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それはきっと、小さな恋の始まり
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「ここまで来れば大丈夫かな……?」
メルは周囲を見回して、そばに誰もいないことを確認してため息をつく。
「大丈夫……だよね?ちゃんと人間に見える、よね?」
ショーウィンドウに映った自分の姿を確認して、メルはくるりとその場で一回転してみる。
背中の羽はちゃんと隠せているし、少し尖った耳も髪で隠れている。甘い砂糖菓子のようにピンク色がかったこの髪だって、色彩に溢れたこの街の中ならそんなに目立っていない……と、思う。
ちゃんとお金だって持ってきたし、とメルはポシェットの中をのぞき込む。きらりと光るコインが、ぶつかり合って高い音を響かせるのを確認して、メルは満足そうにうなずくと、弾んだ足取りで歩き始めた。
花の精であるメルは、普段は森の奥にある集落で暮らしている。時折、こうして人間の住む街へ来て、いろんな場所で咲く花々の様子を見て、時には活力を与えるために力を注いでいる。
いつもは護衛と称したお目付役が目を光らせているから、気になるものも見たいものもたくさんあるのに、全然近づけない。
だから、今日は護衛を振り切ってひとりで出てきたのだ。帰ったら少し怒られるかもしれないけれど、それでも人間の街を自由に散策するという誘惑には逆らえなかった。
今日こそはいろんな場所に行ってみようと、メルは意気込んでいた。
気になっていたスイーツのお店をのぞいたり、可愛い雑貨屋に行ってみたり、少し古びた香りが素敵な古書店で、美しい装丁の本を手に取ってみたり。
花屋で萎れかかっていた売り物の花を、思わず元気にしてしまった時は少し店内がざわついて焦ったけれど。
――ほら、やっぱり正体がバレたりしないじゃない。皆親切だし、ここは怖いところじゃないわ。
多少ソワソワと落ち着きはないものの、メルは街の中に違和感なく溶け込んでいた。
やっぱり護衛なんて必要なかった、と思いながら、メルは踊るような足取りで散策を続ける。
夢中で歩き回っているうちに、ふと軽い眩暈を感じてメルは額に手を当てた。少し、はしゃぎすぎただろうか。
急に日差しの強さが辛く感じて、メルは慌てて日陰を探して移動する。少しでも涼しい方へ、と細い路地へと入ったメルは、建物の陰で思わずよろめいて壁に身体を預けた。
「水分不足、だわ……」
日差しの強さを甘く見ていたメルのミスだ。身体の中の水分が、どんどんなくなっていくのが分かる。
このままでは、干からびて死んでしまう。
人間に見られるリスクはあるものの、隠している羽を使って、急いで空を飛んで戻るべきだろうか。人気のない路地に入り込んだことは、不幸中の幸いだった。
念のため周囲を見回して、誰もいないことを確認して、メルは一度目を閉じると背中に意識を集中させる。
ふわりと暖かくなる感覚と同時に、隠していた背中の羽が姿をあらわす。透き通った4枚の羽は、日陰の中でも美しく光を纏って輝いている。
ストレッチするように何度か羽を動かして、さぁ飛び立とうとした時、メルの視界の隅で動くものがあった。
「……妖精?」
驚きに思わず漏れた、というようなその声は、少し高く幼い響きをしている。
見られてしまったという衝撃で動けないメルの前に、声の主が姿をあらわした。
声の響きから想像した通り、そこにいたのはまだ幼さの残る少年。恐らく10を少し過ぎた程と思われる少年は、目を輝かせてメルの方に近づいてきた。
「すごい、本物の妖精だ!」
その表情は純粋な喜びに溢れていて、メルも少しだけ警戒心を緩める。何より自分とそう変わらない年頃の人間と触れ合うことに、警戒心を上回る好奇心が顔を出した。
