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3 城下町の散策

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「次の目当てはどの店だい?」
「クッキーのお店!季節限定のクッキーがとっても可愛いんですって!そのあとは紅茶のお店に行って、カップケーキのお店にも行きたいし、それから下着のお店も」
「うん、さすがに下着の店には、私は入れないからね」
 無邪気なアマリアーナの言葉に、ウィリアムは苦笑する。
「お店の外で待っていてくださればいいわ。早く行きましょう」
「アマリー、危ない!」
 ウキウキとした様子でウィリアムを振り返ったアマリアーナは、足元の段差に気づかずバランスを崩した。慌ててウィリアムはアマリアーナの腕をつかんで引き寄せる。

「……ごめんなさい」
 腕の中に抱きこむ形となってしまい、ウィリアムはその華奢さに驚きつつ身体を離した。アマリアーナが上目遣いで見上げるので、ウィリアムは内心で苦い顔をした。この無防備さは、彼女の兄や父親でなくても心配だ。

「ちゃんと前を向いて歩かないと。転けて怪我なんてしたら、大変だよ」
 そう言ってウィリアムは、アマリアーナに手を差し出した。
「お手をどうぞ、お姫様」
「ウィル様、王子様みたい」
 実際に王子と姫であるのだが、街中でこんなことをするのが妙に楽しくて、2人で顔を見合わせてくすくすと笑い合う。
 アマリアーナが手を取り、2人は並んで歩き出した。


「あ!ねぇ、ウィル様見て!」
 突然足を止めたアマリアーナが、興奮したように叫ぶ。指さす先には、屋台があった。アマリアーナが食べたがっていた、骨つき肉の屋台だ。
「骨つき肉、だねぇ」
「近くで見てみたいわ」
 アマリアーナにそう言われて、ウィリアムは屋台の方へと足を向ける。肉の焼ける香ばしい匂いが漂ってきた。
「ひとつ、買ってみる?」
 振り返ってたずねると、アマリアーナは勢いよくうなずいた。

 アマリアーナの腕ほどもある、大きな骨つき肉は、骨の部分を軽く紙で包んである。その部分を持ってかぶりつくのがこの骨つき肉の食べ方なのだが、アマリアーナは両手で骨の部分を持って困ったように眉を寄せた。
「……こんなに重いのね」
 腕がぷるぷると震えているのに気づいて、ウィリアムは慌てて支えるために手を伸ばした。
「どこから齧ればいいのかしら」
 戸惑ったように肉を見るアマリアーナに、ウィリアムは苦笑した。大きな口を開けてかぶりつかないと、これは食べられない。
「やっぱり、アマリーには少し難しいんじゃないかな」
 そう言って、ウィリアムはまわりの人々を見る。人気の屋台らしく、客が何人も訪れては骨つき肉を買っていく。皆、大きな口で思い切りかぶりついているのを見て、アマリアーナは眉を下げる。今までそんな食べ方をしたことはなかっただろうし、ウィリアムとしてもアマリアーナにそんな食べ方ができるとは思わないし、させるつもりもない。

「……無理、ですね」
 しゅんと萎れて元気をなくしたアマリアーナを見て、ウィリアムはその手を引いた。
「ウィル様?」
「……確かこっちにね、アマリーにも食べられそうな店が」
 記憶をたどりながら歩いた先に、目的の屋台を見つけて、ウィリアムはホッと息を吐き出す。ウェステリアでは、何度かこうして街を歩いたことがあり、屋台も微かに記憶に残っていたのだ。

「ここなら、きみでも大丈夫じゃないかな?」
 その屋台は、先程と同じように骨つき肉を売っていた。ただし、その大きさは手のひらよりも小さいくらい。購入していくのも女性客が多い。
「すごい……、これならわたしも食べられます!」
 目を輝かせるアマリアーナを見て、ウィリアムも思わず笑みを浮かべた。

