニナが少し照れ臭そうに笑う。
「でもエリスには迷惑かけてばっかりで……」
自覚はあったらしい。
「エリスに私は何もしてあげてない」
「そんなこと無いわ、たった今救ってくれた。愚かな元婚約者に無理矢理悪者にされそうになったけど、貴女がいたから冤罪だと周りにすぐ伝わったのよ」
「そうかー役に立ってたかー」
まあ、ニナがいなくてもアリバイを証明してルコットを侮辱罪で訴えていたのだが。しかし、その場合は断罪の場で居心地の悪い思いをしていたのは確実。
今回、周りからの視線が婚約者を寝取られ断罪された令嬢をみるものでは無く、「変人の面倒をみていた苦労人」に対する同情的視線なのはかなり有難いことだった。
親切な令嬢が一人ぼっちの変人を気にかけ、世話をやいてあげていたら、放置された婚約者が浮気したのだ、と言い訳もできる。
「エリスあの王子と婚約者だったのかー」
「ええ、不本意ながら」
「じゃあ、次を探さなきゃ?」
「それは……必要ないのよ。今回のことで父からは卒業後に勘当といわれているから」
第二王子に婚約破棄を知らされた父親は婚約者をコントロールできないエリスが全面的に悪いと怒り狂ったが、卒業までは在学を許してくれた。おそらく無理矢理退学させた上で娘を捨てる父だと世間体が悪いからだろう。
「勘当ー。エリスどうするの?」
「それなんだけど、私も辺境に行こうかしら。高等回復魔法が使えれば重宝されるでしょうし」
「じゃあ……卒業後もエリスと一緒にいられる!?」
ニナの最近の悩みは卒業したら唯一の友人であるエリスと簡単に会えなくなることだった。
感動して涙を流し始めたニナを、握られた骨付き肉のソースが艶やかな金髪につくのも厭わず抱きしめるエリス。
二人の少女が抱き合う姿が何となく絵になっていたので数人が拍手を始める。それは周りに伝播し、会場全体に拍手が鳴り響く。
「何よ! 何なのよこれ!」
「五月蠅いぞ! 静かにしろ!」
ルコットと第二王子の怒声は拍手にかき消された。
第四王子はやれやれと肩を竦めて小さく呟く。
「エリス様が辺境に、か……私に止めることはできないでしょうね」
抱き合う二人を引き裂くのは無粋に思われた。
「待て! お前は婚約破棄の……ん?」
自分で言って置きながら、首を傾げる第二王子。第四王子が溜息を吐いて馬鹿な兄に説いてやる。
「兄上、そもそもエリス様はニナ嬢に掛かりきりでルコット嬢に構う暇が無いとわかったでしょう。エリス様の無実の証明など我が学年全員ができますとも」
同学年の生徒たちがうんうん頷く。
「いや、しかしルコットはエリスに苛められたと……」
「そうです! 私は嘘つきなんかじゃありません、殿下ぁ」
「では、侮辱罪ですね。侯爵令嬢を不当に貶めた罪は重いですよ」
にこやかに第四王子が告げればルコットの顔は青くなる。
二人の相手は第四王子に任せて、エリスはニナに近づく。
「ニナ、大丈夫?」
「……エリスはつまり……二人存在する!?」
何がどうなればそういう結論にたどり着くのか。しかしニナの突飛な言動には慣れているエリス。
「私は私一人よ。ルコット嬢の言っていることは嘘」
「エリスはあの王子派閥? なのに私の面倒みてるってどういうことってどういうこと?」
話がいきなり飛ぶのもよくあること。これも慣れていた。
「ニナは卒業したら魔法師団に入って辺境に行かなければいけないでしょう?」
「うん、それは小さい頃から耳にタコができるくらい言われてる」
「でも魔法師団は学園卒業資格が必要だから、貴女はなんとしても卒業しなければいけなかった。それも第二王子派閥に知られずに。でも貴方は大人しくできないでしょう?」
「昔よりは比較的大人しい」
胸を張っていうニナに苦笑する。校舎破壊魔が何を言うのかと。
