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12 そしていつまでも
しおりを挟む空まで祝福しているかのような、よく晴れたある日、ウィリアムとアマリアーナの結婚式が盛大に開かれた。
アマリアーナは、ふわりと大きく広がる清楚なドレスに身を包み、胸元にはエドリックから贈られた真珠のネックレスをつけた装いで、輝くばかりの幸せな笑顔を振りまいていた。アマリアーナの父と兄たちは、そろって号泣していたが。
「ウィル、アマリアーナ姫、おめでとう。先を越されちゃったなぁ」
そう言って笑うのは、ローレンスだ。そばにはもちろん、クロエが寄り添っている。
「ありがとう、ローレンス。次はきみたちの番かな?」
「どうだろうねぇ。なかなかクロエがうなずいてくれないんだ。まだまだ、この甘い恋人期間を楽しみたいみたい」
くすくすと笑うローレンスとクロエの指には、それぞれ似たデザインの指輪が輝いているので、2人の結婚もそう遠い話ではないのだろう。
「ウィルが、大切なものを手に入れられて、本当に良かったと思うよ。幸せな政略結婚に、乾杯」
ローレンスはそう言ってグラスを掲げた。
ウィリアムとアマリアーナの結婚は、もちろん2人が愛し合っているからなのだが、政略結婚の一面も持つ。
アマリアーナがウィリアムのもとに嫁ぐことで、ミレイニアはアウローズから海碧鉱石の輸入量を確保した。それから、ミレイニア産の翠石のほとんどはアウローズへ輸出されることに決まった。もともと産出量は多くない翠石だけど、その品質の良さはかなりのもの。ウィリアムとアマリアーナの指輪にも、翠石があしらわれている。
国同士の思惑が絡んだこの結婚に加えて、10近くも歳上のウィリアムに嫁ぐアマリアーナを心配する声もあったが、見つめ合う2人の幸せそうな笑顔を見れば、それが杞憂であることを皆が納得する。
「ウィル様!ご結婚おめでとうございます!」
「ありがとう、ルーナ、レイオン」
かつて淡い想いを抱いたルーナとこうして会っても、もう何とも思わない。ルーナのことは確かに好ましく思ったけれど、手に入れたいと渇望するほどではなかった。どんなに押し込めようとしても溢れた、アマリアーナへの気持ちとは全然違う。
「ウィル様、もしかして、レイアってアマリアーナ様がモデルですか?」
「え?」
こそりと声をひそめて囁いたルーナに、ウィリアムは眉を上げる。レイアとは、ウィリアムが書いている小説の主人公のひとりの名前だ。言われてみれば、深窓の令嬢でありながら冒険に出たがるお転婆なところはアマリアーナに似ているかもしれないが。
「違う違う。私が執筆を始めたのは、アマリーに会う前だもの。言われてみれば、似ているところはあるような気がするけれど、偶然だよ」
「そうなんですね……。でも、アマリアーナ様ってレイアのイメージがピッタリ!」
「分かります。私もずっと、レイアのイメージはアマリーに当てはめて読んでいましたから」
「ジェスティ、殿下?」
突然会話に入ってきたのは、ジェスティだった。驚きに目を見開くルーナの手を、ジェスティは握りしめる。
「あなたもウィリアム様……いえ、ラウラ・ストーンのファンなのですね?」
「もしかして……ジェスティ殿下も?」
「えぇ、デビュー作からずっと追いかけています。良ければあちらで、作品について語り合いませんか」
「ぜひ!」
同志を見つけて目を輝かせたルーナが、大きくうなずく。ジェスティと共に歩き出そうとするのを、ものすごく不機嫌な顔のレイオンが阻止しようと奮闘するのを見ながら、ウィリアムはくすりと笑った。万に一つも間違いが起こることはないだろうが、レイオンの気持ちも分からなくはない。ウィリアムだって、アマリアーナが、他の男と親しくするなんて許せないと思ってしまうから。
