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54 証拠
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王の纏う空気は微かに緩んだが、ルフィナはもうひとつ身の潔白を証明するものを示すために、ゆっくりと手紙に向けて手を伸ばした。
そこには、ルフィナを陥れようとした人物の何よりの証拠がある。
ルフィナは吐き気を堪えつつ、封筒の端に挟まるように一緒に糊付けられた白い花弁に手を伸ばす。
「……これは、何の花でしょうか。恐れながら、騎士団長様にお聞きしても構いませんか?」
「これは――アルゥの花びら、だな。匂いもするし、間違いない」
挟まっていたことに気づかなかったとつぶやきながら、騎士団長が封筒に顔を近づけて答える。それを聞いて、隣でカミルが小さく笑った。そして口元を押さえるルフィナを守るように抱き寄せる。
カミルの匂いに包まれていると、アルゥの香りを嗅がずに済む。ルフィナは彼の香りを吸い込むように小さく深呼吸した。
「そのアルゥの花びらこそが、ルフィナが無実であるという何よりの証拠だ。見ての通り、ルフィナはアルゥの香りがとても苦手だ。食べるどころか、少し匂いを嗅ぐだけでこうして吐き気を催すほどに体調を崩す。それに、一般には出回らないアルゥの花をルフィナが手にするはずがない。手紙にうっかり挟まるほどに、花が身近にあるのは誰なのか――分かるよな」
低いカミルの声に、騎士団長がハッとしたように姿勢を正す。
「っ、兎獣人の――サキーユ家」
「サキーユ家の誰がやらかしたことか、それも想像はついてる。父上には報告してありましたよね、サラハがとんでもない嘘をルフィナに吹き込んでいたこと」
「あぁ、そうだな。確かに報告を受けた」
うなずく国王を見て、騎士団長の顔は一瞬で青ざめる。かたかたと震えながら彼は、床に膝をついた。
「も、申し訳ありません……! カミル殿下」
「謝るのは俺にじゃない、ルフィナだろう」
「は、はいっ! 申し訳ありません、ルフィナ様!」
床に額を擦りつけるようにして謝罪の言葉を口にする彼を見て、ルフィナは顔を上げるようにと促す。隣でカミルは不満げだったが、自分よりうんと年上の人に頭を下げさせたままにするのは、落ち着かない。
「おまえへの処罰はあとで考える。今はとにかく、ルフィナを陥れようとした犯人の検挙に全力を尽くせ」
厳しいカミルの言葉に、騎士団長は必ずとうなずいた。
騎士団長が退室して、カミルがようやく身体の力を抜いた。そのままぐっと抱き寄せられて、耳元で安堵したような彼のため息が聞こえる。
同時に、アイーシャが泣きながらルフィナに抱きついてきた。
「お義姉様、無事でよかった……! ごめんなさい、あたし、助けられなくて」
「大丈夫よ。心配してくれてありがとう、アイーシャ」
「本を持って戻ったら、お義姉様はいないし、反逆罪の疑いがあるって言われて、あたしどうしたらいいか分からなくて」
泣きじゃくるアイーシャの頭を、ルフィナはそっと撫でる。彼女がルフィナの無実を信じてくれていたことは、分かっている。ルフィナにとっては、それで充分だ。
王も、申し訳なさそうな表情でルフィナを見ている。微かに耳が下がっているところがカミルにそっくりで、ルフィナは込み上げた笑みを堪えた。
「そなたには、本当に申し訳ないことをした。疑いを晴らすためには、そなたの口からちゃんと聞きたかったのだ」
「もちろん理解しております、陛下。双方の言い分を聞いてくださったこと、感謝しております」
王の謝罪を受けて、ルフィナも頭を下げた。そんな二人を見て、王妃が大きなため息をついた。
「大体あなたが、わたしを一緒に連れて行くなんて言い出すからこんなことになったのよ! わたしが城に残っていたなら、ルフィナを牢に入れるなんて真似、させなかったわよ」
「そ、それはそうだが」
王妃に叱られて、王がたじたじとした表情になる。片時も離れたくないと望んだのは王の方で、それだけ妃に執着しているということだろう。
誰もがルフィナのことを信じてくれていたことが、たまらなく嬉しい。
