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3 リアンの誕生日

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※一瞬だけ、過去のDV描写があります






「リアン、お誕生日おめでとう!」
 朝、起きてきたリアンを、シャルはお手製のクラッカーで祝った。
 今日は、リアンの誕生日なのだ。
 毎年お祝いをしているけれど、今年はより特別だ。リアンが成人を迎えるのだから。
 部屋の中も花を飾り、魔法でキラキラとした星を浮かべて飾りつけている。

「ありがとう、シャル」
 クラッカーから飛び出した花びらを頭に乗せたまま、リアンは嬉しそうに微笑んだ。
「座って座って!今日は、私が朝食も作ったのよ。リアンの好きな、パンケーキ」
「嬉しい、シャルのパンケーキ、大好き」
 にこにこと笑うリアンの頭を撫でて、シャルも向かいの席についた。

「今日は、王都に買い物に行かない?」
 食事をしながら言ったシャルの言葉に、リアンが顔を上げた。
「買い物?王都に?」
「うん。リアンのお誕生日だし。外食もしちゃおう」
「本当?嬉しい」
「こう見えて、凄腕薬師のシャルさんですからね、何でも好きなもの買ってあげるわよ」
「つい先日、貯金が底をついたんじゃなかったっけ」
「あ、あれは、たまたま大きな出費がかさんだだけで……っ」
 揶揄うようなリアンの言葉に、シャルは慌てて手を振る。
 一時貯金が底をついたのは事実だが、その後アンジェリカから受け取った媚薬の代金と、納品した魔法薬の売上で、補填はされている。貯金額が心許ないのは事実だけど。
 仕事で使えそうな薬草や魔石は、ついつい買い込んでしまうのだ。

「ごめん、冗談。シャルと出かけるなんて、久しぶりだから嬉しい。なんかデートみたいだね」
「あはは、そうそう。誕生日デートだよ」
 明るく笑ってみせながら、シャルは動揺を顔を出さないように努力する。
 先日、唇に触れられた日から、妙にリアンが色っぽく見えて困るのだ。もともとシャルに対しては、素直に愛情表現を見せる子だったが、ここ最近はなんというか、男を意識させる仕草が増えたような気がする。成人を迎えて、もう子供ではないと認識するようになったからだろうか。


◇◆◇


 王都に着いた2人は、出店をあちこち見ながら歩いていた。休日だからか、街は人があふれて賑やかだ。

「シャル、どこに行く?僕、チョコを買いたいな。この前シャルが買ってきてくれたチョコ、すごく美味しかったから」
 うきうきとした様子で話すリアンは、いつもと変わらず、色気は感じない。
「今日は、リアンのお誕生日だから、リアンが行きたいところに行こう。チョコのお店にも行こうね」
「ありがとう、シャル大好き」
 にっこり笑ってそんなことを言うから、シャルはどきりとした心臓に気づかないふりをして、リアンの頭を撫でた。
 大好きだなんて、今まで何度も言われていたはずなのに、妙に意識してしまう。

「ねぇシャル。僕、王都は慣れてないから手を繋いでて」
「えっ」
 驚きに思わず足を止めてしまうけれど、リアンはこてりと首をかしげた。
「だめ?」
 シャルより随分背が高いのに、この可愛さは何だろうか。あざと可愛い、という言葉が脳裏に浮かぶけれど、シャルはリアンのお願いに弱い。

「……いいよ」
「やった!行こう、シャル」
 嬉しそうにシャルの手をとり、リアンは歩き出した。指を絡めるほうの繋ぎ方に動揺するけれど、リアンは全く気にしていなさそうなので、シャルは何も言えない。我が子のような、弟のようなリアンを男性として意識するなんてありえないので、シャルは繋がれた手から意識をそらそうと努力する。
 それでも握られた手を、シャルは握り返すことはできなかった。