「だから第一王子派閥はニナを隠すように手を回していたの、貴女と同学年になる子を持つ第二王子派閥の家や学園にそれ相応の見返りを用意して」
「第二王子派閥? なのに? 何で?」
「……貴族は色々あるのよ」
ニナに男爵家に養子に入った平民だ。未だに己が貴族という意識は無く、理解しようともしないので、色々と言って置けば納得する。
「色々かー」
「そう、色々」
「まだ下の学年いるから私、第二王子派閥? に連れてかれる?」
「第四王子殿下がいるから大丈夫よ」
「そうかー」
第一王子派である第四王子が最高学年になれば、そう簡単にニナに手出しはできない。
「あれ? そういえば、エリスが私に構う理由は無い? やっぱり利用……」
「利用はしてない。私はただ……貴方に興味があって」
最初は本当に珍しくて興味があるだけだった。でも遠目にみるだけ。
魔物の出る森での課外授業でミョーに突っ込んで怪我したニナを助けたエリスは彼女に顔を覚えられた。その時腕はもげなかったが、死にかけた。それで命の恩人エリスを見ると手を振って屈託ない笑顔をむけるようになったニナ。
それは、今まで誰にも向けられたことの無かった種類の笑み。
エリスの周りは自分を駒扱いする父、そりの合わない義理母と異母弟妹、頭が悪く冷たい婚約者、侯爵家令嬢という肩書に媚びを売る者。仲の良い使用人もいるが、それは雇用主の娘と使用人という一線が引かれた関係。
エリスがニナに惹かれるのに時間は掛からなかった。
「仲良くしたかっただけ」
「そうかー」
ニナが少し照れ臭そうに笑う。
「でもエリスには迷惑かけてばっかりで……」
自覚はあったらしい。
「エリスに私は何もしてあげてない」
「そんなこと無いわ、たった今救ってくれた。愚かな元婚約者に無理矢理悪者にされそうになったけど、貴女がいたから冤罪だと周りにすぐ伝わったのよ」
「そうかー役に立ってたかー」
まあ、ニナがいなくてもアリバイを証明してルコットを侮辱罪で訴えていたのだが。しかし、その場合は断罪の場で居心地の悪い思いをしていたのは確実。
今回、周りからの視線が婚約者を寝取られ断罪された令嬢をみるものでは無く、「変人の面倒をみていた苦労人」に対する同情的視線なのはかなり有難いことだった。
親切な令嬢が一人ぼっちの変人を気にかけ、世話をやいてあげていたら、放置された婚約者が浮気したのだ、と言い訳もできる。
「エリスあの王子と婚約者だったのかー」
「ええ、不本意ながら」
「じゃあ、次を探さなきゃ?」
「それは……必要ないのよ。今回のことで父からは卒業後に勘当といわれているから」
第二王子に婚約破棄を知らされた父親は婚約者をコントロールできないエリスが全面的に悪いと怒り狂ったが、卒業までは在学を許してくれた。おそらく無理矢理退学させた上で娘を捨てる父だと世間体が悪いからだろう。
「勘当ー。エリスどうするの?」
「それなんだけど、私も辺境に行こうかしら。高等回復魔法が使えれば重宝されるでしょうし」
「じゃあ……卒業後もエリスと一緒にいられる!?」
ニナの最近の悩みは卒業したら唯一の友人であるエリスと簡単に会えなくなることだった。
感動して涙を流し始めたニナを、握られた骨付き肉のソースが艶やかな金髪につくのも厭わず抱きしめるエリス。
二人の少女が抱き合う姿が何となく絵になっていたので数人が拍手を始める。それは周りに伝播し、会場全体に拍手が鳴り響く。
「何よ! 何なのよこれ!」
「五月蠅いぞ! 静かにしろ!」
ルコットと第二王子の怒声は拍手にかき消された。
第四王子はやれやれと肩を竦めて小さく呟く。
「エリス様が辺境に、か……私に止めることはできないでしょうね」
抱き合う二人を引き裂くのは無粋に思われた。
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