 アマリアーナは、念願の骨つき肉を食べることができて大喜びだ。大きい方の骨つき肉は、ウィリアムが食べた。冷たいエールが欲しくなる味だったが、昼間から飲むわけにもいかないので我慢だ。それに今はアマリアーナも一緒だし。
 時刻は昼前。うっかり2人で先に食べてしまったが、エルバートたちも、そろそろ昼食を考える時間だろう。ウィリアムは少し考えて、エルバートに小鳥を飛ばした。すぐに返事が戻ってきて、ランドルフとエルバート行きつけの店に食べに行くから問題ない、と小鳥が告げた。
 骨つき肉と冷たいレモン水というシンプルな昼食になってしまったが、アマリアーナも骨つき肉だけでお腹がいっぱいになってしまったようだ。たまにはそんな事もあるか、と2人で顔を見合わせて笑う。

 お腹も満たされて、2人はまた買い物を再開する。アマリアーナは、行きたい店のリストをチェックしながら、ご機嫌だ。
「荷物持ちをさせてしまってごめんなさい、ウィル様」
「それは構わないけど、たくさん買ったねぇ」
 立ち寄った店でどんどん買い物をするので、荷物は増える一方だ。もちろんアマリアーナに持たせるわけにはいかないので、全てウィリアムが持っている。キラキラとしたアクセサリーや香りの良いクリームなど、細々としたものが店を出るたびに増えていく。
「だって、素敵なお店を教えてくれた皆に、お土産を買いたいんだもの」
 嬉しそうにそう言うアマリアーナに、ウィリアムは目を見張った。大量の買い物は、自分のものだけではなかったらしい。
「お父様とお兄様にも、何か買いたいんだけど……。男の人って何が喜ぶかしら。ウィル様なら何をもらったら嬉しいですか?」
 尋ねられて、ウィリアムは首をかしげて考える。
「そうだな……。難しいねぇ。アクセサリーは好みがあるし、私なら筆記具かな」
「筆記具……。ペンやインク?」
「そうだね。まぁ私の場合は、だけど」
「お父様たちもお仕事で使えそうだし、いいかもしれないですね」
 アマリアーナは納得したようにうなずくと、ウィリアムの手を引いた。
「早速探しに行きましょう」


 文房具を扱う店で、アマリアーナはガラスケースの中のペンを難しい顔で見つめる。
「どれが良いか、分からなくなるわ……」
「ここのペンは書き心地も良いし、デザインも素敵だよね」
 ウィリアムも愛用しているので、王族が使うにも十分だろう。アマリアーナは、ぶつぶつとつぶやきながら指折り数えてみたり、首をかしげたりと忙しそうだ。
「あぁダメ、なかなか決められないわ。ウィル様、ずっとつきあってくださらなくても大丈夫ですよ。わたし、まだしばらく悩みそう……」
「じゃあ、私は奥の方を少し見てくるね」
 店員がアマリアーナの対応をしているので、多少目を離しても大丈夫だろう。ウィリアムは奥のインクコーナーへと足を向けた。
 物書きという職業柄か、ウィリアムは文房具が好きだ。色鮮やかなインクは、瓶のデザインも様々で、見ているだけでも楽しい。迷った結果、執筆にいつも使っているインクと、兄たちへの土産として、インクとペンのセットを購入する。兄たちには全く同じものだ。別のものにすると、喧嘩になってややこしいので。

 自分の買い物を終えてアマリアーナのもとに戻ると、ちょうど彼女も買い物を終えようとしているところだった。
「ご家族へのお土産は買えたかい?」
「ええ。迷ったけれど、ペンを」
 包んでもらった箱を見せてアマリアーナが嬉しそうに笑う。それらの荷物も持とうとウィリアムが手を出すと、アマリアーナが箱のひとつをウィリアムの手のひらに乗せた。
「……これは?」
「ウィル様に、今日のお礼です」
 少し照れたような上目遣いで、アマリアーナは微笑む。
「ウィル様が、わたしにも息抜きが必要だって言ってくださったから。今日、本当に楽しかったの。だから、またお勉強も頑張ります」
「アマリー……、ありがとう」
「使っていただけたら、嬉しいです」
 はにかんだアマリアーナの笑みに、ウィリアムも心が暖かくなるのを感じた。
「それでね、あの、エル様とランディ様には買っていなくて。だから、内緒にしていただけると……」
 こそりとアマリアーナはウィリアムの耳元に唇を寄せる。近づいた距離に、ウィリアムの心臓が一瞬跳ねた。
「うん、分かった。ありがとう」
 秘密、と笑って人差し指を唇に当てるアマリアーナの仕草に、ウィリアムは一瞬息をつめた。

