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56 兄との決別
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夜会の場は、想像以上に華やかだった。王と王妃は揃いの布を使った衣装を身に纏っており、見ているだけで仲睦まじさが伝わってくる。
カミルと共に祝いの言葉を述べたあと、二人でのんびりとお酒を楽しんでいると、ヴァルラムが到着したとの連絡があった。思わず小さく顔をしかめたルフィナを見てカミルが笑い、守るように肩を抱いてくれる。
「大丈夫だ、俺がそばにいるから。さぁ、兄君に挨拶をしに行こう」
明るく笑ったカミルに連れられて、ルフィナはヴァルラムのもとへと向かった。
供の者を連れて立っているヴァルラムは、ホロウードで伝統的に着られている首元の詰まった白いジャケット姿だった。
だがそれを見て、ルフィナは微かに眉を顰めた。正装の際に身につけるはずのサッシュがないのだ。それがなくとも服装自体に問題はないが、このような祝いの場では必ず身につけるべきものなのに。
さすがにそれを表立って指摘することなどできず、ルフィナは黙って目を伏せる。
恐らくルフィナにしか分からない程度の些細なこととはいえ、ホロウードの礼装マナーなど、ここにいる者には分からないだろうというヴァルラムの嘲りが透けて見えるようで気分が悪い。
王に挨拶を終えたヴァルラムに、カミルがすっと近づいた。
「ヴァルラム殿下、遠いところをよくお越しくださいました」
「お久しぶりです、カミル殿下。お招きいただき、ありがとうございます。ルフィナも、久しぶりだね。良くしていただいているようで、兄としても嬉しいよ」
カミルの言葉に、兄はにこやかな笑みを浮かべる。外面のいい彼は、ルフィナにも穏やかな微笑みを向けてきた。
同じように微笑み返そうと思ったが、明らかにアルデイルを下に見ているようなヴァルラムの態度に腹を立てていたルフィナは、無表情のまま彼をにらむように見つめ返した。
従順なはずの妹がそんな顔を向けてくるとは思わなかったのか、ヴァルラムは一瞬驚いたように目を見開く。そして激しく苛立ったように瞳の奥を怒らせた。
ぷいと顔を背け、ルフィナは見せつけるようにカミルの腕を強く抱きしめた。
「おかげさまで、とても幸せですわ。お兄様こそ、お元気そうで何よりです」
にっこりと笑ってみせたあと、頬に手を当ててルフィナは首をかしげた。
「ですが、少々お疲れのご様子。いつもご自分のマナーにも厳しいお兄様ですのに、お召し物が乱れておりますわ。珍しいこともあるものですね」
「……っ」
まさかルフィナにサッシュを身につけていないことを指摘されるとは思わなかったのだろう、ヴァルラムの頬に朱が走る。彼が苛立ちのままにルフィナの方に踏み出そうとするのと、カミルが守るようにルフィナを抱き寄せるのは同時だった。
「それは大変だ、長旅のお疲れが出たのかもしれませんね。ヴァルラム殿下、よろしければ奥の部屋で休んで行かれますか?」
「え、あ……」
ルフィナをしっかりと腕の中に囲いながら、カミルが大げさな仕草で心配するような声をあげる。言葉に詰まるヴァルラムを見て、カミルはにっこりと笑った。
「あぁでも、ヴァルラム殿下には我が国の環境は少しお辛いかもしれませんね。――獣臭いこの国など、今後呼ばれたとしても二度と来てやるものか。……でしたっけ?」
「……っ!」
カミルの低い声は、会場によく響く。その言葉のあまりの内容に、周囲はしんと静まり返った。
目を見開いて信じられないというような表情を浮かべるヴァルラムに、カミルは目の笑っていない笑顔のまま自らの耳に触れてみせる。
「発言にはお気をつけて、ヴァルラム殿下。俺はとても耳がいいんです。小声であっても、よく聞こえました。それに、ホロウードは我が国よりも壁が薄いようでしたからね。以前にお伺いした際も、隣の部屋での会話が、すぐそばで聞いているのかと思うほどに明瞭に聞き取れましたよ。大嫌いな妹姫を野蛮な獣の国に追い払えて、随分とご満悦でしたよね」
顔を真っ赤にしてわなわなと震えているヴァルラムを威圧するように見下ろして、カミルは更に顔を近づける。
「獣と縁続きになるのはお嫌なようですから、今ここで我々の縁は切っておきましょうか。あなたが虐げ続けたルフィナのことは、アルデイルで大切にしますので、お気遣いなく。もしもルフィナに子供が産まれたとしても、あなたには会わせない。二度と我が国に立ち入らないでいただきたい」
「それ、は」
「貴国の鉱石は確かに貴重なものでしょうが、我が国にとってはさほど重要なものではないのですよ。我が国の軍事力にも興味がおありのようだが、あなたも獣に守られるなんてプライドが許さないでしょう?」
「待ってください、誤解で……」
慌てたようにカミルに縋りつこうとしたヴァルラムだったが、いつの間にかそばに立っていた騎士団長がそれを制止する。丁重な手つきながら動きを封じられて、ヴァルラムはカミルとの距離を離された。
そんなヴァルラムを、カミルは冷ややかな目で見つめた。
「全てはご自分が撒いた種だ。アルデイルは、今後一切ホロウードとの国交を拒否する」
「そんな……」
へなへなとその場に崩れ落ちたヴァルラムを見て、カミルはルフィナを連れたままくるりと踵を返した。
「客人は、お帰りだ。船まで見送りを」