「……あれ、顔色悪い?大丈夫?」
近寄ってきた少年は、メルの顔を見て首をかしげる。メルは、思い切って口を開いた。
「うん、ちょっと喉が乾いちゃって」
「今日、暑いもんね。待ってて、何か飲み物買ってきてあげる」
うなずいた少年は、メルにその場にいるよう言い残すとぱたぱたと大通りの方へと駆けていった。
なんて親切な子だろうと思いながら、メルは再び背中の羽を隠す。
本当は、姿を見られた以上、今すぐここから立ち去るべきなのは分かっている。あの少年が、誰かを呼んでくるかもしれないし、飲み物を買ってくるというのは嘘かもしれない。
だけど、心配そうな表情でメルを見た少年の瞳に嘘はないと信じたかった。
それでも少しドキドキしながら待っていると、少年が息を切らして戻ってきた。その手には、水の入ったボトルが握られている。
「ごめんね、遅くなっちゃった。これ飲んで」
笑顔で差し出されたボトルはひんやりと冷たくて、メルは受け取るとほんの少しだけ警戒しつつ口をつけた。
ほのかにレモンの風味がする水は冷たくて、甘い。
一口飲んでしまえばあとは我慢できなくて、一気に半分近くを飲み干したメルは、ようやく身体の中が潤ったような気がしてほうっとため息をつく。
「あの、ありがとう」
躊躇いがちに少年を見上げてつぶやくと、彼はにっこりと笑った。その明るく花開くような笑みに、メルは一瞬見惚れる。
「良かった、今日みたいに暑い日は気をつけないとね」
メルの顔をのぞき込んだ少年は、顔色が良くなったと微笑んだあと、軽く首をかしげた。
「妖精、じゃないの?」
「えっと……」
言葉に詰まるメルの背中を確認するように見て、少年は戸惑ったように目を瞬いた。
「羽、なくなっちゃった」
その声があまりに残念そうに響くから、メルは思わず隠していた羽をまた出現させてしまう。その瞬間、少年の表情は明るく輝いた。
「すごい!やっぱり妖精なんだね。羽は自由に出し入れできるの?いいなぁ」
「……驚かないの?」
「おばあちゃんから、聞いたことあったんだ。この街には時々妖精があらわれるって。キラキラした羽を持っていて、とても綺麗な人だって」
「ふふ、そうなんだ」
綺麗な人、と言われてメルは少し嬉しくなる。だけど、目の前の少年も美しい顔をしていた。さらさらとした銀の髪は思わず触れてみたくなるほどに柔らかそうだし、意志の強そうな眉の下の黒い瞳は、吸い込まれそうな夜空の色をしている。
「妖精さん、お名前を聞いてもいい?あっ、僕はエディだよ」
先にちゃんと名乗ってくれる少年――エディの律儀さに、メルはくすくすと笑う。
「エディ。素敵な名前ね。私は、メル。よろしくね」
手を差し出すと、エディが恐る恐るといったようにメルの手を握った。初めて触れた人間のぬくもりに、メルの胸もどきりと高鳴る。
その時、話し声が近づいてきたので、メルは慌てて羽を隠した。幼いなりにメルを守ろうとしたのか、エディが大通りから見えないように立ってくれたことも嬉しくて、思わず笑みがこぼれる。
「大丈夫、誰も見てないよ」
耳元に唇を寄せて囁いた声は、先程までより大人びて聴こえて、メルの胸がまたどきりとする。
「う、うん。ありがとう。でも私、そろそろ行かなくちゃ」
本当はもっとエディと話したいのに、なんだかソワソワと落ち着かない気持ちから逃げ出したくて、メルは思わずそう言う。
「そっか……。また、会える?」
残念そうに眉を下げたエディの表情に、またどきりとしながら、メルはうなずく。
「ら、来週!またここに来るわ」
「本当?」
ぱあっと表情を明るくしたエディに、メルも笑ってうなずく。
「本当よ。約束」
小指を差し出すと、嬉しそうに笑ったエディの指がそっと絡められた。
「うん、約束」
お互い笑い合って、絡めた指を何度か上下に振る。
さすがにエディの前で空に飛び上がるのはやめて、メルは手を振って路地を出た。