「ウィル様のご本は、とても人気なのですね。わたしに似た登場人物が出てくるなら、一度読んでみようかしら」
アマリアーナが小さく首をかしげる。画集などを見るのは好きだが、それ以外は読むと眠くなってしまうというアマリアーナは、ウィリアムが作家業をしていることを知っても、あまり興味を示さなかったのだ。
「無理はしなくていいよ。舞台なら、眠くならずにすむだろうから、今度観に行こうか」
ウィリアムの提案に、アマリアーナは嬉しそうにうなずいた。そして、不機嫌顔のレイオンをよそに、ルーナと語り合うジェスティの様子を見てくすくすと笑う。
その横顔を見て、ウィリアムは確かにアマリアーナはレイアに似ているかもしれないと思う。キャラクター作りに、特定の人物を思い浮かべたことはなかったのだが。今後の創作に影響を及ぼしてしまいそうだ。作中で、彼女と恋仲になるのは、ウィリアムとは全然違う、逞しく男らしいキャラクターだから。
思わず強く抱き寄せてしまい、アマリアーナが驚いたようにウィリアムを見上げた。
「どうかしましたか?」
「いや……」
目を瞬かせたアマリアーナに、ウィリアムは言葉を濁す。まさか、作品のキャラクターとアマリアーナを重ね合わせて嫉妬したなんて、言えるはずがない。
「そういえば、アマリーは緑が好きなの?」
話題を変えるように、ウィリアムはアマリアーナの顔をのぞきこんだ。
イヤリングも髪飾りも、淡い緑色の石をあしらったものを身につけており、それはアマリアーナたっての希望だったという。
2人の指輪の翠石も、アマリアーナの希望だった。ミレイニア産の魔石だからかと思っていたが、好きな色だからなのかもしれない。
それに、以前から、アマリアーナが淡い緑色のドレスを着ているところも、よく目にしている。
「えぇと……、好き、というか。ウィル様の魔力の色が緑色でしょう?だからその、」
アマリアーナは、恥じらうようにうつむいたあと、意を決したようにウィリアムの耳元に顔を寄せた。
「やっぱり、好きな人の色を身につけたい……と、思ったんです」
思いがけない言葉に、ウィリアムの頬に血がのぼる。
「アマリー、知ってたの?私の魔力の色を」
魔力のないアマリアーナが、ウィリアムの魔力の色を識別できるとは思わなくて、驚きに目を見張ってしまう。
「えぇ。わたしには魔力はないけれど、何故だか魔力の色は分かるんです。だから、以前ウィル様にお贈りしたペンも、緑色を選んだんですもの」
魔導師は、自らの魔力の色に愛着を持つことが多い。それを知っていたから、アマリアーナはウィリアムのために淡い緑色のペンを選んでくれたのだろう。
「そうなんだ。あのペンに、より一層、愛着がわくな」
ウィリアムの言葉に、アマリアーナも嬉しそうに微笑んだ。
「ウィル様の魔力と同じ色を身につけていると、ウィル様と一緒にいるような気がするんです」
アマリアーナは、左手の薬指の指輪を見て笑った。そこには、ウィリアムの魔力とよく似た淡い緑色の石が輝いている。
「あぁもう、アマリーが可愛すぎて、今すぐにでも寝室に行きたいくらいだよ」
耳元で囁くと、アマリアーナの頬は真っ赤に染まった。
「それは、その、わたしも同じ気持ちですけど、えっと……」
うろうろと視線をさまよわせながら言葉を探すアマリアーナを見て、ウィリアムは笑ってその赤く色づいた頬を撫でた。
「大丈夫。私は、大好きなものは一番最後までとっておく主義だから、ちゃんと夜まで待つよ」
そのかわり、今夜は寝かせてやれないかもしれないと思いつつ、ウィリアムはアマリアーナを抱き寄せた。
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