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 王立学園に入学してから一切外に出れていないニナを可哀想に思ったエリスは認識阻害の魔導具を購入した。これは事前に登録した者だけが装着者を認識できる仕組み。
 ニナがこの魔導具を装備し、更に気配遮断の魔法を使用すれば、ほぼ人に認識されないことを証明すると時間は掛かったが外出許可が下りた。

「わーい、お出かけ―」

 この日の為に今月の仕送りを使わずに置いておいたニナがぴょんぴょん跳ねて喜ぶ。その喜びようにエリスも嬉しくなる。

「外出中、ニナは誰にも認識されないから私とはぐれないように」
「うん! ……あれ、もしかして今回出かけてる間中、他の人はエリスが一人でいるように見えるのかー?」
「そうね」
「えっ、じゃあ私と喋ってたらエリスはずっと独り言呟いてるやべー奴って思われる!?」
「まあ、そうなるわね」
「それは良くない。なるべく喋らないようにする」

 両手で口を覆う仕草をするニナ。

「大丈夫よ、警備の騎士が近くにいてくれるから。そちらに向かって話しかけているようにも見えるでしょうし」

 それに、誰にドン引きされようがエリスはニナが楽しければそれで良い。

「そうかー、じゃあちょこっとだけ話すー」
「沢山話してもいいのよ?」
「いっぱい話しながらのお出かけは卒業後にとっとくー」
「そう、そうね。そうしましょう」

 卒業しても二人はずっと友達だ。二人で手を繋いで学園の裏門へ向かった。





 生徒が外出する際は必ず騎士が同伴している。今回はいざとなれば破壊魔法を使えるニナが居るので騎士は一人だけ。

 商業区に着いて様々な店を見て回ると時間はあっという間に過ぎて、気が付けば陽が傾いていた。秋が近づいていたので、暗くなるのは早い。

「門限に間に合わないくなるから帰りましょうか」
「うー、もうちょっとー」

 そういうニナに付き合ってギリギリまでエリスは付き合ってあげた。

 少し暗くなってから帰りの馬車に乗る。しばらくすると、人気の少ない通りで突然急停止した。車内が大きく揺れて座席から転げ落ちそうになったニナをエリスが咄嗟に抱きとめる。

 何やら外の様子が騒がしい、騎士が声を張り上げてエリスとニナに馬車から出ないように告げる。しかし、すぐさま馬車の扉が乱暴に開かれて小汚い男が入ってきた。
 エリスはニナを守ろうと庇うように抱きしめる。男はエリスの腕を掴み引き摺った。その瞬間、馬車内に魔法陣が展開され、男が鈍い音を立てて爆散した。
 辺りに肉片と血液が飛び散る。男に腕を掴まれていたエリスはそれをかなり浴びた。美しい金髪が赤に染まる。

「に、ニナ……!」

 エリスは腰が抜けてその場にへたり込む。ニナはそんな彼女を横に除けて外へ出た。

 馬車の外では、衝撃を受けて固まっている爆散させた男の仲間とおぼしき者が三人。騎士を囲んでいる者が五人。御者にナイフを突きつけ脅しているのが一人。ニナはそれらを認識すると、必要な術式を瞬時に組み立てて無詠唱魔法を発動する。
 次の瞬間、合計九人が人の形を失い肉塊となり地面に崩れる。先ほどの跡形も無くなった爆散よりは威力が低い為、ニナは不満げに顔を顰めたが、ふらりと体が傾くとその場に倒れてしまった。

「ニナ!」

 エリスはすぐに駆け寄った。ニナは意識を失っているだけのようで、安心する。魔力が尽きたのだろう。しかし、すぐ別の不安が押し寄せる。

 ──ニナが十人も人を殺してしまった。襲われたとはいえ、過剰防衛と判断されても仕方がない状況だわ……。

 そこへ、エリスと同じく血を浴びた騎士が近づいてくる。

「大丈夫ですか、クライス様、シェンテ様! お怪我は……」
「どうしましょう……! ニナが、ニナが罰せられてしまったら……!」

 エリスはニナが学園を退学処分になったら、自分の前からいなくなったら、と思うと震えが止まらない。

 十六歳という年齢で、おそらく初めて人が目の前でグロテスクに殺され、爆散した人間の肉片と血を浴びたというのに、それを気にも留めずひたすら友人が罪に問われるのを恐れる様は何とも異常だと騎士は思った。