思いがけない出会いに心の中が、何だか来た時よりも弾んでいるような気がする。
「お嬢様」
せっかく楽しい気持ちで歩いていたのに、背後からかけられた硬い声にメルは唇を尖らせて足を止める。
そこにいたのは、黒いスーツを身に纏った男。あまり感情をあらわにしないその冷たい顔は、いつだって怒っているように見える。
「……探しましたよ。どこを遊び歩いていたのですか」
「別に、ちょっとそのあたりを散策していただけよ」
「お嬢様に何かあれば、お叱りを受けるのは私です。勝手な行動は謹んでいただかないと」
「別に護衛なんて必要ないって、いつも言ってるじゃない。私だって、もう子供じゃないわ」
拗ねたようにそう言うこと自体、まだ子供だなと思いながらも、メルはため息をつく。
「我々の存在を、友好的に受け入れてくれる人間ばかりではないのですよ。過去には、捕らえられた仲間もいるのですから、気をつけていただかないと」
「分かってるわよ……」
うなずきながらも、エディは悪い人ではないとメルは思う。きっとエディに会ったことがバレたら盛大に怒られるし、外出禁止を言い渡されることは間違いないから、絶対に言えないけれど。
「さぁ、早く戻りましょう」
促されて、メルは素直にうなずく。来週また、ここに来るためには、しばらく大人しくいい子にしておかなければ。
次に会った時にはどんな話をしようか。エディのことをもっともっと知りたい。
こみ上げる笑みを堪えるように口元に手をやったメルを見て、護衛の男が怪訝そうな表情を浮かべる。
何でもない、と首を振ってみせながら、メルは思わず歌いだしたくなるような気持ちになっていた。
エディのことを考えると、何だか心の奥がむずむずとする。くすぐったくて、落ち着かないような気持ちになるけれど、決して嫌ではないその感覚。
それが何なのか、メルはまだ知らない。
だけど、きっとこれは幸せに繋がる気持ち。
晴れ渡った空の下、まだ自覚のない初恋が、そっと芽吹いた。
メルは周囲を見回して、そばに誰もいないことを確認してため息をつく。
「大丈夫……だよね?ちゃんと人間に見える、よね?」
ショーウィンドウに映った自分の姿を確認して、メルはくるりとその場で一回転してみる。
背中の羽はちゃんと隠せているし、少し尖った耳も髪で隠れている。甘い砂糖菓子のようにピンク色がかったこの髪だって、色彩に溢れたこの街の中ならそんなに目立っていない……と、思う。
ちゃんとお金だって持ってきたし、とメルはポシェットの中をのぞき込む。きらりと光るコインが、ぶつかり合って高い音を響かせるのを確認して、メルは満足そうにうなずくと、弾んだ足取りで歩き始めた。
花の精であるメルは、普段は森の奥にある集落で暮らしている。時折、こうして人間の住む街へ来て、いろんな場所で咲く花々の様子を見て、時には活力を与えるために力を注いでいる。
いつもは護衛と称したお目付役が目を光らせているから、気になるものも見たいものもたくさんあるのに、全然近づけない。
だから、今日は護衛を振り切ってひとりで出てきたのだ。帰ったら少し怒られるかもしれないけれど、それでも人間の街を自由に散策するという誘惑には逆らえなかった。
今日こそはいろんな場所に行ってみようと、メルは意気込んでいた。
気になっていたスイーツのお店をのぞいたり、可愛い雑貨屋に行ってみたり、少し古びた香りが素敵な古書店で、美しい装丁の本を手に取ってみたり。
花屋で萎れかかっていた売り物の花を、思わず元気にしてしまった時は少し店内がざわついて焦ったけれど。
――ほら、やっぱり正体がバレたりしないじゃない。皆親切だし、ここは怖いところじゃないわ。
多少ソワソワと落ち着きはないものの、メルは街の中に違和感なく溶け込んでいた。
