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7 王妃とのお茶会
しおりを挟む庭園の端、池のそばの四阿で王妃は待っていた。王妃1人ではなく、アマリアーナもそばにいることに気づいて、ウィリアムの胸が一瞬どきりと高鳴る。
「大変お待たせいたしました、申し訳ありません」
「え、ウィル様?」
アマリアーナが驚いたように声をあげる。どうやら、ウィリアムが来ることは彼女も聞かされていなかったようだ。
「ウィリアム殿下、お呼びたてして申し訳ありません。お忙しかったのでしょう?」
王妃はゆったりとした笑みを浮かべてウィリアムの方を見た。並んでみると、アマリアーナは母親似らしい。髪の色は母親譲りだし、顔立ちもよく似ている。
「どうぞおかけになって。アマリアーナ、ウィリアム殿下にお茶を淹れてさしあげて」
「はい、お母様」
アマリアーナは小さくうなずくと、お茶の準備を始めた。近くに控える侍女の姿が見えないことから、内密にしたい話でもあるのかと首をかしげつつ席につく。
「ウェステリアでは、ウィリアム殿下にうちのお転婆娘が大変お世話になったと聞きましたの」
唯一アマリアーナとは違う、深い藍色の瞳に楽しそうな色を浮かべて王妃は笑う。どう返すのが正解か分からず、曖昧な笑顔を浮かべるウィリアムに、王妃はくすくすと笑った。
「うちの男性陣は皆、アマリアーナに甘くて。厳しいことひとつ言わず、ただ愛でるばかりで甘やかしてばかりなんですの。この子も兄のあとをついてまわるばかりのお転婆で、このままでは結婚のお相手も見つからないんじゃないかと心配しておりましたのよ。皆、アマリアーナにはまだ早いと、夜会にも出したがらないものですから」
ウィリアムはうなずきながらも、何と答えるべきか思案する。王と2人の兄がアマリアーナを大切にするあまり、出会いの芽を摘んでいたのだろう。王族とはいえ政略結婚がそれほど一般的でない現代において、それではアマリアーナに相手が見つからないのでは、と心配する王妃の気持ちも分かる。
「ですから半ば無理矢理ウェステリアに行かせたのですけれど、お目付役がいないのをこれ幸いと自由気ままに行動するものですから、報告を受けて卒倒する思いでしたわ。まさか、夜会から逃げ出そうとして木に引っかかったところを発見されるなんて」
じろり、と見つめられてアマリアーナが小さくなる。確かに、ドレス姿で茂みに引っかかっていた姿にはかなり驚いた。王女にあるまじき行動であることは事実だ。
「ウィリアム殿下に見つけていただかなかったら、どんなことになっていたか。本当に、ありがとうございます」
「いえ、姫も慣れない他国での生活に疲れていたのでしょう、ねぇ?」
フォローしつつアマリアーナに笑いかけると、彼女は頬を染めてうつむいた。過ぎたことを蒸し返されて、いたたまれない気持ちなのだろう。
「その後も、街歩きに付き合ってくださったとか。この子ったら、行儀見習いに行ったはずなのに、その話ばかりするんですのよ。ウィリアム様にどこに連れて行っていただいたとか、こんなことをしたとか」
「お母様、もうやめてください」
困ったようにアマリアーナが王妃の袖を引く。王妃はくすりと笑うと、ウィリアムの方を見た。
「世間知らずな娘ですから、殿下にも多数ご迷惑をおかけしましたでしょう?」
「いえ、私も楽しい時間を過ごせましたよ。私も堅苦しいことは苦手な方なので、肩肘張らずに過ごせたことは幸いでした」
フォロー半分、本音半分でそう告げると、王妃はうなずいた。
「そう言っていただけると救われますわ。子供のお守りのようでご迷惑だったのではないかと、心配しておりましたの」
「とんでもない。姫の天真爛漫なところは、とても好ましいと思いますよ」