短く命じると、騎士団長がうなずいてヴァルラムに立ち上がるよう促す。真っ青な顔をした彼は、もはや抵抗することなく連れられて行った。
カミルと共に祝いの言葉を述べたあと、二人でのんびりとお酒を楽しんでいると、ヴァルラムが到着したとの連絡があった。思わず小さく顔をしかめたルフィナを見てカミルが笑い、守るように肩を抱いてくれる。
「大丈夫だ、俺がそばにいるから。さぁ、兄君に挨拶をしに行こう」
明るく笑ったカミルに連れられて、ルフィナはヴァルラムのもとへと向かった。
供の者を連れて立っているヴァルラムは、ホロウードで伝統的に着られている首元の詰まった白いジャケット姿だった。
だがそれを見て、ルフィナは微かに眉を顰めた。正装の際に身につけるはずのサッシュがないのだ。それがなくとも服装自体に問題はないが、このような祝いの場では必ず身につけるべきものなのに。
さすがにそれを表立って指摘することなどできず、ルフィナは黙って目を伏せる。
恐らくルフィナにしか分からない程度の些細なこととはいえ、ホロウードの礼装マナーなど、ここにいる者には分からないだろうというヴァルラムの嘲りが透けて見えるようで気分が悪い。
王に挨拶を終えたヴァルラムに、カミルがすっと近づいた。
「ヴァルラム殿下、遠いところをよくお越しくださいました」
「お久しぶりです、カミル殿下。お招きいただき、ありがとうございます。ルフィナも、久しぶりだね。良くしていただいているようで、兄としても嬉しいよ」
カミルの言葉に、兄はにこやかな笑みを浮かべる。外面のいい彼は、ルフィナにも穏やかな微笑みを向けてきた。
同じように微笑み返そうと思ったが、明らかにアルデイルを下に見ているようなヴァルラムの態度に腹を立てていたルフィナは、無表情のまま彼をにらむように見つめ返した。
従順なはずの妹がそんな顔を向けてくるとは思わなかったのか、ヴァルラムは一瞬驚いたように目を見開く。そして激しく苛立ったように瞳の奥を怒らせた。
ぷいと顔を背け、ルフィナは見せつけるようにカミルの腕を強く抱きしめた。
「おかげさまで、とても幸せですわ。お兄様こそ、お元気そうで何よりです」
にっこりと笑ってみせたあと、頬に手を当ててルフィナは首をかしげた。
「ですが、少々お疲れのご様子。いつもご自分のマナーにも厳しいお兄様ですのに、お召し物が乱れておりますわ。珍しいこともあるものですね」
「……っ」
まさかルフィナにサッシュを身につけていないことを指摘されるとは思わなかったのだろう、ヴァルラムの頬に朱が走る。彼が苛立ちのままにルフィナの方に踏み出そうとするのと、カミルが守るようにルフィナを抱き寄せるのは同時だった。
「それは大変だ、長旅のお疲れが出たのかもしれませんね。ヴァルラム殿下、よろしければ奥の部屋で休んで行かれますか?」
「え、あ……」
ルフィナをしっかりと腕の中に囲いながら、カミルが大げさな仕草で心配するような声をあげる。言葉に詰まるヴァルラムを見て、カミルはにっこりと笑った。
「あぁでも、ヴァルラム殿下には我が国の環境は少しお辛いかもしれませんね。――獣臭いこの国など、今後呼ばれたとしても二度と来てやるものか。……でしたっけ?」
「……っ!」
カミルの低い声は、会場によく響く。その言葉のあまりの内容に、周囲はしんと静まり返った。
目を見開いて信じられないというような表情を浮かべるヴァルラムに、カミルは目の笑っていない笑顔のまま自らの耳に触れてみせる。
「発言にはお気をつけて、ヴァルラム殿下。俺はとても耳がいいんです。小声であっても、よく聞こえました。それに、ホロウードは我が国よりも壁が薄いようでしたからね。以前にお伺いした際も、隣の部屋での会話が、すぐそばで聞いているのかと思うほどに明瞭に聞き取れましたよ。大嫌いな妹姫を野蛮な獣の国に追い払えて、随分とご満悦でしたよね」
顔を真っ赤にしてわなわなと震えているヴァルラムを威圧するように見下ろして、カミルは更に顔を近づける。
「獣と縁続きになるのはお嫌なようですから、今ここで我々の縁は切っておきましょうか。あなたが虐げ続けたルフィナのことは、アルデイルで大切にしますので、お気遣いなく。もしもルフィナに子供が産まれたとしても、あなたには会わせない。二度と我が国に立ち入らないでいただきたい」
「それ、は」
「貴国の鉱石は確かに貴重なものでしょうが、我が国にとってはさほど重要なものではないのですよ。我が国の軍事力にも興味がおありのようだが、あなたも獣に守られるなんてプライドが許さないでしょう?」
「待ってください、誤解で……」
慌てたようにカミルに縋りつこうとしたヴァルラムだったが、いつの間にかそばに立っていた騎士団長がそれを制止する。丁重な手つきながら動きを封じられて、ヴァルラムはカミルとの距離を離された。
そんなヴァルラムを、カミルは冷ややかな目で見つめた。
「全てはご自分が撒いた種だ。アルデイルは、今後一切ホロウードとの国交を拒否する」
「そんな……」
へなへなとその場に崩れ落ちたヴァルラムを見て、カミルはルフィナを連れたままくるりと踵を返した。
「客人は、お帰りだ。船まで見送りを」
短く命じると、騎士団長がうなずいてヴァルラムに立ち上がるよう促す。真っ青な顔をした彼は、もはや抵抗することなく連れられて行った。
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