◇◆◇


「どれも美味しそう!シャルはどれが食べたい?」
 ガラスケースの中に並んだチョコを見て、リアンは目を輝かせる。幼くも見えるその表情に、シャルは笑顔を浮かべた。
「リアンの誕生日なんだから、リアンが好きなのを選べばいいよ」
「だって、シャルも食べるでしょ。シャルが好きなやつも選びたい」
 きらきらした笑顔で振り返られて、シャルは苦笑すると、ケースを指差した。
「じゃあ、そのお酒の入ったチョコ」
「了解~。あとは、どれにしようかな」
「リアン、私、外で待ってるね」
 店内が混み合ってきたので、シャルはリアンに声をかけると店の外に出た。
 すぐそばのベンチに腰かけて、シャルはふうっとため息をつく。
 久しぶりの外出が楽しかったのか、リアンはいつもよりテンション高くあちこちの店に行きたがった。リアンの楽しそうな笑顔をたくさん見られたのは良かったけれど、若いリアンに合わせるのは、アラサーのシャルには少しきつい。主に体力的な面で。若さってすごい、と思いながら、シャルは重怠くなった足をさすった。


 リアンの買い物は長引いているようだ。
 出てきたらすぐ分かるように、チョコレートショップの扉を見ながら座っていると、見覚えのある横顔を見つけてシャルの心臓が跳ねた。
 隣を歩く女の子の腰を抱きながら、笑顔を浮かべる男。それは、かつての恋人ノルドだった。

 ノルドは、シャルがカーラのもとで修行をしていた頃に付き合った、最初で最後の恋人だ。
 最初は優しかったけれど、身体の関係を持った瞬間から、自分本位な態度が酷くなった。
 魔法薬の修行に忙しい日々の中、シャルはノルドに呼ばれるたびに彼の家に通った。シャルがどんなに疲れていても、ノルドは自分の欲を満たすことを優先させ、断れば時に手が出ることもあった。
 些細なことでも、気に入らないことがあると不機嫌になるノルドを、怒らせないように気を使う日々は、シャルから笑顔を奪っていった。それでも身体を重ねるその時だけは優しくて、その行為に快楽を得たことはほとんどないけれど、シャルはノルドが求めるままに関係を続けていた。
 だけど、そんな日々がストレスにならないわけはなくて、体調を崩したシャルの異変に気づいたカーラが、ノルドと別れることを勧めたのだ。
 プライドの高いノルドは、シャルに別れを告げられると怒り狂ったけれど(まさか振られるとは思っていなかったようだし、自分から振られるのは我慢ならなかったらしい)、カーラの仲裁で大人しくなった。王都一の実力を誇る、魔女カーラに目をつけられたら、王都では薬を買うことはできなくなるから。
 無事に別れることはできたけれど、ノルドと顔を合わせるのが嫌で、シャルは逃げるように森の中へと引っ越した。
 仕事で王都に来た際には、なるべく顔を合わせることがないように、ノルドの職場や自宅付近は近づかないようにしていたのだが、まさかこんなところで顔を見るとは思わなかった。

 久しぶりに見たノルドの顔に、一瞬どきりとしたけれど、もうなんの関係もないのだから、と小さく深呼吸する。あちらも、何年も前に別れたシャルのことなど、覚えていないだろう。
 苦い思い出だし、あれ以来シャルは恋人を作ることを諦めてしまったけれど、全ては過去のことだ。

 ノルドはシャルに気づくことなく、恋人らしき女性と楽しげに笑い合いながら、チョコレートショップへと入っていった。
 入れ替わるようにしてリアンが出てきたので、シャルは笑顔を浮かべて立ち上がった。

「シャル、お待たせ!ごめんね、遅くなっちゃった。あれもこれも美味しそうでさ」
 そう言って笑うリアンは、たくさんの包みを抱えている。
「たくさん買ったわねぇ」
「うん。しばらくおやつはチョコ三昧だよ」
 ほくほくとした表情で、幸せそうに笑うリアンが可愛くて、シャルはまた頭を撫でた。


◇◆◇


「今日は幸せな1日だったな。ありがとう、シャル」
 帰宅後、リアンがしみじみとした口調でそう言った。部屋の中には、成人の祝いとしてシャルが買った服や文房具や靴など、たくさんの荷物が溢れている。
 そしてテーブルの上には、ワインが一本。リアンの生まれ年のワインだ。少し値は張ったけど、そんなものを発見してしまったら、買わずにはいられなかったのだ。
 せっかくだから誕生日当日に飲もうと言って、シャルはグラスを取り出した。

