上 下
37 / 43
番外編

シフィルの誕生日 3

しおりを挟む
 浴室から戻ったシフィルは、待ち構えていたようなユスティナたちにソファへと誘導された。
 ぴかぴかに磨き上げられた肌はいつもよりしっとりとしているし、ユスティナが用意してくれた石鹸も、とてもいい香りだった。
 まっすぐで扱いにくいことがコンプレックスな髪も、いつもより柔らかく感じる。城で使われるものはやっぱりどれもいいものなんだなぁとシフィルは感心してため息をついた。

「じゃあ、髪はわたしが結うわね」
 腕まくりをしたローシェが、ブラシを手ににっこりと笑った。本当は、ユスティナ付きの侍女がしてくれる予定だったのだけど、ローシェにしてもらいたいと我儘を言わせてもらったのだ。朝、ローシェに結ってもらった髪型がとても嬉しかったし、プレゼントのワンピースにも似合っているような気がしたから。
「メイクは私ね」
 カリンも、いつの間に持ち込んだのか、大きなメイクボックスを抱えている。彼女は手先が器用で、メイクも得意なのだ。
「その間にネイルも塗っちゃいましょ」
 隣に座ったアレッタが、シフィルの手を取る。
「わたくしは何もできないから、ここでシフィルがお姫様に変身するところをじっくりと観察させてもらうわね」
 向かいのソファに座ったユスティナが、わくわくとした表情でシフィルを見つめる。
 ユスティナの言葉通り、本当にお姫様のようにシフィルは何もしないままにどんどん身支度が整えられていく。

「さぁ、仕上げにこれを」
 芝居がかった口調でカリンが香水瓶の蓋を開ける。
 ふわりとまるで魔法をかけるかのように甘い香りを身に纏ったあと、シフィルは何故か部屋の扉の前に誘導された。
「え、何で……」
 突然帰れと言わんばかりの状況に、シフィルは戸惑って足を止めようとするけれど、ぐいぐいと背中を押されて止まれない。
「お待たせ、エルヴィン。もういいわよ」
「えっ」 
 シフィルが声をあげるのと、扉が開くのは同時だった。
 そこに立っていたのはエルヴィンで、大きな花束を抱えて優しい笑みを浮かべている。
「シフィル、お誕生日おめでとう」
「エルヴィン……」
 まさかこんなところで会えるとは思わなくて、シフィルは思わず息をのんで口元を押さえた。

「わたしたちの持てる力を結集して、シフィルを最高に可愛いお姫様にしたのよ」
 シフィルのうしろから顔を出したローシェが、そう言って胸を張る。
「いつから……、こんな」
 動揺を抑えつつ小さな声でつぶやくと、友人たちは顔を見合わせてくすくすと笑った。
「ふふ、秘密。シフィルは何も気にせず、素敵な夜を楽しんでらっしゃい」
 ローシェに背中を押され、エルヴィンも微笑んで花束を差し出す。どうやら、彼もこの計画を知っていたらしい。
 思いがけないサプライズに、涙がこみ上げる。淡い色合いでまとめられた可愛らしい花束を抱きしめて、シフィルは滲んだ涙を拭いながら笑った。

「行こうか、シフィル」
 小さく笑ったエルヴィンが、シフィルの身体を抱き上げた。
「い、行くってどこに」
 花束を落とさないようエルヴィンの首にしがみつきながら、シフィルは目を瞬く。ここから自宅まではそこそこ距離があるし、まさか抱き上げたまま移動するとも思えない。
 エルヴィンは、悪戯っぽい笑みを浮かべてシフィルの耳元に唇を寄せた。
「マリウス様が、特別に城の貴賓室に泊まれるように取り計らってくれたんだ」
「嘘……」
 思わず絶句したシフィルを見て、エルヴィンが楽しそうに笑う。
「今夜のシフィルは、お姫様だから。跪いて愛を誓う騎士の役目は、俺でいいかな」
「も、もちろんよ……」
 エルヴィンの言葉は嬉しいけれど、城に泊まるなんて子供の頃にユスティナの部屋に泊まって以来だ。大人になった今、しかも貴賓室だなんて、緊張するなという方が間違っている。
 どんな顔をすればいいのか分からなくて、結局花束に顔を埋めることにしたシフィルの額に口づけて、エルヴィンは城の廊下を歩き出した。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