やっぱり護衛なんて必要なかった、と思いながら、メルは踊るような足取りで散策を続ける。
夢中で歩き回っているうちに、ふと軽い眩暈を感じてメルは額に手を当てた。少し、はしゃぎすぎただろうか。
急に日差しの強さが辛く感じて、メルは慌てて日陰を探して移動する。少しでも涼しい方へ、と細い路地へと入ったメルは、建物の陰で思わずよろめいて壁に身体を預けた。
「水分不足、だわ……」
日差しの強さを甘く見ていたメルのミスだ。身体の中の水分が、どんどんなくなっていくのが分かる。
このままでは、干からびて死んでしまう。
人間に見られるリスクはあるものの、隠している羽を使って、急いで空を飛んで戻るべきだろうか。人気のない路地に入り込んだことは、不幸中の幸いだった。
念のため周囲を見回して、誰もいないことを確認して、メルは一度目を閉じると背中に意識を集中させる。
ふわりと暖かくなる感覚と同時に、隠していた背中の羽が姿をあらわす。透き通った4枚の羽は、日陰の中でも美しく光を纏って輝いている。
ストレッチするように何度か羽を動かして、さぁ飛び立とうとした時、メルの視界の隅で動くものがあった。
「……妖精?」
驚きに思わず漏れた、というようなその声は、少し高く幼い響きをしている。
見られてしまったという衝撃で動けないメルの前に、声の主が姿をあらわした。
声の響きから想像した通り、そこにいたのはまだ幼さの残る少年。恐らく10を少し過ぎた程と思われる少年は、目を輝かせてメルの方に近づいてきた。
「すごい、本物の妖精だ!」
その表情は純粋な喜びに溢れていて、メルも少しだけ警戒心を緩める。何より自分とそう変わらない年頃の人間と触れ合うことに、警戒心を上回る好奇心が顔を出した。
「……あれ、顔色悪い?大丈夫?」
近寄ってきた少年は、メルの顔を見て首をかしげる。メルは、思い切って口を開いた。
「うん、ちょっと喉が乾いちゃって」
「今日、暑いもんね。待ってて、何か飲み物買ってきてあげる」
うなずいた少年は、メルにその場にいるよう言い残すとぱたぱたと大通りの方へと駆けていった。
なんて親切な子だろうと思いながら、メルは再び背中の羽を隠す。
本当は、姿を見られた以上、今すぐここから立ち去るべきなのは分かっている。あの少年が、誰かを呼んでくるかもしれないし、飲み物を買ってくるというのは嘘かもしれない。
だけど、心配そうな表情でメルを見た少年の瞳に嘘はないと信じたかった。
それでも少しドキドキしながら待っていると、少年が息を切らして戻ってきた。その手には、水の入ったボトルが握られている。
「ごめんね、遅くなっちゃった。これ飲んで」
笑顔で差し出されたボトルはひんやりと冷たくて、メルは受け取るとほんの少しだけ警戒しつつ口をつけた。
ほのかにレモンの風味がする水は冷たくて、甘い。
一口飲んでしまえばあとは我慢できなくて、一気に半分近くを飲み干したメルは、ようやく身体の中が潤ったような気がしてほうっとため息をつく。
「あの、ありがとう」
躊躇いがちに少年を見上げてつぶやくと、彼はにっこりと笑った。その明るく花開くような笑みに、メルは一瞬見惚れる。
「良かった、今日みたいに暑い日は気をつけないとね」
メルの顔をのぞき込んだ少年は、顔色が良くなったと微笑んだあと、軽く首をかしげた。
「妖精、じゃないの?」
「えっと……」
言葉に詰まるメルの背中を確認するように見て、少年は戸惑ったように目を瞬いた。
「羽、なくなっちゃった」
その声があまりに残念そうに響くから、メルは思わず隠していた羽をまた出現させてしまう。その瞬間、少年の表情は明るく輝いた。
「すごい!やっぱり妖精なんだね。羽は自由に出し入れできるの?いいなぁ」
「……驚かないの?」
「おばあちゃんから、聞いたことあったんだ。この街には時々妖精があらわれるって。キラキラした羽を持っていて、とても綺麗な人だって」