「エリス様! ご無事で本当に良かった」

 次の日の朝、リーゲルが第一女子寮の前で待っていた。

「殿下、ええ、ご心配おかけして申し訳ございません……」

 答えるエリスは憔悴している。ニナの処遇についてだろうとリーゲルは推測する。

「大丈夫です。正当防衛が成立していると判断されるでしょう。いえ、確実そうなります。詳しくはお教えできませんが」

 ただの一般生徒が十人も殺害したとなると大事だが、今回はあのニナだ。第一王子派にかかればもみ消せる。

「幸い、暴漢は全て死んでいますし、目撃者も少ない。今回は連れの騎士が全て処理したと発表されます」
「ですが、私たちに同伴していた騎士は一人です」
「大丈夫です。どうとでもなります。僕らは第二王子派の無能とは違いますから」

 リーゲルは自信あふれる顔で告げる。権力で何でももみ消せることを自信満々で言うのはどうかと思ったが、エリスを安心させるためには必要だと考えた。

「そうですね、殿下がそこまで仰るのであれば、きっと……」
「ええ。エリス様が落ち込んでいてはニナ嬢も元気が無くなる。なるべく明るく見舞いに行ってあげて下さい」

 ニナは魔力消費が激しかったので念のため今日は一日休むことになっている。

「はい、その通りですね」

 エリスがやっと笑顔になり、リーゲルは安堵した。何となく二人で並んでニナの寮へ向かう。

「それにしても、破壊魔法は人に対して使うと魔力消費が激しいのですね」

 校舎を何度爆散しても倒れなかったニナが十人爆散した程度で倒れたのは驚きだった。

「……ああ、エリス様は知りませんでしたか。確かに人に破壊魔法を使うのは魔力消費が少し多いですが、今回ニナ嬢が倒れたのは魔力減少の魔導具を身に着けているからです」
「え?」
「ニナ嬢は小さな耳飾りをつけているでしょう、あれは魔力が百分の一になる国宝級魔導具です」

 エリスは絶句した。

「百分の一……?」
「ええ、百分の一。ニナ嬢はとてつもない魔力を保有しているので、その気になれば一日で学園全体を破壊できます。癇癪を起されては大変なので学園入学時、自ら外せないように呪いを付与して装着させたのです」

 少し立ち眩みがしたエリスをリーゲルが支える。

「大丈夫ですか」
「ええ、大丈夫です」

 エリスは、ニナのことをそこそこ貴重な人材なのだろうだと認識していた。それは間違っていた。とんでもない真材だったのだ。エリスが心配せずとも重要人物のニナは学園を退学させられることなどないのだろう。





 第三女子寮のニナの部屋の前でエリスが扉をノックする。

「ニナ、体調はどう?」
「へいきー」

 部屋の中から元気な声が上がる。扉を開けて中に入ると、ニナはベッドの上で布団に包まった白いパン状態のまま顔だけ出していた。

「今日、授業サボれるー」

 器用にぽいんぽいんと白いニナパンが跳ねる。

「それだけ元気なら授業を受けた方がいいわ」
「ヤダー!」

 ズボッと顔が布団に引っ込んでしまった。

「冗談よ」

 エリスがクスクス笑うと、再び顔が出てきた。

「なーなー、外っておっかないんだなー。もうお出かけでしないほうがいいなー。十人以上居たら、今のニナさんじゃ爆散できない」
「大丈夫よ、これから外出する時はリーゲル殿下が一緒に来てくれると約束してくれたの」

 リーゲルには一般生徒よりも多くの護衛が付けることができるのだ。

「ふぁああああん??」

 それを聞くとニナが不満げに声を漏らす。明らかに今回の機の乗じてエリスとお出かけするチャンスを掴んだリーゲルへ心の中で冷たい視線を送った。

「そんなにむくれないの。リーゲル殿下は私たちを心配してくれているのよ」
「ぶー」

 絶対エリスの心配しかしていないと確信しているニナだった。
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