「どういたしまして。月日の経つのは早いものね。あんなに小さかったリアンが、もう成人だなんて。私も年をとるはずよね」
 ワインを注ぎながら、自嘲気味にシャルは笑う。肌の曲がり角を、ひしひしと実感する今日この頃だ。
 出会った時のリアンは、シャルのお腹くらいの背の高さだったのに、今ではもう頭ひとつ分くらい背が高い。あどけない少年は、いつの間にか青年へと成長していた。まっすぐな眼差しは未来への希望に溢れていて、まぶしいなぁとシャルは思う。

「僕も、ようやく成人を迎えられて、嬉しいよ。本当、長かった」
 2人でグラスを合わせて乾杯をした。リアンは感慨深い表情でワインを味わっている。美味しいものを食べた時に見せる表情をしているので、ワインは口に合ったようだ。

「そんなにお酒、飲みたかったの?」
「お酒だけじゃないよ。未成年は制限が多すぎて。でも、これで僕も、大人の仲間入りだ」
 そう言って、リアンはグラスを置くと、シャルの手を握った。両手で包み込まれるようにされて、シャルは戸惑って視線を彷徨わせる。リアンの手が、酷く熱く感じた。
 藍色の瞳がじっとシャルを見つめていて、シャルはどんな表情をすればいいのか分からない。
 その瞳の奥に、熱っぽいものを感じるのは気のせいだろうか。

「……っリアン、チョコを、食べよう?きっとワインにも合うと思うの」
 見つめるリアンの視線に耐えられなくて、シャルは無理に明るい声をあげた。買ってきたチョコレートはキッチンにあるので、取りに行くことを理由にこの場から逃げ出したくて。

「うん、いいね。チョコとワイン、合いそうだ」
「取ってくるね」
 リアンにじっと見つめられると、シャルは冷静でいられなくなる。速くなった鼓動を隠すように、シャルはキッチンへと向かった。


「本当にたくさん買ったのね。リアン、どれ食べる?」
 箱の中にずらりと並んだチョコレートは、色も形も様々で、まるで宝石箱のようだ。
「んー、そのキャラメルのがいいな」
 リアンが指差したのは、ちょうどシャルに一番近い場所にあったチョコレートで、シャルはうなずいてそれをそっと摘み上げる。

「シャル」
 リアンは、にこにこと笑ってあーんと口を開けた。食べさせて、と無言でアピールされて、シャルは仕方なく摘んだチョコをリアンの口元へと運んだ。繊細なチョコレートは、指先の体温でもすぐに溶けてしまうから。
 だけど、リアンはチョコレートだけでなく、シャルの指先ごと口に含んだ。
「……っリアン!」
 思わず悲鳴のような声をあげてしまうけれど、リアンはシャルの手首をつかんで逃してくれない。
 リアンの舌がゆっくりと、シャルの指先に残るチョコレートを舐めとるように動く。その官能的な動きに、シャルは背筋がぞくりとした。
 藍色の瞳は、じっとシャルを見つめていて、その妖艶さに目を逸らせない。

「……や、」
 指先に口づけるようにして、リアンがようやく解放してくれる。その瞬間を逃さず、シャルは腕を引いた。
 全身が心臓になったのかと思うほど、激しく打つ鼓動に、手が震える。
「何、……するの」
「シャル」
「や……」
 リアンがこちらに手を伸ばすので、シャルは思わず立ち上がった。弾みで椅子が大きな音をたてて倒れる。

「ごめん、もう寝るね」
 かろうじて笑顔を浮かべ、シャルは逃げるように部屋へと向かった。

 部屋のドアを閉めて鍵をかけて、シャルは思わず床にしゃがみこむ。心臓の鼓動はまだ激しくて、全然落ち着けない。
 シャルをじっと見つめたリアンの瞳。
 自惚れではなく、あの瞳はシャルのことを女性として見ていた。
 親子のような、姉弟のような関係は、いつの間に変わってしまったのだろうか。
 指先がまだ湿っていて、その感覚にまた体温が上がるけれど、シャルは激しく首を振った。
 リアンはシャルにとって、子供のような、弟のような存在だ。その関係を、崩すつもりはない。

 
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