「ふふ、そうなんだ」
綺麗な人、と言われてメルは少し嬉しくなる。だけど、目の前の少年も美しい顔をしていた。さらさらとした銀の髪は思わず触れてみたくなるほどに柔らかそうだし、意志の強そうな眉の下の黒い瞳は、吸い込まれそうな夜空の色をしている。
「妖精さん、お名前を聞いてもいい?あっ、僕はエディだよ」
先にちゃんと名乗ってくれる少年――エディの律儀さに、メルはくすくすと笑う。
「エディ。素敵な名前ね。私は、メル。よろしくね」
手を差し出すと、エディが恐る恐るといったようにメルの手を握った。初めて触れた人間のぬくもりに、メルの胸もどきりと高鳴る。
その時、話し声が近づいてきたので、メルは慌てて羽を隠した。幼いなりにメルを守ろうとしたのか、エディが大通りから見えないように立ってくれたことも嬉しくて、思わず笑みがこぼれる。
「大丈夫、誰も見てないよ」
耳元に唇を寄せて囁いた声は、先程までより大人びて聴こえて、メルの胸がまたどきりとする。
「う、うん。ありがとう。でも私、そろそろ行かなくちゃ」
本当はもっとエディと話したいのに、なんだかソワソワと落ち着かない気持ちから逃げ出したくて、メルは思わずそう言う。
「そっか……。また、会える?」
残念そうに眉を下げたエディの表情に、またどきりとしながら、メルはうなずく。
「ら、来週!またここに来るわ」
「本当?」
ぱあっと表情を明るくしたエディに、メルも笑ってうなずく。
「本当よ。約束」
小指を差し出すと、嬉しそうに笑ったエディの指がそっと絡められた。
「うん、約束」
お互い笑い合って、絡めた指を何度か上下に振る。
さすがにエディの前で空に飛び上がるのはやめて、メルは手を振って路地を出た。
思いがけない出会いに心の中が、何だか来た時よりも弾んでいるような気がする。
「お嬢様」
せっかく楽しい気持ちで歩いていたのに、背後からかけられた硬い声にメルは唇を尖らせて足を止める。
そこにいたのは、黒いスーツを身に纏った男。あまり感情をあらわにしないその冷たい顔は、いつだって怒っているように見える。
「……探しましたよ。どこを遊び歩いていたのですか」
「別に、ちょっとそのあたりを散策していただけよ」
「お嬢様に何かあれば、お叱りを受けるのは私です。勝手な行動は謹んでいただかないと」
「別に護衛なんて必要ないって、いつも言ってるじゃない。私だって、もう子供じゃないわ」
拗ねたようにそう言うこと自体、まだ子供だなと思いながらも、メルはため息をつく。
「我々の存在を、友好的に受け入れてくれる人間ばかりではないのですよ。過去には、捕らえられた仲間もいるのですから、気をつけていただかないと」
「分かってるわよ……」
うなずきながらも、エディは悪い人ではないとメルは思う。きっとエディに会ったことがバレたら盛大に怒られるし、外出禁止を言い渡されることは間違いないから、絶対に言えないけれど。
「さぁ、早く戻りましょう」
促されて、メルは素直にうなずく。来週また、ここに来るためには、しばらく大人しくいい子にしておかなければ。
次に会った時にはどんな話をしようか。エディのことをもっともっと知りたい。
こみ上げる笑みを堪えるように口元に手をやったメルを見て、護衛の男が怪訝そうな表情を浮かべる。
何でもない、と首を振ってみせながら、メルは思わず歌いだしたくなるような気持ちになっていた。
エディのことを考えると、何だか心の奥がむずむずとする。くすぐったくて、落ち着かないような気持ちになるけれど、決して嫌ではないその感覚。
それが何なのか、メルはまだ知らない。
だけど、きっとこれは幸せに繋がる気持ち。
晴れ渡った空の下、まだ自覚のない初恋が、そっと芽吹いた。
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