美貌の騎士団長は逃げ出した妻を甘い執愛で絡め取る

束原ミヤコ
恋愛
旧題:夫の邪魔になりたくないと家から逃げたら連れ戻されてひたすら愛されるようになりました ラティス・オルゲンシュタットは、王国の七番目の姫である。 幻獣種の血が流れている幻獣人である、王国騎士団団長シアン・ウェルゼリアに、王を守った褒章として十五で嫁ぎ、三年。 シアンは隣国との戦争に出かけてしまい、嫁いでから話すこともなければ初夜もまだだった。 そんなある日、シアンの恋人という女性があらわれる。 ラティスが邪魔で、シアンは家に戻らない。シアンはずっとその女性の家にいるらしい。 そう告げられて、ラティスは家を出ることにした。 邪魔なのなら、いなくなろうと思った。 そんなラティスを追いかけ捕まえて、シアンは家に連れ戻す。 そして、二度と逃げないようにと、監禁して調教をはじめた。 無知な姫を全力で可愛がる差別種半人外の騎士団長の話。

【R18】国王陛下はずっとご執心です〜我慢して何も得られないのなら、どんな手を使ってでも愛する人を手に入れよう〜

まさかの
恋愛
濃厚な甘々えっちシーンばかりですので閲覧注意してください! 題名の☆マークがえっちシーンありです。 王位を内乱勝ち取った国王ジルダールは護衛騎士のクラリスのことを愛していた。 しかし彼女はその気持ちに気付きながらも、自分にはその資格が無いとジルダールの愛を拒み続ける。 肌を重ねても去ってしまう彼女の居ない日々を過ごしていたが、実の兄のクーデターによって命の危険に晒される。 彼はやっと理解した。 我慢した先に何もないことを。 ジルダールは彼女の愛を手に入れるために我慢しないことにした。 小説家になろう、アルファポリスで投稿しています。

絶倫騎士さまが離してくれません!

浅岸 久
恋愛
旧題:拝啓お父さま わたし、奴隷騎士を婿にします! 幼いときからずっと憧れていた騎士さまが、奴隷堕ちしていた。 〈結び〉の魔法使いであるシェリルの実家は商家で、初恋の相手を配偶者にすることを推奨した恋愛結婚至上主義の家だ。当然、シェリルも初恋の彼を探し続け、何年もかけてようやく見つけたのだ。 奴隷堕ちした彼のもとへ辿り着いたシェリルは、9年ぶりに彼と再会する。 下心満載で彼を解放した――はいいけれど、次の瞬間、今度はシェリルの方が抱き込まれ、文字通り、彼にひっついたまま離してもらえなくなってしまった! 憧れの元騎士さまを掴まえるつもりで、自分の方が(物理的に)がっつり掴まえられてしまうおはなし。 ※軽いRシーンには[*]を、濃いRシーンには[**]をつけています。 *第14回恋愛小説大賞にて優秀賞をいただきました* *2021年12月10日 ノーチェブックスより改題のうえ書籍化しました* *2024年4月22日 ノーチェ文庫より文庫化いたしました*

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

【完結】【R18】男色疑惑のある公爵様の契約妻となりましたが、気がついたら愛されているんですけれど!?

夏琳トウ(明石唯加)
恋愛
「俺と結婚してくれたら、衣食住完全補償。なんだったら、キミの実家に支援させてもらうよ」 「え、じゃあ結婚します!」 メラーズ王国に住まう子爵令嬢マーガレットは悩んでいた。 というのも、元々借金まみれだった家の財政状況がさらに悪化し、ついには没落か夜逃げかという二択を迫られていたのだ。 そんな中、父に「頼むからいい男を捕まえてこい!」と送り出された舞踏会にて、マーガレットは王国の二大公爵家の一つオルブルヒ家の当主クローヴィスと出逢う。 彼はマーガレットの話を聞くと、何を思ったのか「俺と契約結婚しない?」と言ってくる。 しかし、マーガレットはためらう。何故ならば……彼には男色家だといううわさがあったのだ。つまり、形だけの結婚になるのは目に見えている。 そう思ったものの、彼が提示してきた条件にマーガレットは飛びついた。 そして、マーガレットはクローヴィスの(契約)妻となった。 男色家疑惑のある自由気ままな公爵様×貧乏性で現金な子爵令嬢。 二人がなんやかんやありながらも両想いになる勘違い話。 ◆hotランキング 10位ありがとうございます……! ―― ◆掲載先→アルファポリス、ムーンライトノベルズ、エブリスタ

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。