ウィリアムの言葉に、王妃は嬉しそうに笑って身を乗り出した。
「でしたら、殿下にお願いがありますの」
声をひそめた王妃に、ウィリアムは小さく首をかしげつつ次の言葉を待つ。
「……アマリアーナを、もらってくれませんこと?」
「は、」
「お母様!?」
間の抜けたウィリアムの声と、アマリアーナの悲鳴が重なる。
「殿下はまだお一人でしょう。今は恋人もいらっしゃらないと聞きましたわ。礼儀作法はあたくしも叩き込みましたし、見目はそう悪くないと思うのですけれど」
何故恋人もいないことが漏れているのか疑問だが、問題はそこではない。ウィリアムはオロオロと王妃とアマリアーナを見た。
にっこりと笑みを浮かべた王妃と、真っ赤になって口をパクパクしているアマリアーナ。アマリアーナにも想定外の話だったようだ。ウィリアムも一気に汗が吹き出すのを感じる。これほど動転したのは、いつ以来だろうか。
「えぇと、その、私と姫とでは、年が離れすぎていると思うのですが」
突っ込むべきはそこではないと思いつつも、思わず漏れた言葉に、王妃はこてりと首をかしげた。
「年の差など、些細なことではありませんか。あたくしは陛下と、15離れておりますわよ」
そう、ミレイニアの国王夫妻は年の差婚なのだった。言葉に詰まるウィリアムに、王妃は更なる追い討ちをかける。
「アマリアーナはこのお話、問題ないでしょう?」
王妃の言葉に、アマリアーナは小さくうなずいてうつむく。
「はい。あの、ウィリアム様が良ければ……ですけれど」
アマリアーナはそう言うけれど、王妃にそう言われて拒否できるわけがない。ウィリアムはアマリアーナのことを好ましく想うし、個人的な感情としては嬉しい話だ。だけど、アマリアーナの気持ちはどうなるのだ。望まぬ結婚を押しつけてまで、アマリアーナが欲しいとはウィリアムは思わない。
「ですが……」
「急な話で驚かせてしまいましたね。ウェステリアでの話を聞いて、この子にはウィリアム殿下のような方がそばにいてくださったら素敵だと思ったんですの。でも、殿下のお気持ちも大事ですものね、先走って申し訳ありません」
あまり悪く思っていなさそうな表情でそう言われて、ウィリアムは呆然としたままそれを受け入れる。
「あたくし、そろそろ行かなくては。ウィリアム殿下、申し訳ないのですが、晩餐の席までアマリアーナのエスコートをお願いしても?」
予定されている晩餐の時間までは、まだ余裕がある。どうやら2人で話せということらしい。
「……承知いたしました」
断れるはずもなく、ウィリアムがうなずくと、王妃はにっこりと笑って四阿を出て行った。
それを見送って、ウィリアムはアマリアーナの方を振り返る。目が合った瞬間びくりと身体を震わせたアマリアーナを見て、ウィリアムは苦笑しながら少し離れた場所に座った。
「申し訳ありません、ウィリアム様」
「……どうしてきみが謝るの?」
「母が変なことを……。ウィリアム様にも、どなたかお相手がいらっしゃるかもしれないのに」
困ったような顔でうつむくアマリアーナに、ウィリアムは小さくため息をついた。
「いや、私は別に……。きみの方こそ、こんな年上の男とだなんて、今時政略結婚みたいなことは、受け入れ難いだろう」
「わたし、ウィル様がそんな年上だなんて思ったこと、」
「……えぇと、確かに私は、年より若く見られることはあるけれど……」
「違、そうじゃなくて、そんな年の差なんて感じたことないくらい、ウィル様とお話するのは楽しくて……。きっと、ウィル様がわたしに合わせてくださっていたのでしょうけど」
どうにも噛み合わない会話に、アマリアーナは焦れたように首を振った。
「わたしは、ウィル様と結婚できるなら嬉しいと思っています。ウィル様は……こんな子供とは無理だと思われるかもしれないけど」
