上 下
31 / 43
番外編

エルヴィンの誕生日 1

しおりを挟む
「シフィル、ひとつ頼みがあるんだが」
 真面目な口調で切り出されて、シフィルは首をかしげつつ飲んでいたカップを置いた。就寝前、エルヴィンと寝室でこうして過ごす時間が、シフィルはとても好きだ。
 今日は安眠効果のあるハーブティーを飲んでいるけれど、ふたりでお酒を飲むこともあるし、時々甘いものを食べることもある。夜遅くに食べるお菓子は、背徳の味だ。
 
「頼みって、何?」
 そばに座ったエルヴィンを見上げると、彼は眉間に皺を寄せつつシフィルの顔をのぞき込んだ。珍しく、少し緊張しているようだ。
 
「聞いてくれるかな。シフィルにお願いしたいことがあるんだ」
「内容によるけど、私にできることなら……いいけど」
「本当に?」
 嬉しそうに身を乗り出したエルヴィンは、シフィルを抱き寄せると耳元に唇を寄せた。

「アレッタ嬢にもらった、あの下着を着てくれないか」
「……っ!」
 囁かれた言葉に、シフィルは息をのんだ。一気に熱くなる身体に動揺して、思わず言葉を失う。
 就寝前にこうしてふたりで過ごし、その後ベッドで愛しあうのがほとんど毎日の流れだけど、シフィルはいつだって露出のない夜着を身につけている。
 どうせすぐに全て脱がされてしまうし、そもそもエルヴィンにはシフィルの身体の隅々まで見られているのだけど、それでも自分から肌を露出することはまだまだ恥ずかしい。
 アレッタからもらったあの下着は、何も着ていない時よりも恥ずかしくなるようなデザインで、見るだけでも顔が赤くなってしまうため、酔ったあの晩に着て以来、クロゼットの奥にしまい込んでいる。

「な、なんで急に」
 動揺してうわずった声で問うと、エルヴィンの指先が悪戯するように背中をゆっくりと撫でた。その官能的な動きに、シフィルは思わずぞくりと身体を震わせる。
「せっかく貰ったのに、着ないのは勿体ないだろう」
「い、一回は着たわ……!」
「盛大なお預けを食らわされたけどな。ちゃんと起きてるシフィルが着ているところが見たいんだけど?」
「でも、えっと、だって……」
 あわあわと言葉を探すシフィルに、エルヴィンはくすりと笑って耳元に口づけた。

「そういえば、明日は俺の誕生日なんだ」
「え? あ……、そうね、もちろん知ってるわ」
 戸惑いつつも、シフィルはうなずく。
 結婚して初めてのエルヴィンの誕生日だし、これまでほとんど彼の誕生日を祝ったことがなかったから、シフィルはこのところ、張り切って色々な準備に奔走していた。
 明日の食事はエルヴィンの好物ばかりを並べる予定だし、ケーキだって焼く予定にしている。
 こうやって夜ふかしをしているのも、誕生日当日を迎えた瞬間に、エルヴィンにおめでとうを言いたいからなのだ。

「だから、シフィルがあれを着ているところが見たい」
 エルヴィンの言葉に、シフィルは眉を顰め、首をかしげた。
「それ、誕生日関係あるかしら……」
「大ありだ。シフィルはこの前聞いてくれただろう、何か欲しいものはないか、と。俺の希望は、シフィルがあれをまた着てくれること、だけど?」
「う……」
 何だか丸め込まれてしまったような気もするけれど、確かに誕生日に欲しいものはないかと尋ねたことは事実だ。
 その時は、また考えておくと言っていたエルヴィンだけど、まさかこんなことをリクエストされるとは思わなかった。

「で、でも誕生日プレゼントと言えば、やっぱり品物じゃないかしら」
 実は、仕事で使うペンと、一針一針想いを込めて刺繍をしたハンカチを贈るつもりでこっそりと準備している。本当は明日渡したかったけれど、この状況から逃れられるなら、今渡しても構わない。そう思ってエルヴィンを見上げてみても、抱きしめた腕は揺るがない。
「一番欲しいものがシフィルなんだから、仕方ない」
「うぅ、でも……」
 甘い声で囁くエルヴィンの言葉は嬉しい。だけど羞恥心はどうしようもなくて。
 唸りつつ考え込んだシフィルをひょいっと抱き上げたエルヴィンは、そのままクロゼットへと向かった。そして、奥にしまい込んでいたはずの下着をあっさりと取り出すと、楽しそうな表情でシフィルの顔をのぞき込む。
 