 その時、ウィリアムの肩に小鳥が止まった。エルバートからの連絡だ。昼食を終えて、またさっきのカフェに戻ったらしい。
「私たちも、そろそろ戻ろうか。アマリーも、歩き通しで疲れただろう」
「ええ、そうですね。甘いものが食べたくなっちゃった」
 アマリアーナをうながして、ウィリアムは歩き始める。もらったプレゼントは、そっと自分の荷物の中に滑り込ませて。


◇◆◇


「楽しめたみたいだな」
「えぇ、とっても!」
 満面の笑みでうなずくアマリアーナに、エルバートも微笑んだ。
「エル様たちはどちらに行ってたんですか?」
「俺の行きつけの食堂があってな。ランディとそこに行ってきた」
 エルバート行きつけというから、王族御用達のレストランかと思いきや、庶民的な食堂に行ったらしい。どれも大盛りメニューで美味かった、とランドルフも満足そうだ。今度はウィルも一緒に行こう!と言うランドルフに、ウィリアムは曖昧にうなずく。大食漢であるランドルフが満足するレベルの大盛りの店だ、成人男性の平均的な量しか食べないウィリアムが行っても食べきれるかどうか。

「そうそう、これを兄上に」
 ウィリアムは先程買ったインクとペンを取り出した。ランドルフは驚いたように眉を上げる。
「俺に?」
「アーネスト兄様に何も土産がないのも悪いかと思って、買ったんです。だから、ランディ兄様にも同じものを」
 同じもの、というところを強調しつつ、ウィリアムは笑う。ランドルフは感激の表情だ。
「おお、これはウィルがいつも使っているペンだな。兄弟皆、お揃いか」
「そうですね。ここの店のものは使いやすいので」
「大事にする」
 ランドルフは嬉しそうに笑った。ペンは兄たちの瞳と同じ、明るい茶色をしたもの。とろりと甘い紅茶色をしたそのペンは、ウィリアムの瞳の色とも同じだ。
 兄たちは何も言わないけれど、作家としての執筆活動で忙しい分、本来すべき公務を彼らが多めに負担してくれていることを、ウィリアムは知っている。いつだって兄たちは小説を楽しみにしてくれているし、応援してくれる。だから、こういう些細なことでも普段の感謝の想いを伝えたい。
 喜ぶランドルフの笑顔が、ウィリアムにとっては何より嬉しい。



 城に戻ったウィリアムは、アマリアーナからもらった箱を開けた。中には、ガラスペンが入っていた。新緑を思わせる明るい緑のペンは、ペン先に向かって濃くなるグラデーションが美しい。
 ウィリアムはペンを取り上げると、ふっと笑った。アマリアーナには魔力がないので知らないだろうが、明るい緑はウィリアムの魔力の色。偶然とはいえ、その色を選んでくれたことが嬉しい。
 同時にアマリアーナの笑顔と、繋いだ手の温もりや抱き止めた身体の柔らかさと華奢さを思い出して、ウィリアムは思わず口元を押さえた。

「……いやいや、10も年下の子に何を……」
 アマリアーナは確か20歳になったばかり。来年には三十路に足を踏み入れるウィリアムとは、ほぼ10の年の差だ。彼女のことを好ましく思う気持ちはあるものの、それはきっと、妹を思うようなもの。それに、彼女はミレイニアの王女だ。年頃だし、こうやって行儀見習いに来ていることを考えると、近い将来、彼女は誰かと結婚することが決まっているはずだ。
 ウィリアムは小さくため息をつくと、目を閉じた。大丈夫、別に彼女のことが欲しいわけじゃない。
 こういう時、ウィリアムは政略結婚で相手が決まっていればいいのにと考えてしまう。国のためにこの身を役立てることができるなら、それで構わない。ウィリアムが誰かを望むことはできないから。
 もっとも、現状アウローズ王国は内外の政情も安定しており、政略結婚などあり得なさそうなのだけれど。


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