真っ直ぐに見つめられて、ウィリアムは思わず息をのむ。
「アマリアーナ、姫」
「ウィル様は、わたしでは駄目ですか?」
「いやあの、そんな簡単な話では」
アマリアーナがウィリアムのことを、結婚しても良いと思う程度に好いてくれていることは嬉しいが、ウィリアムはそれに簡単に乗っかってはいけないと思う。だって2人の立場はそれぞれ別の国の王子と王女であって、お互いの気持ちだけでどうにかなる話ではないのだ。
それに、アマリアーナは親に言われたからウィリアムを受け入れているだけで、本当のところはどうか分からない。人知れず想う相手がいるかもしれないのに。
自分で想像しておいて勝手に痛む胸に内心で苦笑しつつ、ウィリアムは安心させるように笑いかけた。
「ともかく、この話は一旦保留にしよう。国王陛下もご存知ないだろう、この話」
「お父様とお兄様たちは、わたしには結婚はまだ早いと思っているもの」
「ね、だからとにかく、この話はまだ答えを出すには早すぎるよ。そろそろ晩餐の時間だろう、行こう」
「待って、ウィル様」
一方的に話を切り上げて立ち上がったウィリアムの服を、アマリアーナがつかんだ。アマリアーナはそのままウィリアムの顔を見上げる。赤い瞳に真っ直ぐ見つめられて、ウィリアムは息ができない。
「ウィル様の気持ちを聞いてない」
「気持ち……って」
「ウィル様は、わたしのことを、どう思ってらっしゃるの」
「私、は」
思わずウィリアムは息をのんだ。赤い瞳はじっとウィリアムの答えを待っている。胸の奥底にあるこの気持ちを、アマリアーナに告げてもいいのだろうか。彼女は、それを受け入れてくれるというのだろうか。
「アマリー?ウィリアム殿下も。こんなところで何をしておられるのですか?」
ゆっくりと口を開いた瞬間響いた声に、ウィリアムは慌てて口をつぐむ。そこにいたのは、エドリックだった。
「エドリック様、……先程まで王妃殿下のお茶会に同席させていただいていたのですよ」
「わたしがウェステリアでウィリアム様に色々とお世話になったから、お母様からもきちんとお礼を言いたいと、お誘いしたの」
2人の言葉に、エドリックは少し不満そうにしながらもうなずいた。ウィリアムはそっとアマリアーナと距離を取る。
「で、母上は?」
「お着替えのために、先に戻ったわ。わたしたちも、そろそろ向かおうと思っていたところよ。ねぇウィリアム様」
アマリアーナの言葉に、ウィリアムは黙ってうなずく。うっかり気持ちを口にして、エドリックに聞かれなくて良かったと、心底安堵する。
「わたしもお着替えしようかしら。お兄様、お部屋まで送ってくださる?」
アマリアーナは甘えるようにエドリックの手を取った。エドリックの表情が柔らかくなり、大きな手がアマリアーナの頭を撫でる。
「もちろん構わないよ」
「では私も一度部屋に戻ります。エドリック殿下、姫をお願いします」
王妃にはアマリアーナを晩餐の席までエスコートするよう言われていたが、エドリックがいるなら彼に任せた方がいいだろう。ウィリアムは逃げるようにその場をあとにした。
晩餐会で、ウィリアムは意識的に王妃とアマリアーナから距離をとった。座席が例のごとく離れていたのは幸いだ。王妃からは、遠くから物言いたげな視線を感じたが、答えを先延ばしにしている現状で、王妃と話せるわけがない。アマリアーナはウィリアムの方を見ようともしないので、もしかしたら答えを出さなかったことを怒っているのかもしれないけれど。エドリックやジェスティとの話に相槌をうちながらも、気はそぞろだ。せっかくの料理も、味が全く分からなかった。
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