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前編

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 王立学園の卒業パーティにて、侯爵令嬢エリスは婚約者である第二王子に婚約破棄を告げられた。

「エリス・クライス! 貴様との婚約は破棄だ!」

 声高に叫ぶ第二王子の手には王から正式に承認された婚約破棄通知。

「存じております。既に父から伺っておりましたので。それでは失礼いたします」

 エリスの紫の瞳に宿るのは呆れ。背を向けて立ち去ろうとした、が王子の側近が回り込みそれを阻止する。

「待て! 貴様は理由を知らねばならぬ。まあ、心当たりしかなかろうが」

 嘲笑的な笑みを浮かべた第二王子に冷たい視線を投げるエリス。第二王子にぴったりと寄り添っていた子爵令嬢ルコットがわざとらしく怯える。

「殿下、私怖いですぅ」
「可哀想にルコット、こんなに怯えて」

 第二王子がルコットを抱きしめエリスを睨む。

「貴様は私の愛しいルコットに数々の嫌がらせをしたそうだな! 己より低い身分の彼女を見下していたのだろう!」
「いいえ、それはありえません。私の友人には貴族の最下位である男爵令嬢もおりますので」
「ふん! それも、下級貴族とも親しくする自分がルコットに嫌がらせする訳がない、という演出だろうが! そうすれば己の下劣な行為を隠せるとでも思ったか! その友人とやらもお前の偽装の為に利用されて難儀なことだ!」

 この発言にエリスは少し片眉を上げた。しかしそれだけだった。

 その時、突然の断罪劇を遠巻きに見守っていた人だかりから、一人勢いよく飛び出してきた。それは、骨付き肉を片手に口をもぐもぐ動かす銀髪に緑の瞳を持つ少女だった。

 突然の妙な闖入者に王子の取り巻きもどうしてよいものか迷っている。

 令嬢は口の中の物を飲み込むと、大きな声で、

「エリスは私を利用してたのか!?」

 と叫んだ。

「いいえ、違うわ、ニナ」

 ニナと呼ばれた少女はまたもや叫ぶ。

「そこのルコットとかいう人苛めるの隠すために、そいつより身分の低い私を構ってた!?」

 王子は先ほどエリスが言った男爵令嬢がこの者かと合点した。

「そうだ! エリスはお前のことなど友人と思っていないだろうさ!」
「そんな……」

 小刻みに震え始めるニナ。優しいエリスのことは信じたいが、婚約者に近づく女を排除したいという気持ちを持つのは人として当たり前に思われた。

「学校に一緒に行くのも、お昼を奢ってくれるのも、勉強を教えてくれるのも偽装の為?」

 偉そうに頷く王子。

「嫌な授業頑張ったご褒美に手作りクッキーくれるのも」

 嫌な授業は逃げ出すニナ。それでは当然単位が貰えず卒業できない。それを案じたエリスはニナにご褒美を用意した。ニナは偏食なので、果物やナッツ、ハーブなどが使用された手の込んだ菓子を嫌う。仕方が無いので素朴な手作りクッキーを与えると喜んだ。

「ダンスできない私が補習受けるだけで単位貰えるようにしてくれたのも」

 ニナはダンスが致命的。教師に頼み込んで苦手な者は補習で単位を貰えるようにしたのはエリス。

「昼夜逆転を子守歌で寝かしつけて改善してくれたのも」

 夜にテンションが上がり眠れず朝起きれないニナを寝かしつけ始めたのはエリス。

「野生のミョーに突っ込んでもげた腕くっつけてくれたのも」

 ミョーとはこの世界に存在する魔物。ふわふわで見た目は愛くるしいが非常に獰猛。
 そこが可愛いと奇声を上げて何度もミョーに突っ込んでぶっ飛ばされ、終いには腕が見事にもげたニナ。使用できる者が少ない高等回復魔法で必死にくっつけたのはエリス。

「ミョーの毛皮被ってはしゃいで没収されたけど取り返してくれたのも」

 ニナがミョーの頭付き毛皮を被って夜な夜な徘徊していると生徒数人が本物のミョーと間違えてぶっ倒れた事件。こっぴどく叱られミョーの毛皮を没収されたニナだったが、またもや教師に頭を下げて取り戻してくれたのはエリス。

「イライラしてつい爆散させた校舎の修繕費いつも立て替えてくれたのも」

 強力な破壊魔法の使い手であるニナ。ストレスが爆発すると破壊魔法を使ってしまう。
 その度に巻き込まれた負傷者を癒して修繕費も立て替え、出世払いにしてくれるのはエリス。

「というかエリス自身を巻き込んで殺しかけたけど許してくれたのも」

 爆散に巻き込まれて死にそうになったエリスに泣いて謝ったニナ。微笑んで許したエリス。

「全部、私を利用する為だったなんて嘘だああああああ!」

 膝をつき慟哭するニナ。その片手には未だしっかりと骨付き肉が握られている。
 しかし、同学年の生徒たちは思っている。

『そんだけ迷惑かけといてそれはねーだろ』

 王子と子爵令嬢は若干ニナに引いていたが、気を取り直し、

「はっ、これはお前が仕組んだ茶番か? 第一、校舎が爆散など聞いたことが無い。いくら学年によって敷地が分かれていても、そこまでの事件は伝わるはずだ! 嘘も大概にしろ!」
「そうよ! そんなのすぐわかる嘘!」
「いえ、そこのニナ嬢が校舎破壊の常習犯であることは同学年ならば知っていることです」

 口を挟んだのは第四王子リーゲル。

「嘘に決まっている! 他の学年が知らぬわけが無い!」
「ニナ嬢の存在はなるべく他学年に知られぬように隠されていましたから、まあその最大の原因である兄上と側近の方々が卒業なさるので隠す必要がなくなったのですが」

 第二王子は今回卒業する最高学年で、ルコットはエリスたちの一つ下の学年だった。

「何!? どういう事だ!」
「もう接点が無くなるので説明しても大丈夫ですね。ニナ嬢を第二王子派閥に引き込まれると厄介だったのですよ」

 学園在学中に優秀な人物を引き込むのはギリギリ許容されているが、卒業し成人になった者が未来ある若者を青田買いするのは厳しく禁じられている。

「校舎を爆散……派閥…………そいつを辺境伯の所に送るつもりか!?」

 優秀な破壊魔法を操る人物を辺境に派遣するのだと気づいた第二王子。

「そうです。辺境は魔族の国に隣接した諍いの絶えぬ地。ニナ嬢のような人物が一番輝ける場所ですね」
「待て、それなら私の元婚約者であるエリスがそいつの面倒を見ていたとはどういうことだ! エリスは、クライス侯爵家は、我が派閥だろう!」
「殿下ぁ、私お話についていけません……」

 第二王子にしなだれかかり空気を読まずに甘えた声を出すルコット。

「ルコット、そうだな。お前が我が妃になった時には知っておかなければならないこと」

 そう言って第二王子が、
 第一王子派閥は辺境伯とは持ちつ持たれつの関係を維持する方針、第二王子派閥は辺境を掌握し手中に収める為に辺境の武力を弱体化させたい方針であることを小声且つ早口で説明した。

「ええ、じゃあニナって娘送られると困るじゃないですかぁ!」
「そうだ、しかし私が王太子に選ばれればどうにでもなるさ」
「ならぁ、心配ないですね!」
「ああ、そうだとも!」

 勝手にいちゃつき始めた二人に観客が白ける中、黙っていたエリスが発言する。
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