「ほら、しまい込んだままだと、せっかく贈ってくれたアレッタ嬢にも申し訳ないだろう」
「や、ちょ、待って、まだ着るって言ってないわ!」
「じゃあ、リクエストを変更しよう。俺が着替えさせてあげるから、今すぐこれを着て」
「無理無理無理っ」
 シフィルは、真っ赤になって首を振る。自分で着るならまだしも、エルヴィンに着替えさせてもらうなんて、できるはずがない。
 そう言っている間にも、エルヴィンの手はシフィルの夜着のボタンを外そうとしていく。
「待って、分かったわ。じ、自分で……っ、着るからっ」
 思わず叫んだシフィルを見て、エルヴィンはそれはそれは楽しそうに笑った。きっとこれが彼の策だったのだろうけど、すでに口にした言葉は撤回できない。
 これ以上ないほどに赤くなった顔を見られないようにうつむきながら、シフィルはエルヴィンの手から下着を奪い取ると、浴室へと駆け込んだ。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

大嫌いな次期騎士団長に嫁いだら、激しすぎる初夜が待っていました

扇 レンナ
恋愛
旧題:宿敵だと思っていた男に溺愛されて、毎日のように求められているんですが!? *こちらは【明石 唯加】名義のアカウントで掲載していたものです。書籍化にあたり、こちらに転載しております。また、こちらのアカウントに転載することに関しては担当編集さまから許可をいただいておりますので、問題ありません。 ―― ウィテカー王国の西の辺境を守る二つの伯爵家、コナハン家とフォレスター家は長年に渡りいがみ合ってきた。 そんな現状に焦りを抱いた王家は、二つの伯爵家に和解を求め、王命での結婚を命じる。 その結果、フォレスター伯爵家の長女メアリーはコナハン伯爵家に嫁入りすることが決まった。 結婚相手はコナハン家の長男シリル。クールに見える外見と辺境騎士団の次期団長という肩書きから女性人気がとても高い男性。 が、メアリーはそんなシリルが実は大嫌い。 彼はクールなのではなく、大層傲慢なだけ。それを知っているからだ。 しかし、王命には逆らえない。そのため、メアリーは渋々シリルの元に嫁ぐことに。 どうせ愛し愛されるような素敵な関係にはなれるわけがない。 そう考えるメアリーを他所に、シリルは初夜からメアリーを強く求めてくる。 ――もしかして、これは嫌がらせ? メアリーはシリルの態度をそう受け取り、頑なに彼を拒絶しようとするが――……。 「誰がお前に嫌がらせなんかするかよ」 どうやら、彼には全く別の思惑があるらしく……? *WEB版表紙イラストはみどりのバクさまに有償にて描いていただいたものです。転載等は禁止です。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

慰み者の姫は新皇帝に溺愛される

苺野 あん
恋愛
小国の王女フォセットは、貢物として帝国の皇帝に差し出された。 皇帝は齢六十の老人で、十八歳になったばかりのフォセットは慰み者として弄ばれるはずだった。 ところが呼ばれた寝室にいたのは若き新皇帝で、フォセットは花嫁として迎えられることになる。 早速、二人の初夜が始まった。

美貌の騎士団長は逃げ出した妻を甘い執愛で絡め取る

束原ミヤコ
恋愛
旧題:夫の邪魔になりたくないと家から逃げたら連れ戻されてひたすら愛されるようになりました ラティス・オルゲンシュタットは、王国の七番目の姫である。 幻獣種の血が流れている幻獣人である、王国騎士団団長シアン・ウェルゼリアに、王を守った褒章として十五で嫁ぎ、三年。 シアンは隣国との戦争に出かけてしまい、嫁いでから話すこともなければ初夜もまだだった。 そんなある日、シアンの恋人という女性があらわれる。 ラティスが邪魔で、シアンは家に戻らない。シアンはずっとその女性の家にいるらしい。 そう告げられて、ラティスは家を出ることにした。 邪魔なのなら、いなくなろうと思った。 そんなラティスを追いかけ捕まえて、シアンは家に連れ戻す。 そして、二度と逃げないようにと、監禁して調教をはじめた。 無知な姫を全力で可愛がる差別種半人外の騎士団長の話。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

この裏切りは、君を守るため

島崎 紗都子
恋愛
幼なじみであるファンローゼとコンツェットは、隣国エスツェリアの侵略の手から逃れようと亡命を決意する。「二人で幸せになろう。僕が君を守るから」しかし逃亡中、敵軍に追いつめられ二人は無残にも引き裂かれてしまう。架空ヨーロッパを舞台にした恋と陰謀 ロマンティック冒険活劇!

極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました

白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。 あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。 そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。 翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。 しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。 ********** ●早瀬 果歩(はやせ かほ) 25歳、OL 元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。 ●逢見 翔(おうみ しょう) 28歳、パイロット 世界を飛び回るエリートパイロット。 ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。 翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……? ●航(わたる) 1歳半 果歩と翔の息子。飛行機が好き。 ※表記年齢は初登場です ********** webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です! 完結しました!

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にノーチェの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、ノーチェのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。