牢に入れられた時も、尋問を受けた時だって涙なんて出なかったのに、嬉しさでは涙はあふれるのだなと思いながら、ルフィナは滲んだ涙をそっと拭った。
そこには、ルフィナを陥れようとした人物の何よりの証拠がある。
ルフィナは吐き気を堪えつつ、封筒の端に挟まるように一緒に糊付けられた白い花弁に手を伸ばす。
「……これは、何の花でしょうか。恐れながら、騎士団長様にお聞きしても構いませんか?」
「これは――アルゥの花びら、だな。匂いもするし、間違いない」
挟まっていたことに気づかなかったとつぶやきながら、騎士団長が封筒に顔を近づけて答える。それを聞いて、隣でカミルが小さく笑った。そして口元を押さえるルフィナを守るように抱き寄せる。
カミルの匂いに包まれていると、アルゥの香りを嗅がずに済む。ルフィナは彼の香りを吸い込むように小さく深呼吸した。
「そのアルゥの花びらこそが、ルフィナが無実であるという何よりの証拠だ。見ての通り、ルフィナはアルゥの香りがとても苦手だ。食べるどころか、少し匂いを嗅ぐだけでこうして吐き気を催すほどに体調を崩す。それに、一般には出回らないアルゥの花をルフィナが手にするはずがない。手紙にうっかり挟まるほどに、花が身近にあるのは誰なのか――分かるよな」
低いカミルの声に、騎士団長がハッとしたように姿勢を正す。
「っ、兎獣人の――サキーユ家」
「サキーユ家の誰がやらかしたことか、それも想像はついてる。父上には報告してありましたよね、サラハがとんでもない嘘をルフィナに吹き込んでいたこと」
「あぁ、そうだな。確かに報告を受けた」
うなずく国王を見て、騎士団長の顔は一瞬で青ざめる。かたかたと震えながら彼は、床に膝をついた。
「も、申し訳ありません……! カミル殿下」
「謝るのは俺にじゃない、ルフィナだろう」
「は、はいっ! 申し訳ありません、ルフィナ様!」
床に額を擦りつけるようにして謝罪の言葉を口にする彼を見て、ルフィナは顔を上げるようにと促す。隣でカミルは不満げだったが、自分よりうんと年上の人に頭を下げさせたままにするのは、落ち着かない。
「おまえへの処罰はあとで考える。今はとにかく、ルフィナを陥れようとした犯人の検挙に全力を尽くせ」
厳しいカミルの言葉に、騎士団長は必ずとうなずいた。
騎士団長が退室して、カミルがようやく身体の力を抜いた。そのままぐっと抱き寄せられて、耳元で安堵したような彼のため息が聞こえる。
同時に、アイーシャが泣きながらルフィナに抱きついてきた。
「お義姉様、無事でよかった……! ごめんなさい、あたし、助けられなくて」
「大丈夫よ。心配してくれてありがとう、アイーシャ」
「本を持って戻ったら、お義姉様はいないし、反逆罪の疑いがあるって言われて、あたしどうしたらいいか分からなくて」
泣きじゃくるアイーシャの頭を、ルフィナはそっと撫でる。彼女がルフィナの無実を信じてくれていたことは、分かっている。ルフィナにとっては、それで充分だ。
王も、申し訳なさそうな表情でルフィナを見ている。微かに耳が下がっているところがカミルにそっくりで、ルフィナは込み上げた笑みを堪えた。
「そなたには、本当に申し訳ないことをした。疑いを晴らすためには、そなたの口からちゃんと聞きたかったのだ」
「もちろん理解しております、陛下。双方の言い分を聞いてくださったこと、感謝しております」
王の謝罪を受けて、ルフィナも頭を下げた。そんな二人を見て、王妃が大きなため息をついた。
「大体あなたが、わたしを一緒に連れて行くなんて言い出すからこんなことになったのよ! わたしが城に残っていたなら、ルフィナを牢に入れるなんて真似、させなかったわよ」
「そ、それはそうだが」
王妃に叱られて、王がたじたじとした表情になる。片時も離れたくないと望んだのは王の方で、それだけ妃に執着しているということだろう。
誰もがルフィナのことを信じてくれていたことが、たまらなく嬉しい。
牢に入れられた時も、尋問を受けた時だって涙なんて出なかったのに、嬉しさでは涙はあふれるのだなと思いながら、ルフィナは滲んだ涙をそっと拭った。
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